第10話 異常種、激進

 多数の魔物と三体のオーネスコルピオを討伐し、ペスカーラの街へと帰還している詩織達一行は程よい疲れと達成感に浸っていた。この周辺にはもう魔物はおらず住処となっていた森の中は静けさで包まれている。まだこの地方と町を脅かしている魔物全てを撃破できたわけではないが、一日でこれだけの戦果を挙げられたのだから大したものだろう。


「今夜の寝床は、作戦会議で使ったあの宿なの?」


「あぁ。昨今の魔物の増殖のせいで宿泊客がおらず、使用するのは我々だけらしい。だから我々を全力でもてなしてくれると宿主が言っていた」


 この地方に急増した魔物の影響で観光客はめっきり減ってしまい、宿泊施設は暇を持て余しているために経営自体が困難になってきてしまった。いくら王都からの支援があっても人を呼び寄せられない現状を打開できないとペスカーラに未来はない。


「わたし達が魔物を倒せなければ以前のような活気は戻らないものね。ここはタイタニア王国の王女として頑張るしかないわね」


「キミのそういう前向きさは、さすが王族といった感じだ」


 詩織以外の人間の前では強気な感じを崩さないリリィだが、そんなリリィの弱さを詩織は知っている。いつもは虚勢を張っているが、心の中に脆さを持っているリリィは詩織と二人きりのときだけそのネガティブな面を露呈するのだ。詩織としては自分だけを特別に見てくれているようで嬉しいという感覚と同時に、皆の知らないリリィの側面を自分だけが知っているのだという優越感に似た感情もあった。


「わたしはシオリと同じ部屋ね」


 そんな詩織の心情を知ってか知らずか、同室を希望するリリィは詩織の腕に抱き着いた。羨ましそうにアイリアが視線を送るが二人は気づかない。


「世界中の人々がキミ達のように仲が良ければ、きっと争いがなくなるだろうね」


「そうかもね。でも、わたしとシオリは言うならば特別な絆で結ばれてるの。だから、こんな関係を他の人が築くのは無理でしょうね」


 自慢そうに胸を張るリリィはドヤ顔でそう言う。実際、二人の関係は特殊であるといえる。まさに運命の出会いであったかのように惹かれ合い、誰の介入も許さないような距離感はなかなか見られるものではない。




 そんな他愛もない会話をしている彼女達だが、状況は一変した。



「この感覚・・・!」


 詩織は後方から極めて強い殺気が接近していることに気がつき、眉をひそめる。先ほどまで交戦していたオーネスコルピオよりも強い殺気だ。


「敵襲か」


 皆も察知したようで、警戒態勢をとりながら魔具をかまえる。周囲に敵影がないか索敵するが魔物の姿はない。


「まさか、またオーネスコルピオなのか」


「だとしたら地中から攻めてくる可能性があるわ。少しの地面の揺れも違和感も見逃してはだめよ」


 そのリリィの言葉の直後、小さな地響きと共に地面がラインを引くように隆起しはじめた。そのラインは一直線にリリィ達に向かってきており、彼女達は散開して距離を取ろうとしたが、


「来たかっ!!」


 シエラルの近く、地面から飛び出した巨大オーネスコルピオが毒液を噴射して襲いかかってくる。


「なんて大きいの・・・!」


 リリィの視界を埋め尽くすほどの大きさであり、ここまで大きいオーネスコルピオがいるなど聞いたこともない。その全高は十メートルはあるだろう。


「しかも速い!」


 巨体に似合わぬスピードで移動し、メタゼオスの適合者の一人にのしかかって圧殺した。その一瞬の出来事に誰も対応することができず、ただその適合者の死を見ることしかできなかった。


