第16話 Stay the night
沼地にあるラドロの風のアジトを制圧した当日の夕方、リリィ達一行はケイオンへと向かっていた。その移動手段は蒸気機関車であり、そう時間もかからずに到着するとのことだ。
「ケイオンの街に向かうのは久しぶりだわ。ミリシャのお姉さんは元気にしているかしら」
「ミリシャにお姉さんがいるんだ?」
「はい。わたくしの親は既に他界しており、姉が当主として頑張っていますわ。本当ならわたくしが姉を支えるべきなのでしょうが、姉はそれを必要としていないのです。家業は自分が背負うから、わたくしには自由に生きて欲しいと言って・・・」
「それでリリィと共に戦っているんだね」
ミリシャは頷き、リリィに視線を向ける。
「わたくしとリリィ様は幼い頃からの付き合いでして、将来はリリィ様にお仕えすることが夢だったのです。なので、もうわたくしの夢は叶っているのですわ」
「ミリシャはね、その優秀さを買われてわたしの姉達の部下としてスカウトされたこともあったの。でも、それを断ってわたしと一緒にいるのよ」
「リリィ様から他の方達とは違うオーラのようなものを感じたのですよ。それが気になって、わたくしはこの方がどのような道を歩むかに興味を持ったために、お仕えすることを選んだのですわ」
なんとも不思議な理由だが、リリィが他の人とは違うという点には同意できるし、詩織自身がそう感じていることである。
「わたし自身はそう言われてもよく分からないんだけど、ミリシャは大切な戦友よ。いつも感謝しているわ」
「ふふっ、こうしてお礼を言われると照れくさいですわね。わたくしは姉に言われたように好きなようにしているだけのことですわ」
人数こそ少ないものの、部下に恵まれたことをリリィは嬉しく思う。人の縁というものは奇跡の産物であり、こうして自分と共にいてくれることを選んだ者を、これからも大切にしようという気持ちが改めて強くなった。
そんな会話をしているうちにケイオンの街に到着した一行は、まずはテナー家を目指すことにした。この街を取り仕切るミリシャの姉に話を通せば調査も円滑に進むだろうし、何よりラドロの風の標的にされているのだから放ってはおけない。
「わーお・・・おっきな屋敷だね」
「城には及びませんが、この街の中では最も大きいですわ」
まずは敷地に入る前に警備員からのチェックを受ける。ミリシャ本人がいるためにすぐ終わったが、詩織はなんだか緊張して変な挙動になっていた。
「お久しぶりですわね」
「ミリシャ! 帰ってくることを事前に教えてくれればちゃんとお迎えしたのに」
「急なことだったので・・・それと、ご覧の通り皆さまも一緒なのですわ」
「あらあら。大勢で何かのパーティかしら?」
「そうではありません。いきなりなのですが、今回わたくしがこの街に来たのには理由があるのです・・・」
ラドロの風がこの街を狙っており、テナー家もそのターゲットのひとつであることを伝えた。ミリシャの姉は驚きながら話を聞いていたが、すぐに部下達に街の警備強化を命ずるなど、慌てる様子もなく冷静さを感じさせる。
「厄介な連中が蘇ったものですわね。まさかラドロの風とは・・・」
「えぇ。ですがこうしてリリィ様を始めに、シエラル様達もいらっしゃって下さいましたので安心ですわ」
「大変心強いわね。それと、アナタがシオリさん?」
急に自分のほうを向いて問いかけてきたので、若干上ずった声で返事をする詩織。ここでまさか自分の話題になるとは思っていなかったのだ。
「ミリシャからの手紙にアナタのことが書いてありまして、一度お会いしてみたかったのです。申し遅れましたが、ワタクシがミリシャの姉のシェリー・テナーと申します。今後とも宜しく」
「は、はい。私がシオリ・ハナサキです。宜しくお願いします」
こちらの世界での自己紹介に慣れてきたせいか、欧米風の名乗りがスムーズにできるようになった。元の世界に戻った時、クセが抜けずに同じように名乗ったらきっと首をかしげられることだろう。
