第32話 建国祭の準備
「作戦会議よ!」
「今度はどんな敵?」
「敵はいないわ。でも、重要なことよ」
リリィの部屋へと招集された詩織達。いつも通り次の任務についてのブリーフィングだと思ったのだが、今回はどうやら違うようだ。
「もうすぐ建国祭があるのは知っているわね? そこで、私達がどんな出し物をするかを考えるの」
「出し物?」
「そう。一年に一度の大掛かりな祭典だもの、気合をいれないと」
リリィを通じて国王からの協力要請は聞いていたが、建国祭が具体的にどのようなモノなのか詳しくは知らない。
「建国祭では王都全体で様々な催しがなされ、とても盛り上がる行事なのですわ」
「そうよ。他国からも多くの観光客がそれを目的に来るくらい凄いのよ」
ミリシャとリリィの言う通りなら、よほどスケールが大きいのだろう。詩織は自分の世界ではどれに当てはまるか考えたが、国家の首都全体で行われる祭など思いつかなかった。
「なるほど。で、リリィも何かやるつもりなんだね?」
「えぇ。今年こそは・・・」
「ん? 今年こそはって、今までは何もしなかったの?」
「うっ・・・」
リリィはまるで心臓に攻撃を受けたように胸を押さえ、苦しそうなフリをする。
「貴様! リリィ様に無礼な!」
「無礼とは・・・?」
静かだったアイリアが急に怒って立ち上がった。リリィに関することなら理不尽レベルでイチャモンを付けてくるのは相変わらずだ。
「実は、リリィ様はこれまで建国祭で目立ったことをしてきませんでしたの。なにせ部下も少ないですし、国王様から予算も降りなかったのです」
「そ、そうなんだ」
ミリシャからの耳打ちで事情を察する。リリィは自分が期待されてない人間だと言っていたし、建国祭でも放っておかれたのだと。
「ちなみに、第一王女のクリス様は自らの騎士団を率いて演武を。第二王女のアイラ様は音楽隊と共にパレードを毎年異なる演目で行っておられますの」
「そんなことをしているのか。見てみたいな」
あの二人のことだから、決して手を抜かない本気の催しになることだろう。
「シオリ、わたし達はお姉様方に負けないレベルでやるのよ。そのためにはあなたが必要なの。予算を勝ち取るためにもね」
「私が?」
「そうよ。あなたの勇者としての力を披露することになっているでしょう?それをわたしの出し物の中でやってもらいたいのよ」
国王からの要請で勇者の力をタイタニア国民や他国の人へ披露する事になっており、それをリリィの出し物の中でやることになるらしい。
「シオリを見世物にするようで本当は気が進まないんだけど、本人が協力してくれると言ってくれたわけだし、なんなら盛大にやって皆を驚かせましょうよ」
「ふむ。どんな風に?」
「わたしに考えがあるの。演劇風にするのはどうかって」
「演劇?」
リリィは頷き、自信に溢れた顔つきで概要を話す。
「魔物退治を題材にした内容でね、わたし達が敵を討ち倒していくの。でも強敵が現れてピンチだって時に颯爽とシオリが登場し、その特殊な力で強敵を撃破するってストーリーよ」
「それはいいかもね。でも、演劇で私の力が伝わるかな?」
「シオリは本物の聖剣を使って、強敵の模型に向かって夢幻斬りを放ってくれればいいのよ。そうすれば勇者の魔力がどれほど凄いか伝わるでしょ」
「危なくないかな」
夢幻斬りは大出力の大技だ。それこそ巨大な魔物を粉砕するパワーがあり、衝撃波も強い。
「広大なスペースがある訓練場に特設ステージを制作してやるし、技を放つ方向に人を立ち入れさせなければ大丈夫よ」
「まぁ、それなら大丈夫か」
「皆はどう?何か提案はある?」
ミリシャは首を振り、アイリアはリリィの考えを褒め称えていた。詩織に他の案も無いので、このままリリィの言う演劇をすることになりそうだが、これまで演技などしたことない詩織は果たしてやり遂げられるか不安である。
「よし、さっそく父に話してくるわね。予算も人員もがっつり確保してくるわ!」
意気揚々と国王の元へと向かったリリィは、そう時間もかからずに部屋へと戻って来た。その表情は複雑な感じである。
「どうだった?」
「良い報告と悪い報告があるわ。どちらから聞きたい?」
