第14話 盗賊討伐作戦

 リリィ達が盗賊に襲われた翌日、要請を受けたシエラルがイリアンと共に城下町に赴き、その盗賊団に関する情報収集を行った。一日かけて町を歩き渡って商店街の商人達や道行く市民達、そして町の警護を行っている衛兵にも話を聞いてまわる。


「今回の調査で重要な情報が得られたよ」


「何よ。もったいぶってないで教えなさい」


「これさ」


 夜になって城に帰還したシエラルが一枚の紙をリリィに手渡す。そこには黒い線で鳥の形のような紋様が描かれていた。


「これは・・・ラドロの風の紋章に似ているわね」


「ボク達は数日前に盗賊に襲われた女性と病院で面会することができたんだ。その方は自分を襲った相手の腕にこの紋章が刻まれていたのを覚えていて、こうしてその記憶を頼りに描いてもらったのさ」


「特徴が一致している。奴ら、ラドロの風はまだ活動している可能性が高まったわね」


「あぁ。ボクはこのことを元に、国王様に盗賊団討伐の提案をしようと思う」


 シエラルの瞳に怒りの感情が表れているのをリリィは見逃さなかった。


「かなりやる気のようね?」


「ボクが会った被害者の方はな、襲われた時に片足を切断されてしまったんだ。きっとその時のことは思い出したくなかったろうが、役に立てるならと協力してくれた。ボクはその方の気持ちを無駄にしたくはない」


「そうね。何としても敵を叩く」





「こんな夜中に一体なんの用だ?」


「ご無礼をお許しください。ですが、早急に国王様にお伝えしたいことがあるのです」


 シエラルは膝をついて頭を下げる。その後ろにはリリィや詩織達もついてきており、シエラルと同じようにしていた。


「実は城下町にて盗賊団であるラドロの風が民達の生活を脅かしているという情報を得ました。そこで、我々とリリィ達とでラドロの風殲滅のための共同作戦を行う許可をいただきたいのです」


「ラドロの風ならもう滅んだはずでは?」


「そのはずでしたが、残党が戦力を増強させて戻ってきたのです。これをご覧ください」


 リリィに見せたものと同じ紙を国王にも渡す。そこに書かれた紋章を見て国王デイトナは目を細める。


「これが?」


「証拠の一つです。彼らに襲われた者に見た紋様を描いていただいたのです」


「しかし、明確な証拠ではない。ラドロの風のものと似たマークを使っているのかもしれないし、例え生き残りがいても組織を再構築したかは定かではないだろう。それでは兵を動かすには不十分だ」


 それを聞いていたリリィが立ち上がり、シエラルの前で国王と対峙する。その背中が怒っていることが詩織には分かった。


「でもお父様、ひとつだけ確かなことがあります」


「なんだ?」


「我がタイタニアの国民が盗賊に襲われて酷い怪我を負ったということです。相手がラドロの風かは不確かでも、凶悪な悪党がいることは明確な事実なのです。そいつらは未だ捕まっておらず、衛兵達も手をこまねいている状態であり、それを何とかするのも我々王族の務めなのではないでしょうか」


 その剣幕にはシエラルも驚いたようで、ハッとした表情でリリィを見つめていた。


「我らスローン家の人間は国民と共にあるとおっしゃっていたではありませんか。ならば、その国民が苦しんでいるならできることをするべきです。魔物討伐のために戦力が不足しているのは承知していますので、今回はわたしと部下達、そしてシエラルらで事にあたります」


「たくましくなったな、リリィよ」


 リリィの言葉に圧倒された国王は、父親としての温和な顔で娘の成長を喜んでいるようだ。


「分かった、任務の許可を与える。期待しているぞ」


「ありがとうございます、お父様。必ずや、良い報告ができるよう全力を尽くします」





「さっきのリリィ格好良かったよ」


「そ、そうかしら。うへへ・・・シオリに褒められると照れるわね」


 国王からの許可を取り付けた一行はリリィの自室へと戻り、今後の作戦について考案することにした。今回の任務においてはリリィが指揮官となるわけで、どのように敵を追い詰めるかを一から考えなければならない。


「相手は神出鬼没だ。どこに現れるかもわからないのに、手を打つことはできるのか?」


 シエラルの調査では盗賊達の所在を掴むことはできなかった。


「それなら私が役に立てると思うのですが」


「なるほど、アイリアは・・・」


「はい。私は奴らの全てのアジトの位置を今でも憶えています。そこを襲撃するのが手っ取り早いのではないでしょうか」


 些細な情報でも欲しい現状ではアイリアの記憶はとても有用だ。アジトの場所さえ分かれば、討伐への道のりはグンと近くなる。


「そうね。お父様の言う通り、相手がラドロの風だとは百パーセント断定できないけど、少しでも可能性があるならばやってみるべきだわ」


「だな。こういう場合、ひとつづつ潰していくしかない」


「この王都の近くには何個のアジトがあるの?」


 アイリアは開かれた地図の上を指さし、記憶しているラドロの風のアジトの位置を示す。


「王都付近には二つあります。以前の戦いで失われた本拠地の近くに一つと、王都を挟んで反対側にも一つです」


「なるほど。では、まずこの二つの拠点を探ってみましょう。部隊を二つに分け、偵察を行うわよ」


「了解」



 


 翌日の夕方、城から出動したリリィ達はアジトを発見して張り込みを行っていた。目立たないよう地味な服を着用し、物陰に潜り込む。


「あそこがアジトね」


 王都近くの沼地の奥にある木造の建物を見つめながら、そこに人影がないか注意深く観察する。リリィと建物には距離があるが、魔力を用いて視力強化がなされているので問題なく視界に捉えることができるのだ。


