第11話 死闘! フォレストバトル
ダークオーブによって強化されたオーネスコルピオの異常種を森の中へと誘導し、地形を利用して攻撃を行う詩織達だったがまだ撃破には至っていない。
それどころかメタゼオスの適合者三人が死亡し、シエラルも鎧を破壊されて着実に戦力を減らされていた。
「さて、どうしたものか」
鎧を失ったことで女性であることを知られてしまったシエラルだが、今は意識を切り替えて目の前の敵をどうやって撃破するかを思案する。まだ彼女にはやるべき事があり、ここで倒れるわけにはいかないのだ。
「手強いけどアイツも再生力が落ちているわ。さすがにあれだけのダメージを短時間のうちに受けていれば、魔力が足りなくなって回復が追い付かないのでしょうね」
詩織によって破壊されたオーネスコルピオの右半身は歪な形で再生されている。そのため左半身とのバランスが崩れ、挙動がおかしくなっているために益々不気味な動きになっていた。
「あの状態で逃げないのだから、自己保存本能より闘争本能が勝っているのかしら」
「戦闘で興奮しすぎて我を忘れているのだろう。逃げられて完全に回復されては困るから、むしろありがたいけどね」
シエラルは魔剣を握り、オーネスコルピオと交戦しているミリシャ達の援護に向かう。
「待たせたね」
「体のほうは大丈夫なのですか?」
「あぁ、なんとかね」
シエラルの斬撃がオーネスコルピオの胴を切り裂いたが、致命傷にはならずに修復が始まる。
「ふむ・・・多少の傷ならまだ容易に回復できるだけの力はあるか」
やはり強力な攻撃を叩きこむしかないようだ。
「シオリ! キミに頼んでもいいかな?」
「私ですか?」
「そうだ。ボクが敵の気を引くから、その内に大技でトドメを刺してくれ!」
軽装になったことで機動力の増したシエラルは敵の攻撃を難なく回避して翻弄する。それを見ていたアイリアも張り合うようにして素早い動きで敵に肉薄していく。
「シオリ、グランツソードの準備を」
「オーケー!」
すでに魔力を聖剣に流しており、後は技を放つだけだが狙いが定まらない。苛烈な攻撃を繰り返すオーネスコルピオは一か所にとどまらず、周りの木々を薙ぎ払いながら動き続けているのだ。
「奴を一瞬でも止められれば・・・」
体力も限界に近づきつつあるシエラルだったが、臆せず立ち回り、詩織が一撃を確実に与えられるチャンスを作ろうと必死に思考を働かせる。
そして近くの巨木に着目し、一つの作戦を思いついた。
「アイリア、敵をこちらに誘導することは可能か?」
「できると思うが、どうするんだ?」
「アレを使うのさ」
勢いよく跳躍し、木から木へと飛び移って目的の巨木へと辿り着いて相手を見下ろす位置に着く。
それを見ていたアイリアはシエラルが何を考えているかは分からなかったが、とにかく事態を終息させるために指示に従う。
「こっちだ!」
逃げるようにみせかけて、シエラルのいる巨木の枝の下を目指す。オーネスコルピオは目の前のアイリアを追う事に夢中で他のことに意識を向ける様子はない。
「これでいけるか・・・?」
オーネスコルピオが自分のいる木に接近したのを確認し、シエラルは魔力を多分に流した魔剣によって大きな枝の一本を斬りおとした。
「やったか!?」
まるで大型トラックのような太さの枝は垂直に落下し、ちょうど下を進んでいたオーネスコルピオに直撃した。当然この程度で死ぬ魔物ではないが、これだけの重さの物がのしかかったのでその場でうずくまるように擱座した。
「今っ!」
そのチャンスを逃す詩織ではない。聖剣グランツソードに溜められた魔力を一気に開放し、オーネスコルピオに向けて放つ。
「夢幻斬りっ!!」
魔力で形成された黄金の刃が伸び、一気に振り下ろされる。停止した目標に当てるのは簡単なことで、今度こそオーネスコルピオの胴体は消し飛んだ。残った頭部の残骸が地面に転がり完全に絶命する。
「ついに倒したな・・・」
地面へと降り立ったシエラルは自分の身長と同じ大きさがあるオーネスコルピオの頭部を睨んだ後、ため息を漏らす。こうして敵を討つことはできたが部下三人を失ってしまった。戦士として戦場に立つ以上、生きて帰れないことは充分に覚悟のうえであったろうが、残された遺族のことを思うと胸が張り裂けそうになる。
「これは・・・なんだ?」
頭部の残骸の中に気になる物を見つけたシエラルが手を伸ばすが、
「うっ・・・」
その漆黒の結晶体に触れた瞬間、体に激痛が走る。思わず後ずさりし、その場に膝をついた。
「ちょっと、大丈夫なの?」
駆け付けたリリィが心配そうに問いかけ、シエラルが見つけた結晶体に近づく。
「触ってはダメだ。なんというか、体に得体の知れない魔力を流しこんでこようとする」
それを聞いたリリィはこの結晶体こそがオーネスコルピオの異常種を生み出した元凶なのではと推測する。そして、その特徴を見てハッと何かを思いだしたようだ。
「これはダークオーブなのでは?」
「ダークオーブ・・・?」
聞きなれない単語にシエラルは眉をひそめ、記憶を探ってもやはり知らない物だとリリィの解説を待つ。
「古文書に書かれていた魔結晶という道具の一つよ」
「魔結晶?」
「魔素や魔力に反応する特殊な結晶体のこと。それこそ、ソレイユクリスタルなんかも魔結晶の分類になるわね」
「なるほど。それで、ダークオーブというのは?」
「魔女と呼ばれた、魔族と人間の特徴をもった者によって作られたらしいの。ソレイユクリスタルとは違い、負の力が込められた暗黒の結晶体・・・これに籠められた魔力に触れると体や精神に異常をきたすと書かれていたわ」
それが本当なら危険な存在であることに違いはなく、実際に先ほどまで暴れていたオーネスコルピオはまさに異常と言える巨大さで、その回復力も尋常ではなかった。その事を鑑みるにオーネスコルピオの頭部に埋め込まれていたのはダークオーブである可能性は高い。
「ということは、魔女もいるのか?この近くに?」
「どうかしら・・・魔女はドラゴプライマスの手下だったんだけど、かつての勇者一行に滅ぼされたはず。まぁ魔女は数人いたらしいし、もしかしたら生き残りがいるのかもしれないわね」
どちらにせよ今回の戦いでダークオーブらしき物体が現れたのは事実なわけで、調査する必要がある。
「しかしどうやって取り出す?」
「これに触れても影響がないのは魔女と、異界から来たりし勇者と呼ばれる適合者だけらしいわ」
そのリリィの言葉にその場にいる皆が詩織に視線を送る。
「つまり、私なら問題ないってことかな?」
「・・・多分」
古い書物の情報であるため確信はなく、リリィも自信なさそうに頷く。どちらにせよここにダークオーブを放置するわけにはいかないので、詩織はゆっくりとダークオーブに近づき手を伸ばした。
「危険だと感じたら離すのよ」
「うん」
少し躊躇い気味にその漆黒の結晶体を両手で掴んだ。人間の頭部ほどの大きさで重量がある。
「大丈夫?」
「ちょっとピリッとした痛みというか違和感みたいなのがあるけど大丈夫そうだよ」
そのままオーネスコルピオの頭部から引き剥がして地面へと置く。禍禍しいオーラのようなものを放っており、近づくことすら躊躇うほど威圧感がある。
「城の研究者たちに見せてみましょう。シオリ、これを魔法陣の中に収容できる?」
「やってみる」
詩織は魔法陣を展開し、魔具を仕舞うようにダークオーブも格納した。何か悪い影響が詩織に及ばないか心配ではあるが、この場で頼れるのは詩織しかいない。破壊するという手段もあったが貴重な史料であるために持ち帰ることを選んだのだ。
「もし異常を感じたらすぐに言って」
ようやく長い戦闘が終わったが、リリィ達は油断しない。もしかしたらまた新手が襲い掛かってくるかもしれないので、警戒を怠らないようにしてペスカーラの町へと帰っていった。
「凄い魔力だった・・・」
戦いを遠くから観戦していた魔女ルーアルは詩織の魔力に感嘆しつつ、脅威であることも同時に確信した。
「ダークオーブに触れても問題ないとは・・・やはり勇者であるというのか」
詩織を上手く利用する方法を思案しながらメタゼオスへの帰路につく。この戦いで得た情報を皇帝に報告し、今後の対応を話し合わなければならない。だが、そこにシエラルが参加することはないだろう。あくまで彼女は駒の一つに過ぎないのだ。
「フフフ・・・楽しみが増えたな」
夜になり、やっと町へと帰還した詩織達を別動隊の適合者達が出迎える。特にイリアンはシエラルのことがよほど心配だったようで、姿が見えるなりすぐに駆け寄って来たほどだ。
「そのお姿、大丈夫なのですか!?」
鎧を失い、リリィから貸してもらった上着を羽織っている様子を見れば驚きもするだろう。シエラルにとっては女性であることが知られないかが不安であったが、幸い周囲は薄暗いこともあり気づかれてはいないようだ。
「ボクは大丈夫だ。しかし、部下を失ってしまった・・・」
「こちらの部隊でも死傷者が・・・私の責任です、申し訳ありません・・・」
全員が無事に帰ることができないのが戦いなのだ。
「今は亡くなった者達の冥福を祈ろう・・・」
重い空気が流れる中、詩織とリリィは自然と互いの手を握り、戦死した者達へ祈りを捧げていた。
「呼び出してしまってすまない」
皆が宿で寝静まった深夜、シエラルに呼ばれた詩織とリリィは町外れにある小さな公園にやって来た。シエラルは体のラインが分かりにくい服へと着替えを済ましており、その凛々しい顔立ちと相まって男性的な印象を与える。
「こんな遅くに呼びつけられたから夜伽の誘いかと思ったわ」
「もしそうだとしても、キミは了承しなかっただろう?」
「当然よ。冗談はさておき、何の用?」
戦闘の疲れもあり、リリィは眠たそうで声にも張りが無い。一方の詩織はまだ元気そうだ。
「ボクのことさ。どうして女性であることを隠していたのか、ちゃんと話しておこうと思ってね」
「そこまでわたし達が知ってもいいの?」
「他に話せる人もいないし、この際だからストレス発散も兼ねさせてもらおうかなぁと」
「まぁいいわ。少しばかりわたしも興味があるから」
詩織も頷いてリリィに同調し、それで安心したシエラルはゆっくりと話を始める。
「ボクの父である皇帝は男の子供を欲していたんだ。なぜなら、強国を束ねる皇帝職には強い男こそが相応しいという考えがあったから。実際、歴代の皇帝は皆男だったし、父もその慣習に則ろうとしたのだろう。しかし生まれた子供、つまりこのシエラルは女だった。その事に落胆した父は新たに子を作ろうと努力したようだが、結局子宝には恵まれなかったんだ。だからボクに男として生きるように教育をした・・・」
周囲の暗さでよく見えないが、シエラルの表情は固いようだ。
「皇帝の子である使命だと言われ続け、ボクも疑問に思う事なく男の子として振る舞ってきた。けれど成長するに従い体は女らしくなり、本当の自分を認めてほしいという欲求も持つようになってきたんだ。今のボクはどうしていいのか分からず、悩みばかりが増えてね・・・それで情けないことにこうして愚痴を漏らしているんだ」
誰にも打ち明けることができず、一人で悩み続けていたのだろう。詩織が思う以上に苦労の多い人生を歩んできたようだ。
「一人で抱え込むのは辛いわよね。でも、こうして話すだけでも少しは心が楽になるわ」
「そうですよ。私達でよければいつでもお聞きしますよ」
二人の反応が嬉しかったのか、シエラルの顔が綻んだ。それは歳相応の少女らしい笑みであった。
そこでふと思いついたことを詩織が口にする。
「ということは、もし二人が本当に結婚することになったら、女の子同士でってことになるんだね?」
「まぁ・・・そうなるな」
冷静に頷くシエラルとは違い、リリィは首をブンブンと振っている。
「どちらにしてもシエラルと結婚する気はないわ。わたしは思うんだけど、結婚するなら気が合って、一緒にいて安らげる相手がいいわね。それこそシオリとか」
「わ、私!?」
突然の指名に声を裏返しながら驚く。まさかここで自分の名がでるとは思ってもみなかった。
「確かにリリィとシオリはお似合いだな」
「でしょう? まるで前世から縁があるように惹かれ合った仲だもの」
それは否定しないが、気恥ずかしさはある。
こうして激動の一日は終わり、今はただ静寂と平穏が詩織達を包んでいた。
-続く-
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