第30話 ディグ・ザム攻防戦

 ゴゥラグナに拉致された人を救出したアイリアは、リリィ達のいる広間から後退して道中に見つけた小部屋へと退避する。


「ここまで来れば安全か・・・」


 戦闘音がここまで聞こえてくるが、ヴァラッジの攻撃そのものが届くことはないだろう。アイリアにしてみればすぐにでも援護に向かいたいところであるが、リリィから救助した人達の護衛を指示されたわけで、その任務を放棄することはできない。


「あの、アナタは?」


「ん? 気がついたのか」


 アイリアが担いできた少女が目を覚まし、周囲を見渡してアイリアに問いかける。


「私は王都から来たアイリアという者だ。キミの敵ではない」


「助けてくれたんですか?」


「あぁ。私の主であるタイタニア王国第三王女、リリィ・スローン様がな」


 直接的に助けたのはアイリアだが、リリィの決断あってのことであり、これを自分の手柄にする気など毛頭無い。むしろ自分の成果や活躍は全てリリィのものだとアイリアは考えているので、こう答えるのは自然なことなのだ。


「リリィ様がここまで来て下さったのですか?」


「そうとも。リリィ様はポラトンにて今回の騒動を聞きつけ、シルフとディグ・ザム坑道へと赴かれたのだ」


「なんとありがたいことでしょう。今回のことはどのように感謝すればよいのか・・・」


「感謝の言葉を直接リリィ様にお伝えするといい。きっとお喜びになられる」


 そのためにも絶対に生還してほしいとアイリアは心で願う。






「チィ・・・この魔物は何もかもが規格外ね・・・」


 リリィは近くに着弾した魔弾の爆風でよろけつつ、いまだ健在のヴァラッジを睨みつける。恐らくはダークオーブによって尋常ではない魔力を体内に保有しているのだろう。腕や胴に内蔵された魔道砲から絶え間なく魔弾を撃ちだしてくるのだ。


「砲の死角に潜り込むためには、ヤツの体に取り付くしかないわ。どうにかして接近し、零距離戦に持ち込む!」


 リリィに続いて詩織とミリシャが駆け出し、ヴァラッジを目指す。敵がリリィ達の目的に気づいているのかは知らないが、先ほどよりも魔弾の攻撃が激しく、狂気のような迎撃を行う。


「当たらなければっ!」


 シオリはギリギリで魔弾を避け、熱で顔をしかめつつも足を止めない。今度こそリリィの役に立つべく、ただひたすらに駆けていく。


「くっ、また魔力障壁をっ!?」


 なんとかヴァラッジの近くまで接近に成功したが、詩織の夢幻斬りを防いだ時のように障壁を展開し、自身の体に触れさせまいと防戦してきた。これでは敵の火力に嬲り殺しにされてしまうだろう。


「一時的でいい。どうにかして敵の防御に穴を空けられないかしら?」


「一点に攻撃を集中すれば、僅かな間ですが穴を空けることは可能だと推測しますわ」


「やれる?」


「はい。わたくしとシオリ様の全開攻撃を同時にぶつければ」


 ミリシャの提案には当然リスクが伴う。それで突破できなければ、魔力の尽きた詩織とミリシャは確実に殺される。


「しかして、方法は他にないか・・・」


 もう迷ってる時間はない。


「敵の注意をわたしが引きつける!シオリとミリシャは敵の魔力障壁に至近距離から攻撃をっ!」


「了解!」


「承知しましたわ!」


 詩織とミリシャがヴァラッジの後ろに回り込み、リリィは前面にて目立つように大振りな動きをする。高度な思考回路がないのか、ヴァラッジは目立つリリィに意識を向けたようで、詩織とミリシャへの射撃が弱まった。


