第27話 邪教徒集団ゴゥラグナ
ポラトンの宿で一夜を過ごし、翌日は町の役所や衛兵待機所で邪教ゴゥラグナについて情報収集を行う。どうやらゴゥラグナによる人攫いは事実らしく、ここ最近ポラトンでも数名が拉致されたらしいのだ。兵が奪還しに向かったのだが未だ帰還していないとのことである。
「これはゆゆしき事態だわ。本来なら王都から増援を送るべき案件ね」
だが、この世界は詩織の世界のように通信技術は発達しておらず、連絡を行うにも使者を遣わして伝言を頼むしかない。それには時間がかかるので、その間に被害は増える一方だ。そこで、リリィは自分達のチームで事の解決に乗り出そうとしている。
「わたし達は数こそ少ないけれど、充分に実力はあるはずよ。相手は厄介そうなヤツらだけど、いつも通りに戦えば後れを取ることはないわ」
詩織は自分の実力に懐疑的なので、リリィの言うように充分に戦えるかは不安がある。しかし気力は満タンで、自分にできることをこなそうという意思は持っていた。
「今回は対人戦闘が予想されるわ。となれば、アイリアの得意分野ね」
「はい。このナイフでバラバラにしてやります」
なんとも過激な宣言だが、それが頼もしい。小型の魔物や人を相手取る戦闘ならチーム内ではアイリアがダントツだ。高機動なうえ、取り回しやすいコンバットナイフを駆使する戦い方は見習いたいくらいである。
「でも、敵を倒す以上に連れ去られた人達を助けることが重要よ。そのためには敵が拠点としている町、シルフに潜入調査をする必要があるわね」
どこに囚われているかも分からない人間を見つけるのは困難であるが、見捨てることはできない。
「ともかく、シルフへと向かいましょう。まずは町の近くから様子を窺うことから始めるわ」
詩織は頷き、拳に力を込めた。
「さて、ここからは危険地域になるわ。警戒を怠らず、何か発見したらすぐに報告するように」
ポラトンを出発してシルフ方面に向けて進んで行き、密林地帯へと差し掛かった。聞くところによると、シルフとディグ・ザム坑道のある地域はこの密林に囲われており、孤立したような場所であるらしい。その自然の豊かさが逆にシルフへの道筋を険しくしていて容易に近づけない。
「これじゃあ天然の要塞だね。敵がシルフを拠点にしたのも頷ける」
「シオリの言うとおり、まさに要塞のようね。この先はどんな罠が張られているか分からないし、どこから奇襲を受けるかも分からないわ」
それに、こうした密林には危険な毒などを有している原生生物が生息している可能性が高いと思われる。ミリシャが治療キットを持っているとはいえ、安心はできない。
「私が先行します。対人用の罠などを昔使用していましたので」
「そうね。アイリアなら罠への対処も可能でしょうから、頼んだわ」
アイリアにとって盗賊団に所属していた時代は忌まわしい汚点であるが、その経験は無駄ではなかった。おかげで優秀な戦士になれたし、こうしてリリィ達の役に立てるのだから。
「では行くわよ。アイリアを先頭に縦の列になって」
「了解」
草をかき分けながら、密林の緑の中へと入っていく。
「また罠が・・・」
人の足を絡めとる罠をアイリアが破壊する。素人には見つけるのが難しいが、アイリアは見逃さない。
「比較的通りやすい場所に罠を張っているらしいわね。わざわざこんな苦労をして、敵はシルフで何をしているのかしら」
こうも用心をしているのだから、よほどの悪事に違いないだろう。
「いくつも罠を用意しているみたいだけど、その位置を把握してないと敵自身が引っかかるよね。もしかして、罠の無い進路があるのかも」
「それはあり得る。でも、私達には知る術がないわ。ともかく慎重に行くしかない」
町を囲う密林の面積はかなり広い。当然それを全てカバーすることなど不可能で、安全に進める場所もあるだろうが、見わけも付かないし探している余裕もないのだ。
「安心しろ、シオリ。私にとってこの程度の罠は脅威ではない。まるでアマチュアのような設置の仕方だ」
「そうなの? 私じゃ発見するのも大変だよ」
「この私の目を欺けるほどの高等さはない」
「プロって感じで、なんかカッコいい」
詩織がアイリアを褒めているのを見て、頬をぷく-っと膨らませるのはリリィだ。その可愛らしい嫉妬心を見抜いたミリシャが微笑ましそうに目を細める。