「シオリさんは異界からやってきた方なんですってね。つまり、勇者と呼ばれる者なのでしょう?」
「リリィ達はそう言いますが、私にはその実感はないんです。この世界に来るまで魔物と戦ったことなんてありませんでしたし」
「過去よりも未来ですわ。これからシオリさんが伝説を作ることになるかもしれませんし、将来には勇者として讃えられることになるかもしれない」
実際に巨大なハクジャやオーネスコルピオを撃破しており、その活躍は既に並みの適合者を凌いでいるのだ。仲間の助けがあったとはいえ、詩織の持つ魔力だからこその戦果であり、このまま戦い続ければいつかは本当に勇者として称賛される日もくるだろう。
「そうですわ。わたくしはシオリ様にも特別なオーラを感じましたし、きっと大物になれますわよ」
「が、頑張ります!」
人に期待されるとむず痒い気分になるが、それに応えられるようになりたいと思う。
「街には怪し気なヤツらはいなかったわね。まぁこちらの到着を見て姿を隠しているだけかもしれないけど」
リリィ達はケイオンの街を見回ったが、盗賊らしき人物を発見することはできなかった。まだ襲われた者もいないので、沼地のアジトにて盗賊の男が証言したことが事実であるかは不確かである。とはいえ、ここですぐに退くことはしない。
「ボク達も敵を見つけられなかったよ。これは暫く様子を見る必要があるかもしれないな」
「そうね。明日以降は街の外にも出て、ラドロの風のアジト探しを行うことにしましょう」
「アイリアなら何か知っているのでは? 復活する前のラドロの風がこの街の近くで使用していたアジトの位置とか」
「昔のラドロの風討伐戦にて破壊されて、街の周囲には無いそうよ。一応その場所も見てくるけどね」
富裕層の多いケイオンの街は昔のラドロの風にとって絶好のターゲットであったが、被害の深刻さを憂慮した国王によって兵力が増強された。そしてラドロの風本部が制圧されてから間もなく、ケイオンの街近くのアジトも総攻撃を受けて壊滅。以降は安全な街として繁栄してきたのである。
「当時増員された兵達は既に王都へと撤退していますわ。またラドロの風が現れた場合、対処するのは難しいかもしれません」
シェリーは深刻そうな表情を張り付けたまま、テーブルの上に開かれた地図を見つめていた。ケイオンの街が詳しく記載されており、その上に衛兵達の戦力配置を示す騎士の形をした人形が置かれている。
「ボク達が戦力の空白を埋めることができるよう努力します」
「よろしくお願いしますわ。街の者達にはワタクシから警戒を強め、不審者を発見しだい通報するよう声掛けを行いましたが、他にもできることがあれば仰って下さい」
いつ襲われるか分からない恐怖を抱えながら生活を送るのは苦であり、住人達の不安を取り除くため、早急に事態解決できるようリリィは強く頷いた。
「あれ、二人とも出かけるの?」
テナー家の屋敷のエントランスにて、詩織は装備を整えたミリシャとアイリアを見かけて駆け寄る。
「今から夜の街を巡回するんだ。敵はこの暗闇に紛れて活動を始めるかもしれないしな」
「そうなの? なら、私も行くよ」
「いや、ここは私とミリシャに任せろ。シオリはリリィ様の傍にいてくれ」
まさかアイリアからリリィのことを任されるとは思ってもいなかったので少し驚きつつも頷く。
「リリィ様はシオリといる時が一番幸せそうだし、何より安心するのだろう。だからこそ警護を任せるんだ」
「責任重大だね」
「そうだぞ。リリィ様に何かあったら許さんからな。そのつもりで」
「了解であります」
アイリアはかつて自分が所属していた盗賊団とケリを付けるためにも必死であり、ミリシャにとっては故郷のピンチな訳だから気が気でない。それでこうして積極的に動いているのだろう。
「わたくしの自室の隣の部屋をリリィ様とシオリ様のために準備させましたので、お休みの際はそこをお使いください。場所はメイド達に訊けば案内してくれますわ」
「ありがとう」
「それと、その部屋は防音になっていますので気兼ねなく・・・お楽しみになれますわよ」