「今っ! いくよ!」


「お任せを!」


 ミリシャの高出力の魔弾が撃ち出され、


「夢幻斬り!!」


 詩織の大技が放たれる。


「リリィ様!上手くいきましたわ」


 二人の重なる攻撃で魔力障壁の一部が崩れ、突破口が開かれた。それを見たリリィは二人の元へと急ぎ、障壁内部への侵入を試みる。


「二人ともわたしが背負い上げるわ」


「わたくしは大丈夫ですから、シオリ様を」


 短時間の内に二度も夢幻斬りを使った詩織は消耗している。


「わかった!」


 魔力障壁が回復する前にリリィが詩織を担ぎ上げ、二人が開けた穴から内部へ突入、ミリシャもそれに続く。

 そうしてヴァラッジの足元へと接近して砲の死角へと潜り込むことができ、これで撃ち殺される心配はなくなった。


「あとはコイツを切り刻んでやれば!」


 剣でヴァラッジの足を切り裂こうとするリリィだが、その体表は装甲ともいうべき強度で刃が通らない。


「ちっ・・・なんて防御力なのよ」


 踏みつぶされないよう足の動きに注意しつつ斬撃を行うが、有効なダメージを与えることができなかった。


「こうなれば、コイツの体を昇って頭部を叩き潰すしかないわね」


「ロッククライミングの経験はないけど、やるしかないか」


 三人は足からヴァラッジの胴体を昇って行く。ゴツゴツとした体表のおかげで掴める場所も多く、案外昇るのは容易だ。


「シオリ、体力は大丈夫?」


「少し目眩がするけど、これくらい大丈夫」


 魔力が充分に回復しきっていない詩織には苦行ではあるが、ここで降りるわけにはいかない。懸命に頑張るリリィを放って自分だけ後退するなど絶対にできないのだ。


「不気味な頭ね・・・」


 リリィがヴァラッジの肩へと辿り着き、その大きな顔を視界に入れる。人間とはかけ離れたその顔には単眼が目立ち、リリィに視線を向けてきた。


「う、動くな!」


 肩から頭部へと飛び移ろうとリリィが膝を曲げるが、その前にヴァラッジが体を揺らして自分の体に取り付いた三人を振り落とそうとしてくる。落下しないことに必死なリリィはしがみつくことしかできない。




「あれは?」


 ヴァラッジの腰へとしがみつく詩織は揺れの影響が小さく少し余裕があった。その彼女が見上げて目撃したのは、ヴァラッジの背中の一部がバクンと開き、水蒸気を放出する場面であった。


「そういうことか!」


 詩織は得心し、ヴァラッジを倒すための方法を思いつく。


「リリィ! 顔よりも背中を攻撃しよう」


「背中?」


「コイツは体内の熱を背中から放熱している。砲が内蔵式だから外気で冷却ができず、体内に籠ってしまうんだよ」


 詩織の直感は当たっていた。ヴァラッジの体内には魔道砲の熱が籠ってしまうので背中の装甲を開いて排熱し、露出した体内組織で外気を吸収して強制冷却を行っているのだ。つまり、その熱交換を行っている間は弱点が露出することになる。


