第41話 ガーベラシールド
落下した空中魔道都市チェーロ・シュタットに迎え入れられたリリィ達は、入り口のアーチをくぐって宇宙船ドッグのような施設に足を踏み入れた。あの岩盤の中にあるとは思えないほど機械的な場所で少し不気味にも感じる。
「ここがチェーロ・シュタットの内部か」
シエラルは興味津々に周囲を見回して観察している。人影はなく、落下の影響か何かの部品のような物がいくつか転がっているだけだ。
「ようこそ、チェーロ・シュタットへ」
正面の大きな扉が開き、そこから数人の人間が現れた。武装しているのでリリィ達は警戒したが、ここで下手に刺激しないように魔具は装備しない。
「先ほどアナタ達と交信したティエルです・・・」
見た目には老齢だがビジネススーツのようなカッチリとした格好の女性がそう名乗り、リリィと詩織の顔を見て目を丸くしている。その驚きようはまるで死人にでも出会ったかのような反応だ。
「に、似ている・・・」
「誰にです?」
「リリア・スローン様と勇者サオリ様にですよ!」
リリィの祖母にあたるリリア・スローンと詩織の祖母の敷花早織。この二人はかつて魔龍の軍勢を打ち倒した英雄で、城の書庫で詩織達が読んだ伝記にもその活躍が記されていた。
「わたしのお婆様をご存じなのですか?」
「えぇ。なぜなら私もリリア様やサオリ様達と共に魔龍を撃滅するべく戦ったのですから。アナタとそこのお方は本当に瓜二つなくらいそっくりで、その当時の記憶が鮮明に思い出されましたよ」
興奮気味なティエルはリリィの手を握り、ブンブンと振っている。久しぶりに会った孫へ挨拶するように。
「あのお二人は今はどうされているのでしょう?」
「二人とも、もう亡くなっています」
「そうですか・・・もう一度だけでもお会いしたかったのですが・・・」
たいそう残念そうに肩を落としながらもすぐに切り替えて部下達に道を開けるように指示し、リリィ達を扉の方へと案内した。
「さぁ、こちらへ。庁舎へとご案内いたします」
「わたし達が王家の使いだと信じてくれるのですね」
「勿論です。いくら老いたとはいえ、この目に狂いはありません。アナタがリリア様の血を引いていることは間違いないと確信いたしました」
いわゆる顔パス状態だ。物事がスムーズに進むのは祖母のおかげであり、顔も見たことないリリアに対してリリィは心の中で感謝する。
「まさかキミのお婆様がそんなに凄い人だとは」
「世界を救ったんだからもっと有名になるべきだと思うんだけど、伝記の中の存在で多くの人には忘れられているのよね」
「キミとてシオリと一緒に魔龍を討ったんだから、伝記に記されるだろうね」
「わたしもついに英雄の仲間入りね。ふふっ、もっと頑張っちゃうわ」
皆に認めてもらいたいというリリィの願いは叶いつつあった。それが単独では不可能であったことをリリィは重々承知しているし、隣を歩む詩織の存在が特に大きいことも理解している。だからこそ何か恩返しできればと思うのだが思いつかない。
「後でティエルさんにお婆様達のことを訊いてみましょうよ」
「そうだね。どんな人だったのか、どんな戦いを経験したのかとかね」
「後は、二人はどれほど仲良かったのかも」
「気になるの?」
「そりゃあ気になるわ。まっ、わたしとシオリほどではないと思うんだけどね」
ドヤ顔のリリィにはそれほどの自信があった。自分と詩織ほど心の通ったペアは少なくともこの世界にはいないだろうと確信しているのだ。
「これが空中魔道都市の内部か・・・」
言うならばイタリアのヴェネチアのような街並みが近いだろうがいくつかの建物は崩れ、地面には亀裂が入っている箇所がある。それほど落下の衝撃が強かったのだろうし、むしろ街全体が崩壊していないだけ大したものだろう。
「もっと綺麗な状態でお見せしたかったところですが、なにぶん緊急事態でしたので・・・」
