第19話 嵐の前の静けさ
ラドロの風を壊滅させた詩織達はケイオンから王都へと帰還し、国王デイトナに報告を済ませる。これだけの戦果を挙げることができたこともあり、厳格そうな国王の口からも称賛の言葉が贈られた。
「これでボク達は一度メタゼオスに帰るよ」
「そう。まぁ、色々と助かったわ」
「それなら良かった。リリィにはシオリという優秀な助っ人もいることだし、彼女にならキミを安心して任せられるな」
「まるでわたしがアンタのモノみたいな言い方だけど、婚姻の話は承諾してないことをお忘れなく」
「分かっているよ。ボクはキミの意思を尊重する気だから安心してくれ」
シエラルは今回の遠征でリリィとの婚姻の話も進める気でいたのだが、無理強いしようとは毛頭考えていない。これはいわゆる政略結婚としての意味合いが強いもので、政治的観点から見ればわがままを言っている場合ではないのだが、王族とはいえ個人の意思が重んじられるべきだという思いもある。
「父にもうまく言っておくよ」
「頼んだわ。わたしは人妻になる気は今のところ無いってね」
「フッ・・・強気なキミはきっとパートナーを尻に敷くタイプになるだろうね」
「失礼な。尽くしたい相手ならば、まるで淑女のように振る舞うから」
「そんなキミも見てみたいものだな」
「見れる可能性があるのはそれこそシオリくらいよ」
「だろうね」
シエラルは華麗に馬へと搭乗し、手綱を握る。
「では、また」
「気を付けて帰んなさいよ」
まるで慣れているかのようにウインクを飛ばし、そのまま部隊を引き連れて城を後にする。先程までツンケンしていたリリィは温かい表情でそれを見送った。
「さて、シオリに甘えに行くか」
タイタニアでの任務から久しぶりにメタゼオスに帰還したシエラルだが、暗い表情を張り付けており、あまりいい気分ではないのが分かる。それもそのはずで、自らの父である皇帝に会いたくない一心からである。
「それで、例の異世界人について聞かせてもらおうか」
そもそも今回の遠征は魔物が増殖して困っているタイタニアの援護というのは表の名目で、本来の目的は詩織の観察であった。
「彼女は適合者としては半人前ですが、その特殊な力を上手く利用していますし、リリィ・スローンや仲間のために奮闘する姿は勇者と呼ばれる素質があると思いますが・・・」
「そういう抽象的な事を聞きたいのではなく、具体的な力について知りたいのだが?」
「具体的・・・シオリは聖剣を起動して扱いこなしており、大型の魔物を一撃で粉砕するなどの戦果をあげています。それに、ダークオーブと言われる暗黒の魔結晶に触れても問題ないなど、その特異性は確認できましたが」
「そうか。ふむ、ダークオーブに触れても問題ないのか・・・」
ダークオーブがまだ存在していることに驚くのではなく、それに詩織が接触しても問題ないことに感心があるようだ。そのことに少しの違和感を感じたシエラルだが、この場で追及はしなかった。まさか、皇帝自身が暗躍しているなど想像もつかないことであるからだ。
「もう下がっていいぞ」
「はい、失礼いたします」
少しでもこの苦手な相手と距離を取りたいので早足で退室する。部屋を出た後でリリィとの婚姻について話してないことを思い出したが、すぐに再入室する気にもならず、人にどうこう言えるほど自分も大した人間ではないなという自嘲しながら歩き去った。
「お帰りなさいませ、シエラル様。ご無事なようで何よりです」
皇帝の謁見室から自室に帰る途中、シエラルはルーアルにそう声をかけられる。絶対に心にも思ってないなというのが丸わかりな態度にシエラルは呆れるが、それに言及する前に彼女に訊きたいことがあった。
「ルーアルは魔術の歴史について詳しかったな?それならダークオーブという魔結晶を知っているか?」
「と、唐突に何故でしょう?」
「知っているか?」
不機嫌さを隠さないシエラルの圧に押されてルーアルは仕方ないという感じに頷く。
「ダークオーブとは、かつてドラゴ・プライマスの配下にいた魔女が使っていたものであったと記憶しています」
「そうらしいな。それがタイタニアで発見されたのだ。しかも、魔物や人体に取り込まれた状態で」
「そ、そうですか」
「でな、リリィが魔女にも思える不審者を見かけたそうなんだ。ダークオーブに侵食された人間の近くに」
「はえ~、物騒な世の中ですね」
「・・・その不審者は黒いローブに身を包み、目深にフードを被っていたので人相はよく分からなかったそうだ。まるでルーアルのように」
「まさか、私をお疑いなのでしょうか?」
犯人だとバレているのかと一瞬身構えたルーアル。
「いや、そうではない。が、何か知っていることがあるのではと思ってな」
「なるほど~・・・いえ、私にもよく分かりませんね。それに私のような恰好をした人間は珍しいですがゼロではありません。タイタニアの国中を探せば、見つかるかもしれませんよ」
「そうだな」
シエラルにしてみればルーアルは怪しさの塊だ。親交が深いわけではないが、その胡散臭さは伝わってくるし、表情も見えないので何を考えているのかさっぱり分からない。そもそも、どのような経緯で皇帝に仕えるようになったかすら知らないのだ。
「では、私はこれで・・・」
急いで皇帝のいる謁見室に向かうルーアルを見送りつつ、今後どう立ち回ればよいかを考えるシエラルだが、この暗い廊下のように先は見えなかった。
「ナイトロ様、どうやらシエラル様は私を疑っているようです」
「貴様のうかつな行動のせいだ。計画に支障が出たらどうするつもりだ」
ルーアルの悪行が発覚すれば皇帝との繋がりも当然詮索されるだろう。そうすれば皇帝自身の裏の顔も露見し、ゼオン家は滅亡の道を辿ることになるのは間違いない。
「申し訳ありません。しかしダークオーブの実証試験や、シオリという異世界人の調査のためにはリスクも承知していただかないと」
開き直るように言うが、実際にはルーアルの好奇心や余計な行動のせいだ。
「なら・・・」
少し沈黙して何かを思いついた皇帝ナイトロは一つの案を提示する。
「むしろお前自身が注目を引きつければいい」
「どういうことです?」
「お前がダークオーブを用いて脅威をまき散らす者で、皇帝を利用して悪事を働いていたという設定にして皆に認知させるのだ。そうすれば多少の責任追及はあるだろうが、ワタシが黒幕という疑念はもたれん」
「この私を切り捨てるおつもりですか?」
「そうではない。これも目的達成のためだ。お前に注意が向けられていればワタシも動きやすいからな」
「私はデコイということですか」
少々納得のいかない感じのルーアルであったが、派手に動けるほうが性に合ってる。
「お前とて、今のように行動が制限された状態より好きに暴れたいだろう?」
「そうですね。最近はこそこそ隠れることばかりで鬱憤が溜まっていましたから」
「なら丁度いいな。だが、あまり軽率に行動するなよ。ボロがでたら困る」
「はい、承知しております。では、今後連絡がある際は使者を送ります」
「あぁ。こちらから接触をする際も同じようにしよう。それと、必要なものがあるなら持って行くがいい」
軽くお辞儀をしてルーアルは去る。彼女にとって皇帝は目的を同じにした同盟者ではあるが服従する相手ではない。その点では、ルーアルが皇帝を利用しているというのは間違いではないのだ。
「さて、楽しくなりそうだ・・・」
メタゼオスの財産を使いつつ好きに行動できるお墨付きを貰えたのだ。それで準備を整え、ダークオーブの真価を発揮できるよう研究すればいい。後は詩織を解析できれば尚の事目的に近づけるだろう。
「シオリとやら・・・待っていろよ」
異世界から来たりし勇者と言われる適合者のことを思い浮かべながら、気味の悪い薄ら笑いが漏れていた。
「うへへぇ・・・シオリの太もも暖かい・・・」
「とても一国の王女サマとは思えないな・・・」
城の敷地内にある花畑の隅にて、リリィは詩織に膝枕をしてもらっていた。心地よい日差しのなか、こうして詩織に甘えている時間は何より至福なのだ。
「最近は戦闘も多かったし、落ち着ける暇があまりなかったんだもの。これくらい許されるわ」
「頑張ったもんね?」
ラドロの風討伐任務を提案して主導したのがリリィだ。それを成功させることができたわけだし、肩の荷もおりたのだろう。
「なるべくなら、何かトラブルに巻き込まれないよう静かに二人で暮らしたいわね」
「それもいいかもね」
元の世界に帰ることなどすっかり忘れていた詩織だが、いずれは帰ることになるのかと何故か複雑な気持ちになる。この世界に愛着が湧いたというのも事実だが、実際にはリリィとお別れしたくないのだ。
その詩織の気持ちに気がついたのか、リリィが何か言いかけた。その時、
