第31話 戦場の跡
ディグ・ザム坑道で勝利を収めたリリィ達は、救助した民間人達と共にポラトンへと帰還する。連れ去られた人々と再会できたことで町の人達は大いに喜び、リリィ達の功績を讃えて宴会を開いてくれた。
「町の長である私が皆を代表してお礼を申し上げます。本当にありがとうございました」
「いえ、当然のことをしたまでですよ。それよりも、全員を連れて帰れなかったことを謝らなければなりません」
「それはリリィ様達が責任を感じることではありませんよ。全てはゴゥラグナのヤツらが悪いことですから。遺族の者達は我がポラトンが援助とケアを行いますから、頭を上げてください」
リリィは町長にそう言われて顔を上げ、王都からも援助を行うことを約束する。父親である国王の許可を得ているわけではないが、困っている国民を見放すような王ではなく、事情を話せば理解してくれるとリリィは確信していたのだ。
「しかし、少人数であのゴゥラグナを打ち負かすとは。リリィ様のチームは優秀なのですね」
「そこらの魔物など敵ではないくらい優秀ですよ。特に彼女が・・・」
リリィは少し離れた場所にいる詩織を示す。詩織はこちらには気づいておらず、見たことも無い料理を色んな角度から観察していて、まるで不審者といった感じだ。
「あのコはシオリという者で、異世界から来たりし勇者なんですよ」
「ほう。勇者については伝承で聞いたことがありますな。なんでも、特別な魔力で世界の危機を救ったとか」
「そうなんです。シオリもその特別な魔力の持ち主で、今回の戦いでも大活躍でした」
少々リリィの個人的な評価も混ざっているが、詩織が勝利に与えた影響が大きいのは事実だ。
「我がタイタニアに勇者がいたとは。とても心強いですね」
「はい。わたしも彼女に救われましたから・・・」
愛おしそうな目で見つめるリリィだが、一方の詩織は先程から観察している料理をようやく口にし、それを後悔しているようにむせていた。
宴会も終わった深夜、詩織達四人は戦闘後の達成感に浸りながら床に就く。疲れもあってミリシャとアイリアはさっさと就寝していたが、詩織は眠れずに暗い天井を見上げている。
そんな詩織の布団にリリィが音もたてずに侵入し、顔を近づけてきた。
「眠れない?」
「リリィも?」
「うん。シオリの温もりが足りないせいでね」
そう小声で言ってリリィはシオリの腕に抱き着く。
「これが安心するのよね」
「私がいなくなったら、不眠症で困りそうだね」
「・・・・・・そうね」
詩織はからかったつもりだったのだが、どうやらリリィは真に受けたようでギュっと絞めるようにする。
「ごめんごめん。イジワルなこと言っちゃったね」
「酷いわ。わたしがシオリ中毒なの知っていて」
暗い中でもリリィの拗ねたような表情が分かって詩織は申し訳ない気持ちで一杯になり、その頭を撫でてあげた。大抵はこれでリリィの機嫌が良くなる。
「これじゃあ足りないわね」
「どうすればいい?」
「こうしてやる・・・」
リリィは布団の中でスゥっと手を動かし、詩織のお腹を優しく撫でまわす。
「ちょ、ちょっと! くすぐったい・・・」
戦闘服のままでいるため、お腹はむき出しの状態なのだ。宿には備え付けの就寝着などなく、着替えることができなかった。
「我慢しないとね? 声を上げたらアイリア達に不審に思われるわよ」
「そ、そんな事言っても・・・」
「シオリの身体は凄い敏感だもの、キツイわよね」
手つきが変わり、指先を使ったより繊細なタッチになる。
「ほ、本当にゴメンね。だから、触るのは城で二人きりの時にして・・・」
「どうしようかなぁ? もっと謝ってくれたら考えてあげようかなぁ」
「う~・・・リリィ様、この度は誠に申し訳ありませんでした。城で私のことを好きにしてもらってかまいませんから、今はどうかお許しください・・・」
「仕方ないわねぇ。今回は特別に許してあげましょう。ただ、城に帰ったらもっと触ってやるんだからね」
上機嫌になったリリィはシオリから手を離し、再び腕に抱き着いて枕に頭を乗せる。
「このまま私の布団で寝るの?」
「イヤ?」
「そうじゃなくて、アイリア達に見られちゃうかもよ?」