「一体何があったんです?」
「魔女の襲撃ですよ。勇者の魔力を探知した我らチェーロ・シュタットは、その勇者に会うためにタイタニアに向けて舵を取りました。そうして大陸を横断中、突如飛来してきた魔女に襲われて推進機関のある地下中枢部を損傷してしまったのです」
「なるほど。魔女か・・・」
リリィに思い当たる魔女といえばルーアルだ。それはシエラル達も同じようで、表情を険しくする。
「その魔女は今どこに?」
「討ち損じた結果、逃亡されてしまいました。しかしこの街のどこかに潜んでいる可能性もありますので、兵達には復興の傍らで捜索も命じているのです」
「そうですか・・・」
魔女の目的が分からない以上、この街に未だ潜伏しているのかも不明だ。
「さぁ、ここが庁舎です。総帥のライズ・ヘイズがお待ちになっております」
街の中心部にそびえる大きな塔。それを下支えするように幅広な庁舎が建っていた。ここがチェーロ・シュタットの首脳部であり、タイタニアでいえば城に値する場所である。損傷が少ないのを見るによほどの頑強さで建てられているらしく、こういう緊急時に街を指揮する最後の砦であるのだから当然かとリリィは一人納得した。
「ようこそ。私はこのチェーロ・シュタット総帥を務めるライズ・ヘイズだ。以後、お見知りおきを」
リリィ達一行が通された広い会議室にいたのはチェーロ・シュタット総帥のライズだ。彼女はティエルほどではないが高齢の女性で、歳相応の老けを感じさせながらも若々しさは失われてはいない。
「アナタ達にご迷惑をおかけしたことは申し訳ない。予定とは大きく変わった訪問となってしまった」
「いえ、事情はお聞きしましたので。ですが、何故勇者に会いに来たのです?」
「勇者が召喚されたということは、即ち魔族との全面戦争に入ったということだ。元々、勇者とは魔龍種に対抗するべく呼び出される異界の適合者。それが来たのだから、我らはかつての恩義に報いるべく出撃するのは当然のこと」
相当に勇者と呼ばれる適合者に対して恩があるらしく、そのためにわざわざ飛来してきたらしい。
「昔、魔龍種に襲われたチェーロ・シュタットは今と同じようにタイタニア領土内へと落下した。その時、窮地を救ってくれたのが当時の勇者だったのだ。私はその戦争を知らないが、ティエルは共に戦ったのだったな?」
「はい。サオリ様の特殊な魔力と聖剣の輝きが魔龍達を次々と討ち倒していく姿はまさしく勇者でした」
一体の魔龍を倒すのにも苦労した詩織だが、祖母の早織は次々と撃破したと言うのだからとんでもない強さだったのだろうか。
「救ってくれた勇者を勝利の女神と称え、以後、もし勇者が助けを必要とするならば駆け付けようと決めたのだ」
「そ、そうなんですね」
詩織を召喚したのは事故にも近いことだ。確かに特異な魔素の出現によってタイタニアは増加した魔族の対応に追われていたが、それを解決するために呼び出したわけではなかった。
「ところで、勇者というのは?」
「このコがそうです。シオリは聖剣グランツソードを起動してみせた本物の勇者ですよ」
リリィに紹介された詩織はちょこんとお辞儀をしつつ、話題に挙がった聖剣を取り出して手に持つ。
「その美しい彫刻のようなエングレービングが施された剣は間違いなく私の憶えている聖剣ですね。再び目にすることができて感激しました」
ティエルは記憶の中の聖剣と目の前の聖剣を重ねて懐かしそうに目を細める。空を裂き、大地すら粉砕した早織の斬撃は今でも彼女の脳裏に焼き付いて離れない。
「ライズ総帥、勇者シオリにあの魔具を」
「そうだな。アレを勇者に返還する時がようやく来たわけだ」
二人が言う魔具とは何か検討もつかないリリィが疑問符を浮かべながら問う。
「あの、それってどういう?」
