第47話 光明

 アスハの別荘にて夕食を振る舞われ、それ以外にも客人として最大限もてなされた詩織は大浴場を目指していた。先ほどまでリリィも一緒にいたのだが、彼女はシエラルに呼び出されて不機嫌さを隠さないままホールに行ってしまい、今は別行動をとっている。


「参ったな・・・ここ、どこ?」


 この別荘に勤めるメイドの一人に大浴場の場所を聞いていたものの完全に迷子になっていた。それほどこの建物は広く、慣れない場所では迷うのも仕方のないことだろう。


「人の気配が・・・?」


 廊下の先のテラスに人影が見えた詩織は、ホッとしてその人影の元へと足を向けた。不安な時に誰かがいると安心するし、この別荘の関係者なら大浴場まで案内してくれるはずだ。


「あのっ」


 ドアが少し開いていたので、詩織はそこからテラスを覗きこみながら声をかける。


「あら、どうかした?」


 そこにいたのはアスハとフィフだ。小さなランタンの淡い光が二人のシルエットを浮かび上がらせている。


「いえ、ちょっと迷ってしまいまして・・・・・・すみません、お邪魔でしたか?」


「ふふ、大丈夫よ」


 詩織の目に間違いがなければ、声をかけた瞬間に二人の重なっていた影がパッと離れたように見えたのだ。何をしていたか知らないが、二人だけの時間を邪魔してしまったのではと自分の行動を後悔していた。


「そこ、どうぞ」


 アスハは自分の座る位置からミニテーブルを挟んで反対側にあるチェアを示す。


「いいんですか?」


「でなければ誘いの言葉を言うと思って?」


 言われたままに割とシンプルなデザインのチェアに腰かける。するとフィフがどこから取り出したのか小さなカップを用意しお茶を注ぐ。


「こうして会ったのも何かの縁ね。あたし、アナタとお話してみたいと思っていたし」


「そうなんですか?」


「えぇ。伝承に伝わる勇者の再来だもの、興味があるわ。これまでにどのような戦いを経験したのかとかね」


 詩織はこの世界に来てからの様々な出来事をダイジェストで伝える。あまり話すのが得意というわけではないので、ちゃんと伝わっているかはわからないが、アスハは身を乗り出して聞き入っていたので問題なさそうだ。


「そう。この世界に来てからいろいろな強敵と死闘を繰り広げてきたのね」


「はい。私一人ではどうしようもありませんでしたが、リリィや皆のおかげで生き延びています」


「ふむ。でも、アナタの適応力は凄いわね。突然異世界に飛ばされたのに、自分の力を把握して恐ろしい魔物達と戦っているのだから」


「勿論戸惑いもありました。でも、自分にできることをしたいと思ったんです」


 実際に元の世界では得られなかった充実感というか、達成感のようなものを感じでおり、自分の中にある特殊な力を使うのはイヤではなかった。


「そういうバイタリティは成功者に必須のものよ。アナタは将来大物になるかもしれないわね」


「そ、そんな大したものじゃないですよ」


「自信を持ったほうがいいわ。これから先にも突如人生に大きな変化があるかもしれないし、そういう時にその自信が味方をしてくれるはずよ」


 実感の籠った口調でそう言うアスハ。


「両親が亡くなってヴァレンティナ家が没落したあの時、あたしは全てを失った。それまでの日常とは全く異なる生活は、それこそ異世界に来てしまったかのようだったの。でもそこで諦めず、懸命にヴァレンティナ家復興のために尽力したわ」