「えーと・・・じゃあ良い報告から」
「分かったわ。良い方は、予算と場所の確保ができたという報告よ。シオリの力を披露することを条件に、わたしの案を採用してくれたの」
リリィの提案を国王が承認したことに詩織は安堵する。リリィの評価は低いようだから、もしかしたら却下されてしまうのではと心配していたのだ。
「で、悪い方なんだけど、人員の確保が厳しいという報告よ。すでに建国祭に向けた人員配置が行われていて、わたし達に割ける人数が少ないのよ」
「そうなんだ。じゃあ、劇をするためのセット造りとかを少人数でやらないといけないんだね」
「えぇ。これは忙しくなるわね」
詩織としてはリリィのためならそのくらいの労力は惜しまないし、戦闘で命を懸けるよりよっぽどマシだ。
「じゃあまず、地下の資材庫へ行きましょう。そこで舞台組み立てに使えそうな木材とかを探すわ」
「おっけー」
アイリアとミリシャも頷き、いよいよ建国祭に向けた準備に取り掛かることとなった。
リリィ達が平和な式典の準備を行っている一方、魔女ルーアルは拠点へと帰還し、その黒い翼を背中に格納する。荒れ果てたこの地に人が踏み入ることはなく、地下に秘匿された拠点を知る者はルーアルの協力者のみである。
「戻ったぞ、リガーナ」
薄暗い入口をくぐり、出迎えに現れた部下の名を呼ぶ。
「おぉ、ルーアル様。よくご無事で・・・」
「貴様がここの留守の間に何か変わったことはなかったか?」
「ありませんが、ドラゴ・ティラトーレ様のご機嫌はあまりよろしくありません」
「そうか・・・」
ルーアルは階段を下り、地下深くへと向かう。その最深部にはディグ・ザム坑道の広間よりも大きな空間が広がっており、薄暗い中で巨体が動いた。
「ただいま帰還いたしました。我が主、ドラゴ・ティラトーレ様」
膝をつき、頭を下げながら自らの主への敬意を示す。
「遅かったではないか、ルーアルよ」
「申し訳ありません。タイタニアでは少し手間取りましたので・・・」
「魔女である貴様の力をもってしてもか?」
「はい。厄介な相手がいるものですから・・・」
頭を上げた先、そこにいるのは大型のドラゴンタイプだ。伝承の中にある魔龍種の生き残りであり、深手を負って未だ傷の癒えぬティラトーレはこうして復活の時を待っている。
「実はその厄介な相手とは勇者なのです」
「そうか・・・我ら魔龍の野望を打ち砕いた憎むべき仇敵がか・・・」
「はい。ヤツのせいで、私がダークオーブで強化した魔物達は次々と撃破されてしまいました」
「勇者型の適合者の魔力は脅威だ。それこそ我らのリーダー、ドラゴ・プライマス様さえ敵わなかったのだからな」
ティラトーレは不愉快そうに口を歪め、忌まわしい過去の記憶を呼び起こす。彼自身もかつての勇者との戦いに参戦した一人なのだ。
「しかしご安心ください。ダークオーブの調整に成功し、これならばかつてのような魔龍軍の再構築も可能となるでしょう。それに、このパワーがあればティラトーレ様の治療も行うことが可能です」
「ようやくか。お前が優秀な魔女であれば、もっと早くダークオーブの完全な制御も可能であったろうにな。失われたかつての一線級の魔女が惜しい」
「・・・」
ルーアルは他者を見下すのは好きだが、自分が見下されるのは嫌いであり、いくら自分が仕える相手でも内心イラついている。
「それに、ドラゴ・プライマス様の復活なくして我々の勝利は意味がない。あのお方こそ、世界の統治者に相応しいのだから」
「その点についてはお待ちください。まだ有効な手立てはないのです」
「急ぐがいい。我は永い時を待ったのだ」
魔龍による世界制覇を夢見て幾星霜。日々新たな世界を夢想している。
「我自身もこうも暗い場所にいれば、破壊衝動も強まるばかりだしな」
「それならばいい情報があります」
「ほう?」
「実は近日、タイタニアにて建国祭があるのです。規模が大きく、注目度の高い式典で、他国からも多くの人間が訪れます。そこで提案なのですが、建国祭でひと暴れするのはいかがでしょう?魔龍の復活を世界に喧伝できることでしょうし、人間を虐殺し放題ですよ」
