第29話 魔女、再び
シルフの牢獄を脱出したリリィ達は、邪教徒集団ゴゥラグナに連れ去られた人々がいると思われるディグ・ザム坑道へと急行する。
「見張りがいるわね」
小さな山の端にある坑道の入口は、武装したゴゥラグナのメンバー四人が守りを固めていた。どうやら他に入口は無く、その者達を排除しなければ中に入るのは不可能だ。
「できれば交戦せずに突入したいところだけど、そうも言っていられない。このまま敵を殲滅して進むわよ」
「なら、私にお任せを」
アイリアは大回りして山を登ると、敵の死角を突いて坑道入り口近くの草の茂みに身を潜める。それを確認したリリィは大きな石をゴゥラグナの警備兵がいる方向へと投げ込んだ。
「なんだ? 物音がしたな」
「あっちで何か動いたぞ」
警備兵達全員の注意が石の落ちた地点へと集まり、大きな隙ができた。それを逃すアイリアではない。
草の茂みから飛び出し、ナイフを両手に装備して敵二人を背後から襲う。その二人はアイリアに気づくことなく急所を的確に裂かれ、瞬時に絶命して音も無く倒れた。
「えっ?」
仲間が何故倒れたのかを理解できないまま、もう一人も首を裂かれて血を噴きだす。
そうして三人が一瞬で撃破され、残った一人もアイリアによって倒される。もはや暗殺者に転職したほうがいいのではと思う手際の良さだ。
「騒がれずに抹殺を完了しました。坑道内部にいるヤツらには気づかれていないでしょう」
ナイフの血を拭き落としながらリリィ達の元へと戻って来たアイリアが戦果を報告した。そんな彼女を見て、詩織は決してアイリアだけは怒らせてはいけないと肝に銘じる。
「よし、内部に潜入するわよ。はぐれないように注意して」
リリィを先頭に詩織達は坑道の入口をくぐり、慎重に進んで行く。通路にはボウっとした鈍い灯りが点いており、詩織がその光を見てみると、どうやら結晶体が発光しているようだ。
「いわゆる魔結晶ね。魔力が尽きるまで光り続けることができるタイプの」
「これ持ち帰ってもいいかな?」
「帰りにね?」
詩織は手を伸ばしかけたが引っ込める。
「実はアイラお姉様からこの松明を借りてきたんだけど、目立つから使えないのよ」
以前の地下都市突入時に使用した、魔力によって光る松明状の杖をアイラから借りていたリリィなのだが、このような潜入時では自分の位置を敵に教えることになってしまう。だから使用は控え、坑道内部にある光源を頼るしかないのだ。
「にしても、人の気配はないわね」
結構な距離を進んだような気がするが、誰とも出会わない。狭い通路では隠れる場所も少ないのでありがたいことではあるが。
「でも、奥から強い魔力を感じるよ」
「シオリがそう言うのなら強い敵か魔女がいるのでしょう。各員、魔具を準備しておいて」
この坑道に入ってからというもの、詩織は異様な気配を感じていた。彼女の特殊な魔力ゆえの探知能力は、他者が感じることのできない気配を察知できるのだ。
「いうならばダンジョンボスみたいなもんかな」
これまでの経験から、このような気配を発する敵が弱かったためしがない。それこそオーネスコルピオや、クイーン・イービルゴーストといった強敵が良い例だ。
そうしてディグ・ザム坑道内を誰とも遭遇せず進行し、大きな広間へと差し掛かる。その広間からはひと際明るい光が漏れていた。
「ストップ。中に誰かいるわ」
「ついに敵のお出ましか」
広間入口の岩石の影に隠れて内部を目で確認すると、そこには黒いローブを羽織った人物が何やらしているのが見える。
「リリィ様、あの黒いヤツは・・・」
「間違いない。ラドロの風と交戦した時に現れたヤツね。アイツがダークオーブをイゴールの体内に押し込んだのだから、魔女の可能性が高い」
忘れもしないテナー家での戦い。そこでアイリアの宿敵イゴールはダークオーブの力で暴走し、強大な力で襲い掛かってきたのだ。しかしダークオーブの持ち主であった魔女ルーアルはさっさと撤退し、倒すことはできなかった。
