第39話 リリィの憂慮
建国祭二日目、上空から突如現れた魔龍ドラゴ・ティラトーレは詩織達の活躍によって打ち倒された。だが被害も大きく、復旧作業のために多くの人員が招集されて慌ただしく動き回っている。
「こんな事態になるとはね」
「まったくよ。あの魔龍め、本当に迷惑なヤツだったわ」
詩織も作業を手伝うと申し出たのだが、魔龍の攻撃で負傷していたことや魔力を使い切って疲労していることもあって、今は城の医務室内にあるベッドに横たえられている。リリィはその付き添いとしてクリス達の計らいでここにおり、薄暗い空を窓越しに眺めていた。
「魔女もまた逃がしちゃったしね」
「アイツは許してはいけないわ。次こそは必ず・・・!」
魔龍と共に現れた魔女ルーアル。彼女はメタゼオス皇帝のナイトロに仕えていたらしく、シエラルが実の父である皇帝を問い詰めてやると憤慨しながら帰国した。
「今回もシオリに助けられたわね。あなたがいなかったら、あの魔龍を倒せなかったわ」
「そんなこと・・・私はただ皆と頑張っただけだから」
「あの一撃はシオリの力あってこそよ。もっと胸を張っていいの」
リリィは詩織の手を掴み、優しく微笑んだ。それがまるで母親のように見えて、詩織は穏やかな気持ちになって自然と頬が緩む。
「失礼しますぞー」
そんな時、入り口から声がしてリリィがパッと手を離した。詩織とイチャついているシーンを他の人にはあまり見られたくないらしい。
「どうしたの、シャルア?」
「あの杖が役に立ったと聞いたものですから、どんなだったか感想を聞きたくて」
「それならシオリに訊いたほうがいいわね。あの杖をカンペキに使いこなして魔龍を倒したんだもの」
詩織は背中を起こし、客人に失礼と思いながらもベッドに腰かけてシャルアに応対する。疲れもあって立ち上がるのがキツかったのだ。
「脳内に魔弾の飛ぶイメージが浮かんで、それをコントロールすることができたんです。しかも私の魔力にも充分耐えることができたので、最後に強力な魔弾を撃って魔龍を撃破できました」
「そうか。あの杖がどのようなモノなのか解析することはできなかったが、聖剣グランツソードにも匹敵する希少な魔具であることに間違いないようだ」
今回の戦いの切り札であったことは確かで、シャルアは影の功労者と言えるだろう。
「実は特殊な機能もあって、使う機会も少ないだろうけど」
「どんなです」
「杖を出してみてくれ」
詩織とリリィは黄金の杖を魔法陣から取り出して握る。
「ではシオリ。リリィ様が持つ片割れの方の杖を思い浮かべてくれ」
「はい」
詩織が言われた通りにイメージすると、詩織の持っている杖から薄い虹色の光が伸びる。その光はリリィの持つ杖に向いているようだ。
「これは?」
「その杖は元々一つだったためか、片割れの位置を思い浮かべることでサーチできるらしい。お互いの居場所が分からなくなった時、この機能を使うことで相手の方角を知ることができるから、合流しやすくなるってことだな」
現代社会のように高度な位置情報を伝える手段のないこの世界では便利な機能だ。これまでにも二人が戦場ではぐれたことがあるし、そうした時に役立つだろう。
「しかも、これはもう片方が魔法陣に収納されていても使える」
「ふむふむ。迷子になっても大丈夫ね」
リリィも同じように詩織の杖のサーチを実行でき、心強い道具だと感心している。
「シャルアさん、今回はこの杖に助けられました。ありがとうございます」
「私はただ修復しただけさ。シオリ、キミの力あってこその戦果だよ」
手をヒラヒラと振りながらシャルアは部屋を後にする。科学者として役に立てたことを誇らしげにしていることが、その背中から伝わってくるようだ。
「これでシオリの居場所を常に把握できるようになったってわけね。わたしと一緒にいない時、変な場所に行かないかチェックしておくから」
リリィは嬉しそうに杖を振っている。まさか監視用に用いるとは詩織は思ってもみなかった。
「そ、そういう用途のモノじゃないんじゃ・・・」
「いえ、むしろそれ用よ。これまでも夜伽に行っていないか心配だったの」
「いやいや・・・というか、誰にでも抱かれにいくような軽い女に見えるの?」
よほど欲求不満そうに見られていたのだろうか。
「そ、そうではないけど、シオリは可愛いしスタイルもいいから手を出されていないか不安で」
「私は心を許した相手以外に体を触られるのはイヤなの。だから、リリィの想像するようなことはあり得ないから大丈夫だよ」
「そうなの。わたしは、いいのよね?」
「今までリリィに触られて嫌がったことある?それが答えだよ」
「シオリ、好き!」
リリィは勢いのままに詩織をベッドに押し倒した。自分はちゃんと受け入れてもらえていることがとにかく嬉しかったのだ。
静かな医務室の中、二人の小さな吐息だけが聞こえていた。
タイタニアでの戦闘の後、すぐさまメタゼオスへと帰国したシエラルは真っ先に皇帝ナイトロのもとを訪れる。以前より皇帝が従えていたルーアルについて話を訊くためだ。
「どうした、そのような怖い顔をして」
普段ならば皇帝を前にして膝をついて挨拶するシエラルだが、それもなしに玉座の近くへ詰め寄る。
「父上、ルーアルの素性を知った上で仕えさせていたのですか!?」
ついにこの小娘も気がついたかとナイトロは内心で毒づく。しかしここでシエラルを殺害するのは悪手だと分かっており、かねてより用意していた弁解を口にした。
「ヤツならすでに解雇した人材だ。この宮殿内の宝物庫に無断で侵入し、価値ある物品を物色していたのだ。とんでもない盗人だよ」
「アイツは盗人などではありません。魔龍と共闘する魔女だったのです!それをメタゼオス皇帝ともあろうアナタが気がつかなかったと言うのですか!?」
「魔女だと?はて、ワタシの感も鈍ったか、全く察知することはできなかった」
ワザとらしく驚いてみせるが、シエラルの疑惑の目は変わらない。皇帝ナイトロは目的のためならば手段を選ばない人間であり、魔女をも利用して何かを企んでいたのではないかという疑いだ。
「未だ健在のアナタらしくもない・・・・・・あの魔女と親密であったろうに、気がつかないなんて」
「親を疑うのはよくない。お前は誰のおかげでその地位を得て自由に行動できていると思っているのだ?少しは口を謹みたまえ」
「自由・・・? 男として生きることを強要されているのに、そう言うのですか?」
「それがお前に定められた運命なのだ。皇帝の血を引いて生まれた以上、仕方ないことである」
これ以上のやり取りは不毛とナイトロは玉座を降り、自室へと向かう。
「ボクは引き続き魔女ルーアルの捜索をタイタニアと協力して行います。よろしいですね?」
「・・・・・・好きにすればいい」
父親といえども、シエラルとは心が通っていない。自らの子供ながら思うようにコントロールできないことに苛立ちつつ、大きくため息をついた。
建国祭が終わってから数日が経過し、すっかり王都は日常に戻っていた。魔龍によって破壊された区画の復興も順調に進んでおり、今は平和そのものである。
「お姉様達は再び魔物討伐のため遠征に出ていってしまったから、城も静かになってしまったわね」
「魔物の出現は際限がありませんものね。わたくし達にも新しい任務が言い渡されるかもしれませんわ」
リリィの自室のテラスにて、リリィとミリシャが小さなお茶会を開いていた。詩織は部屋で爆睡しており、アイリアは居場所が分からなかったので二人だけで集まることにしたのだ。
「シオリが来るまでは外に出ることも少なかったのに、ここのところは魔物討伐にも駆り出されてやっと役に立てているってカンジね」
「わたくしもリリィ様が皆様にキチンと評価されて嬉しいですわ」
「ありがとう。いつだってミリシャはわたしの味方でいてくれたわね」
「わたくしはそもそもリリィ様に仕えるために王都にやってきたのですから、当然ですわ」
ミリシャは少し照れつつカップを手に持つ。
「思えば、こうして二人きりの時間は久方ぶりなような気がします」
「そうね。昔はよく二人で遊んだりしていたものね。もしかして寂しい思いをさせてしまっていたかしら?」
「いえ、そのようなことはありません。アナタの傍で仕えることができるだけでわたくしは幸せですもの」
「ふふっ、わたしは本当に仲間に恵まれた人間だと思うわ。ミリシャ、アイリア、シオリと誰一人として失いたくないし、ずっと一緒にいて欲しい」
リリィの笑みはミリシャの心を幸福で満たす。それが自分に向けられたものでなくても、リリィが幸せならばそれでいいと思っている。
「リリィ様はシオリ様と出会われて本当に良い方向に変わったと感じますわ。笑うことも多くなりましたし、何より楽しそうですから」
「そうかもしれないわね。シオリは・・・特別な感情を抱かせる相手よ」
「それはいいのですが・・・だからこそ、シオリ様が元の世界に帰られた後のことが心配なのです」
ソレイユクリスタルの修復が終われば、いずれ詩織は元の世界に帰ることになるだろう。その時、リリィが果たして今の精神を保っていられるかが心配でしかたないのだ。まるで死別したかのような強い喪失感に苛まれ、その心は閉ざされてしまうのではないかとミリシャは不安に思っている。
「そうね・・・・・・わたしは現実逃避をしているのかもしれないわ。ソレイユクリスタル修復を願っているけれど、シオリが帰るということを意図的に考えないようにしている」
悲しそうにカップの中を見つめるリリィ。そんな表情をさせたかったミリシャではないが、これは避けて通れないことで、いつかは現実と直面しなければならない時が来る。
「ミリシャにだから言えることだけど、わたしはシオリとサヨナラなんてしたくないの。なんならシオリの世界に付いていきたいくらい。あの人の居ない人生なんて想像することができないわ」
「まさに運命の相手というものですわね。そんな相手と出会えたことは奇跡ですし、羨ましいことですわ」
「でもシオリの都合を考えず、無理矢理こっちの世界に呼び出してしまったのは永遠に反省しなければならない事よ。本当なら嫌われて当たり前なくらいだし」
「確かにそうかもしれません。ですが、当の本人であるシオリ様はリリィ様に怒っていませんし、結果的にはお二人は良好な関係を築けています」
詩織本人に気持ちを訊ければ早い話なのだろうが、しかしリリィにその度胸は無かった。早く帰りたいという当然抱くであろう思いを告げられるのが怖かったのだ。
「覚悟を決めなければいけないのよね・・・・・・」
リリィは腕に巻かれているピンク色のプロミスリングを優しく撫でる。詩織とデートした時に買った物で、少しくすんでいるが今でも切れてはいなかった。
「シオリ・・・・・・」
後どれくらい一緒にいられるのかは分からないが、少しでも長くあの温もりを感じられることを祈っていた。
-続く-
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