第58話 復活のドラゴ・プライマス
連合軍と魔族が激突するアンフェルダウンはまさに地獄の様相となっており、あちこちに人や魔物の亡骸が転がっている。そんな激しい戦いの最中、敵の防衛線を突破した詩織達はついに敵中枢部へと近づいていた。
「敵はまだ抵抗するのか!」
詩織が邪気を感じるという山の頂上を目指すが、魔物達の攻撃で思うように進めない。シエラルは苛立ちつつモルトスクレットを撃破し、周囲の戦況を確認する。
「数がこうも多いんだものな。まったく・・・・・・」
自分が吶喊して無理矢理敵の守りを崩そうかと考えた矢先、シエラルが指揮する部隊とは異なる方角からいくつもの魔弾が飛んできた。それらは人間ではなく魔物達を狙っているようで、どうやら敵の攻撃ではないらしい。
「Eフィールドからの援護が来たか」
東側から回り込んだ第三戦隊もうまく侵攻できているようだ。
「ここは第三戦隊に任せよう。我々は中枢部を目指す」
この先には魔女や魔龍だけでなく、自らの欲望で国家を裏切ったナイトロ・ゼオンもいると思われる。ナイトロは実の父ではあるが、シエラルは自らの手で討つ覚悟を改めて決意しながら進んで行く。
山頂に近づくにつれて詩織が感じる不快な感覚が強くなってきた。しかも強い邪気を発する相手は複数いるようだと分かり、それによる恐怖が心を蝕む。
「シオリ、どうしたの?」
そんな詩織の不調を見てとったリリィが駆け寄る。
「この先にはかなり強い敵が点在しているみたい」
「相手も持ちうる戦力全てを投入してきているんだわ。でも大丈夫。わたし達ならやれる。これまでのように」
詩織の感じる恐怖を一緒に背負いたいが、リリィには詩織のような特殊な魔力も探知能力もない。だからこそ少しでも勇気づけてあげようと笑顔でそう励ます。
「だね。皆と一緒だし、きっと勝てるよね」
リリィの言葉で再び勢いづいた詩織は敵の攻撃をガーベラシールドで弾き、聖剣で反撃する。気に入ったこの世界を壊させないためにも、このアンフェルダウンで散っていった人々のためにも引き下がるわけにはいかないのだ。
「この感じ・・・敵が来る!」
崖上から飛び降りて奇襲をかけてきたのはケルベロスだ。背後にはリガーナを乗せ、詩織の真上からのしかかろうとしてくる。
「危ないところだった・・・・・・」
「カンのいいヤツだ」
どうにかケルベロスのプレス攻撃を避け、聖剣で斬りかかった。しかしケルベロスは脚部にブレードを装備しており、そのブレードで聖剣を受け止める。
「くっ・・・!」
巨体ゆえのパワーで詩織を弾き飛ばし、ケルベロスはダッシュして噛みつこうと大きな口を開けた。
「させるかっ!」
姿勢制御もままならない中で詩織はガーベラシールドをケルベロスに向け、拡散魔道砲を放った。狙いなどつける余裕も無かったが、複数の小さな魔弾がケルベロスに直撃する。
「硬いな・・・・・・」
ひるんだケルベロスは後退したが、有効なダメージを与えられたわけではなくすぐに回復して戻ってくるだろう。
「シオリ、ヤツは私に任せてくれ」
「アイリアに?」
「シオリには敵のボスを討つという使命がある。こんなところで負傷されては困るからな。それに、高機動戦闘なら私のほうが得意だ」
「でも、アイリアの魔具じゃあデカい敵には不利なんじゃ・・・?」
「私は敵の注意を引きながら徐々にダメージを与えていく。トドメを刺すのはミリシャに任せる」
確かにアイリアとミリシャの連携ならばケルベロスだって倒せるかもしれない。だが、任せきりにしていいのかと詩織は逡巡する。相手はダークオーブを保有している特殊な敵なので詩織の魔力と聖剣の力が有効だからだ。
「あの敵はアイリア達に任せましょう」
「わ、わかった」
