第46話 アスハとフィフ

 汽車での移動が終わり、駅のある街から馬車を徴用してテゾーロ鉱山へと向かうシエラル一行。道中に鉱石を乗せた貨車と何度もすれ違い、その鉱山の活発さが見てとれるようだった。


「さぁ、もうすぐで鉱山へと到着だ。目的のブツは目の前に迫っているというワケだな」


 ソレイユクリスタルの素材となる原石が予定通りに手に入れば、ようやくと修復が可能になる。それを目指してリリィ達は頑張って来たのだ。


「ソレイユクリスタルを壊してしまった時が懐かしく感じるわ・・・」


 思い返せばあれからいくつもの困難を切り抜けてきた。激戦の数々が走馬灯のようにフラッシュバックし、リリィは自然と詩織の手に自分の手を重ねる。


「国王様に良い報告ができるといいね」


「そうね。ソレイユクリスタルが直ればお父様もわたしへの評価を見直してくださるかも」


 スローン家の落ちこぼれとして見なされてきたリリィ。しかし最近ではその評価も覆りつつあった。詩織の活躍のおかげでもあるのだが、姉達のように自らの部隊を指揮して魔物を討伐し、多くの人を救ってきた実績は間違いのないことであり、城の中ではリリィも立派な王家の人間だと称賛されるようになってきたのだ。


「シエラル様、テゾーロ鉱山へと到着いたしました」


「ご苦労だった、イリアン」


 馬車を操っていたイリアンを労いつつ、シエラルは客車から降りて地に足をつける。それに続いたリリィは日差しの眩しさに目を細めながら荒れた山肌を眺めた。


「あそこにあるのか・・・」


 あの大きな山の坑道内部にソレイユクリスタルの原石が埋もれているわけで、ドキドキと緊張するリリィは深呼吸して息を整える。気持ち的には探していたお宝を目の前にしたトレジャーハンターのようであった。


「鉱山の入口はあそこだな。ボクはここの責任者に会ってくるから、キミ達は先に行っていてくれ」


「わたし達も付いていくわ。挨拶しなければならないし」


「じゃあ一緒に向かうか。こっちだ」


 先導するシエラルを見た鉱山の労働者達は深々と頭を下げて敬意を示しており、一緒に向かう詩織はなんだかこそばゆい感じだ。よく考えればシエラルは皇帝の子供であり、そんな身分の高い相手と行動を共にするには自分は場違いな人間ではないかという不安が急にこみ上げてきたのだった。当のシエラルはそんなことは気にしていないだろうが。






 鉱山近くに設置されている大きな休息所に入り、職員に案内されて階段を昇る。最上階である三階は二階までとは異なる装飾が施されていて、いかにも特別なフロアであることが分かった。


「お待ちしておりました、シエラル様。我らが主がお部屋にてお待ちです」


 フロアの奥、ひと際目立つドアの前には数人の私兵とおぼしき適合者が控えており、シエラルに敬礼した後にドアを開いた。


「待たせたな、アスハ」


 広い部屋の内部には木製の高そうな執務机が置かれ、その机で金髪の少女が豪勢なティーセットを使い優雅にお茶を嗜んでいた。リリィの金髪にも匹敵する美しさに詩織は目を奪われるが、それに気がついたリリィが肘で詩織の脇腹を軽くつつく。