「朝になる前に起きるから大丈夫よ。そこで自分の布団に戻るから」
枕はあまり大きくはないのでリリィと詩織の頭は触れ合うほどに近い。
「あぁ・・・幸せ・・・シオリの近くにいられるだけで、こんなに幸福になれる・・・」
「朝なんて来なくてもいいって感じだよね」
「うん。このまま永遠の夜の中であなたと眠っていたい」
リリィは安心したのか目を閉じて眠りに就く。詩織はそれを見守りつつ、異世界での出来事を回想しながら再び天井に目を移した。
「さて、皆揃ったわね」
翌朝、リリィは宿のロビーに詩織達を招集した。気合が入っているらしく、昨日よりもテンションが高い。
「今日はディグ・ザム坑道の調査を行うわよ。ゴゥラグナの一件で本来の目的を果たせなかったからね」
そもそも、ソレイユクリスタルの素材を探すためにディグ・ザム坑道を目指したのだ。予定は大きく変更となったが、今度こそ調査を行うことができる。
「魔女があそこを居城にしていたという事は、何か特別なモノがあった可能性がある。その痕跡も探しながらお宝探索よ!」
ソレイユクリスタルさえ直ればリリィは国王から許してもらえるだろう。ついでに詩織を元の世界に戻すことも可能になるが、詩織はそのことは頭から取っ払っており、ただリリィのために素材探しに向かうのだった。
「うーん・・・イイ物は見つからないわねぇ」
リリィは岩石の隙間を覗きこむも、そこにあるのは普通の石や岩ばかり。貴重な鉱石など全く見かけない。
「まぁ昔に閉鎖された坑道だし、もう掘り尽くされているのかぁ」
体を起こして坑道内を眺めた。暗い通路には錆びたピッケルなどの道具が落ちており、誰の手入れもされていないのが分かる。
「シオリ、そっちはどう?」
「こっちも収穫なしだよ。でも、これを持ち帰ろうと思って」
詩織が持ってきたのは光を放つ魔結晶だ。この坑道に最初に来た時に興味をそそられ、インテリアとして欲しいと思っていたものである。
「ふふ、シオリは可愛いわね」
そんなありふれた物にはしゃぐ詩織に愛らしさを感じつつ、ヴァラッジと戦った広間へと移動する。
「あの怪物をミリシャが解析しているんだけど、そろそろ終わったかしらね」
「魔女が自分で造ったペットって言ってたし、他の魔物とは違うナニかが見つかるかもね」
「あぁ、リリィ様にシオリ様。お待ちしておりましたわ」
ミリシャは手に持っていた結晶体を置きつつ、リリィに向き直る。笑顔を浮かべるその頬にはヴァラッジを解体した時の血が付いており、事情を知らない人が見たらまるで猟奇殺人者のように思われることだろう。
「やはりダークオーブが体内に格納されていました。シオリ様の攻撃で半壊しており、もはやその機能は失われていますが」
「あの火力はダークオーブだからこそよね。まったく厄介だわ」
「ですわね。それと、こんなモノが」
リリィに手渡したのは先程地面に置いた物とは異なる割れた結晶体だ。
「これは?」
「ダークオーブに接続されていた魔結晶のカスタム品で、恐らく体の各所に内蔵されていた魔道砲に魔力を送りこむための装置になっていたのでしょう」
「つまり、必要な個所にエネルギーを的確に送出するのね?」
「はい。そしてこの結晶体にはソレイユクリスタルの素材である、ソレイユ鉱石が使われています」
言われてみればとリリィはその結晶体を注意深く観察する。
「加工されているので、ソレイユクリスタルに使用することはできませんが・・・」
「役に立つかもしれないから、持ち帰って研究所のシャルアにでも見せてみましょう。他には何かあった?」
「いえ、他は何も。アイリアさん、肉塊以外に見つけた物はありますか?」
ヴァラッジを解体するアイリアに問いかけるが、無言で首を振る。
「この坑道内にはもうめぼしい物は無さそうね。後で調査チームを派遣するように要請するけれど、望み薄だ・・・」
ソレイユクリスタル修復にはまだ時間がかかるなとリリィは落胆する。
「これからも探し続ければいいんだよ。ここだけが鉱石のある場所じゃないしさ」
「そうね・・・でもその分、元の世界に帰るまでの時間が長くなるのよ?」
