第44話 メタゼオス帝国へ

 空中魔道都市チェーロ・シュタットを襲撃した魔物達は殲滅され、リリィ達は総帥のライズに事を報告する。だが浮遊動力源であるヴォーロクリスタルを奪われてしまい、戦術的には敗北であるために明るい表情をしている者はいなかった。


「ふむ・・・しかし人的被害は抑えることはできた。人がいれば必ず復興することはできるのだから、アナタ達には心から感謝する」


「我々の国も魔女のせいで損害が出ていますので、ヤツは絶対に見つけ出して討伐します。その時にヴォーロクリスタルも回収してみせます」


 タイタニアにとっても魔女は因縁のある相手だ。リリィは魔女と数度接触しているのに撃破できていないことを反省しつつ闘志を燃やす。


「我らも戦力を出そう。そもそも勇者様の支援を目的にここまで来たのだから、今回の恩を返すためにも役に立てるよう務める」


「ありがとうございます。大規模作戦展開時に改めて協力を要請しますので、それまではチェーロ・シュタット防衛に集中してください。またヤツらがここに来るとも限りませんし」


「分かった。その時に備えて準備を万端にしておこう」


 魔女の所在が分からない以上攻撃のかけようが無いし、いつどこから襲撃を受けるかわからない。もしかしたらチェーロ・シュタット制圧のために再来するかもしれないし、現状で兵力を分散させるのは危険であろう。


「そういえば、ティエルさんはご無事でしょうか?」


「彼女なら病院へ搬送された。負傷しているが命に別状はないそうだよ」







 ライズとの謁見が終わったがすぐにはチェーロ・シュタットを後にせず、その足でティエルの搬送された病院へ向かうリリィと詩織。ティエルとは出会ったばかりであるのだが、どこか親近感が湧いていたし、リリアや早織のことを知る彼女が無事であることを直接確認したかったのだ。


「助けていただき本当にありがとうございます。まるでサオリ様やリリア様の戦いを見ているようで心強かったですよ」


「お婆様達の活躍をわたしも見てみたかったものです」


「あのお二人は本当に凄かったですよ。魔物を次々と狩る姿は戦乙女とも言えるものでした。人々の希望となりて、遂には世界を救ってみせましたしね」


 伝記の中に記された活躍を目にしてきたティエルは少々興奮気味に話す。


「リリィ様とシオリ様の戦いを見て、その伝説は今まさに蘇ったのだと私は確信しました。あの魔女だって必ず討てるはずです」


「お婆様達の頑張りを無駄にしないためにも、今度はわたし達が頑張ります。魔女との戦いが終わったら、詳しくお婆様達のことを教えてくださいね」


「勿論です。そのためにも生きて帰ってください」


 その言葉に詩織とリリィは強く頷いた。戦いに赴く以上、死の可能性は常につきまとう。だがお互いに決して離れたくないという想いがあるからこそ、必ず生還するのだと硬い意思を心に留め置く。







「チェーロ・シュタットでやり残したことはもうないかい?」


「えぇ、もう用事は済んだわ」


 チェーロ・シュタットの港口から伸びる巨大な階段を降り、タイタニア領土内に足をつける。空中魔道都市内には短時間の滞在だったのだが、戦闘のおかげでもっと長い時間居たような錯覚を覚え、こうして自国の土を踏むのは久しぶりのように思えた。


「シュベルク隊の皆にもお世話になったわね」


「お役に立てたでしょうか?あまり活躍できなかったのではと・・・」


「敵の動きを抑えてくれたからこそ、わたし達は魔女との戦いに集中できたのよ。それに、ミアラのおかげでシオリが攻撃する隙がつくれたわけだしね」


 リリィに名指しされたミアラはえへへぇと照れている。


「私のドジな部分が活きるとは思ってもみなかったですぅ・・・」


「それも才能の一つなのよ。実際に生き残ったわけだし、もっと誇っていいのよ」


 ポンとミアラの肩を優しく叩いて激励し、ニーナに一つの任務を言い渡す。


「わたしの部隊はこのままメタゼオスに向かうわ。そこで、王都に今回の件の報告をしてほしいの」


「私達がです?」


「そうよ。チェーロ・シュタットで起きた出来事と、わたし達がソレイユクリスタルの素材を譲ってもらうためにメタゼオスに赴く件をね」


「了解しました。必ずお伝えします」


「面倒をかけるけど頼んだわ」


 一度王都に戻ることも検討したが、手間を考えればこのままメタゼオスに向かうほうが得策だと考えたのだ。それに、魔女という難敵がいる現状では事は急いだほうがいいだろう。


