第18話 過去との決別
屋敷に舞い戻ったアイリアは因縁の相手であるイゴールとの決着を着けるべく、両手に握ったコンバットナイフを振りかざす。
「動きは昔と変わらないな、アイリア」
「忘れてくれていればよかったのに!」
「忘れもしないさ。それより、どうだ?また俺の元で働く気はないか?」
「どうして貴様の元に戻ると思った!?」
不快感は限界を突破しており、吐き気すらも催しそうなほどだ。だが、イゴールへの怒りや、リリィへの忠誠心がアイリアを支えている。
「楽しかっただろう、あの日々は」
「私にとっては忌まわしい過去でしかない!」
「そうか? お前は俺に仕えることができて幸せそうに見えたがな」
「それは貴様の感性が死んでいるからそう思うのだ!」
ナイフは正確にイゴールの心臓を狙うが、アイリアの動きのクセを知っているイゴールはナタで的確に防御を行う。
「確かに俺は他の人間とは違う。だからこそ、他者とは違う世界を見せてやることだってできる」
「そういう傲慢さが嫌いなんだよ!」
「傲慢ではないよ。ツマラナイ生き方をするより、生きている喜びを感じられる世界で俺はトップになれるだろう。その選ばれた資格があるのが俺だし、アイリアだってこちらの世界でなら充分にやっていける才能がある」
「選ばれた資格だと? 貴様はただの犯罪者に過ぎん。それも、自己顕示欲やプライドの高い厄介なタイプのな!」
イゴールの言葉はアイリアには通じない。この男を討ち倒し、ラドロの風を叩き潰すことでしか過去を清算する手立てはなく、後戻りするという選択肢などは絶対にないのだ。
「そうか。キミにはがっかりだよ。あんな王女様の元でたるんだ生活をしているから、俗な考えしかできないのだな」
「貴様!! 私はともかく、リリィ様の事を悪く言うのは勘弁ならん!!」
「見上げた忠誠心だ。それを俺に向けてくれれば・・・」
「くどいぞ!」
両者の魔具がぶつかり、甲高い金属音が狭い廊下に反響して響く。
「そこね、アイリア」
負傷した詩織をミリシャに託したリリィはアイリアとイゴールの戦闘に割って入る。
「待たせたわね」
「リリィ様、お手を煩わせてしまい申し訳ありません」
「謝ることはないわ。共にこの悪党を成敗しましょう」
アイリアよりも凄まじい殺気を纏うリリィが剣を携えてイゴールに立ちはだかり、滾らせた魔力はオーラのように見えるほどであった。
「王女様のお出ましか。いいだろう、かかってきな」
「言われなくても。アンタだけは絶対に容赦しないから」
発光する剣の残光が剣筋を描く。それを見てイゴールは回避を行うが、その回避先を読んだアイリアの攻撃が炸裂する。
「ちっ、スピードが上がっているな・・・」
肩を少し斬られるが膝をつくほどのダメージではない。イゴールにとっての問題は、先ほどよりもアイリアとリリィの機動力があがっていることだ。気力でこうも戦闘力が変わるものなのかと驚きつつ、人としての感情に大きな欠損のあるイゴールには何故それが可能なのか分からなかった。
「言ったでしょう? 容赦しないって。わたしのシオリを傷つけた相手は全力で叩き潰す」
魔力の残量だとかを気にすることもなく、ここで全てを使い切る勢いでリリィは攻勢をかける。それはアイリアも同じで、リリィを守りながらイゴールを倒すためなら何も惜しむものはない。
「そこまであの女が大切なのか?」
「そうよ。この命に代えたって救いたい。そう思わせる相手だもの」
「自分の命より大切なのか・・・くだらんな。他人とは自分に隷属させるだけの駒にすぎん。国民の上に立つ王女であれば、それが分かるだろう?」
「バカにしないでよね。わたしにはアンタのような考えはない。タイタニアの国民は同志であり、共に未来に向かう仲間であるのよ。決して隷属させて従わせる気はないし、我がスローン家はそのような堕ちた者の集まりではないわ」
「キレイごとだな」
