第20話 濃霧のベルフェン
「さて、では今回の任務について説明するわ」
アイラと共に調査を行うことになり、詩織は会議室の一つに招集された。メンバーは詩織を含めたリリィのチームと、アイラとその部下が四人だ。
「我がタイタニアの集落の一つであるベルフェンへと赴き、そこの現状調査を行うわ。アタシの聞いた情報によると、ベルフェンとの連絡は完全に途絶えており、心配になって様子を見に行った近隣の町の衛兵達も帰ることはなかったそうよ。昨今は魔物が増殖していて、その凶暴性も増しているわ。もしかしたらそうした魔物の襲撃を受けた可能性もあるし、なんにせよ確かめる必要がある」
詩織の頭に思い浮かんだのはダークオーブで異常成長を遂げた魔物達の姿だった。ただでさえ魔物は脅威であるのに、ダークオーブで強化された魔物に襲われればただでは済まない。村や集落を容易に滅亡させるだけのパワーがある。
「今回はこの場にいる者達で現場に向かう。シオリという新戦力もいることだし、頭数は決して少なくない。臆することなく任務に取り組むように」
適合者が九人もいれば戦力としては充分に高い。不測の事態にも対応出来得るはずだ。
「というわけだけど、リリィ達もオーケー?」
「はい。わたしのチームの準備は問題ありません」
「なら結構。では各自装備を整えて門へ」
戦闘があるかは分からないが、これまでだって生きて帰れたのだから今回も大丈夫だろうという自信が詩織にはあった。しかし、戦いとは予期せぬことが起きるもの。その油断が命取りにならなければいいのだが・・・
そうしてすぐに出発し、日をまたいでベルフェン近くまで到達した。こうも時間がかかるのは馬車だからであるが、そろそろこの移動にも詩織は慣れてきている。
「これは霧か?」
山岳を抜けてベルフェンに近づくにつれて薄い霧のようなモヤがかかる。薄気味悪く、まるでホラー映画の演出のようだ。
「足場が悪い・・・ここからは徒歩で向かうわよ。ベルフェンはもう近いはずだし」
馬車とその見張り二人を残し、他の適合者達は周りを警戒しながら先へと進む。どこから襲われてもおかしくない雰囲気に皆の緊張感が高まる。
「はぐれないようにね。視界があまり良くないから、離れたら探すのも一苦労だし」
「うん」
自然に詩織とリリィは手を繋ぎ、互いを見失わないよう力を入れた。この不気味さへの恐怖を和らげる効果もあるだろう。
「何か見つけたら知らせるようにしなさい」
アイラが先頭を歩き、部下や詩織達はそれに続く。今のところ霧以外は変わったこともない。
「さて、ここがベルフェンの入口だけど・・・」
歩き続けて数分、看板を見つけて一行は立ち止まる。そこには大きな文字で”ようこそベルフェンへ!”と書かれていた。どうやらここが集落の入口らしい。
「さっそく集落の中に入るわよ」
霧は相変わらず視界を狭めており、それを鬱陶しく思うがどうしようもない。
「人の気配はないけど、変な魔力のようなものを感じるな」
「どの辺から?」
「この集落全体かな」
感じたものを具体的には判別できないが、確かに詩織は普通ではない何かの気配を察知した。それをアイラに報告する。
「確かにこの集落には何か魔力のよどみのようなものを感じるわね。でもそれが何か分からない以上、見て回るしかないわ。誰か住人に会えればいいんだけど、全くみかけないし」
異常事態が起きているのは確かだが、その原因は不明だ。これなら凶暴な魔物を相手にするほうがまだ楽だろうなという思いさえ浮かぶほど、事態の把握が難しかしい。
「うーむ・・・人は本当にいないようだ」
大声で誰かいないか声かけするものの反応はない。静まり返り、鳥の鳴き声がする以外の音は聞こえなかった。
「周りの建物を一個づつ調べていこう」
アイラの先導でまずは目立つ役所の中へと入る。普段なら職員がいるであろうカウンターは無人で、割れたコップが近くの床に落ちていた。
「荒らされたというほどではないけど、物が散乱しているわね。何かと争ったのかしら」
リリィが周囲を見回すが、血などは確認できない。魔物と交戦したならば血痕くらいあってしかるべきだろう。
「慌ててどこかへ避難したとか?」
「それもあり得るわ。でも、その避難するきっかけとなった原因の痕跡が全然ないのよ」
冷たい空気が皆を包む。ここにいるのは危険だと感じるような不穏さを孕みながら。
「この建物は三階建てね。アタシ達は一階を見るから、アンタは部下と二階を調べて」
「分かりました」
リリィのチームは階段で二階へと上がり、扉が開きっぱなしの部屋に入る。
「この部屋も無人・・・本当にどうしてこんな」
倒れた椅子を起こしつつ、ミリシャは窓から外の様子を窺う。相変わらず霧が濃いので何も確認できない。
「んっ?」
詩織は廊下に物陰が動いたのを視界の端に捉え、部屋からそっと顔を出す。
「シオリ、どうしたの?」
「今、誰かが通ったような気がした」
「誰かしら」
リリィも廊下の先を見つめるが、人などいない。
「見間違いかな」
「分からないわ。とりあえず、この先に行ってみましょう」
アイリアとミリシャが先行し、その後ろをリリィと詩織の順で進む。その途中で詩織は後ろに気配を感じて振り返る。
「・・・えっ?」
そこにいたのは青白い人型であった。だがその顔には目や鼻はなく、歪な形の口しかない。更には足も膝下が薄く透けており、もはや浮いているといってもいい。
完全に幽霊のような相手に詩織は驚きの声を上げることもできずに絶句する。霊感があるタイプではないはずなのだが・・・