「ねぇ、リリィ。その魔女の前に倒れている二人は、連れ去られた人じゃないかな?」
「そう考えるのが自然ね。あの魔女は捕らえた人で何かしようとしているんだわ」
となればすぐに救出しなければならない。リリィは岩影から飛び出し、魔女に対峙する。
そのルーアルはリリィが広間に入ってくるのを視認もせずに声をかけてきた。
「いつ襲ってくるか待っていたよ」
「気づいていたのね」
「勿論。この私、ルーアルに隙はない。お前達如きでは私の不意を突くなど不可能だ」
傲慢な言い方で挑発しながらようやく振り返る。黒いローブを目深に被っているせいで表情はよく分からない。
「そこに倒れている人は、アンタ達ゴゥラグナが攫った人ね?」
「そうだ。が、厳密に言えば私はゴゥラグナではない。無理矢理あいつらのリーダーとなり、利用していただけさ」
「それはどうでもいいことよ。問題は何故そんなことをしたかよ」
「簡単さ。私のペットの餌にするためだよ。大食いなうえに、人間を好んで喰うものだから調達するのが大変なんだ」
まるで悪びれる様子もないルーアルに対して怒りが湧いてくる。この魔女には人の感情は無いのかとリリィは剣を握りしめながらゆっくりと近づいていく。
「・・・今なら命だけは助けてあげる。このわたし、リリィ・スローンに投降なさい」
「分かりましたと素直に従うと思っているわけではないだろう?」
「えぇ。アンタのような外道が王族の言うことを聞くとは思っていない。となれば、実力行使あるのみよ」
リリィの背後で詩織、アイリア、ミリシャが魔具を構えて臨戦態勢を取る。
「数でもこちらが上回っているし、実力だってある。アンタが戦って生き残るのは不可能よ」
「そうかもな。確かに私は戦闘を専門としているわけではないから、勝ち目は薄いのかもしれない。だが・・・」
ルーアルが指を鳴らすと、奥の空洞で何かが蠢いた。
「このプレッシャー・・・」
そして空洞から巨大な人型の魔物が現れる。その身長は十メートルを超えているだろうか。
「私がいつ相手をすると言った?お前達が戦うのは私が創り出したペット、このヴァラッジだ」
黄土色の体表は岩石のようにゴツゴツとしており、太い四肢には関節が見当たらない。肥満すぎて動きは鈍いように見える。
「さぁ、ダークオーブで強化されたヴァラッジを倒せるかな?これまでの魔物のような貧弱さはないぞ」
「必ず打ち倒す! そしてアンタも!」
「ハッ! やってみろ!」
ルーアルは背中から黒い翼を展開し、空中に飛翔する。これでは攻撃を当てるのは容易ではない。
「人間が飛ぶというの!?」
「アイツは魔女よ。飛ぶくらい造作もないんだわ」
詩織はまるで悪魔のような容姿のルーアルから視線を外し、倒れた人達に意識を向ける。
「あの人達は気絶しているみたいだね。早く助けないと、怪物に潰されちゃうよ」
「そうね。アイリア!」
リリィはアイリアにアイコンタクトを送り、それを受け取ったアイリアは全速で駆け、倒れた二人を両手で抱えて後退する。二人共小柄な女性であったために同時に救助できたのだ。
だが、アイリアに餌を盗られたヴァラッジは咆哮を上げ、右腕の大型の砲から魔弾を連射する。
「なんて火力・・・!」
アイリアは得意の高機動でそれを避けるが、人を抱えていればいつも通りの性能は出ない。
「シオリ!」
「オッケー!」
詩織は聖剣を掲げ、魔力を集中させる。そして一気に力を開放した。
「夢幻斬りっ!!」
必殺の閃光がヴァラッジに伸びていく。動きの鈍い相手なら狙いを定めたり、足止めしなくても直撃させることが可能だ。
「なんとっ!?」
しかし、ヴァラッジには通用しなかった。確かに直撃すると思ったのだが、ヴァラッジが前面に展開した魔力障壁が攻撃を防いだのだ。
「シオリの大技を防ぐなんて・・・」
