第43話 勇者の面影
ティエルへの魔弾をガーベラシールドで防御し、聖剣を構えて魔女に突撃する詩織。その姿はまさに勇者と言うべきもので、かつての勇者早織と重ねたティエルは朦朧とする意識の中で小さな涙を流す。
「あの時と同じだ・・・間違いなく、あの方こそサオリ様の血を受け継ぐ者・・・」
詩織に続いてリリィやシュベルク隊も機関室に参上し、ルーアルとリガーナと交戦する。数では勝っているものの、特にルーアルの戦闘力は意外と高いために苦戦していた。
「小賢しい・・・小賢しいんだよ、貴様が! 魔女である私にそんなモノで楯突こうなど!」
ガーベラシールドを効果的に使いながら詩織は徐々にルーアルを追い詰めていく。だが、それで押されるだけのルーアルではなく、ちゃんと秘策も用意していた。
「いい装備があるのは貴様だけではない!」
魔法陣の中から現れたのはボーリング球サイズのダークオーブだ。しかし、それを体内に吸収するのではなく、ルーアルに付き従うように滞空させる。
「さぁ、ここで消えろ!」
ルーアルの右肩近くに浮かぶダークオーブが怪しく発光し、漆黒の魔弾が詩織めがけて飛ぶ。
「どうだ! これがフォースダークオーブのチカラだ!」
「くっ、火力がダンチだ・・・」
初速の早い魔弾をなんとかガーベラシールドで防ぐも、ルーアル自身が撃つ魔弾よりも高威力であるために衝撃でズサッと足が後ずさる。いくらガーベラシールドでも、この攻撃を受け続ければ壊れてしまうのではと思えるほどで、回避を優先するべきだなと詩織は戦術を見直す。
「ここはわたしが!」
詩織と入れ違うようにリリィが剣を構えてルーアルに突っ込んでいくが、再びフォースダークオーブが魔弾を放ち近づくことができない。
「あの厄介なのをどうにかしないと・・・」
「任せて」
詩織は聖剣から黄金の杖へと持ち替え、魔弾を発射する。なにも近接戦で仕留める必要はなく、近づけないなら撃てばいいのだ。
「そんな攻撃でな!」
しかし、それも見越してあるルーアルには効かない。フォースダークオーブがルーアルの周囲に紫色の魔力障壁を展開し、その詩織の魔弾を防ぐ。
「ちっ・・・対策してくるか・・・」
「当然だ。貴様は魔弾さえも自在にコントロールする技術を持っているのは、以前の戦いで見せてもらったからな」
王都での戦闘では詩織のホーミング性の魔弾に驚いていたが、さすがに一度見てしまえば対応を考えることはできる。いくら弾道を曲げられても、全方位にバリアのような魔力障壁を構成すれば防ぐことは容易い。
「ああいう障壁は聖剣で一点突破するのが攻略法だけど、近づこうとしたら魔弾で迎撃してくるし、どうすれば・・・」
攻守共に優秀な新兵器のフォースダークオーブを破壊できれば勝ち目もある。が、それをどうやって達成するかが問題だ。
「こうなったら、皆で一気に突撃するしかないわ」
一対一では押し負けるのだから、なら複数人で突撃するしかないとリリィは判断する。
「シュベルク隊からメンバーをこっちにまわせる?」
「私とミアラが行きます。タリスはそっちの人間を!」
リガーナの対処をタリスに任せ、ニーナとミアラがリリィの援護に移る。この四人で一気にルーアルを倒す算段だ。
「行くわよ!」
「了解!」
ルーアルの四方を囲むように展開し、駆け出す。
「それで勝てるかな?」
障壁を解き、フォースダークオーブが周囲に向かって魔弾を斉射した。どうやら多方面に同時攻撃が可能なようだ。
「ダメなのか・・・」
ニーナの足に魔弾が掠め、その場に転倒する。このままではすぐに胴体か頭にも魔弾が降ってくることだろう。
その前に必死に立ち上がろうとしたが、近くに着弾した魔弾の衝撃波で吹き飛ばされてしまう。
「や、やらせません!」
尊敬する隊長であるニーナのピンチを目の当たりにしたミアラが、魔弾を上手くくぐり抜けてルーアルに迫った。
「いいカンをしているが、ここで終わりだ」
ルーアルはフォースダークオーブではなく、杖の一撃にてミアラを始末しようと構えた。
「ミアラ、無茶だ!」
ニーナの制止する声も聞こえず、ミアラはルーアルの目前まで近づく。