大規模な戦闘ほど役割分担は大切だ。アイリアは詩織を敵の中枢部まで送り届けることの重要性を理解しているからこそ、この無謀とも思える役割を請け負った。
「シオリ、私はキミと出会ってこうして一緒に戦ってこられたことを嬉しく思っている」
「い、いきなりどうしたの?」
「なんとなくそう思ったのさ。シオリ、その力で決着をつけてくれ。そして、リリィ様のことを頼んだぞ」
「お別れみたいなこと言わないで!」
「そうだな。私だってまだ死ぬ気はない。生き延びて、また会おう」
アイリアの強気な笑顔に詩織は胸を締め付けられる思いであった。なぜならこの世界に来た当初はアイリアによく思われておらず、ツンケンした態度をとられていたからだ。戦友として認められたことが嬉しいし、こんなところで別離したくないと願う。
「わたくしもシオリ様と出会えて良かったと思いますわ。おかげで楽しい時間を過ごすことができました」
「私だってミリシャがいてくれて良かったって思ってる。色々教えてくれたし、後ろから助けてくれるミリシャがいたから安心して戦えたんだよ」
「そう言っていただけるだけで嬉しいですわ。さぁ、リリィ様達と共に敵の総大将を!」
「うん、行ってくる」
詩織とリリィはシエラルらと山の更に上を目指してこの場を後にした。そんな彼女達を追おうと回復したケルベロスが足を向けるが、その行く手を阻むようにアイリアとミリシャが立ち塞がる。
「ミリシャ、付き合わせてしまってすまない」
「お気になさらず。すぐに敵を倒して皆さんに合流しましょう」
アイリアはケルベロスの突進をギリギリで回避し、その頭部にナイフを突き立てた。いくら強化された体でも痛みを消すことはできず、自らを傷つけた人間への憎悪を燃やしてケルベロスは詩織達の追撃を止めてアイリア達に向き直る。
「おい! ターゲットはソイツらじゃな・・・うわっ!」
背中に乗っていたリガーナは振り落とされ、地面に落下する。尻を強打してうめきながらも立ち上がり、剣を握ってミリシャを狙う。
「へへっ、近接戦なら私のほうが!」
厄介な遠距離攻撃タイプから仕留めようとするが、別の敵がやってきたことを察知してケルベロスのもとへ下がる。
「私達も助太刀します!」
「シュベルク隊!? リリィ様と上へ行ったのではなかったのか?」
「転んで崖から落ちたミアラを助けていたらはぐれてしまって・・・なのでここはお二人の援護をします」
「頼む!」
アイリアを中心に計五名の適合者が陣形を組み、ケルベロスとリガーナに立ち向かう。ミアラを除いて実力者が揃っているし、そのミアラだって運が強くピンチもチャンスに変える逸材だ。
「少し増えたからって調子に乗るなよ!」
「そんなことを言っていられるのも今だけだ。リリィ様達のためにも、ここで倒す!」
暗黒の力を纏うケルベロスと、タイタニアの戦士達の技が交錯する・・・・・・
「ルーアル! やはり貴様が!」
「来たか! だがもう遅い!」
頂上で待ち構えていたルーアルはモルトスクレットの軍勢にシエラル達を殺すよう指示し、自らはドラゴ・プライマスのいる結界へと逃げていった。少しでも有利な状況で戦いたいというルーアルの思惑からの行動で、実際にドラゴ・プライマスとならば勇者だって倒せると確信している。
「あそこに討つべき敵がいる! 突っ込むぞ!」
シエラルは敵を薙ぎ払い、メタゼオス軍の助けを借りながら張られた結界へと駆けていく。
「リリィ様、シオリ様。あの結界へとお急ぎください。ここは我らチェーロ・シュタット軍が」
ティエルは自軍の兵達と詩織達の前にいるモルトスクレットを露払いし、結界までの道を作る。勇者の支援のためにチェーロ・シュタットは飛来したわけで、今こそがその時だとティエル達は全力を出していた。
「シオリ!」
「うん!」