 いきなり生活が一変したという点は詩織と共通している。どこか憂いを帯びたようなアスハの声に詩織は引き込まれた。


「その体験が今のあたしの基礎を作ったの。困難な逆境だって覆せたという自信がね」


「それで自信をつけろって言うんですね?」


「そういうこと。仲間達の力があったとしても、特別な力で活路を切り開いてきたアナタの実力は間違いなく本物よ」


 こういう風に人に褒めてもらえることもまた自信に繋がる。それが分かっているアスハだから、詩織のことを称賛したのだろう。


「まぁこうしてヴァレンティナ家を復興できたのは、フィフがいてくれたからこそでもあるんだけどね」


「わ、私は何も・・・」


 話の矛先が自分に向いたことに驚きつつ、フィフは手を小さく振って謙遜している。その所作は可愛らしく、大人しそうな外見と相まって小動物のようだ。


「このコとはあたしが失意の中にいる時に出会ったの。で、そこから二人三脚で頑張ってきたってわけ」


「最初からアスハさんのところで働いていたんじゃないんですね」


 二人はとても仲が良さそうに見えたので、幼いころからの付き合いなのだとばかり思っていた。


「私は奴隷市で売られていたのです。そこから救い出してくれたのがアスハ様だったのです。その恩義もありまして、私はアスハ様に全てを捧げ、一生仕えようと心に決めたのです」


「救われたのはあたしも同じよ。あたしにとって、フィフは何にも代えられない大切なパートナーなの」


「そう言っていただけるだけで私は幸せです、アスハ様」


 本当に幸せそうなフィフの笑顔を見て、どうやらこの二人は何人たりとも介入させない強い絆で結ばれているのだなと詩織は直感した。名家の当主であるアスハは多数のメイドを雇っているだろうに、その中でも特別に想われているのだからフィフはよほどアスハの支えになっていると言える。


「そういえば、アナタはリリィ様のことを呼び捨てにしていたわよね? リリィ様もアナタを特別視しているようだし、とても親しいのね?」


 リリィとて王族の人間であり、それを呼び捨てにしていることを不思議に思ったのだろう。それを言えばアスハだってシエラルを呼び捨てにしていたが。


「親しいってレベルじゃないわ。もはや一心同体よ」


「リリィ!? ビックリしたなーもう」


 詩織がアスハに返答しようとした瞬間、ドアのほうからリリィの声が聞こえてきて少し驚いた。


「よくここが分かったね?」


「これを使ったの」


 リリィが手に持つのは黄金の杖、シオリリウムロッドであった。元々一本であったその杖は二つに分かれて詩織とリリィが所有しており、お互いの位置をサーチする能力を有している。


「てっきりお風呂に行ったものだと思っていたわ」


「それがさ、迷子になっちゃって」


 アスハとの話に夢中になっていたが、思い返せば大浴場の場所が分からずに迷ってここに来たのだ。


「王女様と勇者、とてもいい関係のようですね」


「そうよ。まるで前世から結ばれていたかの如く、わたし達はめっちゃ強い絆で繋がっているのよ!」


 ドヤ顔のリリィの言葉に嬉しさを感じた詩織は、ちょつぴり口角を上げてリリィの横に並んだ。






 翌日、リリィ達は再び鉱山へと向かい、ソレイユクリスタルの素材となる原石発掘に立ち会う。前日からかなり作業は進んでおり、もう間もなく取り出せそうな状態になっていた。


「慎重にね。後少しという時が一番危険なのよ」


 アスハの指示に頷く作業員達は、焦ることもなく見事原石を掘り出しに成功した。リリィはその原石のもとへと降り立ち、手で優しく撫でる。


「ようやくだね、リリィ」


「ええ。これを使えば、ソレイユクリスタル修復ができるわ」


 リリィもこれで国王からの許しを得ることができるはずだ。


「シオリ、これを格納できるかしら?」


「ちょっと大きいけどやってみる」


 魔具を収納している魔法陣を展開し、その中に原石を収容した。とはいえ聖剣やガーベラシールドまで収容しているのでキャパシティも限界ギリギリである。


「本当にありがとう、アスハ。この恩は絶対に忘れないわ」


「役に立てて良かったです」


 アスハは一仕事終えたとばかりに安堵し、こうして人の役に立てたのだから、これまでやってきたことは決して無駄ではなかったのだということを再認識していた。


「さぁリリィ。キミのお父様に成果を報告するんだ」


「ええ。お父様が喜ぶ顔が目に見えるわ」


 シエラルも安堵しているが、これで問題が全て解決したわけではなく、魔女の討伐や自分の秘密の公開などやるべきことがあるのでまだ気は休まらない。


「ここまで長いようで短かったわね・・・・・・」


 リリィは現場の作業員達にも謝辞を告げ、アスハとフィフに見送られて鉱山を後にする。胸を張ってタイタニアへと帰り、そして詩織とこれからの事を話そうという覚悟を胸にしましながら。






「コレ、使えるわよね?」


 タイタニア王国へと舞い戻ったリリィは、早速ソレイユクリスタル修復のためにシャルアに原石を渡す。


「いけると思いますよ。お待ちください」


 シャルアは机の上に置かれている損壊したソレイユクリスタルと原石を接触させ、魔力を流したり、器具で突っつく。それで何を調べられるのか詩織にはよくわからないが、研究者のやることだから静かに推移を見守っている。


「ふむ・・・後はこの原石を削ってソレイユクリスタル本体と組み合わせて加工すれば修復は完了するでしょう」


「そう。任せていいかしら」


「はい。ただシオリの力を借りたいのです」


「シオリの?」


「これは特殊な結晶体ですので、私の通常の魔力だけでは加工は困難なのです。シオリの魔力があれば、よりスムーズに作業ができます」


 詩織は頷き、シャルアに協力を申し出た。自分の力が役に立つなら断る理由もないし、なによりリリィのためでもある。


「少々お時間をいただくことになりますが、数日中には完成できると思います」


「頼んだわ。わたしはお父様に報告してくるわね」


 リリィは研究棟を出て、城内の謁見室を目指す。やっと国王に良い報告をできるというワクワク感と、今後の詩織の処遇などがどうなるのか気にしながら。





「リリィ様、おかえりなさい。大活躍だったようですね」


 リリィの教育係であるターシャが母親のような慈愛の表情で帰還したリリィを出迎えた。ここ最近はリリィが忙しかったこともあり、あまり教育係としての役目を果たせずにいたが、いつだってターシャはリリィのことを気にかけているのだ。


「そうよ。チェーロ・シュタットの窮地をシオリ達と一緒に救ったし、ソレイユクリスタルの修復素材だって回収したの」


「クリス様達にも引けをとらないほどの功績ですね。さぞ国王様もお喜びになられることでしょう」


「ふふ、ターシャが褒めてくれるなんて珍しいわね?」


「私だって厳しいだけではありません。ちゃんと頑張ったことに対しては称賛もしますよ」


 ここ最近のリリィの成長は目覚ましいものがあり、それがターシャには嬉しかった。


「もう私がいなくても、リリィ様は立派にやっていけますね」


「そんなことないわよ。まだターシャに教えてほしいことは沢山あるわ」


 甘えん坊な子供がすがるように、リリィはターシャの言葉を否定する。ターシャのことをリリィも好いているし、なぜかお別れのような雰囲気になってそれが嫌だった。


「リリィ様は王家の人間としてやっていけるほど大きくなられました。きっとお姉様達のように自立できるはずです。それは教育係として、そして私個人としても誇らしいことですよ」


「ターシャ・・・・・・」


「まだ教育係を解雇されたわけではありませんから、それまではリリィ様のご指導は続けます。ですからそんな暗い顔をせず、いつもの明るいリリィ様で国王様のもとに行ってください。せっかくの良い報告なのですから」


「わかったわ。ターシャの言いつけは守らないとね」


 リリィはウインクしながら謁見室へと足を向ける。そのリリィを見送りつつ、ターシャは胸が一杯になる思いを抱いていた。


        -続く-

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