第45話 シエラルの助言

「元の世界にはすぐに帰るのかい?」

 

「私は・・・すぐに帰ることはないです。確かに元の世界に帰還したいという気持ちはありますが・・・」


 シエラルの質問を受けた詩織は窓から外の景色を眺めつつ、自分の考えを告げる。その憂いを帯びたような顔つきが印象的で、シエラルは少し目を奪われた。


「リリィが理由だね?」


「はい・・・リリィと離れたくないって気持ちがあって・・・」


 この世界を気に入っているのは勿論だが、それよりもリリィのことを何よりも気に入っている。元の世界では感じたことないほどに惹かれているのだ。


「しかし、キミには迷いがある」


「そう見えますか?」


「見えるね。して、それは親のことを気にしているからじゃないかな?」


 シエラルの洞察力に感心しつつ、詩織はコクンと頷く。


「そうです。親はきっと私を探しています。どれほど心配しているか分かりませんが、少なくとも迷惑をかけていることは事実です。産んでくれて、育ててくれた恩もあるのに、私の都合は親不孝そのものではないかと思うんです」


「ふむ・・・たしかに帰れるのに帰らないのは不義理なことではあるかもしれないね」


「そこが悩みの種なんですよ。例えば一回元の世界に帰って事情を説明し、親に納得してもらったうえでこの世界に戻ってくるって手も考えられます。でも、二つの世界を何度も往来できる保証はありません。実際にソレイユクリスタルは私をこの世界に呼んだ時点で壊れましたし」


「そうだな」


 詩織の言いたいことはシエラルにも分かる。彼女自身、皇帝である親のことを気にして生きているからであり、事情は違えど共通する点はあるのだ。


「ボクのアドバイスを聞くかい?」


「是非」


「キミのご両親のことを知らないから、これはボクの考えになる点は了承してくれ」

 

 シエラルはコホンと軽く咳払いし、自分の思うコトを話し始める。


「子を持つ親の最大の願いは、子供が幸せになることだ。ボク自身、自分に子ができたらその子の幸せを最大限考えたいし、皇帝一族ではない生き方をしたいというのならそれを応援する。どんな人生を歩もうと、幸せになってくれるならその時点で親孝行ものだと思うんだ」


 真剣に聞き入る詩織は言葉も挟まず続きを促す。


「つまり何が言いたいのかというと、キミが幸せになるのであればどんな決断をくだそうといいのではないかってことさ。キミにはキミの人生があるわけで、親のことを考え過ぎす、自分の幸せを追求すればいい」


「でも・・・親は私がこの世界にいることすら知りません」


「傍から見れば神隠しのようにキミは元の世界から姿を消したことになるものな。この世界でのキミのことを知る術はないし、例え幸せになれてもそれを確認できない。だがな、だからといって自分の意思を殺す必要はない。伝わらなくたってキミが幸せになれたなら、それでいいと思う」


 親のために子は生きるのではない。新たな世代に希望を託し、その子が幸福な未来を掴み取ることこそが、人が新しい命を産み出す意味なのだ。そう思うからこそ、シエラルは詩織の悩みを理解しつつも自分のために生きてほしいと考えている。


「ボクも少し前から考えていたことがあって、それはつまり、本当の自分を曝け出して生きようということだ」


「あの秘密を、ですか?」


「ああ。父上の命令でボクは男として振る舞っている。しかし、それは終わりにする。新しい時代を作る使命を担うことに不満は無いし、メタゼオスをより良い国にしたい。だけれども、偽りの皇帝に誰が従うものだろうか? 嘘を塗り固めたような存在の指示を誰が聞くだろうか?」


 いずれ秘密が露見するかもしれないわけで、その時に混乱を招くよりは最初から自分の素性を明かすほうがいいとシエラルは判断したのだ。それに、今のように窮屈に生きるよりずっといいだろう。


「皆がどう反応するかは知らないし、父上はきっと反対するだろう。だが、このままではボク自身の幸せを掴むことはできない。だから、そうする。いつまでも親の操り人形でいるのは無理な事だ。ボクだって一人の人間だし、自由意志はあるのだから」


「凄い決断ですよ。私には想像もつかないくらいの重責の上でそうするんですものね」


「これはキミやリリィと関わる中でそういう結論に至ったのさ」


「えっ?」


 自分の何がシエラルに影響を与えたのか見当もつかなかった。まだまだ子供な自分と比べてシエラルはしっかりした人間だし、そこに干渉できるほどの事をしたとはおもえない。


「この世界で秘めたる力を発揮し、何かにとらわれず、大切なモノのために剣を振るうキミの姿が眩しく感じたものだ。ボクもそのようにただ純粋に戦えたらどれほどいいだろうとね」


「そんな立派なものではないですよ」


「フッ、キミはまだ知らないだけさ。キミ自身、まさに勇者として立っていたことに」


 シエラルの眼差しは純真だった。きっと本当に詩織に対して憧れにも似た気持ちを持っていたのだろう。


「まぁこれらはボクの意見であって、正解ではない。そもそも人生に正解なんて無いのだから、己の選択を信じて進むしかないのだけどもね」


「でも、そのお話のおかげで決意を固めることができました」


「ほう?」


「私は・・・やっぱりリリィと一緒に居たい。完全な我儘ですが、親もきっと分かってくれるはず。そしていつか元の世界と自由に行き来できる時代が来たら、その時に全ての事情を話そうと思います」