詩織とリリィはシエラルと合流し、結界の上へ立つ。結界内がどうなっているのかは知らないが、魔女が逃げ込んだこの結界こそが敵の中枢部であることには間違いない。
「この結界へ侵入するにはどうすればいい?」
「多分だけど転移魔術を使えば行けると思うわ。二人とも、わたしの手を握って」
勇者召喚にも用いられる転移魔術を古文書を読んで学んでいたリリィの手を詩織とシエラルが握る。
「シフト!」
リリィが呟くと三人の体を光が包み込み、一瞬にして姿を消した。
「ここが・・・・・・」
詩織達が転移した先、そこには宇宙そのものに似た広大な空間が広がっていた。漆黒に星々が眩しく瞬いており、手を伸ばせば届きそうな錯覚を覚えるほど遠近感が狂わされる。
「ついに現れたな勇者・・・・・・」
「ドラゴ・プライマス・・・ここで討つ!」
「やれるかな?いくらお前が勇者の力を持つからと言って調子に乗るな」
詩織達が立つ半透明な床の先、鋭い睨みを効かせる魔龍が擱座していた。その姿は以前見た伝記に描かれていたドラゴ・プライマスに間違いない。王都を襲ったドラゴ・ティラトーレより一回り大きく、顔つきはより邪悪な印象だ。
「似ているな・・・・・・」
ドラゴ・プライマスは記憶に残された勇者早織とリリア・スローンの面影を詩織とリリィから感じる。容姿がそっくりだし、魂のカタチが同じと思った。
「シエラル、お前はつくづく親を困らせる。子供だのに親に反抗するのは良くない」
「ナイトロ・・・貴様はワタシだけではなく国民達を裏切ったのだ。そんな貴様が言うことか!」
魔剣ネメシスブレイドを握るナイトロ・ゼオンはシエラルの愚かさに呆れ、実の子供であることを信じたくないとさえ思っていた。だからこそ自分が絶対的な皇帝として世界に君臨し、ゼオン家千年の夢を実現させようと目論んでいる。
「スケールが違うな。もはやメタゼオスなど眼中にはない。ワタシは永遠の命を魔龍から頂き、それで世界を・・・・・・」
ナイトロの言葉はそこで途切れた。
「ええい、やかましいヤツだ」
「なっ・・・!?」
なぜなら立ち上がったドラゴ・プライマスが片足を振りあげ、そのまま踏みつぶしてしまったからだ。まさかナイトロは味方と思っていた魔龍に殺されるなど思っておらず、最後まで野望を抱いたまま死に追いやられていった。
「よくしゃべる小物だ。自分が利用されていたことも知らないで、まったくお笑いだ」
ドラゴ・プライマスは足を上げて血肉を振り落とす。下には先ほどまで人間だった塊が転がっており、主を失った魔剣も近くに落ちてる。
「貴様・・・!」
「なぜ怒る?貴様はこの男を殺そうとここまで来たのだろう?それならば代わりに手を下してやった我に感謝してほしいくらいだ」
「確かにワタシはナイトロを討とうとしていた。この手でケリをつけようと・・・・・・だがな、ヤツがいくら許されざる人間だとしても、それでも・・・・・・父親だったのだ」
父親だから自ら討とうとしたのだ。いくら冷え込んだ関係であってもたった一人の父親であったし、だからこそせめて子の手で逝かせてやりたいと思っていた。
「そんな感情を剥き出しにする者が他者の上に立とうなど」
「感情を忘れ、人の痛みに寄り添えない者こそ上に立つ資格はない」
「ほざきよる・・・まあ貴様達もここで御終いだ。復活した我の力を見せてやろう」
ドラゴ・プライマスの胸に埋め込まれた巨大なダークオーブが光り出し、暗黒のパワーが漏れ出す。そして肉体が活性化され、全盛期並みの性能を取り戻した。
「気分がいい・・・やはり力は正義だ。そう思わないか、ルーアル?」
「はい。世界を支配するのは絶対的な力です。そしてドラゴ・プライマス様こそ相応しい」
傍に控えていたルーアルは魔具を構えてドラゴ・プライマスと並んだ。
「力とは、自分勝手に使うモノではないんだよ!」
「では何のために使う?」