「ということで行くわよ、シエラル」


「あぁ。盛大な歓迎をする時間はないが許してくれ」


 シエラルは綺麗なウインクをキメながら、さながら執事のように胸に手を当てて

腰を軽く曲げる。その紳士的な所作にシエラルの部下であるイリアンはうっとりしているが、リリィは無反応だ。


「シオリはどうするのかしら・・・」


 ソレイユクリスタルの修復をきっと詩織も望んでいたことだろう。こんな危険な世界より、元の平和な世界に帰りたいと思うのは当然のことだろうし、詩織が生きていてくれるならその方がいいともリリィは思う。

 本当なら今すぐにでも詩織の意思を確認すべきではあるが、結局切り出すこともできずにメタゼオスに向かうのであった。







 国境を跨いでメタゼオスに入国し、付近にあった貿易都市へと入る。タイタニアよりも強大な勢力を誇るメタゼオスの都市ということもあり、その発展具合は詩織の世界でいえば近代国家並みの規模だ。


「へぇ~、結構スゴイんだ」


 初めてタイタニア以外の国を目にしたこともあり、詩織は興味津々に周囲を観察している。


「タイタニアもいずれはこのくらいに成長してみせるわよ」


「それを成すのがリリィの役目だね?」


「勿論よ。そのためにも他の国を視察してみるのもいいわね」


 欲を言うなら詩織の世界を見学したいと思うリリィ。魔物が存在しないという世界が果たしてどのように構成されているのか勉強したいのだ。


「目的の鉱山近くの街までは汽車で向かうとしよう。そこから少し足を使ってもらうことになるけど、そこは我慢してほしい」


「かまわないわ。ここまでしてもらって文句なんて言わないわよ」


「汽車は明日の朝に出発する予定だ。それまでは宿泊所を確保してあるからそこで休んでいてくれ」


「わかったわ」


 シエラルの案内で街中心部にある大きなホテルを訪れ、用意されていた部屋の扉を開ける。そこは広い洋風の一室で、いわゆるスイートルームのようなつくりであった。わざわざこのクラスの部屋を確保してくれたシエラルに感謝しつつ、詩織は木製の椅子へと腰を降ろす。