「死んでしまえよ!」
魔弾が放たれ、ミアラを穿つかと思われたが、
「はわわわわ!」
ミアラが盛大にコケた。正確には自分の足にもつれてつまずいたのだ。適合者らしからぬヘマであるが、それが功を奏して魔弾は頭の上を通過していく。
「何っ!?」
ミアラの予想外の動きに驚くルーアルは次の魔弾を撃とうとしたが間に合わず、走る勢いそのままにコケたミアラがルーアルに頭から突っ込んだ。
「うぐっ・・・」
「いてててて・・・」
みぞおちにミアラの頭がめり込み、ルーアルは膝をつく。
「これなら!」
そのチャンスを見逃す詩織ではない。聖剣を下段に構え、ルーアルの至近距離まで辿り着いた。
「斬るっ!」
「チィ・・・」
ルーアルが身をよじったせいで振りあげられた聖剣は肩を掠めるだけであった。が、それで終わりではない。
「コイツっ!」
振りあげた聖剣はフォースダークオーブを切断していた。真っ二つに割れたフォースダークオーブは地面に落ち、力を無くして霧散する。
「またやられたのか・・・!」
不利な状況になったことを察したルーアルはミアラを蹴り飛ばして飛翔し、タリスと激闘を繰り広げていたリガーナを回収して機関室から撤退していった。
「行かせるか!」
詩織は再び杖を構え、魔弾を撃つ。思考制御された魔弾は狭い通路を縫うように飛び、未だ魔物と人間が戦っている資材置き場に到達したルーアルの背中を捉える。
「そこだ、当たれっ!」
もう少しで命中させられるところまでいったのだが、魔弾の弾道を遮るように現れた小型の魔龍タイプに当たってしまった。二発目を撃ってももう間に合わないのは確実で、魔女には逃げられてしまいヴォーロクリスタルも奪還することは叶わなかった。
「逃がしてしまったか・・・」
詩織は不甲斐なさに落胆しつつも、負傷したティエルのもとへと駆け寄る。
「ティエルさん、大丈夫ですか?」
「少し痛みますが問題ありません。アナタが守って下さったので」
「役に立てて良かったです。でも、魔女を止めることはできませんでした。申し訳ありません」
「いえ、謝ることはありません。懸命に戦ってくださった勇者様達はなにも責任を感じることはないですよ」
詩織達が支援してくれなければ被害はもっと広がっていただろう。そんな恩人とも言うべき彼女達を責める気など毛頭無かった。
「あの魔女は私達が追っているヤツなんです。必ず見つけ出し、奪われた物も取返します」
こうも災厄を振り撒く魔女を絶対に許すわけにはいかない。今度こそ決着をつけることを誓う詩織。
「そのためにもまずは地上の敵も殲滅しないとだね」
「そうね。シエラル達も頑張っているし、援護しましょう」
あの巨体を任せたシエラル達の戦況は分からないが、戦闘は数がいるほど有利になるので急いで合流するべきだろう。
「ティエルさん、立てますか?」
「情けないのですがまだ無理そうです。兵が来るのを待ちますから、私はここに置いて行ってください」
「分かりました。地上に行く途中でチェーロ・シュタットの兵士の方に伝えておきます」
「すみません。アナタ達にばかりご負担をおかけしてしまって・・・」
「いえ、これでも勇者の力を持つ人間ですから」
優しい笑みでそう答えた詩織は立ち上がり、リリィ達と共に外へ向かっていく。それを見送るティエルは、痛みも忘れて穏やかに微笑んだ。
「やぁ、遅かったね」
機関室のある地下から地上へと急行し、あの巨大魔龍タイプが暴れていた地点に向かうが既に決着はついていた。
「よく倒せたものね」
「フッ、ボクと魔剣の力があればこの程度造作もないさ。デカいだけで性能は低かったからな。搭載されていたダークオーブを破壊するのは容易だったよ」
魔物の残骸の上でカッコつけるシエラルはドヤ顔だが、リリィは気にも留めずにダークオーブの欠片でも残っていないか周囲を探している。
「キミ達のほうも片が付いたんだね?魔女はどうなった?」
全く活躍を褒めてもらえなかったシエラルは残念そうに残骸から降りて問う。
「こっちの負けよ。魔女には逃げられるし、貴重なクリスタルは奪われるしで・・・」