「金髪が好きなの?」


「そういうんじゃないけどさ、あのコの髪が綺麗だなと思って。あっ、勿論リリィのほうが綺麗だと思うよ、私はね」


「ふぅん?」


 疑いの目線を受けた詩織は弁明するが、まだ納得してもらえていないようだ。


「シエラル、女の子を沢山侍らせてハーレムを築き上げる気なの?」


「まさか。そんなことは微塵も考えていないよ。それに、リリィはボクにそういう感情は抱いていない」


「まぁいいわ。で、アナタがリリィ様なのね?」


 金髪の少女は席を立ってシエラルを通り過ぎ、リリィの前へと歩み寄る。


「ええ、わたしがタイタニア王国第三王女のリリィ・スローンよ。宜しくね」


「あたしはアスハ・ヴァレンティナです。お待ちしておりましたわ」


 先ほどのシエラルへの態度とはうって変わって丁寧に自己紹介するアスハ。スカートの裾をつまんでお辞儀する姿は貴族そのものに見えた。


「ヴァレンティナ家は我らメタゼオスでも有数の名家の一つで、アスハは若いながらも当主として頑張っているんだよ」


 アスハはリリィや詩織と年齢は近そうで、現代で言うなら女子高生くらいだろうか。


「ふふ、褒めても何もでないわよ」


「けど、鉱山からは例のアレが見つかったんだろう?」


「アンタの言うソレイユクリスタルの原石とやらは見つかったわ。今掘り出し中なの。見に行くかしら?」


「ああ。リリィにも確認をお願いしたいからね」


 アスハのシエラルに対する態度はリリィにそっくりで詩織は微笑ましく感じた。どうやら二人は気の置けない友人のような関係らしい。


「そういえば勇者と呼ばれる異世界から来た適合者がいるとお聞きしましたが、どのコがそうなんです?」


「勇者ならわたしの隣にいるシオリが」


 リリィに示された詩織はちょこんと頭を下げた。


「シオリ・ハナサキです」


「随分可愛らしいわね。あたしのコレクションに加えたいくらいね」


「えっ・・・?」


「冗談よ。でも、いずれアナタの力を見てみたいものね」


 もし本気で言っていたならリリィが黙っていなかったろう。


「じゃあ早速現場に行きましょうか」


「アスハ様、ヘルメットを」


「うむ」


 執務机の傍に静かに佇んでいた銀髪のメイド服の少女がアスハにヘルメットを差し出す。どうやらアスハ専属のメイドのようだ。


「紹介がまだでしたね。このコはフィフ。あたしにとって世界で一番大切なパートナーです」


 フィフは顔を赤らめながらスッとアスハの後ろに控える。


「リリィ様達のヘルメットも用意させますね。適合者といえども岩石が頭に当たれば命は無いですから」


 アスハの指示で一階の休憩スペースに人数分のヘルメットが用意され、それを被っていよいよ鉱山内部へと足を踏み入れることになった。






「アレが例の原石ですが、見えますか?」


 坑道を進み、目指していたポイントへたどり着く。大きな空洞は更に地下へと続いており、リリィは崖となっている部分からアスハの指が向けられた方を覗き込む。


「見えるわ。結構大きいわね」


 ランタンの光を鈍く反射する結晶体は半分埋もれた状態だ。リリィはそれがソレイユクリスタルを構成していた結晶と同じであることを直感し、ついに見つけたという安堵を感じていた。


「そうなんですよ。傷をつけたくないですし、場所も悪いんで掘り出すにはもう少しだけ時間がかかりそうです」


 見つかった原石は人間の頭くらいのサイズであるが、貴重な物であるがゆえに慎重な作業が求められる。


「苦労をかけるわね」


「作業員達にはこれが発掘完了したら特別ボーナスを支給する予定ですから、問題ありません。それにシエラルから報奨金が出ることも約束されていますし。そうよね?」


 シエラルはうんと頷く。


「なるべく急がせますが、早くても明日までかかると思います」


「分かったわ。今日のところは一旦引き返すことにするわね」


「泊まるところはあるんです?」


「いえ、駅のあった街まで戻って探そうかなと」


「なら、あたしの別荘にお越しください。この鉱山の近くの森にあるので」


 アスハの提案を聞きながら、詩織はフと疑問に思ったことをミリシャに訊いてみる。


「ミリシャも別荘とか持ってるの?」


「ありますわよ。正確には我がテナー家の所有物ですが、タイタニア内に計四か所ありますの」


 どうやら金持ちは別荘を用意するのがステータスらしい。それは庶民の出である詩織にはわからない感覚である。


「ちなみになんだが、ボク達もお邪魔していいかい?」


「あら、アンタはテントでビバークするのが趣味だと聞いてきたけど」


「そんな趣味はないが・・・」


「ウソよ。アンタ達も来なさいな」


 皇帝の子息をからかいながら快活に笑うアスハ。そんな豪胆さのある彼女だからこそ大国の名家の当主を務めることができるんだろうなと詩織は納得する。





 それから再び馬車へと乗り込み、鉱山から離れて森の中へと移動する。その森には豪邸と言えるほどの建築物が一軒建てられていて、それがアスハの所有する別荘らしい。


「少し手狭かもしれませんが」


 そう謙遜するアスハだが、詩織にしてみればどこが手狭なのか聞きたいくらい広々としている。元の世界の自分の家がペット用の小屋に感じるほどの差があるのだ。


「使用人達が皆さんのお部屋を準備いたしますので、少し待っていてくださいね」


 詩織達は来客用のホールへと通され、そこで今日宿泊する個室の準備が整うまで待機することになった。


「いろいろ手間をかけさせてしまって申し訳ないわね。なにか手伝えることがあるなら・・・」


「いえ、リリィ様達はお客様ですから気になさらないで」


「本当に助かるわ」


「ふふ、シエラルからアナタが困っていると聞きましたから。できるだけのことをしてさしあげたいんです」


 大抵の金持ちというものは私利私欲にまみれているもんだと偏見を持っていた詩織だが、ミリシャやアスハという人物を知ってその認識は改めなければないらないようだと思う。


「ソレイユクリスタルの素材となる原石を見つけたのがアナタのような優しい人で良かったわ」


「少し前にヴァレンティナ家は一度没落したことがありまして、そこで手を差し伸べてくれた人達のおかげで復興させることができたんです。その時の経験からあたしは今度は自分が困っている人の手助けをしたいと考えるようになりました」


 アスハも労せずして名家の当主を務めているのではなく、苦労の末に今の地位にいるようだ。


「慈善的活動もそうですが、持ち前の家柄を利用して政財界に食い込み、影響力を強めて国家そのものを内部から変えていきたいというのがあたしの目標です。そうして多くの困っている国民を救うことができればと」


「立派な考えだわ。シエラルもきっとアナタに賛同してくれることでしょうね」


「独善的な皇帝とは違い、シエラルは器の大きな人間ですからね。あの人もかつてのあたしを救ってくれた一人なんです。だから感謝もしていますし、協力したいなって」


「その理由が今回のことに繋がるのね?」


「そういうことです」


 リリィに似てツンケンした態度でシエラルに接するアスハだが、彼女なりにシエラルを尊敬し、力になろうとしている。


「ん? ボクを褒めてくれている気配がしたが」


 イリアンを筆頭とした部下達に別荘の警備を固めるよう指示していたシエラルがにこやかにホールへ戻って来た。


「気のせいね、それは」


「そうか・・・」


「まぁ、アンタには感謝しているわよ。おかげでソレイユクリスタルも直せる見込みができたからね」


「そうか!」


 珍しくリリィに感謝されて満足そうなシエラル。実際に彼女がいなければ物事はこう上手く進みはしなかった。アスハのようにリリィだってシエラルへの感謝の思いはちゃんと持っている。


「聞いたかい、シオリ? あのリリィがボクにあんなことを言うなんて」


「あれがリリィの本音なんですよ。私もシエラルさんには助けていただいているので、ありがたいなって思ってます」


「うんうん。シオリは素直でいいね。ボクが皇帝になったらキミのような人に政治を手伝ってもらいたいものだ」


 政治の世界に素直で善人な者はあまりいない。すくなくともメタゼオスではそうであり、詩織のような純朴な人柄は貴重なのだ。


「ちょっとちょっと! シオリは絶っっっ対に渡さないわよ!」


「分かっているさ。シオリはキミと一緒にいるのがベストだろう」


 シエラルがそう言いつつウインクした意味を詩織は察する。前日の会話による詩織の決断の後押しなのだろう。リリィと共にいたいという決断の。

 

「当然よ! シオリとわたしが一緒にいるべきってのはね!」


 胸を張って主張するリリィに優しいまなざしを向けつつ、この人のために自分の力を使っていきたいと思う詩織であった。


    -続く-

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