「違うな。これが真実なのよ。そしてアンタのような秩序を乱す者に鉄槌を下すのも、我らスローン家の使命である」
リリィの剣幕に押されたイゴールに少しの隙ができた。それを見逃さないアイリアは特攻をかける。
「なにっ!?」
「自分を否定されたことのない男には、リリィ様の言葉は少し刺激が強すぎたようだな」
ナイフの一本がイゴールの腹部に突き刺さる。噴き出した鮮血が廊下に飛び散り、信じられないという驚愕の表情を浮かべながら後ずさりした。
「こうもやられるとは・・・」
「戦場を遊びの場にしている貴様には相応しい最期だ」
アイリアがトドメを刺すべく近づくが、
「俺はお前の手によって死ぬのではない。自ら終わりにするのだ」
窓を突き破って地面へと落下していく。いくら適合者とはいえ、建物三階から落ちれば死は免れられないだろう。
「面白いことになったな」
テナー家の近くで戦闘の推移を観察していた魔女ルーアルが敷地内に侵入する。だが、盗賊との戦いに集中する適合者達はそれを見ておらず、易々と屋敷へと到達した。
「ここで終わるにはもったいないと思うが」
「・・・誰だ・・・」
ガラス片と共に地面に横倒れになっているイゴールを見下ろしながら、ルーアルはダークオーブを手にしていた。
「どうだ、力が欲しいか?」
「何の・・・だ・・・」
全身を強く打ったイゴールは瀕死であり、意識は朦朧としている。
「世界を変えるかもしれない力だ」
「・・・よく分からんが、よこせ・・・その力とやらを・・・」
「いいだろう。この私を存分に楽しませよ」
ダークオーブをイゴールの胸へと押し当てると、まるで吸収されるように体内に収まる。物理を無視したその現象を科学者が見たらひっくり返ることだろう。
「うぐぅ・・痛えな・・・」
そんな呟きを最後に、真っ黒いオーラに包まれたイゴールの体は変形していく。かろうじて人型であるものの、腕が伸びて手は巨大な鉤爪となり、背中からは一本の触手が生えて先端に歪な魔弾発射口をそなえている。
「うーむ・・・またダークオーブの調整に失敗してしまったか」
理性を感じさせない怪物になったイゴールを見てため息をつきつつ、ルーアルはダークオーブの力を制御しきれない事への苛立ちも募る。本当なら人としての姿と思考を残しつつ、強大な力を発揮できるようになる予定であったのだ。
「だがまぁ・・・いいサンプルにはなる」
「貴様! そこで何をしている!」
転落したイゴールを追ってきたアイリアとリリィは人にも似た怪物とローブに身を纏った不審者を発見する。
「おやおや。お早いお出ましで・・・」
ルーアル自身がここでアイリア達と交戦することもできたが、それをシエラルに見られるわけにはいかない。何故なら、皇帝に仕えるルーアルという存在をこの場で唯一知っているのはシエラルだけであり、彼女に見られるということは今後メタゼオスでの活動に大きな制限を背負うということなのだ。
「遠くから見物するか・・・」
だったら表に出てくるなという話だが、調整したダークオーブを試したかったし、詩織の魔力を近くで感じたいという思いからの行動だった。それに、騒動に首を突っ込むのも、自分で起こすのも好きな性格の彼女が引っ込んでいるというのは無理なことなのだ。周りの人間にしたらかなり迷惑な話だが。
ルーアルは逃走し、残されたイゴールの変化体が咆哮を上げて地面を踏みつける。
「イゴールなのか・・・?」
面影はあるものの、まるで魔物のようになった容姿には人間だった時の生気はない。
狂気そのものと言えるほどのプレッシャーと嫌悪感が二人を襲う。
「こいつから感じる魔力は・・・」
「あのオーネスコルピオの異常種と同じに思えますね」
大きな鉤爪や触手のせいで鈍重そうに見えるが、実際には機敏な動きで迫りくる。元となったイゴールの特性もきちんと引き継いでいるのだろう。
「この化け物め!!」