「かまわない。リリィは私に早く帰ってほしいの?」
「そんなことは・・・・・・でも、どうしても見つけなきゃイケナイ物だから・・・・・・」
詩織と離れたくない。だが、呼び出してしまった張本人である自分にそれを言う資格などないと思っているからこそ口ごもる。元の世界に詩織を戻す責任があるし、国王もきっとそう言うだろう。
「私はリリィともっと一緒にいたい」
スッと詩織がリリィの手を握り、その目を見つめる。その瞳は真剣で、近くにいるミリシャや他の風景は入っておらず、リリィだけを映している。
「私がソレイユクリスタルの素材探しをするのは、リリィが国王様に許してもらえるためになんだ。全てはあなたのため」
「わたしの・・・?」
「そう、リリィのために。だから私のことは気にしなくていいんだよ」
「シオリ・・・」
この人はどれだけわたしの心を奪っていくのだろうとリリィの鼓動が速くなる。こんなに相性が良く、想いやってくれる人に二度と出会うことはないだろう。だからこそ、この手を離したくない。ずっとその瞳に自分を映していて欲しい。
そんな二人を傍で見ていたミリシャは微笑ましそうに頷いていた。
ディグ・ザム坑道での調査を終え、リリィ一行は王都へと帰還した。国王デイトナにポラトンの支援と坑道への調査隊の派遣を要請し、自分達はソレイユクリスタルの素材を見つけることはできなかったと報告する。
「そうか。まぁあれは貴重な鉱石を用いているのだから、そう簡単には見つかるまい」
「はい。今後も捜索を続けます」
「あぁ、分かった」
また叱られるかと身構えていたリリィだが、珍しく叱責が無いので不思議そうにしていると、デイトナが別の話を切り出す。
「もうすぐ建国祭があるだろう?そこでな、シオリに手伝ってほしいんだ」
「そうでしたね。ですが、シオリに何を?」
「勇者としての力を民衆に見せつけてほしいのだ。例えば得意としている夢幻斬りを放つとか」
確かに詩織の大技は迫力があるが、見世物というわけではない。
「他国からも客が来るし、そこで勇者の力を見せれば我がタイタニアの評価も更に上がることだろう」
「ですが・・・シオリは国力誇示のための道具ではありません」
「分かっている。だが、国家運営はキレイごとで成せるものではない。多くの民を幸福に導くため、タイタニアをより成長させなければならん。これは、そのために必要なことなのだ」
その理屈はリリィにも分かる。王族である以上はタイタニアという国家のために、時には自分の意思とは異なる選択をしなければならないのだ。だが、すぐに納得できるものでもない。
「シオリに相談してみます」
「頼んだぞ」
「・・・というわけなんだけど」
リリィは自室に招いた詩織にベッドの上で事情を説明する。あまり気が進まないためか、いつものような元気さのない口調に詩織はリリィの心情を察していた。
「おっけー。やるよ」
「いいの? 父の提案はまるでシオリを見世物にするような事なのよ?」
「この国でいろいろお世話になってるし、それくらいなんてことはないよ」
詩織は穏やかな笑顔で快諾した。自分の力が役に立つなら、断る理由もないと思ったからだ。
「本当にあなたは優しいわね。その優しさが怖いくらいに」
「えへへ。この世界に来て人と協力することの大切さを改めて学んだからかな」
自分一人では勝てなかった戦いを経験したためか、人と人が力を合わせる素晴らしさを心に刻んだ。だからこそ、誰かの力になれるなら協力だってするし、それがリリィに関わることなら尚更である。
「さて・・・今日はもう寝ようか?」
詩織はそのままベッドに横になり、布団をかぶる。
「そうね。じゃあ、約束を果たしてもらおうかしら」
「約束?」
どんな約束だったかと詩織は思考を巡らせ、ポラトンの宿でのやり取りを思い出す。
「あ~・・・アレか」
「そうよ。わたしはそれを楽しみに帰ってきたんだからね」
リリィはシオリの上に跨り、布団も衣服もめくる。
「ふふふ・・・覚悟するのね」
「お、お手柔らかに・・・」
-続く-
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