第12話 詩織とリリィの休日
ダークオーブによって異常な成長を遂げたオーネスコルピオを討伐してから数日後、詩織達は王都への帰還準備に取りかかっていた。その間にも多数の魔物を討伐したことでペスカーラ地方に久しぶりの平穏が訪れ、これならば町にいる適合者達でも充分に対処することができるだろう。
「魔物の数をかなり減らしたけど、シエラルの言う普通とは異なる性質の魔素をどうにかしないとまた魔物が増殖してしまうわね」
魔物の急増と凶暴化の原因である異質な魔素の発生源などは不明であり、これの特定と解決ができなければタイタニア王国そのものの存亡が危ぶまれるのだ。
「回収したダークオーブが何かヒントになるかな?」
「そう願いたいわね。まぁそれは学者とかに任せるとして・・・ようやく二人きりになれたわね、シオリ」
明日の朝に町を出ることになっており、今夜は町長や住民達による感謝の晩餐会が開かれていた。彼らにとってリリィやシエラル一行はもはや英雄で、盛大にもてなされた結果、深夜になるまで解放されなかったのだ。
「そうだね。皆が感謝てくれたのは嬉しいんだけど、戦闘とは違った疲れがあるよ」
詩織は社交的な性格でないので面識のない人と接するのは不得手だ。近くにいたリリィがフォローしてくれなければ不審者のようにしどろもどろな対応になっていたことだろう。ちなみにアイリアは端っこのほうでひたすらに食べ物を口に放り込んでいた。体格の小さな彼女がどうしてそんなに食べられるのか不思議なほどに。
「じゃあそれをわたしが癒してあげる」
そう言ってリリィは詩織をベッドに押し倒し、奇妙な手つきをしながら怪しい表情を顔に張り付ける。
「知ってた? わたしはマッサージも結構得意なのよ」
「へー、初耳。意外と器用なんだ?」
「まぁね。ターシャに教えてもらったんだけど、なかなかに筋が良いって褒められたのよ」
「ターシャさんが褒めたなら安心だ」
突然押し倒されて困惑したものの、不思議と嫌な感覚はない。むしろドキドキして鼓動が速くなる。
「では、まずは服を脱いでもらいます」
「わ、わかった」
ゆっくりと上着を脱ぎ、その柔肌を晒す。ひんやりとした空気が心地よく、体温が下がるのを感じる。こうして素直に応じたのはリリィが同性だからという理由だけではないのだろう。詩織はリリィに対して他の人間とは違う感情を抱いているが、それが何なのかは自分でも分からない。
「本当に綺麗な肌ね・・・羨ましいくらいに」
細長い人差し指が詩織の腹部を撫で上げる。それがくすぐったくて身をよじるが、リリィが上にまたがっているのであまり姿勢が変えられない
。
「待って待って。普通はマッサージって背中にするもんじゃあ?」
「そうなの? わたしが教わったのは正面からやるのよ」
リリィの言うことが本当かは知らないが、彼女の両手が詩織に伸びていく・・・
それから暫くの間、二人の部屋にはベッドの軋む音が響いていた。
ペスカーラ地方から王都へと帰ってから二日後、詩織はリリィに呼び出されて城の地下へとやって来た。戦闘着ではなく私服でとのことで、支給されたこの世界の衣服を着用している。元の世界の服より簡素なデザインであるが着心地が良く、それを詩織は気に入っていた。
「こんなところで何するの?」
「シオリにこの城の秘密を教えてあげようと思って」
「秘密? それより、珍しい格好をしているね」
リリィは普段、ドレスや王族用の装飾が多い服を着ていることが多い。だが、今は詩織のものに似た庶民用の衣服を纏っているのだ。更にはツバの長い帽子のおかげで目元に影が落ち、リリィの顔が上手く隠れるようになっている。
「これについては後程。じゃ、付いてきて」
また宝物庫に行くと思ったのだが、それとは真逆の方向へと進む。周囲に人影は無く、やがて資材倉庫となっている部屋の一つに入る。
「まさか泥棒のまねごとでもする気?」
「ちがうわよ。まぁ見てなさい」
部屋の奥にある物置棚の裏を覗き込んだリリィは手を伸ばして何かを探している。
「手伝おうか?」
「大丈夫・・・あったわ!」
小さな物音がした後、近くの壁の一部が変形を始めて扉が現れた。いわゆる隠し扉というもので、テレビゲームや映画で定番のギミックを見て詩織のテンションが上がる。
「凄い! こういうの本当にあるんだね」
「扉の先にある通路は城の敷地外へと繋がっているのよ。これを使って時々城を抜け出して城下町を散策しているの」
「皆はこの扉の存在を知らないの?」
「知っているのはわたしと、メイドのフェアラトだけ」
フェアラトは詩織がこの世界に来た初日に国王の元へと案内したメイドである。時々詩織の世話をしてくれるが、感情を読み取りづらいために接しにくい相手で少し苦手だ。
「なんでフェアラトさんが?」
「さぁ、分からないわ。わたしが外に遊びに行きたいと言ったら教えてくれたんだけど・・・」
フェアラト本人がここにいないので今はそれを詮索しても仕方がない。
「とりあえず出かけましょうよ。時間がなくなっちゃうわ」
「おっけー。にしても、隠れて城から抜け出すなんてリリィは悪い子だね?」
「フフッ・・・いい子にしているだけじゃ退屈でしょ?たまには悪い子になりたい時があるのよ」
無邪気な笑顔で扉を開け、手に持ったランタンに火を灯してかかげた。光源のない通路が照らされるが奥まではさすがに見えない。城の外まで繋がっているというのだから相当な長さなのだろう。
「ちなみに、これで共犯だからバレた時は一緒に怒られることになるわ」
「じゃあバレないようにすればいいんだよ」
「シオリも悪い子ね」
隠し通路にあるボタンを押して扉を閉じ、小さな明かりを頼りに二人は寄り添いながら進んでいった。
暫く歩いた後、ようやく出口の扉に到着する。先が見えないのでこの通路は永遠に続くのではと思えるほど長く感じたが、終わりがあったことに詩織は安堵した。
「やっと外に出られるわよ」
「よかった。狭いから息苦しかったんだ」
壁のボタンを押すと扉が開き、陽の光が差し込んでくる。それが眩しく感じ、手で遮った。
「ここは?」
「城近くの森の中よ。人が寄り付く場所じゃないから、出口に設定したんでしょうね」
確かに目的もなくこんな森に来たりはしないだろう。しかも、ギミックを作動させなければ扉は出現しないのでセキュリティも万全だ。
「うわっ! 変な虫が頭に飛んできた!」
手で虫を追い払いながら、謎のステップを踏むようにして詩織は軽いパニックになっている。
「落ち着いて。もうどこかに飛んで行ったわ」
「ビックリさせやがってぇ・・・」
冷静を装うがもう遅い。額からは大粒の汗が垂れており、彼女の焦りがみてとれた。
「ふふふっ・・・」
「ちょ、何で笑うの!?」
リリィはこみ上げる笑いを抑えようとしていたが漏れており、そんなリリィを見て詩織は恥ずかしさのあまりに顔を真っ赤にする。
「だって魔物には勇敢に立ち向かうのに、虫相手にこんなに焦っているんだもの・・・うふふっ・・・」
「むぅ・・・」
詩織はぷくーっと頬を膨らませて拗ねるが、それがリリィにはもっと可笑しかった。
「ごめんごめん、でもそんなシオリも可愛かったわよ」
「もう、からかうんだから」
「本当に可愛かったのよ? というか、わたしはシオリがこの世界で一番可愛いと思っているわ」
笑顔でリリィが詩織の顔を覗き込みながらそんなことを言う。悪気や嘘を感じさせない態度を見て詩織は落ち着き、そのリリィの頬を両手で挟むように掴んだ。
「私はリリィのほうがよっぽど可愛いと思うけどな」
その透明感溢れる綺麗なリリィの瞳に吸い込まれるようにして、自然と顔を近づけていく。リリィも抵抗することなく動じなかったが・・・
「今度は何!?」
近くで数羽の鳥が大きな音を立てて飛び去り、それに驚いてビクッと体を震わせた。
「シオリはビビり症なのね?」
「もともと怖がりなんだもん」
また気恥ずかしさを感じて俯く。
「早くここを出よう。どっちに向かえばいいの?」
「こっちよ。ついてきて」
リリィに手を引かれて森を抜け、城下町へと辿り着いた詩織は安心感とともに、帰りのことを考えて虫よけスプレーに類する物が売っていないか探すことを心に誓った。