「こんなところでイチャついてる暇があるなんて羨ましいわね」
「んっ?」
聞きなれない声でそう言われて詩織が振り返ると、そこにはリリィに似た人物が立っていた。気を緩めていたせいで接近に気づかなかったが、もしこれが戦場なら詩織は死んでいたかもしれない。
「ア、アイラお姉様。いつお戻りになったんですか?」
リリィは相当に慌てた様子で立ち上がる。
「ついさっき。で、アンタの話を聞いて探してたのよ」
「そうですか・・・」
あまりリリィは嬉しそうではないが、どういう関係なのか気になった。
「あの人は?」
「スローン家の次女、アイラ・スローンよ。ほら、前に言ったもう一人のわたしの姉の」
「なるほど。どうりで似ているんだ」
アイラはリリィよりも身長が少し高く、顔つきも似ているとはいえ少し雰囲気が違っている。
「で、アンタがシオリとかいう異世界の適合者なの?」
「はい、そうです」
「ふーん・・・結構可愛いわね」
リリィと感性が同じなのか、詩織の顔を観察してそう呟く。
「気に入ったわ。じゃ、この娘はアタシが貰っていくから」
「えっ、ちょ」
突然腕を掴まれて詩織はそのまま連れていかれそうになるが、リリィがアイラを引き留めようとする。
「待ってください!貰っていくってどういうことですか?」
「そのまんまの意味よ。だってアンタにはもったいないでしょう?かつての勇者と同じ力を持つ特殊な適合者なんて扱いこなせるわけがない。自分のへっぽこ具合を理解してないの?」
それを聞いて無性に腹が立った詩織が足を止め、掴まれた手を振りほどく。リリィが悪く言われるのは相手が誰であろうと気に入らない。
「リリィはへっぽこなんかじゃありません。立派に戦っていましたし、私が生きて帰れているのもリリィのおかげです」
「ふーん?」
「ちゃんとリリィの頑張りを見てから判断してほしいです。それに、私がこの世界で頑張れるのもリリィと一緒だからです」
「言うわね。このアタシに口答えするとは」
「す、すみません・・・」
王族の人間に対して言いすぎたかと少し焦るが、黙っていられなかったのだから仕方ない。自分でも驚くくらい言葉が勝手に口から出たわけで、冷静ではなかった。こうもリリィを必死に庇うのはまるでアイリアのようだなと詩織は自分の行動に笑いそうになる。
詩織の言葉に気力を回復させたリリィがアイラの前に立ち、強気にでた。
「そもそもシオリはわたしに一生忠誠を誓い、我が剣として戦うと宣言しています。シオリは騎士ではありませんが、その誓いを阻害するような無粋なマネはアイラお姉様はなさらないでしょう?」
「えっ?」
大きな嘘である。そんな宣言はしたことないのだがとリリィに目線を送るが、ここは任せとけとばかりにリリィはウインクする。
「まぁいいわ。そこまで言うのなら、リリィがどれほどできるか見せてもらいましょうか」
「どうやってです?」
「集落の一つが滅亡したという噂を耳にしたの。で、その調査を行おうと思っているんだけど、それに同行してもらうわ。アタシの部隊は遠征で損害が出たから人手不足なのよ。それに生還した者達も長い戦いで疲れているだろうし、ここはアンタ達に主力を担ってもらう」
「部下にはお優しいんですね?」
「そりゃあ部下を大切にするのが上司でしょう?」
だったらリリィに対してももうちょっと優しく接すればよいのではと詩織は思うが、家族だからこその距離感というものがあるのだろう。
「明日には出発するから、準備しておきなさい。お父様にはアタシから話を通しておくわ」
それだけ言い残して立ち去り、詩織とリリィがその場に残される。
「リリィ、私はいつ一生仕えると忠誠を誓ったっけ?」
「うーん、シオリがこの世界に来た時かな」
「凄い嘘だ・・・」
「だって、そうでも言わなきゃシオリが連れていかれちゃうと思って。もしかして、アイラお姉様のほうがわたしよりよかった?」
「そんなことはないよ。リリィと一緒に居たい決まってる」
「えへへ、そうよね」
嬉しそうなリリィの笑顔を見れば嘘だって気にならない。
「さて、アイリアとミリシャにも伝えてこないとね。明日出撃だって」
「そうだね。アイラさんに認められるように頑張ろうね」
「えぇ。シオリが居てくれるし、全力で臨むわ!」
-続く-
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