第33話 演技のレベルは?

 建国祭の準備に取りかかり始めた日の夜、リリィは詩織と劇の脚本について話し合っていた。劇をやろうと提案したはいいものの、細かいストーリーまで考えてはいなかったのだ。


「で、どんな感じの話の流れにするの?」


「前に言った通り、魔物討伐を主軸にした話にするわ。なんなら実話を元に構成するのもいいわね」


「実話?」


「そう。わたし達が経験した戦いを劇で再現するの」


 一から考案するより、そのほうが楽に話を組み立てることができるだろう。


「例えば巨大ハクジャとの戦闘とかね。シオリの一撃で逆転できたわけだし、題材として扱いやすいと思うのよ」


「確かに。国王様からのオーダーもこなしやすそう」


 詩織の勇者型としての力をお披露目することを求められている。予算と場所が与えられたのもそれが理由であり、重要な要素なのだ。


「じゃあストーリーとしてはハクジャ戦をベースにしつつ、詩織の活躍を前面に押し出す感じで。最後はシオリがわたしに永遠の忠誠を誓うシーンで締めれば完璧ね」


「それは史実に反しているのでは・・・?」


「創作なんだから、ちょっとくらい盛ったほうがウケるのよ」


 ちょっとどころか完全なねつ造である。


「それか、わたしとシオリが幸せなキスをして終了でもいいわよ」


「人前でそれは恥ずかしいな。なら、さっきのでいいです」


「そう?」


 どちらにしてもリリィには得しかないので満足そうだ。


「明日から演技の練習もしないとね。短い劇にはなるけど、観客が観やすいように工夫しながらやらないといけないし」


「だね。演者は私達、リリィのチームの人間だけ?」


「そうよ。あまり大人数でやる内容でもないしね。まぁ魔物の模型を動かしてもらう人は必要だけど、ターシャやフェアラトなら上手くやってくれそうだから心配ないわ」


 いわゆる黒子としてターシャ達にも協力してもらうつもりらしい。


「よし、計画は万全ね。明日以降も頑張るわよ」


 詩織としてもリリィの頑張りを無駄にはしたくないので、自分にできることを全力でこなすことを心に誓っていた。






「舞台セットの準備は順調ね。じゃあわたし達は演技練習を行うわよ」


 組み立て真っ最中の舞台の近くにて、リリィは詩織にミリシャ、アイリアを呼んで劇の練習を開始する。一晩でリリィがセリフを考えており、それを伝えた上で実践してみるのだ。


「ではアイリア、さっき教えた通りに」


「はい・・・」


 アイリアはいつものクールフェイスとは対照的に不安げな顔つきである。よほど演技に自信がないらしい。


「リリィサマ、マモノガ、アラワレマシタ・・・」


 ぎこちない動きで棒読みにセリフを口にする。まるで壊れたロボットのようだ。


「うーむ・・・アイリア、もっと自然な感じにできる?」


「も、申し訳ありません・・・」


 こんな弱気なアイリアは見たことがないので新鮮だ。詩織はもうちょっとそんなアイリアを見ていたいと思う。

 それから数回繰り返したがあまり改善はみられず、相変わらずの棒読みな口調のままであった。


「くっ・・・リリィ様のお役に立てないとはなんたる不覚・・・」


 アイリアは魔具であるナイフを自らに向ける。


「ちょ、ちょっとアイリア!?」


「止めないでくれシオリ!リリィ様のご期待に沿えない私など無用の産物・・・ここで自害するほかにないのだ!」


「ストップ、ストップ!! 落ち着いて、ね?」


 詩織はアイリアの腕を取り押さえてナイフを降ろさせる。どれだけ思い詰めるんだと冷や汗をかきながら思う。


「アイリア、めげることはないわ。演技は簡単なものではないし、本来ならたくさんの練習が必要なものだもの。今からだと確かに時間は少ないけれど、ここから頑張れば本番にはなんとか間に合うはず。だから一緒に頑張りましょう?」


「なんとありがたいお言葉・・・リリィ様、アナタのために命をかけてやり遂げます」


 ちょろいように見えるが、アイリアにとってリリィこそが救いの女神なのだ。だからこそ、リリィの言葉で彼女の気力は一瞬で回復する。


「次はミリシャね」


「お任せを」


 ミリシャは咳払いして喉の調子を整え、スゥっと息を吸いこむ。


「ラララ~、リリィ様~、なんと聡明なる王女様~」


「・・・ん?」


 何を勘違いしているのかミュージカル風の芝居を始めた。これでは一人だけ世界観が浮いてしまう。


「ミリシャ、普通でいいのよ。普通でね」


「普通ですか?わたくしが以前見た舞台はこのような感じでしたから、それを参考にしたのですが・・・」


 恐らくだが、裕福な彼女の見る劇と庶民が見る劇とでは構成やそもそもの感じが違うのだろう。彼女にとっては自分の見てきたものが普通なモノであり、それが基準になっているのだ。つまりは感覚が詩織のような一般人とはかけ離れているのである。