「いつか子は大人になって親元を巣立ち、独り立ちする時が来る。自分の生き方を決めることができたキミはもう立派な大人だ」


 シエラルは優しい笑顔でウインクし、詩織にそうエールを送る。彼女自身、自分の秘密を公表することでこの先に待ち受けるであろう困難を超えるための勇気を詩織から貰うことができ、迷いを振り払うことができた。


「ふぅ~、やっと解放されたわ・・・」


 この街の地方議員達に囲まれていたリリィはようやくと抜け出し、詩織のもとへとトボトボ歩いてくる。王家の人間であるのだが政治的な活動に参加することも少なかったリリィには疲れることだったのだ。


「お疲れ。頑張ったね」


 詩織の笑顔で気力の回復したリリィはエッヘンと胸を張った。


「ちょっと、ここでシオリを口説いていたんじゃないでしょうね?」


 そんなことしてないとシエラルは全力で首を左右に振るい、無実を訴える。


「ボ、ボクはあの議員達に挨拶してくる。戦闘の疲労もあるだろうし、部屋で休息を取るといい」


 リリィのジト目を受けるシエラルはそそくさと立ち去った。まるで肉食動物から逃げる小動物のようで、いつもの凛々しさはない。


「シエラルさんの言うとおりに部屋に戻ろうか?」


「そうね。明日のためにも休みましょう」


 無心に料理を食べ続けているアイリアを頃合いをみて休ませるようミリシャに頼みつつ、リリィと詩織はホールを後にした。

 




「ねぇシオリ、シエラルと何を話していたの?」


 ホテルの部屋に備え付けられていた浴室から戻ったリリィが髪をタオルで拭きながら詩織に問いかけるも返事はない。少し不安になったリリィは髪を手ですくい上げて部屋を見渡す。


「ん?」


 先に風呂から出ていた詩織はすでにベッドの上で心地よさそうに寝息を立てていた。


「もう寝てたのね」


 リリィはベッドにゆっくりと腰かけ、詩織の頬を優しく撫でる。起こしてしまうのではとも思ったが、我慢できなかった。


「・・・ずっと・・・傍に・・・」


「シオリ・・・?」


 どうやら寝言のようだ。何か夢でも見ているのか詩織は目を閉じたままで口を動かしていた。

 まだ話したいこともあったのだが、リリィも横になって詩織の隣に並ぶ。


「おやすみ、また明日ね」


 聖母のような慈悲に満ちた表情で詩織の手を握り、眠りのなかへ落ちていった。





「おはよう。昨日はよく眠れたかい?」


「はい。シエラルさんがいい部屋を用意してくれたおかげです。ありがとうございました」


「それなら良かった。汽車は後少しで出るから、先に車両に乗っていてくれ。一番先頭を貸切ってある」


「わかりました」


 詩織の世界で一昔前にあったような雰囲気の駅に停車している列車に乗り込む。ここの周囲だけ見たら田舎の町にでも来たような感じに思え、この様子なら詩織の知る近代的なデザインになるのもそう遠くない未来なのかもしれない。


「SLみたいでカッコいい汽車だ」


「シオリはこういうのがお好み?なら技師に頼んでタイタニアの汽車も外見を変えさせるわ」

 

「そ、それはやりすぎでは?」


「なら新しく建造される時に要望を出しておくわ」


 ほどなくしてシエラルやイリアン達も乗り込み、汽車は駅を出発する。速度はタイタニアの物よりも速く、その点でも対抗心を燃やすリリィは汽車の性能向上も要請しようと脳内メモに書き留めた。


「さて、今日の目的地のことを話しておこう。ボク達が目指しているのはテゾーロ鉱山という場所で、そこでソレイユクリスタルの原石が見つかったと報告があったんだ。現在発掘作業中だが、間もなく取り出せるらしい」


「タイタニア内では見つからなかったからありがたいわ」


「貴重な鉱石だからね。これで修復できるといいね」


 タイタニアでも複数の調査チームが動いていたが、結局は有力な情報も得ることができずにソレイユクリスタル修復は頓挫しかけていた。いよいよ他国にもチームを派遣しようかという状況になっており、そんなさなかにシエラルから救いの手が差し伸べられたわけで、国王も安堵することだろう。詩織の帰還もそうだが、ソレイユクリスタルはタイタニアの国宝でもあるので何としても直したいと国王は意気込んでいたのだから。


「後、リリィに話しておきたいことがあるんだが」


「何よ」


「キミとの婚姻の話があっただろう?それは破談になったと父上に報告しようと思う」


「あら、それは皇帝閣下の意思に反することだと思うけど、いいの?」


「かまわんさ。確かに少し前のボクは父上の指示に従うことを重視していた。しかし今のボクは違う。キミに無理強いはしたくないし、ボクも自分の意思をもっと出していこうと、そう思ったのさ」


 昨日のシエラルとの会話を思い出した詩織はリリィと違って不思議には思わない。おそらく女性であることを公表することが今の話に繋がってくるのだろう。


「そうなのね。ならわたしもお父様にそう伝えておくわ」


「キミとは良き友として付き合っていければと思う」


「そういうことならかまわないわ。シエラルとはお隣さん同士、長い付き合いになるだろうからね」


 婚姻の話が無くなったおかげか、ようやくリリィとシエラルのわだかまりも解けたように詩織には見えた。というかリリィが一方的に避けていただけなのだが、ともかく平和的に両者が歩み寄れたのは良いことだ。


「さぁ、そろそろ目的の場所に着くぞ」


 いよいよテゾーロ鉱山が近づいてきた。果たしてソレイユクリスタルの修復が可能なほどの原石が手に入るのだろうか・・・・・・


          -続く-

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