アイリアがイゴールの腕をナイフで切り裂くが、血が一瞬噴き出しただけですぐに再生してしまう。
「やはりダークオーブの力か。脅威的な再生力だ」
こうなれば頭部か心臓といった致命傷となる部分を攻撃するほかない。だが、頭部の周りは触手がガードしているし、胸も異常発達した肉が分厚く覆っているためにダメージを通しにくくなっていた。
苦戦は免れられないなという焦りにも似た感情を心に留めながら、いかにしてリリィを守りながらこの怪物を倒すかを思案する。
そんな中、負傷した詩織が目を覚まして自分の置かれている状況を確認する。解毒薬を投与されたことで回復も早かったようだ。
「良かった! 目を覚まされたのですね」
「ココハドコ・・・ワタシハダレ・・・?」
「ここは我がテナー家の屋敷で、あなたはシオリ様ですわ」
「そうだったね・・・」
寝かされていたベッドから立ち上がり、まだ少し痛みのある頭を振って意識を集中する。
「まだ戦闘は続いてる?」
「はい。先ほどリリィ様がアイリアさんの援護に向かいましたわ」
「なら、私も行かなきゃ」
「お体は大丈夫なのですか?もしまだ辛いなら安静にされたほうが・・・」
「ううん、大丈夫。リリィ達が頑張っているのに休んでられないよ」
聖剣を握り、扉を開けてリリィの姿を探す。
「あそこか」
変な魔力のする外に目を向けると、そこには人型の怪物と交戦するリリィ達の姿があった。どうやら苦戦しているらしく、敵の攻撃を回避するのに必死に見える。
「今行くよ!」
「わたくしもお供いたしますわ」
二人は道中ラドロの風の適合者を倒しつつ、階段を駆け下りていく。
「ちっ・・・こうも攻撃が効かないとは」
致命傷を与えることができず、一進一退の攻防を続けているが、それも長くは保たないだろう。体力の問題で化け物に敵うわけがない。
「こうなれば、シエラルに援護を頼むしかないかな」
そのシエラルは屋敷内でラドロの風と交戦中で、リリィ達の窮地には気づいていなかった。
イゴールの魔弾がリリィの至近距離に着弾し、軽いリリィの体は吹っ飛ばされて地面に転がる。
「リリィ様!」
急いでアイリアが救護しようとするが、その一瞬意識がリリィに向けられたことでイゴールの動きを見逃していた。振り回された巨大な鉤爪の一撃で弾き飛ばされてしまう。
「うぁ・・・」
体に痛みを感じつつも立ち上がろうとする。しかし上手く歩くこともできず、足を痛めたらしいリリィの元に向かうイゴールを止めることはできそうにない。
このままでは目の前でリリィが殺されてしまう。
「リリィ様、早くお逃げください!!」
リリィは足を引きづりながら這うが、間に合いそうにない。
「そんな・・・」
鉤爪が振り下ろされようとした、その時、
「させない!!」
勢いよく飛び出してきた詩織が聖剣で鉤爪を弾く。鈍い金属音が響き渡り、イゴールは後ろによろけた。
「間に合った・・・」
「シオリ! 意識が戻ったのね!」
「うん。ゴメン、待たせたね」
詩織は動けないリリィの前に立ち、敵に向き合う。ミリシャもアイリアの元に駆け寄った。
「アイリアさん、お怪我は?」
「少し体が痛いが、すぐに良くなるはずだ」
「わたくしが守りますから、無理はしないでください」
負傷者がいるとはいえ、これで四対一となった。状況はリリィ達に有利になったのには違いない。
「一気にケリを付ける!」
詩織が聖剣を腰だめにかまえて突っ込んでいく。
「援護しますわ!」
ミリシャの杖から放たれた魔弾が炸裂し、イゴールの左腕を粉砕した。当然再生が始まるが、これは倒すための攻撃ではない。
「今っ!!」
聖剣グランツソードが一閃。残った右腕の鉤爪を破壊し、そのまま流れるように追撃をかける。
「終わりだ!!」
振り下ろされた聖剣がイゴールの胸部を切り裂くが、その傷は思ったよりも浅い。心臓には達していなかったのだ。
「くっ・・・」
イゴールの背部から伸びる触手によって詩織は地面に押し倒されるが、勝ちを確信していた。なぜなら・・・