「少しゆっくりできそうでよかった」


「そうね。チェーロ・シュタットでの戦いもなかなかに激戦だったもの、疲れたわ」


 当然のように詩織とリリィは同室で、アイリアとミリシャは隣の部屋に宿泊している。この采配に疑問を持つ者などおらず、むしろこうでなければ不自然なレベルだ。


「ガーベラシールドに黄金の杖・・・まるでRPG系ゲーム終盤に手に入る最終武器みたいな物だね」


 詩織が魔法陣からそれらの魔具を取り出してテーブルの上に置く。こうして並べてみると装飾用の置物にも見えるが、れっきとした対魔物用の兵器だ。


「そういえばこの杖だけ名前が無いんだよね。聖剣はグランツソードだし、コレはガーベラシールドってちゃんと名前があるのに」


「確かに。でもこの魔具に関する文献も伝承もないから、名前は分からないのよねぇ」


 あの物知りのミリシャですら知らない代物だ。しかし普通の杖とは違う性能を有しているし、只物ではないのであるが。

 リリィも自らに与えられた黄金の杖の片割れを手に取り、まじまじと眺める。


「私達で付けちゃおうよ、名前」


「たしかに黄金の杖じゃあ味気ないし、なんか名前があったほうがわかり易いものね」


 うーんと詩織は天井を見上げながら杖の名称を考える。思えば物の名前など今まで付けたことはほとんどないし、想像力があるかと言われればNOだ。


「そうだな・・・なら、シオリリウムロッドなんてどう?」


 前に遊んでいたゲームのアイテムを参考に詩織がそう提案する。


「わたし達の名前を組み合わせたのね。でも、ちょっと言いにくくない?」


「でもほら、私達専用の特別感があるじゃん?それに可愛いでしょう?」


「ふふっ、じゃあそれで」


 せっかく考えてくれたのだから無碍にしたくないし、自分と詩織の名前の組み合わせを気に入ったリリィは頷いて了承した。


「これだけの凄い魔具があれば、どんな魔物だって倒せそう」


「魔具の性能もそうだけど、詩織の特別な魔力もあるわけだしね」


 聖剣や杖のパワーは確かに並みの魔具とは桁違いの能力があるが、それを引き出せるのは詩織だからこそだ。


「ねぇ詩織・・・今後について相談があるのだけど」


「うん? どんな?」


 リリィが話を切り出そうと口を開いたが、来訪者が来たことを知らせるベルが鳴った。仕方なくリリィは立ち上がり、ドアのノブを回す。

 

「やぁ、お取込み中だったかい?」


 明るい表情で訪問してきたのはシエラルだ。会話を邪魔されたリリィのジト目を受けながら、詩織に問いかける。


「いいえ、大丈夫ですよ」


「ならよかった。キミ達、夕食はまだだろう?ボクのツテで用意させたから、どうかなと思ってね」


 正直なところ職権の乱用であるのだが、それでシエラルを糾弾する声はない。それは彼女の人徳があってのことでもあり、隣の国の王族をもてなすことに反対する者などいなかったためでもある。


「いこうよ、リリィ。お昼ご飯も食べてないから、私お腹空いたよ」


「そうね」


 詩織の笑顔はどうしてこんなに心を穏やかにしてくれるのか。リリィもつられて口角をあげつつ、その不思議な魅力を永遠に感じていたいと思った。






 ホテルの多目的ホール一つを借り切り、まるで宴会会場のような様相の中で立食形式の食事にありつく。リリィのチームだけでなく、シエラル麾下の部隊メンバーの他、リリィの訪問を聞きつけたこの街の政治家や有力者までもが参加しているために人の数は多かった。


「シオリ、少しいいかい?」


「はい」

 

 シエラルに手招きされた詩織は会場端のテラスへと移動し、そこで甘い果汁入り飲料の入ったグラスを手渡される。この周囲には二人だけということもあり、落ち着いた雰囲気の中で詩織はそのグラスに口をつけた。


「騒がしくなってしまってすまない。ああいう連中は権力を誇示するために無遠慮なことをするもんで困る」


 リリィの周りにいる政治家達を顎で示しつつシエラルが困ったように眉を下げた。


「歓迎してくれているように見えますよ?」


「表向きはね。でも実際には媚を売っているのさ。ここで顔を憶えてもらい、何かあった時に融通してもらおうとしている。他国の王族にパイプを繋げておけば、後で活用できると考えてね」


 シエラルは皇帝の子供ということもあり、政治の世界にも参加している。だからこそ、権力者達の醜さや狡猾さを知っているからウンザリとしているのだ。


「まぁそれはともかく、キミとは少し話をしてみたくてね」


「私とですか?」


「一応言っておくが、キミを妃に迎えたいとか、メタゼオスに勧誘したいとかそういう話ではないよ」


「ふふっ、そんな話だとしたら、リリィが黙っていないでしょうね?」


「だな」


 フッ、と笑うシエラルは詩織とそう変わらない女の子といった感じだ。こんな顔を見せるのも、詩織がシエラルの秘密を知る数少ない存在で信頼できるからなのだろう。


「素材が手に入り、ソレイユクリスタルの修復が終わった後、キミはどうするのかを知りたいと思ってね」


 それはリリィも聞きたいことだが、当然にシエラルだって気になる。いくつかの戦場を共にした戦友であり、もう赤の他人ではないのだから。


         -続く-

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