第40話 空中魔道都市チェーロ・シュタット

「リリィ様、国王様から至急謁見室へとのご指示を承りました。新しい任務の説明があるとのことです」


 リリィがミリシャとのティータイムを楽しんでいる最中、メイドのフェアラトが無感情のままに伝言を伝える。その生真面目な態度は悪くはないのだが、もうちょっと感情を表に出してもいいのではとリリィは思う。


「わかった。すぐに向かうわ」


「それならわたくしはシオリ様を起こしに向かいましょうか?」


「いえ、ミリシャはアイリアを探してちょうだい。きっと城のどこかにはいるはずよ」


 居場所の分からないアイリアを探させるというのは方便で、実は詩織の寝室に自分以外の人に入ってほしくないというワガママあってのことだ。ミリシャは良き友人だし、彼女が詩織に手を出すとは思ってもいないが、あの寝顔を独り占めしたいという感情を抑えることができなかった。






「来たか、リリィ。さっそくだが今回の任務について伝える。メタゼオスとの国境付近に墜落した空中魔道都市チェーロ・シュタットの調査を行うのだ」


「あのチェーロ・シュタットが墜落?そんなことが?」


「国境警備隊の報告によれば、我が領土とメタゼオスの領土を跨ぐようにしてチェーロ・シュタットがゆっくりと落下したらしい。その原因は不明だが、異常があったことは確かだ。タイタニアの安全のためにも何が起きたのか、そして何故この地にまで飛来したのかを調べるんだ」


「かしこまりました」


 建国祭でシエラルが聞いたという噂は本当だったらしい。普段は海の上に浮かび、大陸に来ることなどない謎に包まれた空中都市。それがどうしてかタイタニアまでやってきたわけで、それだけでもリリィの興味がそそられる。


「魔龍の復活や魔女の暗躍とも何か関わりがあるかもしれん。くれぐれも慎重にな」


「はい。こちらにはシオリもいますし、どのような相手でも柔軟に対処してみせます」


 黄金の杖により戦術の幅が増えた詩織ならば、例え魔龍相手でも対抗することができる。それを支え、共に戦うのが自分の役割だと気合を入れるリリィは拳を握りつつ謁見室を後にした。






「ん・・・?」


 窓から差し込む心地よい日差しを受けつつ眠っていた詩織。元から昼寝が好きな彼女にとって異世界だろうがどこだろうが、眠れる環境ならこうして寝ていたいのだ。

 そんな夢見心地の詩織だったのだが、何か違和感を感じて重いまぶたを開ける。


「リリィ・・・?」


 布団の中で蠢くのは間違いなくリリィだ。なんで潜り込んでいるんだと詩織はバッと布団を捲り上げる。


「お、起きた?」


 リリィはイタズラがバレた子供のようにビクッとして姿勢を正す。


「もう、リリィのえっち」


「それは今さらでしょう?でも今回は本当にシオリを起こしにきたのよ。新しい任務に出向かなければならなくなったの」


「また敵?」


「それは分からないんだけど、前に話したチェーロ・シュタットがタイタニアの中に落ちてきたらしいの。で、それを調査しに行くのがわたし達の役目」


 ミリシャの解説では、チェーロ・シュタットはかつて勇者と呼ばれた適合者と共闘したらしいが、それが事実なら詩織の魔力に反応して来た可能性もあるかもしれない。


「そっか、じゃあ着替えて向かうね」


 ベッドから降りた詩織だが、リリィが寂しそうにしているのが気になった。


「どうかした?」


「次いつ帰ってこられるか分からないから、もっとシオリとイチャついておくべきだったと激しく後悔しているわ」


「少しの間の辛抱だよ。帰ってきたら甘えさせてあげるから」


「・・・そうね」


 リリィが本当に気にしているのは、詩織と後どれだけの時間を過ごせるかということだ。だがそれを今は胸にしまい、目の前の任務達成に集中することにした。






 メタゼオスとの国境付近の都市までは以前使用した蒸気機関車で向かい、そこで現地の適合者チームと合流する。そのチームは若い女性三人で構成されており、詩織やリリィとはそう変わらない年齢に見えた。