「大切なモノを守るため、困っている人を助けるために使うモノだと私はこの世界で学んだ!」
「バカバカしい・・・そんな特別な力を持っておきながら甘い考えの人間だ」
「元から分かり合えるとは思っていない。皆を苦しめる存在ならば、倒す!」
聖剣グランツソードを腰だめに構えた詩織の突撃が戦闘開始の合図となった。リリィとシエラルはそれに続き、ドラゴ・プライマスとルーアルは迎撃の体勢をとる。
「ダークオーブだけではない。今の我には二つのクリスタルがある」
胸のダークオーブからヴォーロクリスタルとソレイユクリスタルを引き抜く。暗黒の力で歪んだ形に変化してしまっているがそれでも力を失っておらず、鈍い輝きを放っている。
「まさに無限のパワー。試してみるか」
ドラゴ・プライマスはソレイユクリスタルを自身の前に設置し、魔力を流す。すると強力な魔力障壁が展開され、詩織達の突進を防いだ。
「これで近づけまい」
「こんなの!」
詩織は聖剣で魔力障壁を突き刺し、無理矢理こじ開けようとした。
「二人とも! 私に力を貸して!」
一人で突破できなくても力を合わせればできるかもしれない。リリィとシエラルは聖剣のグリップを握り、魔力を流した。二人の魔力は特別なものではないが、魔具を通じて一点に集中したことで爆発的な威力を発揮する。
「ほう・・・・・・」
「一人じゃないから、こうできる!」
まるで大技を放った時のように聖剣が発光し、虹色の閃光が周囲へと拡散された。それによって魔力障壁は破壊され、ドラゴ・プライマスは無防備となる。
「この距離まで近づけば!」
「多少上手くいったからといって図に乗るなよ」
至近距離まで迫った詩織の斬撃をいなし、翼から魔弾を発射して攻撃を行う。その素早い反撃は並みの適合者なら直撃していたろうが、いくつもの戦いをこなして成長した詩織は咄嗟にガーベラシールドで防御した。高い威力の魔弾であったが完全に防ぎ切り、逆に拡散魔道砲でドラゴ・プライマスを撃つ。
「我に傷をつけたな、小娘!」
勇者の魔力は魔龍タイプにも効果的で、ドラゴ・プライマスの腹部と腕部を少し抉る。この程度ならダークオーブの治癒能力も相まってすぐに回復できるが、不愉快極まりない被弾であった。
「シエラル! その命もらった!」
「そうかな?」
ルーアルの魔弾を回避するシエラルは目的を果たすべく駆ける。それが逃げているように見えたルーアルは自分が優勢であると誤認し、トドメを刺せる時も近いと高揚感に似た感情を抱く。
「そこだ!」
動きの鈍ったシエラルに正確な狙いの魔弾が飛び、直撃したかに思えたが・・・・・・
「なんだというのだ!?」
魔弾の爆煙の中から一切傷を負っていないシエラルが姿を現す。手には魔剣ネメシスブレイドが握られており、その魔剣で防いだようだ。
「本当に甘いヤツだ貴様は。そうやって勝気になって勝機を逃すなんてな」
「チッ・・・!」
シエラルは魔剣を回収するために動いていたのだ。決してルーアルから逃げるようにしたわけではないし、これは優位に立ったと思ってシエラルの目的を推測できなかったルーアルの落ち度である。
「待たせたな。これで全開の戦いができる」
ドラゴ・プライマスと対峙する詩織達に合流し、シエラルは久しぶりに手に取った魔剣を構えた。
「絶対に勝とう! そして三人で皆のところへ帰ろう!」
もう詩織に恐怖などない。戦闘状態でハイになっているというのもあるが、これまでの経験による自信と、信頼する仲間が共にいるという事実があるからだ。聖剣はその詩織の感情を体現するように刀身が煌めく。
勇者と魔龍の因縁に終焉の時が迫ろうとしていた・・・・・・
-続く-
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