「な、何を?」
「うふふ・・・分かっているでしょうに」
謎の笑みを浮かべつつ、ミリシャはアイリアの後を追って外へと巡回に向かって行く。
「防音か・・・」
「もう来てたんだね」
部屋へと案内されて中に入ると、すでにリリィが部屋着に着替えてケイオンの街の地図を眺めていた。
「えぇ。アイリア達は外の見回りに行ったのね?」
「うん。お供しようかと思ったんだけど、リリィの傍にいろって言われてさ」
「そうなのね。本当ならわたしも外に出ようと思ったんだけど、シエラルに止められたのよ。休める時に休まないと体が保たないって」
索敵や対策は大切なことだが、無理をしていざ戦闘の時に実力が発揮できなければ意味がない。特にリリィのような替えの効かない人員の健康管理は必須である。
「今はひとまず休憩して、アイリア達が戻ってきたら交代しましょう」
「だね」
頷きつつ詩織が腰かけたベッドはとても柔らかく、その高級感がお尻から伝わってくる。さすが富豪のテナー家の物だなと感心するが、庶民感覚の抜けない詩織からしたら落ち着かない。
「じゃあ早速・・・」
リリィはそのまま詩織をベッドに押し倒して抱き着いてきた。いつもの事ではあるので驚くことではないのだが、環境が違うので変に緊張してしまう。
「えへへへ・・・こうしているのが落ち着くわ」
高鳴る鼓動が聞こえてしまうのではという詩織の心配をよそに、リリィの顔は詩織の大きな胸に挟まれるように収まっている。まるで母親に甘える子供のようだ。
「甘えん坊さんだね」
「ストレス社会では誰でも癒しを求めるものよ。わたしにとってはシオリがオアシスそのものだから、こうもなるわ」
そう言いながらリリィは少し後退し、露出されたシオリのお腹に頬をあてて目を閉じる。
「くすぐったい・・・」
「こんな色気のある格好をしているシオリがいけないのよ」
「いや、これを用意したのはリリィだよね・・・」
勇者用の戦闘着だと持ってきたのは間違いなくリリィだ。
今回も戦闘になることを見越してこの戦闘着を着用しているが、自分もミリシャに言って部屋着を用意してもらえばよかったと若干後悔している。
「この肌触りがたまらないのよ」
「えっち」
「失礼ね」
そんなやり取りをしつつ、詩織はフと気になったことを訊いてみることにした。
「そういえば、リリィは男性経験はあるの?」
「突然ね。そういう誘いを受けたことはあるけれど、全部断ったわ。だいたい、好きでもない相手に体を委ねる意味が分からないのよね」
それを聞いて不思議と安心した詩織はホッとする。自分で訊いておきながら、どんな答えが返ってくるか不安になっていたのだ。
「シオリは前に言っていたけど恋人とかはいないのよね?」
素直に答えようと思ったが、少し意地悪がしたくなって嘘をつく。
「今はいないけど、実はこれでも結構経験豊富なんだよね」
「・・・えっ?」
スッと顔を上げたリリィの瞳に光は無く、完全に予想外の返答だったようで言葉を失っている。
「ちょっと前までは、それはもう色んな人に・・・」
「そう」
言葉を遮り詩織の顔に近づくリリィは無表情だ。
「なぜかしらね・・・とても心が痛いのよ」
「そ、そうなの?」
「えぇ。こんな想いをしたのは初めてよ・・・とりあえず、これまでの男達のことなんか全て忘れさせてあげるわ」
「ちょっと落ち着いてリリィ。今のは嘘。全部嘘」
「・・・本当に?」
「本当だよ。そう言ったらどんな反応するか気になってさ・・・ゴメンね?」
「許さないわ。お仕置きが必要ね」
言葉とは裏腹に嬉しそうな表情で迫る。
「知ってた? この部屋は防音だそうよ」
「らしいね」
「つまり・・・分かるわね?」
「お手柔らかには・・・ならないってことだね」
「正解。覚悟して」
リリィが楽しそうだしまぁいいかと詩織は目を閉じ、彼女の好きにさせようと全身の力を抜いた。
-続く-
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