「ふはははは!! これがダークオーブの力だ!!」
ヴァラッジと、その体内に収容されたダークオーブの力に機嫌を良くしたルーアルが高笑いする。
「もうダークオーブの調整も完了したと言っていいな。後は、他のダークオーブも同じように手を加えれば・・・」
それが確認できれば充分と、ルーアルはリリィ達に背を向けた。どうやらこの場を離脱するつもりらしい。
「逃げるなっ!」
「悪いがこれ以上は付き合えない。ここの不思議な鉱石も回収できたし、用はないんだ。ヴァラッジと遊んでやってくれよ」
ルーアルは魔弾でリリィ達を牽制しながら広間から飛び去る。
ミリシャが撃墜しようと魔弾で狙うが、もうルーアルの姿は見えなくなっていた。
「申し訳ありません、リリィ様。取り逃がしてしまいましたわ」
「謝ることはないわ。まずはこの怪物をなんとかしないと」
ルーアルはいずれ見つけ出すとして、この大きな魔物を放っておくことはできない。ここで討たねば被害が広がるだけだ。
「フフっ・・・私はなんて天才なんだ」
戦域から離脱したルーアルは坑道を眼下にし、一人呟く。その手にはディグ・ザム坑道から回収した、ソレイユクリスタルの素材でもある特殊な魔結晶が握られている。オレンジ色のそれは鈍い光を放ち、ルーアルの黒いローブを照らす。
「これで我らの勝ちも見えてきたな」
そのオレンジの魔結晶はルーアルのコレクションには無い物で、これを使ってダークオーブを上手く調整することができたのだ。
その成果を握って薄気味悪い笑顔を浮かべながら、もうゴゥラグナにも坑道にも利用価値はないと翼をはためかせて遠くへと飛翔していった。
「コイツの保有魔力はどうなってんのよ・・・」
ヴァラッジの魔力は無尽蔵なのか、魔弾を次々と発射してリリィ達を攻撃してくる。絶え間ない弾幕の前には回避するしかなく、反撃の隙がない。
「アイリアはその二人を連れて広間から退却して。他にも捕らえられた人がいないかも確認を」
「了解です。すぐに戻りますから」
「いえ、アイリアは救助した人達の護衛をお願い。もしかしたらシルフから敵の増援が来るかもしれないから、そういう敵から皆を守ってあげて」
元々アイリアの戦闘スタイルや魔具は大型の魔物には分が悪く、ヴァラッジのような相手は不得手だ。だからこそ、この場合は民間人の護衛をさせるのがベストだとリリィは考えたのである。
それを瞬時に察したアイリアは頷き、リリィから与えられた任務を全うすべく広間から退却する。
「リリィ様、ご武運を!」
「えぇ。こんなところでくたばる気はないもの!」
王家の人間としてここで負けるわけにはいかない。それに、もっと詩織とイチャつきたいのだから生き残るという選択肢しかないのだ。
「シオリは魔力回復に専念して。わたしとミリシャで敵と交戦する」
大技を放った詩織の体内の魔力は少なく、これでは全力で戦うのは不可能だ。リリィ達の後ろへと後退し、魔力回復を図る。
「こんな強い相手だとは・・・」
これまでなら夢幻斬りで大抵の敵は倒すことができた。それこそハクジャやオーネスコルピオには通用したのだ。だが、このヴァラッジには完全に攻撃を防がれてしまった。
「リリィの役に立てなきゃ、私がいる意味がない・・・!」
詩織は自分の大技に自信を持っていた。だが、こうも効果がなければへコむのは仕方ないことだろう。
「次こそは!」
一撃では撃破できなくても、何発も叩きこめばいずれは倒せるはずだと自らを鼓舞する。いくら強いとはいっても無敵ではないはずで、こういう時は絶対に倒すのだという意思が大切だ。
「聖剣と私の力は、ダテじゃない!」
魔力がある程度回復した詩織は戦線に復帰する。連射される魔弾を回避しながら、巨体へと迫っていった。
-続く-
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