「結構人が多いね」
市場にはお祭りかと思えるほど多くの人が行き交っていた。その光景はまるでニューヨークのタイムズスクエアのようである。
「そりゃあ我がタイタニアの王都だもの。いずれは国中がこれくらい活気づけばいいんだけどね」
「そのためにも魔物を狩らないとね?」
「えぇ、勿論」
二人ははぐれないようしっかり手を繋ぎ、その人混みの中に入っていく。
「変装のおかげで誰にも気づかれていないわね」
「すぐバレそうな気がするけど、何で誰も気がつかないんだ・・・」
「人は案外他人のことを気にしていないものよ。それに、王族の人間が近くにいるわけないという先入観があるからね」
人間の視野は狭く、意識して見なければ物事に気がつかないものだ。ここにいる誰もリリィの存在は思考の中には無く、例え変装しなくても問題なかったかもしれない。
「そういえばこの世界のお金を持ってないんだけど・・・元の世界のお金じゃダメだよね?」
「そりゃあタイタニアの通貨じゃないと。とりあえず、コレをあげるわ」
手渡されたのは小さな巾着袋で、その中には硬貨が入っていた。
「通貨の名称はデナルト。この銀の硬貨は五千デナルトよ」
「なるほど。硬貨に書かれた数字分の価値があるということか」
いうならば、五千デナルトは日本円にして五千円のようなものである。
「でもこの世界の物価がわからないと、これが大金なのかが分からないな」
「なら、試しに買い物をしてみましょう」
そう言ってリリィに連れてこられたのはアクセサリーを取り扱う商店だ。煌びやかな腕輪や、簡素なデザインのネックレスなどが並べられている。
「これなんかシオリに似合いそう」
ハートの飾りがついたブレスレットを差し出されるが、普段アクセサリーなど着けない詩織にはそれが自分に似合う物なのか判別がつかない。
「これで七百デナルトか。物価は私の世界と近しいのかも」
他の商品も見てみるが価格設定的には日本との大差はないようで、これならすぐに適応できそうだと安心する。
「ねぇねぇ。これなんかいいと思うんだけど」
「プロミスリング? ふむふむ・・・腕などに巻いたこの紐が自然に切れると願いが叶うと・・・」
「私の世界ではミサンガっていう名前のほうが一般的かも。よく女子高生がつけてるんだよ」
「じょしこーせー?まぁ詩織がいいならこれでいいわ」
「お揃いにしよ?」
「いいわよ。どの色にする?」
年頃の女の子の日常風景がそこにはあり、今は王族だとか適合者などのことを忘れて楽しい休日を過ごしていた。
日も暮れ始めた夕方、町の散策を終えた詩織とリリィは城に向けて歩を進めていた。
「ピンクって無難だけど、やっぱり可愛い色だよね」
二人の手首にはピンク色の紐、プロミスリングが巻かれていた。青や赤といった物もあったが、詩織のススメでピンクに決まったのだ。ちなみに値段は三百デナルトである。
「巻く時にちゃんと願いはこめた?」
「勿論。でも秘密よ」
「えぇ~、教えてよぅ」
「これが切れた時にね」
こういう願いをこめる系の場合、その願いを口にすると叶わなくなるというジンクスがある。だからリリィは言いたくなかったのだ。
「それより、気づいてる?」
「うん。誰かが私達をストーキングしているね。しかも数人」
少し前から何者かに後をつけられている。その気配がするも、姿は視認していない。
「まったく、せっかくのシオリとのデートを邪魔するなんて・・・隠し扉の場所までつけられても困るし、この町でなんとかしましょう」
「衛兵さんに相談するのはどう?」
「それだとわたしの無断外出がお父様にバレることになっちゃう。なるべくならそれは避けたいのよ」
「そっか。じゃあ私達で頑張るか」
あらゆる事態に対応できるように魔力を全身に流して臨戦態勢をとる。思わぬピンチが迫っているが、これを切り抜けることができるのだろうか・・・
-続く-
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