「そうか・・・・・・まぁとにかく、チェーロ・シュタットに出現した魔物は撃破できたし、直面する危機は脱することはできたな」
とはいえ、ヴォーロクリスタルを失ったチェーロ・シュタットはもう飛ぶことはできない。
「調査のつもりがとんだ災難に見舞われたもんだ。しかし、チェーロ・シュタットが敵ではないことも分かったし、魔物に対する同盟者として共闘することは可能だな。いまは少しでも戦力が欲しいし、協力者が多いに越したことはない」
「そうね。シオリのパワーアップもできたし」
ガーベラ・シールドは魔女の火力さえ凌いでみせた。詩織の装備はより拡充し、来たるべき魔女との決戦でも役に立つことだろう。
「クリスタルで思い出したんだがな、キミに伝えておきたいことがあったんだ」
「何よ。こんな時だからって告白でもするつもり?」
「いや、ではなくて。ソレイユクリスタルの素材が発掘できそうなんだ。修復に充分な大きさのものが」
「そう」
すこし複雑そうな表情で頷くリリィ。ソレイユクリスタルを修復しなければいけないのは確かだが、それ即ち詩織との別れが来ることと同義と思っているからだ。
「そこで、その素材が見つかった鉱山にキミ達を招待しようと思ってさ。発掘次第、そのまま持って帰ってくれればいい」
「代金はいくらくらい?」
「お金なんていらないよ。前に言ったろ?困っている人を助けたいと。それに、キミやシオリには恩がある」
ダークオーブで強化されたオーネスコルピオとの戦闘で生き残れたのも、女性だということを他の人に知られなかったのも詩織達のおかげだ。だからこそ力になれるならそうするし、そこに損得勘定は含まない。
「とりあえずライズ総帥に事の報告をしておこう」
こうして戦闘は終わり、ひと時の平和が訪れた。だが、まだ世界に燻る戦火が絶えたわけではない。
「ここでお前達は待機していろ」
メタゼオス領土内の僻地、荒れた山脈の奥には巨大な魔法陣が敷かれており、皇帝ナイトロは護衛の部下をおいてその魔法陣へ足を踏み入れる。
「シフト・・・」
そう転移魔術の名を呟くと、ナイトロの姿は消えた。
「ふぅ・・・何回やっても慣れないものだ」
先ほどの景色とうって変わってまるで宇宙に似た虚無のような空間がナイトロの眼前に広がる。半透明の地面はあるものの、その範囲は狭く、淵から落ちたら時空のハザマに消えてしまいそうだ。
「お加減はいかがですか?」
半透明の床の中心部、そこには朽ちた魔龍が擱座している。ドラゴ・ティラトーレよりも大きいが、死んだような生気の無い目のせいか弱々しい感じだ。
「いいわけがない。貴様、まだ我の治療法は見つからんのか?」
「もう間もなくです。報告によれば神秘の力を秘めたヴォーロクリスタルが手に入ったとのことです。あとはソレイユクリスタルでも回収し、それらの特異な魔力を用いれば・・・」
「ならば急げ。外の世界の様子を早く目にしたい」
「この空間から漏れ出した魔素によって世界の魔物は活性化しています。アナタが外に戻った時のための支度はできています。全ては順調ですよ」
「そうか・・・」
魔龍は息を吐き出し、退屈そうに目をつぶる。
「しかし、貴様の娘は思い通りには動いていないようだな?」
「アレはできそこないですから。いざという時は殺してしまえばいい。アナタを復活させ、約束通りに永遠の命を手に入れられればワタシが未来永劫の皇帝となる。そうすれば子供などという煩わしいモノなど必要ありません」
「ふん・・・貴様もあくどいヤツだな」
「世界の覇権を魔龍と共に握ろうとするならば、これくらいの豪胆さがなければ」
皇帝ナイトロにとって全ては道具であり手段でしかない。シエラルは自分の血を引いた子供ではあるが、だからといって愛情はないのだ。
「我がここに封じられて幾星霜・・・あの勇者にはしてやられたが、今度こそは世界を手にする」
「はい。全てはアナタの手に落ちるのです。ドラゴ・プライマス様」
-続く-
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます