第28話 牢獄からの脱出

 詩織が目を覚ましたのは牢屋のような場所だった。まだボヤけた意識のまま周りを確認すると、そこには鎖で両手を拘束されて吊り上げられたリリィの姿が目に入る。それを見た詩織の意識は完全に覚醒し、駆け寄ろうとするが、


「私もか・・・」


 どうやら拘束されているのはリリィだけでなく詩織も同じなようだ。リリィを助けるためになんとか抜け出そうともがくが、ガッチリと縛られていて鎖は解けそうになかった。


「くそっ・・・」


 このままでは敵になにをされるか分からない。いや、すでになにかされた後かもしれないが、とにかく脱出しなければという焦りだけが募っていく。

近くには監視もいないようなので、とりあえずリリィの目を覚ますべく声をかけた。


「リリィ、気づいて。リリィ!」


 詩織の声に反応したのかはしらないが、間もなくリリィのまぶたが開き、自身が置かれた状況を把握する。


「これはやらかしたわね・・・」


「どうにかならないかな?」


「難しいわね。どうやら魔力も使えない・・・この鎖に吸われているみたい」


 どうやら鎖は特殊なもので、そこに体内の魔力を吸い出されている。これでは魔具を呼び出すことすらできない。体を魔力で強化することもできないし、今のリリィ達はか弱い少女そのものでしかないのだ。

 そうこうしているうちに足音が近づいてきた。靴音が大きくなるにつれて詩織の表情も硬くなる。


「おや、早いお目覚めのようで」


 その声色はリリィ達を捕らえた者で間違いない。白いローブを目深にかぶっているので声で判断するしかないのだ。


「わたし達にこんなことをして、何を企んでいるの?」


「それはこちらの質問だ。貴様達は何故このシルフに来た?」


 白ローブの問いに答えずにいると、


「私は短気でな・・・」


 リリィの腹部に拳を叩きつけ、めり込ませる。


「うぁっ・・・」


「やめて!!」


 詩織が制止するも、全く聞く耳を持たない。


「答えるから! もうやめて!」


「最初からそうすればよかったのだ」


 ようやくリリィから手を離す。リリィは苦しそうな顔のまま、咳き込んでいた。


「アナタ達はこの町に人を攫ってきたでしょう? なんでそんな事をしたのかを調査しにきたの」


 嘘を言ってもすぐにバレそうだし、何よりそれに激昂した相手が何をするか分からないので素直に答える。


「なるほど、そんな事か。あいつらは我らがニューリーダーへの捧げものだ。何に利用しているかは知らないが」


「そんな・・・もう皆生きていないの?」


「どうだかな。それを知っても、もう仕方ないだろう?」


 白ローブはリリィの髪を掴み、自分の方へと向ける。


「なぜなら、お前達も同じようにしてやるからだ。こんな上玉は中々に手に入らんものな」


 このままでは捧げものにされてしまう。とにかく詩織はリリィのことだけは助けたかった。


「待って! リリィには手を出さないで」


「そんなお願いができる身分か?」


「私がなんでもするから・・・リリィだけは・・・」


「ほう? 今なんでもすると言ったな?」


 それを聞いたリリィは首を振り、


「ダメよ、シオリ・・・わたしが行くから・・・」


 と、白ローブに自分を連れていくよう懇願する。二人とも互いを庇おうと必死なのだ。


「貴様達は自分を犠牲にしてでも相手を救いたいのか?泣ける話だな」


 白ローブは嘲笑しつつ、詩織の顔に近づく。


「安心しろ。二人とも同時に差し出してやる」


「くっ・・・」


 打つ手はないのかと詩織が絶望しかけたその時、思わぬ希望が姿を見せる。


「リリィ様にこのような仕打ち・・・万死に値する!」


 怒りに狂うアイリアがナイフを振り抜く。白ローブの腕部が斬りおとされ、次の一撃で首を切り裂いていた。

 白ローブの体は糸が切れたかのように崩れ落ち、その場に血だまりをつくりながら沈黙する。


「アイリア、どうしてここを?」


 二人の鎖を破壊しながらアイリアが経緯を説明する。


「実はリリィ様達が塔のある建物に連れていかれるのを見かけたのです。本当ならすぐに助けたかったのですが、敵の数が多く手を出せませんでした。そこで人目を避けつつ、どうにか潜入を果たしたのです」


「そうなの。さすがアイリアね、助かったわ」


「これが私の役目ですから、お気になさらないでください」


 しかし、こうして来てくれなけば詩織とリリィは生き地獄を味わっていたことだろう。褒められてしかるべき行いである。


「連れ去られた人はニューリーダーとやらに捧げられているらしいわね。ここにはいないのかしら」


「敵の会話を盗み聞きしたのですが、どうやらディグ・ザム坑道内にリーダーがいるようです。そこで魔物を飼っているとかなんとか・・・」


「ということは、連れ去った人を魔物の餌にしているのかもしれないわ。すぐにでも行きましょう」


 手首はまだ痛むが、そうも言っていられない。もしかしたらまだ生きている人がいるかもしれないし、急げば救助できる可能性があるからだ。





「ここを抜け出すのも一苦労ね・・・」


 牢屋から出ることはできたが、廊下には監視員が巡回している。それらを無力化するか、見つからないように進むしかない。


「よくこれで見つからずに来られたね」


 詩織に感心されてドヤ顔で誇るアイリアだが、実際どうやって発見されずに牢屋まで到達したのか見当もつかなかった。


「見つかったら面倒ね。どれだけ敵の戦力がいるか分からないし、増援を呼ばれたら厄介よ」


 アイリアは盗賊時代の経験から隠密行動や潜入を得意としているが、詩織とリリィはそうではない。そんな三人で脱出するのはかなり難しいだろう。


「一人ずつ倒すのもアリだと思うな。それかダンボールがあれば・・・」


 詩織はとある潜入ゲームが好きなのだが、ゲームセンスの低い彼女は見つからずに進むのは不可能だと悟り、殲滅して解決していた。全員倒してしまえば目撃者はいなくなるという理屈だ。


「私が先行し、様子を確認してリリィ様達を誘導します」


「分かった。慎重にね」


 軽快な身のこなしで物陰から物陰へと移動し、アイリアは敵に見つからないよう進行する。その動きはまるで忍者のようだ。


「よし、行くわよ」


 アイリアの手招きのジェスチャーを見て進み、待ての指示で隠れる。こうして少しづつ脱出を試みるが、


「この先には敵が複数人います。そいつらをどうにかしないと、先に行けません」


 アイリアが一度後退し、状況を伝える。牢屋のあるこのフロアは地下であり、脱出するためには階段を上る必要があるのだが、その階段の付近に敵が居座っているのだ。


「こうなったら、私が敵の気を引きつけます。その間に逃げてください」


「でも危険だわ」


「私ならば対人戦闘に慣れていますし、上手く相手を翻弄して頃合いになったら逃げればいいのです。リリィ様、私の使命はアナタをなんとしても守る事ですから、ここは任務を果たさせてください」


 現状ではアイリアの提案にのるしかないだろう。リリィはアイリアの肩に手を置き、頷きながら託す。


「なら任せたわ。絶対に生きて合流しましょう」


「はい」


 そして詩織へと顔を向け、


「リリィ様を頼んだぞ」


 と言い残し、敵へと突っ込んでいく。




「貴様! どこから侵入した!」


「フンっ・・・この木偶の坊どもっ!」


 アイリアのナイフが一閃。ゴゥラグナの一人を一瞬で倒す。


「コイツ、素早い!」


「お前達がノロいんだ!」


 そうやって挑発しながら敵の注意を引き、階段を駆け上がって行く。ゴゥラグナのメンバーは敵襲だと騒ぎながらアイリアを追いかけていった。


「今のうちに!」


 牢獄のフロアにはリリィと詩織だけが取り残されて、自由に動ける状態になる。これならば容易に一階へと行くことができるだろう。




 階段を上り、慎重に周囲を見渡すと人気はなかった。だが外から怒号が聞こえてくる。


「アイリアが敵とやりあっているようね」


「援護する?」


「そうしたいけど、アイリアの邪魔をすることになるかもしれない。彼女の機動力に付いていけるほどわたし達は速くないからね」


 事実、詩織にはアイリアほどの機動性能は無い。完全に足手まといになってしまうだろう。


「今は脱出が優先よ。急いでミリシャと合流し、アイリアを待った後にディグ・ザム坑道に突入するわ」


「オッケー」


 ゴゥラグナ本部の裏口から外に出て、ミリシャが待機する場所を目指すが、


「むっ! 敵がいるぞ!」


 アイリアを追撃しようとしていたゴゥラグナのメンバーに見つかってしまった。


「チィ・・・」


 襲い掛かってきた相手をリリィと詩織が連携して撃破するが、騒ぎを聞きつけた増援がこちらに来ているのが見える。


「マズいわね・・・」


「こういう時は逃げるが勝ち!」


「そうね。一気に駆け抜けるわよ!」


 二人は全速で町の出口に向かって行く。このままなら追いつかれはしないだろうと思ったのだが、数人のゴゥラグナのメンバーが立ちはだかった。


「もう! 本当にしつこいヤツらね!」


 仕方ないと剣を構えて突撃の準備を整える。後ろの敵に追いつかれる前に決着をつけないとならない。

 だが、リリィと詩織の正面に現れた敵は突如発生した爆発に巻き込まれて無力化された。


「ミリシャ・テナー、ただいま参上いたしましたわ」


 爆煙の中から姿を現したのはミリシャだ。敵の後方から高出力の魔弾を発射し、それで敵を撃滅したらしい。


「町が騒々しくなったのできっと戦闘が始まったのだと思い、急いで駆け付けましたわ」


「助かった。でも、まだ終わってないわ」


 リリィは後ろを振り向き、追ってくる敵に向き直る。もうすぐそこまで来ており、これで逃げ切るのは不可能だろう。


「アレもわたくしにお任せを」


 身長ほどの長さの杖を構え、魔力を集中させて強力な魔弾を撃ち出す。高熱を纏いながら飛翔する魔弾はまるでビームのようだ。

 その魔弾は敵の近くの地面に着弾し、ゴゥラグナのメンバー達は吹き飛ばされて動かなくなった。


「ふぅ・・・こうして敵を粉砕するのは気分がいいですわ」


「おおぅ・・・」


 意外とミリシャも過激だなと詩織は苦笑する。


「敵の数を減らせて良かったわ。後はアイリアの無事を願うばかりね」


「それなら心配いりません」


 近くの建物から大きくジャンプしてアイリアがリリィの隣に着地する。適合者でなければ確実に足を痛めていただろう。


「怪我はない?」


「はい。問題ありません」


 四人が再び揃った。これで怖いものはない。


「私を追ってきた敵の半分を戦闘不能にしました。相手はあまり戦いが得意というわけではないようですね」


 そもそもアイリアほど対人戦で強い適合者は少なく、軍隊でもないゴゥラグナの者達では数で上回っても分が悪かったのだろう。


「さすがアイリア。これでこの後の戦闘もやりやすくなるわね」


 シルフの町にはもう用はない。後は当初の目的地であるディグ・ザム坑道へ急ぐのみだ。


「よし、このままディグ・ザム坑道に行くわよ。そこで悪党どもを倒し、連れ去られた人々を救出する!」


        -続く-

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