第13話 ラドロの風

 追跡者の気配を感じつつ、詩織とリリィは人気のない狭い路地へとはいる。ここならば誰かに目撃されることなく相手と対峙することが可能だ。


「さて・・・姿を見せてもらいましょうか」


 リリィが振り返ると複数の人影が路地の入口に立っている。夕方ということもあり人相はよく見えないが、恐らく男性だろう。


「こんなところに逃げ込んで、わざわざ捕まりたいと言っているのと同じだぜ・・・?」


 その中の一人がゆっくりと近づいてきた。片手にはナタのような武器が握られて友好的ではないことは分かるし、フードを目深にかぶっているせいで口元しか露出しておらず不気味さを感じる相手だ。

 リリィと詩織も身構え、いつ襲い掛かってきてもいいように警戒を強めた。


「アンタ達の目的は何?」


「そんなの決まってるだろう? お前達の身ぐるみを剥いでやるのさ。こんな時間に女二人で出歩いているんだから、襲われても文句は言えないよなぁ?」


 後ろの仲間達も同調するように卑下た笑いを漏らしている。


「衛兵達は町の治安維持をちゃんとしてほしいものね。こんなチンピラがうろちょろできるような状態をなんと考えているのか・・・」


「あんな、仕事だからやってますと言わんばかりのお役所仕事野郎達に期待するほうがバカだぜ。自分の身は自分で守れなきゃな」


「なら試してみる? わたし達は弱くないわよ?」


「へぇ? 強気なのはいいが、後で泣きを見ることにならないよう祈るんだな!」


 その男がナタをかまえて突っ込んでくる。リリィもすかさず魔具の剣を握り、その攻撃を受け止めた。


「お前も適合者なのか」


「そうよ。甘くみないことね」


 剣を振りぬいて相手を弾きとばした。思わぬ反撃に驚いた男であったが、背後の仲間達と共に再び斬りかかってくる。


「シオリ! 油断しちゃダメよ!」


「もちろん!」


 数で負けているが路地の狭さが味方になり、正面からの攻撃に集中できる状態であるため上手く対処できる。詩織は対人戦に慣れているわけではないが、訓練と魔物との戦闘経験を応用して切り結んでいた。


「へっ・・・可愛い顔してやるじゃあないか!」


「アンタにそう言われても嬉しくないわね。それより、早く武器を捨てて投降なさい。今なら命だけは勘弁してあげるわ」


「調子に乗るなよ・・・!」


 横薙ぎに振られたナタを剣で防いだリリィは蹴りを放ち、相手の顔面を狙う。しかし、その動きを見ていた男は腕でガードする。


「その紋章・・・! まさか!」


 男の腕に刻まれた紋章を見て驚いた様子のリリィであったが、すぐに思考を切り替えて攻撃を行う。男もなかなかに強く、一進一退の攻防を繰り広げていた。

 だが、この戦闘は長くは続かなかった。


「お前達っ! そこで何をしている!」


 突如大きな声が路地に響き、その場にいた全員がその声がしたほうに意識を向けると鎧を纏った騎士風の格好をした衛兵三人が向かってきていた。


「チッ! ここまでだな・・・」


 男達は引き際を心得ているようにすぐさま退散を始めた。身軽な格好をしているため動きは素早く、すぐに姿は見えなくなる。


「わたし達も行きましょう」


 ここでリリィの正体がバレれば国王からの叱責は免れないし、こうして城の外への外出も更に難しくなることを憂慮してその場から走り去る。本来ならキチンと事情を説明する義務があるのだろうが、この問題は後で自分の手でしっかりと解決することを誓い、衛兵達には申し訳ないが退くことを選んだのだ。




「もう誰も追ってきてはないみたいだね」


「えぇ。これでひとまずは安心ね」


 隠し扉のある森へと到着し、自分達をつけている者がもういないことを確認して安堵する。


「ねぇ、リリィは戦闘中に何かに気づいたようだけど、何に気づいたの?」


「あの男の腕にあった紋章のことでちょっとね。あれはこの国で以前活動していた盗賊団である”ラドロの風”のものなのよ。今はもう壊滅したはずのグループなんだけど・・・」


「その残党ってことなのかな?」


「分からないわ。ただ・・・」


 難しそうな表情のリリィはすこし躊躇うように口を動かし、言葉の続きを紡ぐ。


「昔、アイリアはラドロの風のメンバーだったのよ。だから、気になったの」


「アイリアが・・・?」



 


 それから城へと帰ってきたリリィは自室にアイリアとミリシャを呼び出す。そして今日あったことを二人に伝えた。


「そんな・・・バカな・・・」


 ラドロの風のメンバーが生き残っていたことを聞いたアイリアの顔が曇る。彼女自身、その盗賊団にいい思い出はないようだ。


「見間違いということはないのですね?」


「えぇ。間違いないわ」


「そうですか・・・」


 ミリシャも事情を知っているようで、いつもの柔和な笑みは消えていた。詩織だけがこの場でラドロの風の詳細を知らないので疎外感を感じていたが、それを察したアイリアが詩織に向けて説明を始める。


「シオリにも伝えておく。私とラドロの風の関係を・・・」


 遠い記憶を探るようにしてアイリアがゆっくりと語り始め、それを詩織は真剣に聞くことにした。


「私は幼いころ親に捨てられ、路上生活を送っていた。普段は道に落ちている僅かな食料を拾って飢えをしのいでいたが、やがて適合者としての力があることが分かってからは盗みも行うようになった。道行く人を襲ったりしてな」


 いきなり暗い過去を聞かされて驚く詩織であったが、口を挟むことなく聞き入る。


「そんなある日、私は小さな盗賊グループにスカウトされた。行き場の無い私はそこに所属することにしたんだ。それが後にラドロの風と呼ばれることになるグループだったんだ」


 その口調からは後悔の念のようなものが伝わってくるが、当時の彼女にとっては仕方のない選択であったのだろう。自分から悪に堕ちようとしたというより、その境遇の問題であったのだ。ただそれが許される行為ではないのは明白で、アイリアもそれはしっかりと理解している。


「私達には掟があって、盗みのターゲットにするのは富裕層の家だけに限定していた。そして得た富は貧しい者達にも分配するというものだ。当時のリーダーはそれを正義だとして活動していたが、生きるのに必死な私はその目的に共感して盗みをしていたわけではない・・・それに、どんなキレイごとを並べても犯罪行為を行っていたのは事実で、正しい行為ではないということは確かなことだ」 


 時として人は自分の理念の正しさを妄信するあまりに過激な行動を起こすことがある。ラドロの風のリーダーはまさにそういう状態であったのだろう。


「しかし、グループの規模が大きくなるにつれて不和が生じはじめた。そして内紛状態となり、リーダーと幹部達は皆殺害されて新たなリーダーが誕生した。それがイゴールという男なのだが、彼の支配するラドロの風はまさに地獄だった。これまでは狙わなかった弱者達も襲うようになり、富を独占するようになった」


 人数が増えれば一つの理念や考えのもとに統率するのは難しくなってくる。それが秩序の団体ならまだしも、ならず者達の団体なら一層だ。


「私は元リーダーの一派だとして目を付けられ、イゴールに仕える奴隷として飼われることになった。絶望した私はラドロの風からなんとか逃げ出し、衛兵に捕まることを承知でアジトの場所などを密告したんだ。最初は信じてもらえなかったのだが、その時に居合わせたリリィ様が私の言う事を信じて下さったんだ」