「なっ・・・」
その幽霊は詩織に抱き着ついて首筋に噛みついてきた。痛みはないが力が抜けるような感覚があり、詩織の意識は薄れてくる。
「シオリっ!!」
異変に気がついたリリィが急いで引き返し、詩織を思いっきり引っ張って幽霊から遠ざけた。
「リリィ・・・」
ぐったりとする詩織を抱えつつ、幽霊を睨みつける。
「わたしのシオリに抱き着くなんて!!」
「怒るところはそこなのか・・・」
すかさずつっこむが、それより敵がどういうものなのかが気になる。
「あれは多分イービルゴーストですわ」
「どういう敵?」
「解説は後で。今はヤツを倒しますわ」
ミリシャの杖から放たれた魔弾がイービルゴーストと呼ばれた敵を粉砕する。
「攻撃は効くのね」
「あれは魔力の塊のような敵です。霊体でもあり、実体としても存在するのですわ」
「さすが詳しいわね」
「イービルゴーストは昔に人々を苦しめた魔物。今はもう出現するという話は聞いたことがありませんが・・・どうしてこの集落に」
ミリシャは顎に手を当て考え込んでいるようだ。
「普通の幽霊とは違うの?」
回復した詩織が立ち上がり、純粋な疑問をミリシャに問うてみる。
「はい、魔物の一種ですので。イービルゴーストは人から魔力や生気を吸い取ってきますの。そしてそれらを吸いつくされると干からびて人からイービルゴーストへと変異してしまうのです」
「じゃあ、さっきの私は結構なピンチだったわけだ」
あのまま吸われつづけたら敵のような化け物になっていたわけで、詩織は身震いする。
「そうやって仲間を増やすのがイービルゴースト。危険な存在ですわね」
「なるほど。それでこの集落に人がいない理由が分かったわ。皆イービルゴーストにされてしまったのね・・・」
「恐らくは・・・」
だとするならば、この集落はもう全滅してしまったということだ。
「それとわたくしの聞いた話では、イービルゴースト達はクイーン・イービルゴーストという親玉の眷属であり、その指示を受けて動いているらしいですわ」
「ということは、そのボスがこの近くにいるかもしれないんだ?」
「かもしれません。クイーンはかつて撃破され、それでイービルゴーストは全滅したはずですが、どういう訳か復活してしまったのかも」
「異質な魔力のせいかもしれないわね」
ともあれ、どうにか敵を殲滅する必要がある。この集落以外にも被害が出る前に。
「そちらでも敵が出たのね」
「はい。アイラお姉様、ここは生存者の捜索を急ぎ、しかるのち後退してイービルゴースト討伐のための対策を練るべきでは?」
「そうね。まずは敵を殲滅するよりも生存者救出が優先事項だわ。この集落は広いわけではないから、夜になる前に急いで捜索を行いましょう」
合流したアイラ達と共に別の建物も見て回る。時折イービルゴーストの襲撃を受けるも、連携してこれを撃退していく。
そうして生存者探しを数時間行ったものの、誰一人として見つけることはできなかった。
「イービルゴーストのせいか魔力のよどみがあって人の気配を掴むのも困難だわ。にしても、これだけ探して誰もいないというのだから絶望的ね・・・」
残念だが、もはや生き残った者はいないのだろう。
「仕方ないわ。探索はここまでよ」
アイラが空を見上げると、すでに陽が落ちかけているのが分かった。霧のせいで元々暗かったが、更に暗さが増していく。このままでは集落は暗黒に包まれることだろう。
「馬車まで退避し、近くの村まで移動するわ。そこで休ませてもらい、明日また出直しましょう」
その指示に皆が頷き、集落の入口まで来たのだが・・・
「何、出られない!?」
まるで見えない壁に阻まれているようで、集落の外に足を踏み出すことができない。
「ミリシャ、これは?」
「恐らくは結界ですわね。それも非常に強力な」
「結界か・・・」
「この集落を囲うようにして展開されているのでしょうね。わたくし達は閉じ込められてしまったらしいですわ」
「結界を解くことはできる?」
「これは難しいですわ」
ミリシャは結界に手を当てつつ首を振る。魔術関係に詳しいミリシャでもどうにもできないらしい。
「この結界を作った者に解かせるか、倒す他に方法はないかもしれません」
「シオリなら破壊できないかしら」
「やってみる価値はありますわ」
その場にいる全員の視線を浴びて詩織は顔を赤くする。あまり人に注目されるのは好きではない。
「ど、どうすれば?」
「シオリお得意の夢幻斬りを最大出力で放つのよ。そうすれば結界も壊せるかも」
「なるほどね」
詩織はグランツソードを装備し、魔力を集中させる。
「いけっ! 夢幻斬りっ!!!!」
閃光が迸り、結界にぶつかる。もの凄い衝撃波が周囲の物を弾き飛ばし、リリィ達もおもわず後ずさった。
「やった!?」
「・・・いえ、ダメみたいですね」
結界は大きく揺らいだものの健在だ。
「これだけの攻撃でも・・・」
詩織はパワーの全てを使い切る勢いで大技を放ったために、立ちくらみがしてよろけて膝をつく。
「シオリの力でも破壊できないのなら、わたし達では無理だわ。ここは退きましょう」
「そうね。アタシ達も戦闘で消耗しているから、体勢を立て直すためにもこの集落の宿に避難しましょう」
イービルゴーストがうろつく場所にいるのは危険だがこの際仕方ない。詩織は自分の無力さを痛感しつつ、リリィの肩を借りながら宿に向かっていった。
-続く-
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