そうして進んで行くうち、アイリアが詩織達にしゃがむよう指示した。
「どうしたの?」
「何かがこちらに向かってくる」
アイリアの視線の先、背の高い草が不自然に揺れる。
「そこの岩影に隠れよう。もしかしたら見張りの人間かもしれん」
少し後退し、大きな岩の背後に四人が隠れた。すると、その直後に先ほどまで詩織達がいた場所へと二人の人間が現れる。灰色のローブを纏っており、人相は分からない。
「本当に見たのか?」
その灰色ローブの一人がもう一人に問いかけている。
「間違いない。確かにこの辺に人を見たんだよ」
「勘違いじゃないのか?ここらには罠がいくつも仕掛けてある。俺達は位置を把握しているが、何も知らないヤツが全部を躱してここまで来るのは不可能だ」
それを可能にしたのがアイリアだ。二人の会話を聞いて、若干ドヤ顔をしている。
「あの二人をどうにかしないとね」
「お任せください、リリィ様。私が排除します」
「情報を訊き出すために、できれば捕まえたいわ」
「了解しました」
灰色ローブの二人がこちらに背を向けたのを確認し、ナイフを引き抜いてアイリアは岩影から飛び出す。
そして一人を蹴り飛ばして木に叩きつけ気絶させ、もう一人を羽交い絞めにして捕らえた。
「な、何者!?」
「質問するのは私達だ。お前は抵抗せずに聞かれたことに答えればいい」
首筋にナイフを突きつけて脅す。まるで悪役のような振る舞いだが、手段を選んでいる場合ではない。
こうして瞬時に敵を制圧し、リリィが捕らえられた灰色ローブの女に尋問を始める。
「アナタはゴゥラグナのメンバーで間違いないのね?」
「そ、そうだよ」
「シルフで一体何をしているの?付近の町から連れ去った人々をどうしたの?」
「知らない。なぜなら私はまだ入団したばかりで、こうして毎日見張りをさせられているの。町で何が起きているかなんて・・・」
そこまで言って、アイリアに締め上げられる。
「ウソをつくなよ。本当はどうなんだ?」
「ほ、本当に・・・」
苦しそうにもがき、ギブアップとばかりにアイリアの手を叩く。その反応を見るに、嘘ではなく本当に知らないようだ。
「私が知っているのは、町の中心にある高い塔が付いた建物が本部になっているということ。そして、上級メンバーは白いローブを羽織っていることくらい」
「この灰色のローブは下っ端メンバーが着用しているの?」
「そう」
もうこれ以上の情報は持っていないらしい。
「それにしても、なんでアナタはゴゥラグナに参加したの?」
「毎日が退屈だったから。ゴゥラグナなら刺激的な毎日が送れるって聞いて、それで・・・でも、やらされるのは退屈な見張りだもの、もうウンザリよ」
「そんな理由で・・・」
呆れたようにリリィが首を振る。
「もうこんな事は止めなさい。退屈な日々を変えたいならば、良い行いをするべきよ。そうすれば人との繋がりもできて、楽しいことだって起こるはず」
「分かったよ・・・私が悪かった・・・」
女は自分の行いを反省したらしく、武器を捨てて灰色のローブを脱いだ。
「シルフを目指しているんでしょう?なら、これを持って行って」
「ローブを?」
「これを身に纏っていれば町に入りやすいと思うよ」
「そうね。助かるわ」
気絶しているメンバーのローブも回収した。これを使えばシルフへの潜入も楽になりそうだ。
「この先にはもう罠は少ないけど、気を付けて進んだほうがいいよ」
「ありがとう。アナタ達はどうするの?」
「この人を連れてポラトンで自首するわ。そこから新しい人生を始めようと思う」
女は気絶した仲間を背負い、リリィ達が来た方角へと去って行った。その足取りには迷いはないようで、振り向くこともない。
「拘束しておかなくてよかったのですか?」
「ええ。あの人の目を見れば、もう邪気が無いことは分かる。盗賊から抜けたアイリアと同じような澄んだ目だったもの」
「・・・そうですか」
リリィは昔の事を思い出し、笑みを浮かべる。過ちを認め、反省する意思さえあれば人はやり直すことができる。それはアイリアから教えてもらったことなのだ。
「あれがシルフね」
密林地帯の先に寂れた町を発見する。人は見当たらないが気配はしており、不気味な雰囲気だ。
「どうやって調査する?」