「サオリ様が使用されていたガーベラシールドという魔具です。かつての戦いで損傷し、破棄された物を回収して修復したのですよ。この庁舎の地下に保存してあるので、それをシオリ様にお返ししようと思うのです」
「ガーベラシールド・・・」
リリィは聞いた事がない魔具で、伝承が書かれた本の中にも魔具についての詳細は記載されていなかった。
「これです、ガーベラシールドと言うのは」
庁舎の地下、厳重に警備されている通路の奥にそれはあった。壁のガラスケース内に収容されたガーベラシールドは金属を思わせるシルバーカラーで、円形状のその盾の中心部には砲口のようになっている。
「ガーベラの花を模しており、花びらに似せたモールドが彫られているのが特徴です。なんでも、サオリ様が好きな花であったとか」
ティエルがシールドを取り出して詩織に手渡す。ずっしりとして重量があるが、魔力で強化された肉体であれば苦も無く持つことができる。
「魔力を通してみてください。完全に直したはずなので、ちゃんと起動できると思います」
「はい。やってみます」
詩織がガーベラシールドに魔力を流すと、先ほどまでのシルバーから真紅へと色が変わった。まるで錆びが落ちるように輝きを増し、それが勇者用に特別に用意された魔具だということがわかる。
「この輝きこそガーベラシールドです。とても美しい・・・」
「なんだかしっくりくる感覚です。昔に使っていたかのように」
「サオリ様から引き継いだ、アナタの中に流れる血がそう感じさせるのでしょう。そんなアナタならきっと彼女のように扱いこなせるはずですよ」
グリップの幅が手に馴染むのもそうだが、聖剣を握った時のようなどこか懐かしい感じで安心感すら覚えた。盾を使って戦ったことはないが、すぐに慣れそうだと根拠の無い自信が漲る。
「シールドの中心部にあるのは拡散魔道砲という武器です。射程は短いですが、魔弾を広い範囲に放射することが可能で、接近してきた敵を薙ぎ払うのに有効なんです。しかし消費魔力量が多いので多用はできないとサオリ様は仰っていました」
これで更に戦術が広がったと嬉しくなる詩織だが、
「じ、地震・・・?」
「いえ、これは・・・」
突如地面が揺れ、周囲の灯りが明滅する。
「なんだろう、この邪悪な感覚は・・・」
「シオリ、何か感じるの?」
「プレッシャーみたいなのを。外で何か起きているのかも」
地下に降りていたリリィ達が地上に上がると、少し離れた場所で黒煙が立ち昇っていた。
「何事か!」
「ハッ、敵襲でありますティエル副総帥!」
「また魔女か?」
「いえ、それが正体不明の敵でありまして・・・」
庁舎に駆けこんできた連絡係の兵が指で指し示す先、黒い小型の魔龍のような魔物が数体飛び上がる。
「魔龍に似ている・・・それにしては小さいが・・・」
なんにしても街を襲う敵が現れた以上、撃滅するしかない。
「ティエルさん、ここは我々にも協力させてください!」
「それは助かります。私も兵の指揮を執りますから、現場に向かっていただけますか?」
「はい!」
リリィ達とて激戦を戦い抜いてきた戦士だ。もはやこの程度では動じず、どう敵を倒すか考える余裕すらある。
「シュベルク隊もいけるわね?」
「勿論です。我らはリリィ様の護衛のために来たのですから、どこへでもお供いたします!」
「頼むわ」
敵を抑え込むには少しでも人員が多いほうがよい。シュベルク隊と共闘するのは初めてで上手く連携できるか不安はあるが。
「ボク達がいることも忘れないでくれよ?」
「ふん、アンタ達はもともと頭数に入ってるわ。わたしに遅れるんじゃないわよ」
「キミの期待に応えられるように頑張るさ」
「はいはい。じゃあ皆、行くわよ!」
戦闘の中心地とおぼしき地点に向けて駆けていき、詩織は聖剣とガーベラシールドを構えた。
-続く-
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