「直撃をかける!」
アイリアがすでに敵の懐に潜り込んでいたからだ。詩織にトドメが刺される前に、アイリアの攻撃がヒットするのが先だろう。
「イゴールよ、さようならだ」
すでに修復されかけていた胸の傷を抉るようにコンバットナイフが突き刺される。その突き出された腕に力を込め、刃先が心臓を裂く。
「届いた・・・!!」
イゴールは獣のような咆哮を上げ、その場に倒れた。いくらダークオーブで強化されたとはいえ、生命維持に必要不可欠な心臓を破壊されればひとたまりもないのだ。
「シオリ、大丈夫か?」
「うん。怪我はないよ」
アイリアが差し出した手を掴んで立ち上がった詩織はイゴールの亡骸へと近づき、ダークオーブの摘出を行う。
胸にかざされた手に反応するように傷口から真っ黒なオーラを纏うダークオーブが浮上する。
「この力はやっぱりコレが原因だったんだね」
「そのようね。そういえば、わたし達が駆け付けた時、怪し気なローブを羽織ったヤツがいたのよ。多分ソイツがこの男にダークオーブを埋め込んだんじゃないかと思う」
「となれば魔女ってことか」
「その可能性は高いわ」
以前戦ったオーネスコルピオの異常種との関連は不明だが、何者かがダークオーブを使って悪さをしているのは間違いないことだろう。その人物を問い詰めれば昨今の異質の魔素に関する情報も得られるかもしれない。
こうしてイゴールが完全に倒されてから間もなく、屋敷内に侵入したラドロの風も撃破されてようやく静けさが戻って来た。
屋敷での戦闘の翌日、捕らえたラドロの風のメンバーからアジトの情報を訊き出してその場所に向かい、残った者達の捕縛に成功した。司令塔のイゴールを失ったことで統制が効かず、混乱の中で皆投降することを選んだのだ。
「やっと一件落着ね。もうラドロの風は消滅したし、復活することもないでしょう」
「後は魔女らしき人物を探して捕まえれば完璧だね」
「えぇ。でも今は追いようがないから、手がかり探しからスタートね」
相手の正体も分からないので追跡しようもない。だが、きっとそう遠くない未来で再び会うだろうなという確信があった。
「これでアイリアも過去の亡霊達とお別れすることができてよかったわね」
「はい。もう心残りはありません。これもリリィ様のおかげです」
「わたしは何も。それより、シオリのおかげよ」
途中気絶していたので、詩織的にはそんなに貢献できたとは思っていなかった。
「確かに、シオリには助けられた。礼を言う」
「アイリアからそう言ってもらえて嬉しいよ」
「な、何故?」
「普段は言わなそうだからかな。これからは積極的に褒めてくれていいんだよ?」
「ふんっ、今回は特別だ。リリィ様のことも守ってくれたしな」
そっぽを向いたアイリアの耳が赤いのを詩織は見逃さない。間違いなく照れている。
「ねぇ、わたしからの褒め称えには嬉しくならないの?」
「えっ?」
「だって、今シオリが反応したのはアイリアの言葉だけだもの」
「ちゃんと嬉しく思ってるよ」
「ならもっと喜んでよ」
面倒な恋人みたいなことを言い出すリリィに、思わず詩織は笑いだす。
「な、何がオカシイのよ?」
「だって、リリィったらヤキモチ妬いてるでしょう?」
「そ、そんなことはないわ!」
嘘である。
「リリィ様を困らせるな」
「ひぃ~」
アイリアの鋭い視線に思わずビビった詩織はリリィの後ろに隠れる。
「まったく。今度からはちゃんと、リリィ様にお褒め頂けて光栄ですって言うのよ?」
「えぇ・・・」
「言ってくれないといつまでもダダこねるから」
「それはそれで可愛いから見たいかも」
ともかく、ひと時とはいえ平和が訪れて良かったと思う詩織。この仲間達となら、更なる困難だって乗り越えられるだろう。
-続く-
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