「作戦はこうよ。まず、ローブをわたしとシオリが着用して町に入るわ。アイリアは持ち前の隠密技術で見つからないように潜入。ミリシャはここで町全体を見張っていて」
詩織は渡されたローブを羽織り、立ち上がる。これならどこから見てもゴゥラグナのメンバーだ。
「優先するのは連れ去られた人の救出。敵と交戦するのは最後の手段よ」
「町の中心にある建物ってアレよね」
灰色のローブを着用したリリィと詩織が町へ堂々と入り、ゴゥラグナの本部を目指す。町の中心に行くほど人を見かけるようになり、皆一様にローブを羽織っていた。
「異様なカンジね。ピリピリしているというか、なんか怖いわ」
「確かに。普通の町とは全然違う」
詩織はこの妙な緊張感から早く解放されたいと思うが、逃げ出すわけにはいかない。隣で歩くリリィを守るためにも。
警戒しつつ、塔のある建物までもう少しという所まで来たのだが、
「ん? お前達、どこへ行く気だ?」
突如声をかけられる。詩織はビクッと体を震わせながら振り向き、その相手に向き直った。
「ここから先はお前達のような下級メンバーの立ち入りはできない。知っているでしょう?」
その人物は白いローブを着ている。どうやら上級メンバーのようだ。
「えっとぉ・・・まだ入団したばかりで・・・」
「ほぅ・・・貴様、名をなんという?」
ここで本名を名乗るのは危険だなと、咄嗟に違う名を教えることにした。詩織の勇者としての評判が立ち始めたので、本名を名乗ればゴゥラグナのメンバーではなく王家に仕える者だとバレてしまうと思ったからだ。
「わ、私はユイ・タカヤマです」
聞いたことないなと白ローブは首を傾げる。
「お前は?」
「わたしはサクヤっていいます」
リリィも偽名を名乗った。王家の人間なら、尚更本名はマズいのだ。
「知らない名だ・・・」
どうやら怪しまれているらしい。どうしようと詩織は焦るが、
「まだ皆さんに自己紹介したわけではないですから、ご存じないのでしょう。今度、ゆっくりと紹介させていただきますね」
とリリィが詩織の手を掴んでそそくさと立ち去る。白ローブはまだ何か言いたそうだったが、その後ろ姿を見送るだけだ。
「危ないところだったわね。とりあえず引き下がりましょう」
「本部に入るには白いローブが必要みたいだね」
「えぇ。どうにか入手しないと・・・」
人目を避けるため、狭い路地へと入って行く。
「そういえば、よく咄嗟に偽名が浮かんだわね」
「あぁ、ユイってのは元の世界にいる友達の名前だよ。いつもアヤナってコとイチャついててさ。学校一のカップルって評判を受けるくらいなんだ」
異世界とはいえ、勝手に友達の名を使うのは良くないことだが。
「そうなの。まぁわたし達の方がイチャつき具合なら上だろうけどね!」
そこを競ってどうするのかと詩織がクスッと笑った直後、人の気配がしてその場で立ち止まる。
「チッ・・・」
前方と後方にゴゥラグナのメンバーが複数人立ちふさがる。路地に入ったのは完全に悪手であったようだ。周囲を建物に囲まれているので逃げ場が少ない。
「貴様達は何者だ?」
その声は先ほどリリィと詩織の名を問うてきた人物だ。
「だから新人だと・・・」
「フッ・・・私は入団者選定にも関わっている。だから貴様達がゴゥラグナの者でないとすぐに分かった」
それは想定外とリリィは魔具である剣を装備した。もう交戦する以外に解決策はない。
「仕方ないわ。ここは強行突破するわよ・・・」
詩織も聖剣を魔法陣から取り出そうとするも、
「な、何っ!?」
上から魔力を感じて見上げると、建物の窓から身を乗り出したゴゥラグナのメンバーが杖を構えていた。そして杖から魔弾を発射し、詩織とリリィの近くに着弾する。
「くっ・・・」
爆発に巻き込まれて地面に転がり、立ち上がろうとしたのだが、敵にのしかかられるようにして取り押さられてしまった。
「リリィ!」
詩織は自分よりもリリィのことを助けたい一心で暴れるが、布を顔に押し付けられる。布からは異臭がし、それを吸ってしまった詩織は体から力が抜け、意識が朦朧としてきた。
「リリィ・・・」
手を伸ばす先、リリィも同じようにされてぐったりと動かなくなる。
捕らえられてしまった二人の運命は・・・
-続く-
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