「まぁそこは今後の練習で。声はちゃんと出ているし、滑舌もいいからセリフを憶えればすぐにでも舞台に立てそうね」


「はい。頑張りますわ」


 対応力のあるミリシャなら心配はないだろう。あとは詩織がどの程度できるかが問題だ。


「シオリ、頼むわよ」


「う、うん」


 今度の劇において詩織は重要な役割を担うわけで、ミリシャやアイリアよりも完成度の高い演技を行う必要がある。


「私があの化物を倒します。あなたから授かったこの聖剣で」


「悪くはないんだけど、もっと力強さがほしいわね」


「なるほど・・・」


 自分でも迫力のない演技だなとは思う。ここは実際の戦場ではないので、迫真の演技をしろと言われても素人の詩織には難しいが、もう少し改善しなければならない。


「では各自課題を胸に、今日は基本練習を重点的にやるわよ」


「了解」


 本番を成功させるためには地道な努力が欠かせない。詩織だけでなく、ミリシャ達も本番を想定して練習に励むのであった。






 そうして練習をしているうちに日が暮れ、再び夜。月の光が照らす城の屋上にて詩織とリリィは昼の復習をしていた。ここは普段は王族しか入ることができない場所であり、他人の目を気にする必要がない。


「シオリもだいぶ上手く演じることができるようになったわね。この調子なら心配ないわ」


「まだ人前じゃないからねぇ。多くの人達の前でも同じようにできるか不安だよ」


「シオリはここぞという時に度胸があるから、自信を持って挑めばいいのよ」


 事実、死と隣り合わせの戦場で詩織は勝ってきた。ピンチになることもあれど、最後はちゃんと敵を殲滅してきたわけで、それは確かに詩織の本番での強さを表している。


「うん。それにしても、リリィの演技の上手さに驚いたよ。劇とかに出るのは初めてなんでしょう?」


「えぇ。まぁ普段から演技しているからこそかもね。王族の一員として、気丈に振る舞うのがいつもだし、素の自分なんて出すことはないから」


 王族リリィ・スローンとして皆の前で振る舞っており、個人としてのリリィ・スローンは仕舞われている。そうしなければ王族失格だと落胆されるからだ。


「わたしが素の自分になれるのはシオリと二人きりの時だけ。だからこそ、あなたとの時間はわたしの宝物なの」


 リリィはいつものように詩織の胸に飛び込み、その谷間に顔をうずめる。こうして他者に甘えたいのがリリィであり、それを受け止めることができるのが詩織なのだ。


「こんなところ、誰にも見せられないわ」


「だね」


「前にも聞いたけど、シオリはわたしにこうされるのはイヤじゃない?」


「イヤなんかじゃない。むしろ、私だけが本当のリリィを知っているということが嬉しいよ」


 そう、詩織だけなのだ。この甘えん坊なリリィの姿を知っているのは。


「元気もチャージできたし、練習の続きをしましょうか」


「うん」


 リリィが離れ、詩織に向き合う。


「じゃあ、最後のシーンに移るわよ」


 詩織は頷き、教えられたセリフを口にする。


「ハクジャを倒したこの力。ご覧になっていただけましたか?」


「しかと見届けたわ。異界より来たりし貴女は、間違いなく勇者としての力を持ち合わせているようね。


聖剣グランツソードから放たれし輝きがその証拠」


 まだぎこちなさはあるが、それでも詩織の演技は見られるモノになっている。


「しかし、この力を扱いきれる自信がありません」


「その心配ならいらないわ。このわたし、リリィ・スローンがあなたを導いてあげる。だから、その身をわたしに預けてくれればいい」


「はい。あなたとならば、正しく剣を振るうことができる気がします」


 詩織はリリィに近づき、その目の前で膝をつく。


「リリィ様、あなたに仕えることを誓います。この身も心も捧げ、あなたの勇者として戦います」


 そしてリリィの手を握り、その手の甲に優しく口づけをした。この世界では騎士が主に忠誠を誓う時などにこうすることがあるらしい。


「シオリ、完璧な演技だったわ。感情が乗っていて、わたしもドキドキしたわよ」


 リリィは嬉しそうに口づけされた手の甲を見つめている。


「えへへ、褒めてもらえてよかった」


 詩織としては、これは演技ではないのだ。リリィに仕えたいという想いは本心からくるものである。だからこそ、違和感なくセリフを言うことができた。


「明日は初めから終わりまで一回通してやってみましょう。アイリアとミリシャも今日一日で上達したから、形になるんじゃないかしら」


「そうだね。スムーズに場面の移り変わりとかをできるようにしないといけないし」


 月明りを受けながらクルクルと回るリリィは妖精のようであり、その美しさに詩織は心を奪われる。


「建国祭をこんなにも楽しみに思えるなんて初めてよ。これもシオリのおかげね」


「私は何も」


「ふふ、謙遜しなくていいのよ。実際、シオリと出会えたからわたしの人生はより楽しいものになったんだもの」


 それは詩織も同じである。元の世界では毎日をただ何となく過ごすだけであり、死んでるのか生きているのかも分からないゾンビのようであった。この世界に来て、リリィと出会ったことでようやく人生の歯車が回り始めた気がするのだ。


「以前、特別な相手との出会いが人生を豊かにすると言っていた人がいたわ。その時のわたしには実感がなくて信じられなかったけど、今は本当のことだったんだと思える」


 だが、これにはデメリットもある。その特別な相手と別れることになってしまった時、反動で気力を失ってしまうからだ。人間はいつ別れの時を迎えるか分からないし、そもそも詩織はこの世界の者ではない。リリィはそのことも理解しており、いつかは別離の時が来るのだろうという漠然とした不安が心に暗い影を落としている。


「昨日はセリフ考えたりして遅くまで起きてたんだから、今日は早めに寝よ?」


「そうね」


 リリィは思考を切り替え、詩織の腕を掴む。今はただ、その温もりにさえ触れていられればそれでよかった。


        -続く-

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