第38話 閃光が迸る
体内に格納されたダークオーブの力で強化された魔龍ドラゴ・ティラトーレ。体が肥大化しつつも、他の魔物と違ってダークオーブの魔力を体内に流しても思考は保たれたままだ。
「人間がっ!」
ティラトーレの四枚の翼が眩く発光し、次々と魔弾を射出する。その一発一発の火力は凄まじく、着弾地点は爆発炎上し、まるで重ミサイルの嵐のように街を抉っていく。
「散開して、敵の射線上から退避!」
クリスの指示で適合者達はその場から散り散りに退避し、ティラトーレの攻撃から逃げる。そうしなければまとめてお陀仏だからなのだが、敵の射角は広く逃げ場は少ない。更には魔女ルーアルの支援攻撃も合わさって隙を見つけることができなかった。
「こんな一方的な、どうするリリィ?」
近くを魔弾が掠めたシエラルがリリィに次の手を問う。
「とにかく敵に接近するしかないわ。距離があるんじゃ撃たれて終わりだし、魔弾では対応できない零距離まで行かないと」
杖を装備する適合者が散発的に魔弾を撃ちこむが、肉体が強化されて防御力の増したティラトーレの体表面に弾かれて有効打にならない。あの強固なボディを破壊するためには近接戦で急所を突くしかないだろう。
「しかし敵の懐に飛び込もうにも、これだけの砲撃をどうやって?」
「私に任せてください。この杖なら魔弾を誘導できるし、魔龍の攻撃の隙間を縫って直撃させることができます」
「そうだな。シオリの援護を受けつつ接近し、ボクが魔剣で仕留める」
詩織は建物の影に身を隠しつつ、黄金の杖から魔弾を撃ち出した。脳内に投影された魔弾の視点に集中してコントロールする。
「当たれよっ・・・!」
「この魔弾、あの小娘のか!」
ひと際輝く詩織の魔弾に意識を向け、ティラトーレは巨大化した腕を振りあげる。
「もう当たらんよ!」
斜めからホーミングしてくるその魔弾に向けて腕を一気に振り下ろし、頑丈な爪で叩き潰した。
「怖いものなしってカンジね・・・」
「だがこれでいい。ヤツがシオリの魔弾に気を取られた時、少しだが射撃の激しさが衰えた。それは充分な隙になる」
「そうね。アイツはシオリを脅威として警戒している。それがわたし達にとってのチャンスになるわ」
人間を虫ケラとしか思っていないティラトーレであっても、詩織の特別な魔力は目障りだ。魔龍のような強力な魔物にも致命的なダメージを与えることができるからであり、普通の人間への攻撃の手を緩めてでも優先的に対処しなければならない相手なのである。しかしそれが命取りになるとはまだ気がついていない。
「カスどもが!」
詩織の魔弾を迎撃することに気を取られていたティラトーレはシエラルとリリィの接近に気がついておらず、すぐ近くにまで寄られてようやく視認する。
「ボクが貴様を倒す!」
シエラルが勢いそのままに魔剣ネメシスブレイドでティラトーレの足を切り裂く。聖剣グランツソードにも匹敵する伝説の魔具の斬撃は充分なダメージとなるのだ。
「このパワーは・・・! しかし、人間一人ではなっ!」
「一人じゃないわ。わたしだって!」
リリィも剣で足を斬撃するが、それは弾かれてしまった。さすがに通常の魔具では厳しい。
「フン・・・雑魚のくせに!」
腕を振り回し、シエラルとリリィを牽制。そして口から火炎を放射して焼き払おうとする。
「凄まじい炎だが・・・」
シエラルは火炎を避けてティラトーレの後方に回り込み、その背中に飛び乗ろうとするも、
「ちっ・・・」
ティラトーレの長い尻尾の先端にある刃に狙われて回避せざるを得ない。
「苦戦するな、これは・・・」
死角のない魔龍をどう撃破するか、思考を巡らせつつ魔剣のグリップを強く握りしめた。
「私も行くか!」
シエラルとリリィがうまく魔龍に接近できたことを確認し、杖を格納して聖剣を装備する。自身も近距離戦に持ち込み、あの魔龍を討ち取ろうと足を踏み出したが、
「見つけたぞ!」
「お前は!」
黒い翼をはためかせたルーアルが詩織の行く手を阻む。
「貴様は我らにとって邪魔にしかならない。ゆえにここで排除する」
「私にとってはアンタが邪魔だよ! リリィの元に行かないとなのに!」
ルーアルの魔弾を回避しながらティラトーレを目指す。今すぐにでも倒さなければならないのは明らかに魔龍だし、こんなところで時間を使っていたらリリィが殺されるかもしれない。
「行かせるものかよ!」
狙いを定め、詩織を葬り去ろうと魔力を杖に流した、しかし、
「させませんわ!」
「何っ!?」
ルーアルが振り返るとそこには杖を構えたミリシャがいた。発射された魔弾はなんとか躱せたが、妨害されたことに怒るルーアルはミリシャに対する。
「シオリ様、今のうちに!」
詩織は頷き、全速力で駆けだしていった。飛べるルーアルなら追いつけるだろうが、背中を見せればミリシャに撃たれることになるので仕方なく追撃は諦めた。さすがにダークオーブで強化されたティラトーレなら、詩織に近づかれても大丈夫だろうという慢心があったためでもある。
「いい度胸だな、人間。まずはお前から消してやる」
だが、ミリシャ一人ではなかった。アイリアとクリスが現れ、ミリシャと共に立ち向かってくる。
「ちっ・・・」
数で不利なことを察したが、この人間達を食い止めるために魔弾で反撃し、ティラトーレがさっさと敵を倒して支援してくれることに期待していた。
「リリィ!」
「シオリ、こっちよ!」
火炎を回避したリリィと合流し、ティラトーレに向き直る。シエラルやアイラが交戦しているが、巨体に似合わず案外素早く動くために苦戦していた。
「近づけはしたけど、どうやって倒すかが問題ね」
「あの胸の所、あそこにダークオーブが見えた」
「確かなの?」
「アイツがパワーアップするときに見えたんだ。それさえ破壊できれば、勝ち目はあるはずだよ」
詩織の言う通りティラトーレの胸部は黒紫色に淡く発光しており、そこがエネルギー源であることはなんとなく察せる。
「しかし攻撃を当てるのも一苦労だわ」
「至近距離でどうにかするか、あるいは・・・」
詩織の視線に気がついたのかティラトーレもまた詩織をロックオンし、殺意を向けてきた。その圧は体を強張らせるに充分なモノだったが、アドレナリンによってハイになっている詩織は怯まない。むしろこれに屈するものかという根性が沸き上がってくる。
「私達の建国祭を台無しにしたオマエは絶対に許さない!」
いくつもの魔弾が撃ち出されてくるが、不思議と詩織は恐怖を感じていない。
「シオリ、キミに託すぞ!」
注意が逸れてフリーになったシエラルは魔剣に全魔力を集中させ、勢いに任せて大技を振り放った。光の奔流がティラトーレを側面から叩き、左腕を破壊して姿勢を崩すことに成功する。
だがそれで沈む魔龍種ではない。擱座しながらも翼から魔弾を撃つ準備に入る。
「やられる前に、やるっ!」
敵の攻撃が再開する前に、詩織は魔力で発光した聖剣を思いっきりティラトーレに投げつけた。
「シ、シオリっ!?」
「私に考えがある!」
それに驚いたリリィは行く末を見守るしかできない。聖剣こそが切り札であり、投げてしまっては勝ち目はないのではと思う。
「こんなモノっ!」
回転しながら飛んでくる聖剣を右腕で迎撃する準備をした。しかし、これは詩織の本命の攻撃ではない。
「フンっ! 勝負を投げたのか!」
聖剣を弾き、勝ったと思ったティラトーレであったが、
「なにっ!?」
ティラトーレの視線の先、詩織は黄金の杖を構えていた。
「この一撃に、全てを懸ける!!」
詩織の持ちうる魔力が杖の中で魔弾へと変換され、ティラトーレに照射される。極太な黄金のビームのような閃光は太陽光よりも輝き、残光を残しながら一直線に飛んだ。普通の魔弾とは違う、魔力光弾というべき閃光だ。
「ちっ・・・」
その強大な魔力に焦るティラトーレは慌てて身をよじる。例え被弾してもダークオーブさえ無事なら再生できるわけで、胸部への直撃だけは避けたかったのだ。だが、
「曲がれっ!」
そう、詩織の魔弾は曲がる。軌道を変え、ティラトーレの胸へと吸い込まれていく。
「っ・・・!?」
いくら強化された肉体でも防げる一撃ではない。閃光は体表面の皮膚を抉り、ダークオーブを砕いた。
「バカな・・・」
分厚い胸部を貫通した魔力光弾は空へと昇り、損傷したダークオーブは爆散してティラトーレの体は崩壊した。
「人間め・・・」
地面に落下したティラトーレの上半身はまだ生きていた。とはいえ、先ほどまでの恐ろしい力はない。
「もう、終わりだよ」
「憶えておくがいい・・・これで終わりではない。この星はいずれドラゴ・プライマス様のモノになる。いくら貴様のような勇者型が妨害しようとも、必ずや魔龍がこの星の覇者となる時はくるのだ」
「そうはさせない・・・私やリリィの脅威となるなら、倒す」
最後の足掻きとばかりにティラトーレは口を開けて火炎を放射しようとしたが、
「さようなら」
詩織の隣に立つリリィが構えた黄金の杖から魔弾が放たれる。そして開かれた口の内部に命中し、ティラトーレの頭部は砕け散ってついに絶命した。
「やったんだね・・・」
「えぇ。シオリ、あなたのおかげよ」
「皆の、全員で掴んだ勝利だよ」
詩織は疲れた笑顔でその場にへたり込む。全ての魔力を使ってしまったので肉体の強化が解け、一気に疲労がのしかかってきたのだ。
「もっと誇っていいんだぞ。キミはまさに勇者と呼ばれるに相応しい戦果を挙げたんだから」
遅れて登場したシエラルが詩織に回収した聖剣を差し出しつつそう讃える。彼女もまた全魔力を使用したのだが、それを感じさせない足取りで、さすがは皇帝一族だなと詩織は思う。
「そうよ。アンタが立役者ってことに間違いないんだから」
アイラもまた詩織に優しい言葉をかけ、自分の部下達の安否確認に向かう。
「皆無事かな・・・」
「そう願いたいわね」
周囲の建物は大きくダメージを受けており、魔龍の襲撃でどれだけの被害が出たのかを考えると暗澹たる気持ちになる。
「そんな、まさか・・・」
人間と交戦していたルーアルはティラトーレが崩れる瞬間を目撃して衝撃を受ける。街を蹂躙しに来たのに、逆に打ち倒されるなど想像もしていなかったからだ。
「こうなれば・・・」
自分一人では、もうどうしようもない。ルーアルにはもはや逃げるという選択肢しか残っていなかった。
「こんな所で死ぬわけにはいかない。まだやることがある」
ミリシャ達を牽制しながら、詩織が来る前にと上空へと飛翔する。あのティラトーレでも勝てない相手に今のルーアルが勝てるわけもなく、作戦を立て直す必要があるだろう。
「また戻ってくるぞ・・・!」
憎しみの炎を瞳に宿し、復讐を誓ってタイタニア王都を後にした。
-続く-
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