「ちょうど魔物討伐のために詰所にいてね。ボロボロのアイリアがそこにきてラドロの風について必死に話していたのよ。私はそんなアイリアの様子を見て嘘や妄想ではないと思って、それで信じることにしたの。そしてお父様をなんとか説得してラドロの風を壊滅させるためにアジトへの攻撃が行われ、わたしもその作戦に参加した。最後には捕まることを嫌がった幹部達がアジトを自爆させて全滅したと思われていたのよ」


 だが生き残りがいた。そして活動を再開させて窃盗行為を未だに行っているのだろう。


「その後私は投獄された。もう生きる意味も術もないと諦めていたのだが、出所した私をリリィ様が迎えに来てくれたんだ。そしてそれ以降、リリィ様の部下として仕えている」


「アイリアの瞳には悪意はなかった。道を踏み間違えたことは確かだけど、必ずやり直すことができると確信したの。それでわたしのもとで戦ってもらうことにしたのよ」


「だから本当にリリィ様には感謝しているのです。こうして人々のために戦うという私にできる贖罪の機会を与えて下さったことにも。私はあなたに一生を捧げていくことを改めて誓います」


 アイリアのリリィに対する忠誠心の高さの理由が分かり、一人納得した詩織であったが、事件はまだ解決されていない。


「もしラドロの風がまだ活動しているならば止めなきゃならない。彼らによる被害を無くすためにもね。そのためにまずは調査する必要があるわ。そこで・・・」




「ボクの出番というわけだね?」


 リリィが次に呼びつけたのはシエラルだ。彼女はまだタイタニアでの任務が続いており城の中で宿泊している。以前のリリィならさっさと帰ればいいのにと思っていたろうが、この前のペスカーラ地方での共闘を経て少しは態度を軟化させたようで特に文句を言うことはなかった。


「キミから頼まれごとを依頼されるのは嬉しいよ」


「仕方なくだけどね。今のところアンタくらいしか頼める相手がいないのよ」


「ボク達の関係が良くなっている証だな。で、どのような案件だ?」


「城下町に行って、盗賊に関する情報を集めてほしいのよ。具体的にはラドロの風に関わることをね」


 その単語を聞いてシエラルは眉をひそめる。ラドロの風を彼女も知っているのだろう。


「確かもう無くなった盗賊団では?」


「それが、その紋章を腕に付けた人間にわたしとシオリが襲われたのよ。そいつには仲間がいたから、もしかしたら残党が新たな戦力を担ぎ出して復活したのかもしれないわ」


「そうなのか・・・分かった。ボク達が町へと出て聞いて回る」


 快く引き受けてくれたことにリリィは安堵したようだ。


「しかし、キミ達が襲われたとなれば重大な事件だ。それを国王様には報告したのか?」


「・・・してないわ。なぜなら、無断外出中の出来事だったからよ」


「とはいえ、言ったほうがいいんじゃ・・・」


 その言葉の最中、リリィはシエラルに歩み寄り、小さな声で耳打ちする。


「無断外出がバレたら今後城を抜け出すのが難しくなるわ。そしたらシオリとデートできなくなるじゃないの。いい? わたしじゃなくてアンタがラドロの風を発見したとお父様には報告するのよ」


「だが・・・」


「さもないと・・・分かるわね?」


「うわっ、完全に脅しだ」


「違うわ。これは交渉よ。タイタニアでアンタの秘密を知っているのはわたしとシオリだけだものね?」


 シエラルが女性であることを知っているのはメタゼオスの人間も合わせて極少人数だけだ。だからこそ、この秘密は露見することなく守られ、誰もシエラルのことを男性だと信じて疑わない。


「わ、分かった。まったく、キミは優秀な交渉人になれるよ」


「褒めてくれて嬉しいわ。ということでさっそく頼んだわね」


「あぁ。行ってくる」



「イリアン、急な任務ですまないがボクと共に来てくれ」


「はい。シエラル様とならばどこへでも参ります」


 頼もしい部下と共にシエラルは城を後にする。経緯はどうであれ、悪党を放っておくという選択肢はない。


「よし、出動だ」

 

         ー続くー

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