「初めましてリリィ様。我々が皆様の護衛を務めさせていただきますシュベルク隊で、私がリーダーのニーナ・シュベルクと申します」


 ニーナはリリィと握手を交わし、シュベルク隊のメンバー紹介を行う。


「彼女はミアラ・テネス。明るい性格が取柄で、戦闘時でも諦めることなく敵に立ち向かう勇気があります」


「どうも! ミアラです・・・うわっ!」


 紹介されたミアラが一歩前に出ようとするが、足元の石に躓いて盛大にコケた。適合者なのにそんな簡単にコケるのかと詩織は少し不安になる。


「・・・少々ドジな部分はありますが」


「誰だって失敗することはあるわ。わたしだってね」


 リリィはコケたミアラに手をさし出し、優しい表情で起こしてあげる。それに感激したのか、ミアラは大げさに握られた手をブンブンと振りつつ感謝していた。


「ありがとうございますリリィ様~。私、頑張りますから!」


「え、えぇ。よろしくね」


 そんなミアラをリリィから引き剥がし、ニーナは残り一人を示す。


「もう一人はタリス・シュナイデル。実力はありますが無口なヤツでして・・・・・・もしご無礼な態度を取ってしまったら申し訳ありません」


「ふふ、気にしないわよ。無口も個性だわ」


 王族のリリィが相手でも全然怖気ることなく言葉も発さないタリス。そんな彼女はアイリアに雰囲気が似ており、だからこそリリィは咎めることもなく受け入れたのだ。


「タリスさんはアイリアみたいだね」


「失敬な。私はクールな女性であって、ただ無口なわけではない」


「ぷふっ・・・」


「な、何がおかしいんだシオリ!?」


「だって自分でクールって・・・ククク・・・」


 真顔で自分はクールキャラだと言い張るアイリアがおかしくて詩織は笑いを抑えることができなかった。だが、こんな会話ができるほど仲良くなれたのだなと詩織は少し嬉しい気持ちになる。この世界に来て出会った頃は全然話もしてくれなかったのだから。


「早速だけど、落下した空中魔道都市チェーロ・シュタットについて分かっていることを教えてもらえるかしら」


「はい。アレは領空内に姿を現してすぐに落着しました。落ちるのと同時に大きな地震が発生して街は一時騒然となりましたよ。その後すぐに衛兵達が調査に向かったのですがチェーロ・シュタットに入ることはできず、追い返されてしまったのです」


「追い返された?武力衝突はあったの?」


「いえ、単純にチェーロ・シュタットの人間に立ち去るよう指示されたのです。危険回避のため、都市内に安易に外部の者を入れるわけにはいかないと。人様の国に勝手に侵入しておいてなんて言い草だと思いますが、ここはヘタに挑発するよりも王都に助けを求めるほうが懸命だと引き下がったのです」


 そうなれば王家の人間の出番というわけだ。王女といえどもこの国の代表者の一人であることには違いなく、さすがにそのような地位の人間であれば都市内に入れるなりの対応をしてくれるはずだろう。


「なるほどね。なんとしてもまずは対話の場を設け、話し合いを行う必要があるわね」


「相手は正体不明ですが、平和に解決できるのでしょうか」


「そのために努力するわ。でも、この国と民を守るためにはあらゆる選択肢をこちらも用意しなければならない。もし相手が不当な要求をしてきたり、侵略行為を企んでいるのであれば武力行使もあり得る」


「そうですね。大切な家族や友人を守るためには武器を使うことも時には必要なことですから」


 こちらに交戦の意思が無くても相手に侵略の意思があるならば関係なく攻撃される。そのような相手に無抵抗に屈するということは即ち隷属することと同義だ。そうなれば全てを奪われて人間としての尊厳さえも無くなるわけで、何としても抵抗しなければいけない。