「そのためには、魔弾を撃たせる必要があるわね」


 今は射程内にターゲットがいないので魔弾は撃っていない。先ほどの放熱で体内は正常温度へと戻ったと思われるので、再び放熱させるためには魔弾を撃たせる必要がある。


「私が囮になるわ。シオリ、トドメは任せたわよ!」


 リリィはヴァラッジの体を降りて距離を取り、砲の有効範囲に飛び出す。 


「一人では危険すぎますわ」


 ミリシャも囮として攻撃を引きつける。当然激しい魔弾が降り注ぐが、二人には恐怖はなく、むしろ勝ったとさえ思えていた。


「やってやる! いくら強い相手でも!」


 敵へのトドメという大役を任された詩織も気合を入れ、必死にクライミングしてヴァラッジの背中付近へと昇りつめる。


「開くか!?」


 再び装甲が開き、体内が露出。内部は真っ赤な肉で埋められており、グロテスクに感じて詩織は眉をしかめた。


「あっつ・・・」


 排熱が開始され、その高熱が周囲に拡散された。水蒸気を受けなくても火傷してしまいそうだ。


「もう終わりだ!」


 決着をつけるため、聖剣に残りの魔力全てを集中。この一撃が、今の詩織の全てとなる。


「これでっ!」


 夢幻斬りほどではないが、聖剣から魔力の刃が形成されてそれを体内へと叩きこむ。

 高威力の一撃が柔らかい体内の肉を穿ち、周囲の装甲も内部から破壊されて鮮血が飛び散った。


「やったか!?」


 膝をついたヴァラッジから転落した詩織は腕を痛めつつ、その巨体を睨んだ。これだけのダメージを受ければもう動けまいと思ったが、


「まだ動けるのか!?」


 低い唸り声とともにヴァラッジは再び立ち上がろうとしている。完全には撃破できていなかったのだ。


「させませんわ!」


 巨体が態勢を整える前にミリシャはヴァラッジの背面へと移動し、弱点の露わになった部位へと杖を向ける。そして全開射撃を行い、魔弾が直撃したヴァラッジの胴は爆散して今度こそ絶命した。






「倒した・・・やっと・・・」


 崩れ落ちたヴァラッジを見届けつつ詩織はその場で仰向けになる。安堵から疲労が表面化し、立つことさえ難しい。


「シオリ! 大丈夫!?」


「なんとかね・・・リリィこそ怪我はない?」


「えぇ、問題ないわ」


 リリィは詩織の顔を上から覗きこみ、笑顔を見せる。


「シオリ様、これをお飲みください。栄養剤ですわ」


「ありがとう」


 ミリシャから小さな瓶を受け取って、中身を一気に飲み干す。甘い味は疲れた体に染み、詩織は一息ついて口元を拭った。


「ミリシャもよくやってくれたわ。さすがの火力ね」


「いえ、詩織様があの怪物を瀕死に追い込んでくれたおかげですわ」


 それはミリシャの謙遜ではなく、自分はただ最後に魔弾を撃ちこんだだけと思っている。


「リリィ様、わたくしはアイリアさんに報告してきますわね」


「うん、任せたわね」


 ミリシャも疲れたのだろう。急いではいるが駆け足ではなく、早歩きといった感じで広間の出口へと向かっていった。


「シオリ、お手柄ね」


 リリィはしゃがんで詩織の頭を太ももの上に乗せる。いわゆる膝枕の状態だ。


「ううん。リリィやミリシャが敵の攻撃を引きつけてくれたおかげだよ。それに、敵を倒したにはミリシャだし」


「そうだけど、シオリが敵の弱点に気がついたからこその勝利よ。もっと誇ってもいいのよ?」


 リリィの柔らかい手が詩織の頬を撫でる。あまりの心地よさに詩織は目を閉じ、その感触を存分に味わう。


「リリィにさえ褒められればそれでいいや」


「シオリは謙虚なのね」


「一国の王女様に褒めてもらいたいというのは、だいぶ欲の強いことだよ」


「ふふっ、確かに。でも、シオリといる時は自分の身分など忘れてしまうわ」


 リリィは詩織の体に手を伸ばそうとするが、


「ご無事ですか!? リリィ様!」


 アイリアの声が聞こえて慌てて引っ込める。詩織もスッと起き上がり、何事もなかったかのように振る舞った。


「え、えぇ。わたしもシオリも怪我はないし、全然平気よ」


「良かったです。ずっと心配していました」


 アイリアの後からやってきたミリシャは解放した民間人を引き連れており、一応の事態の解決はできたなとリリィは表情を緩める。しかし連れ去られた全員を救出できたわけではなく、何人かは犠牲となってしまったわけで、完全な勝利とはいえなかった。


「リリィ様、お助けいただいて本当にありがとうございます」


 生き残った民間人達はリリィに頭を下げ、お礼の気持ちを口にする。


「国民を救うのが王家たるわたしの役目です。それより、わたしの勇敢なる部下達を褒めてあげてくださいな」


 これは自分だけの手柄ではないと、リリィは詩織達を示す。


「はい。皆さん、本当にありがとうございます。この恩は生涯忘れません」


 こうしてリリィ以外にお礼を言われることに慣れていないから詩織は照れくさそうに頭を掻く。だが得られた達成感は強く、こうして人の役に立てたことが嬉しかった。


      -続く-

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