「足元がぬかるんで気持ち悪い・・・」


 詩織の片足は泥にまみれており、それが不快だった。おまけに湿度も高いし、奇妙な虫までいるので早くここから立ち去りたい気持ちで一杯だ。


「もう少しの辛抱よ。じきに暗くなるから、アジトから漏れるランタンの光とかを見たら退散しましょう」


「分かった」




 そうしているうちに周囲は暗くなり、獣の鳴き声などが聞こえる時間となった。詩織は幽霊でも出るんじゃないかという不気味さを感じて自然とリリィの腕を掴む。


「あっ! 灯りが点いたわ」


「マジか。しかも、あのコテージみたいなところに人がいるね」


「あの顔・・・間違いない。この前襲ってきた奴らの中にいたわ」


 リリィが交戦した盗賊の一人と思われる人間が警戒するようにアジトの周囲を見回り、建物の中に入っていった。


「ということは、あそこに盗賊達がいるんだね」


「えぇ。とりあえず今日はここまでにしましょう。シエラル達が張っているほうの報告も聞きたいし」





「というわけで、あの建物には敵影があったわ。わたしとシオリを襲ったヤツの顔も確認したし、盗賊達があそこを拠点にしているのは間違いないんじゃないかしら」


 再び城にて打ち合わせが行われ、監視対象を一日観測し続けた結果を報告し合い、敵の現状についての情報を共有する。


「ボク達が張り込んでいたほうには人影はなかった。リリィ達が監視していたほうを主として使っているのだろうな」


「なら、沼地側のアジトと思われる建物を明日ももう一度張り込み、それで敵がいるのを確認したら、明後日に制圧を行いましょう」


「しかし、戦力に不安があるのだが増援は期待できないのか?」


「それは難しいわね。わたしのチームと、シエラルのチームだけで動くことになるわ」


「こちらはボクを含めて五人だ。そちらと合わせて全員で九人だな」


 ペスカーラ地方での戦いでシエラルの部隊には死者が出ており、タイタニアに遠征にきた時より人員が減っている。メタゼオスからの補充はなく、残ったメンバーで暫くは任務を遂行するしかない。


「ふむ・・・なら心当たりがあるから声をかけてみるわ」





 それから二日後、盗賊討伐チームは装備を整えて沼地のアジトへと侵攻していた。翌日も監視を行った結果、ここを敵が拠点として使用している可能性が高まったので作戦が実施されることになったのだ。


「よし、ボク達は準備できたよ。これでいつでもいける」


「こっちもよ。では、前進」


 この辺りは大きな木や岩によって影がいくつもあり、そうした場所に身を潜めながらアジトへと近づいていく。沼に足をとられないよう用心しながら歩くが、それでも湿った地面を踏まないわけにはいかず靴には泥がへばりついてしまう。


「今回の戦いにターシャさんがいてくれるので心強いです」


「現役ではありませんから、今の私では戦力になれるかどうか・・・」


 詩織の隣を歩くターシャは緊張したような顔でそう不安を吐露する。


「ターシャは昔、ハンター部隊の一員として活躍していたのよ。現場から離れて久しいけど、頼りになるのは間違いないわ」


「ハンター部隊って?」


「タイタニアで以前存在した特殊戦闘部隊のことよ。魔物討伐は勿論、犯罪行為を行う適合者を制圧することもしていたわ。今はもう解散したのだけれどね」


 詩織はターシャから戦闘訓練を受けたことがあったが、その時の気迫や魔具の扱いに手慣れていたことを思い出してなるほどと納得する。特殊部隊のメンバーだったからこそ、身の扱いが軽くしなやかな動きをしていたのだろう。


「私は戦闘で負傷してチームから去りました。その後は教育者としての資格を持っていたことと、城とのコネがありましたのでリリィ様の教育係として働いているのです」


「そうなんですね。前線の部隊にはもう復帰しないのですか?」


「負傷した際の後遺症が今でもありますし、魔力の精製量も減ってしまったのでかつてのように全力で戦うことができませんから復帰はないですね。今回の任務では皆さんのスピードについていけないので、私は後方からの支援を担当します」


 ターシャは背負っていたクロスボウを手に装備した。板バネを用いて高速で矢を射出する射撃用の武器であり、狩猟などに用いられている。対人戦においても有効であり、支援射撃用としてこの世界ではポピュラーだ。


「魔具として用いられる物ではないので魔物には効果はないですが、人が相手なら充分に活躍できます」


「私も射撃武器がほしいんだけど、リリィ」


「適合者なら杖のほうがいいかも。後で用意しておくわ」


 そんな話をしているうちに敵のアジト近くまで到達する。人の気配があるが、こちらには気づいていないようだ。


「相手の人数が分からないのが不安なのよね」


「そうだな。だが、こちらの総合戦闘力はかなりのものだ。臆することはないさ」


 実際、シエラルとその部下達は優秀だし、リリィのチームだって平均以上の強さだ。唯一詩織は戦闘経験も少なくまだルーキーの域だが、強敵相手にも果敢に立ち向かう勇気はある。その勇気こそ立派な武器であるし、戦士としての素養は持っているので問題はないだろう。


「よし、全員武器を持って」


「オッケー」


 その場にいる適合者達はそれぞれの武器を持ち、いつでも攻撃可能な状態となる。


「建物に突入するわよ。そして内部にいる人間を捕獲するわ。抵抗するようなら交戦もやむなしよ」


 もう隠れる必要もないので物陰から出て魔力を滾らせた。


「行くわよ! 総員、突撃!」


 アジトに向け、適合者達が吶喊していく。ならず者集団との戦闘が始まろうとしていた。


       -続く-

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