いつもの邪悪な笑みを浮かべながら非道な考えを伝える。彼女にしてみれば人間など魔女に容姿が似ているだけの下等生物としか思っていない。
「とてもいい考えだな。もう隠れる時間は終わりだ。これからは我らの存在を世界に示す」
活気が戻ったティラトーレの瞳に人間への憎悪の感情が灯る。今度こそ世界を手に入れ、魔龍の再興を果たしてみせるという野望が彼の心を満たしていた。
「とりあえず資材は集まったわね。ではこれより、舞台組み立てを行うわ」
広大な演習場の中央にてリリィの前に整列するのは詩織達だけではなく、メイドのフェアラトや教育係のターシャ、他数人の城に仕える者達もいる。これがリリィに与えられた人員の全てだ。
「建築設計士のプラムにも協力してもらっているから、彼女の設計図通りに組み立てるのよ。安全のためにね」
建築の素人であるリリィ達では簡単なセットを考えるのも容易ではない。その道のプロに頼むのが無難だろう。
「わたしにとって、これが建国祭で初めての出し物になる。ノウハウの無いわたしがこれを成功させるためには皆の力が欠かせないわ。大変だとは思うけど、宜しくお願いします」
最後のお願いのところで丁寧に頭を下げた。王家の人間なのだから、そこまでせずともいいのだろうが、こういうところにリリィの人の良さが表れている。招集された者達は拍手でリリィへの敬意を示し、やる気も湧いているようだ。
「じゃあ始めるわよ!」
それからリリィも含めた全員で組み立てを行っていく。重たい木材は適合者が扱い、それ以外の者は小物や軽い備品を制作する。作業はいたって順調で、このままなら建国祭にも間に合うだろう。
「やぁ、頑張っているようだね」
そんな中、声をかけてきたのはシエラルだ。
「アンタ、なんでここにいるのよ?国を追放されたの?」
「ボクがそんな悪人に見えるかい?」
「冗談よ。で、なんでここに?」
「もうすぐ建国祭だろう。ボクも招待されていて、少し早いが前乗りしたのさ」
当日来いと昔のリリィなら言っていただろうが、共に死線をくぐり抜けて以降は態度を軟化させているので、そこまで邪険には扱わない。
「キミは演劇をするんだってね」
「そうよ。シオリをメインにしてね」
「彼女は魅力的な女性だから、客も集まるだろう」
「シオリにそう言って口説くつもり?」
「まさか。そんな事をしたらキミに殺されるのがオチだもの。ボクはまだ死にたくない」
大げさに手を振りながら否定するシエラル。
「それに、キミだって魅力のある女性さ」
「はいはい」
お世辞ではなく本気でそう言っているのだが、リリィは相手にせず資材運びを再開する。
「ボクも手伝おうか?」
「客人に手伝わせるほどわたしは落ちぶれてないわ。アンタは観光でもしてなさいな」
「そうかい?もし必要になったら声をかけてくれよ」
「えぇ」
「シエラルさんが来ているんだね?」
「招待されていて、早めに来たって言ってたわ。まったく、どんだけ楽しみなのよ」
「ふふっ。リリィに会いたかったからかもよ?」
「それはないわよ。というか、シオリはわたしとアイツをくっつけたいの?」
リリィは少し悲しそうに詩織に問う。
「まさか。リリィが誰かに取られちゃうのはイヤだもん」
詩織は自分の独占欲を口に出して赤面する。リリィは王族であり、勇者としての待遇を受ける身であっても身分の差があるわけで、普通に考えたら決して独占できる相手ではない。なのに、詩織はリリィが見つめるのは自分だけであってほしいという欲を仕舞うことができないのだ。
「そうよね。まぁ安心してよ。わたしが特別な好意を寄せるのはシオリだけだから」
だが、こうしてリリィも自分を特別に想ってくれている。それが詩織には嬉しかった。
「なんなら、劇でわたし達の仲の良さをアピールしていくのもいいわね」
「どういうシチュエーションにするか悩むね」
そんな場面を入れてよいものかと思いつつ、詩織は気になったことを訊いてみる。
「そういえばさ、脚本はあるの?」
「・・・・・・あ」
これは間違いなく脚本は用意されてないなと詩織は苦笑いするしかなかった。
-続く-
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