「例え戦になろうとも、私達が全力でリリィ様をお守りいたします!」


「頼もしいわ。でもわたしだって戦士よ。皆と共に戦う覚悟はある」


 リリィとてスローン家の一員だ。守るべきもののために最前線に立つことを厭わない。


「ではチェーロ・シュタットに向かいましょう」


 詩織達は頷き、用意されていた馬車に乗り込む。敵なのかどうかも分からない相手と会うのは不安であるが、とにかく目の前のリリィや仲間を守ることを最優先に考える詩織であった。





 街から馬車と徒歩でチェーロ・シュタット落着地点へと向かい、荒野を抜けた先にいよいよその巨影が見えてくる。


「アレが空中魔道都市か・・・・・・」


 巨大な円盤状の岩盤の上に街が形成されているようだ。タイタニア王都並みの広さで、その威容は遠距離からでもよく分かる。


「あんなデカいのがどうやって浮いていたのかしら」


「常識的にはありえないですが、特殊な魔術などを使用しているは確かですわ」


 知識の豊富なミリシャですら都市が浮遊する原理は知らず、できればそれを訊きたいらしい。


「緊張してきたわ。上手くやれるかしら・・・・・・」


「大丈夫。リリィならできるよ」


「ふふ、ありがとうシオリ」


 これまでだっていくつもの困難をリリィと詩織は突破してきたのだ。だからといって次も成功するとは限らないが、このパートナーとなら、この仲間達とならば大丈夫だという自信を持ったってバチは当たらないだろう。


「リリィ様、チェーロ・シュタットの近くに誰かいます。警戒を強めたほうがいいかもしれません」


「そうね。味方ならいいんだけど・・・ん?」


 魔力で強化された視力を用いて数人の人影を注視したリリィは、その人物が知っている者であるために安心した。


「シエラル、さすがに早いわね」


 メタゼオスの領土内にもチェーロ・シュタットの一部が入っているということで、シエラルも軍を率いて動向を探りにきたのだろう。リリィ達はひとまずシエラル達との合流を目指した。






「やぁ、また会ったね。あれから王都の復興は順調かい?」


「勿論よ。我がタイタニアの人間はたくましいからね」


「それは良かった。それより、この空中魔道都市のことだが・・・」


「アンタもわざわざ様子を見に来たのね」


「あぁ。これを放っておくわけにはいかないからね」


 シエラル麾下の部隊は重装備であり、今から戦にでも向かうのかといった装いだ。


「これからコンタクトを取ろうと思う。そこにキミ達が来てくれたのは心強いよ。特にシオリは魔龍すら打ち砕く特別な人間だ。もしもの時には頼む」


「は、はい」


 なるべくなら戦いたくはないが、そうも言っていられない状況になる可能性は充分にある。そのいざという時を警戒しつつ、この場にいる全員が神妙な面持ちでチェーロ・シュタットへと近づいていく。


「そこで止まってください」


 街を下支えている岩盤へと接近すると、突如そう声をかけられた。拡声器を使用しているような響き方で皆の鼓膜を揺らし、リリィ達は足を止める。


「わたしはタイタニア王国第三王女のリリィ・スローン。アナタ達との対話のために来た使者よ」


「ボクはメタゼオス皇子のシエラル・ゼオンである。リリィと同じように、そなた達と会談を行うためにやってきた」


 どこで聞いているかは知らないが、できるだけの大声でリリィとシエラルが訪問の理由を叫んだ。


「少々お待ちください」


 どうやらちゃんと聞こえていたらしく、お役所的な返答が帰ってきた。それから暫しの沈黙の後、今度は別の声がチェーロ・シュタット側から発せられる。


「私はチェーロ・シュタット副総帥のティエル・プルフス。アナタ達が本物の王族一行である確証を得られたわけではないが、特別に都市へ入る事を許可しましょう。だが不審な動きをした場合、警告無しで排除行為を行うのであしからず」


 相手にとって何が不審な動きなのか分からないが、武器を取り出したりしなければ衝突になることはないだろう。それぞれが魔具を収納し、岩盤がゆっくりと開いて現れた大きな階段を昇って行った。

 その先に待ち受けているものとは・・・・・・



       -続く-

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