「くそっ! ボクがいながらこんな・・・」


 目の前で部下を失った悲しみと怒りがシエラルを突き動かす。


「切り裂いてやる!」


 オーネスコルピオの足元へと一気に接近し、魔剣ネメシスブレイドで一脚を斬り飛ばした。しかし、


「なんとっ!」


 切断面からすぐに再生を始め、一瞬にして元の状態に戻ってしまった。まるで以前戦った巨大なハクジャと同じような生命力である。


「これだけの再生力、普通の魔物とは違いすぎる・・・しかし!」


 生命維持が不可能になるほどの致命傷を与えることさえできれば倒せるはずだ。シエラルは攻撃の手を緩めず、更に斬撃を行う。


「くらえよっ!」


 頭部に向かってジャンプし額にネメシスブレイドを突き刺したが、痛みで暴れるオーネスコルピオに振り落とされてしまった。


「だが、頭へのダメージを与えた・・・」


 心臓部、頭部はあらゆる生命体の弱点である。そこに大きなダメージを与えることで活動停止に追い込むことができるのだが、そんな常識は通用しない相手だ。


「こいつは化け物か・・・これだけの傷を受けても・・・」


 またもやすぐに再生し、毒針をシエラルに向かって振り回してくる。

 それを後退して避けたものの、針の先端から飛び散った猛毒がシエラルの鎧に付着し、その部分を融解した。もはや毒というより強酸の類いのものである。


「くっ・・・こいつはマズいな・・・」


「あいつはタダもんじゃない、もはや異常種ね。倒すにはそれこそ頭を胴体から斬り飛ばすか、心臓を破壊するしかないわ」


 通常攻撃ではまともに傷を付けることすら難しいのに致命傷となる有効打をどうやって叩きこむのか。


「こうなったらシエラルの大技であいつを足止めして、シオリの全開攻撃でトドメを刺すしかない」


「そうだな」


 リリィの提案に頷き、シエラルは魔剣に魔力を集中させる。オーネスコルピオはアイリアと交戦しており、こちらを向いていない。


「デモリューション!!」


 紫の閃光が巨体に伸びるが、


「ダメかっ・・・」


 その強力な魔力に反応したオーネスコルピオは大きくジャンプして技を回避した。魔力の多くを消費する大技を避けられたことでピンチに陥ったシエラルは焦りを隠せない。


「させません!」


 ミリシャが援護の魔弾攻撃を行うが、それを歯牙にもかけず、オーネスコルピオはシエラルに突進する。このままではまともに回避もできず殺されてしまうだろう。


「私がやるっ!」


「シオリっ、無茶よ!」


 聖剣に魔力を流した詩織はシエラルがやったように大技を放つ。黄金にも似た光が聖剣グランツソードを包み込んだ。


「夢幻斬りっ!!」


 しかして、その攻撃はオーネスコルピオの尻尾を消滅させただけで終わった。これでは止めることなど不可能だ。


「くっ・・・」


 オーネスコルピオは度重なる攻撃に怒りを沸騰させたのか、尻尾の再生を待たずに詩織に対してハサミを振りかざす。


「ヤバっ・・・」


 魔力残量の少ない詩織では肉体の強化も維持できず逃げるのも難しい。


「シオリはわたしが守る!」


 咄嗟に体が動いていたリリィが詩織を抱きかかえるようにすると、その場から跳躍して攻撃を避ける。


「危なかった・・・」


 先ほどまで詩織が立っていた場所に巨大なハサミが叩きつけられており、地面が抉れていた。リリィが助けてくれなければ今頃ミンチになっていただろう。


「ゴメン」


「謝らないで。わたしはシオリを守ると決めたんだもの、これくらいなんてことはないわ」


 だが、一時的に窮地を脱しただけで敵はいまだ健在だ。この状況を打破するための策はない。


「あれだけのスピードだものね。大技をぶつけるだけの隙がないわ」


「ゼロ距離攻撃ならどうかな?」


「確かにそれなら当てられるだろうけど、アイツに近寄ること自体が困難だわ」


 オーネスコルピオに飛び乗ってその背から攻撃することができればいいのだが、そこに至るまでが至難の業である。スピードもそうだがあのハサミと毒針の攻撃をすり抜けて近づくのは容易なことではないだろう。

 メタゼオスの適合者達とアイリアが接近を試みるが魔具の有効範囲に敵を捉えることができず、一方的な攻撃に防戦することしかできていない。


「平地では敵のほうが優位だな。なら、森に誘い込んで仕切りなおすほうがいいか・・・」


 シエラルは自分達のいる場所から少し離れた地点に広がる森に着目する。少し前まではその森の中に小型の魔物達が潜伏していたのだが、シエラル達によって殲滅され今は脅威となる存在はいないはずだ。


「あの森の中に向かおう。地形を利用して攻撃をかけるんだ」


「分かったわ」


 このままでは埒が明かないのでリリィはシエラルの案に頷き、詩織達にも伝える。

 適合者達が皆移動を開始し、それを追うオーネスコルピオは地中へと潜った。これでは誰がどこから襲われるか分からない。


「足を止めるな!」


 姿の見えなくなった敵に怯えたメタゼオスの適合者の一人に向けてシエラルが叫んだが、しかし少し遅かった。


「た、隊長! 助け・・・」


 言葉はそこで途切れる。地中深くから勢いよく飛び出したオーネスコルピオの異常種が毒針でその適合者の体を突き刺したのだ。あまりにも鋭敏で大きな針は体に大穴を開け、彼は一瞬にして絶命した。


「止まるな!」


 その悲劇を振り払うようにまた叫ぶ。今すぐ敵を八つ裂きにしてやりたいという衝動に駆られる自分に向けての言葉だ。




 全速力で走り続けなんとか森へと到達したものの、すぐ後ろまで迫っていたオーネスコルピオは木々をなぎ倒しながら襲い掛かってくる。


「だが、ここなら地の利がある!」


 シエラルは一本の木に跳躍し、太い枝に着地をきめた。


「いつまでも見下ろされているのは気分が悪いからな・・・」


 オーネスコルピオは詩織とリリィを追いかけていてこちらを見ていない。これをチャンスとばかりにシエラルは木からオーネスコルピオの背中に飛び乗ることに成功した。


「これで終わりにする!」


 魔剣による斬撃がオーネスコルピオの頭部を上から真っ二つに切断し、大量の血が噴き出す。さすがに弱点を攻撃されればタダでは済まないようで、苦痛に悶えるように暴れる。

 追撃をかけようとするシエラルだが、オーネスコルピオが苦し紛れに噴射した毒液を回避するべく退避しようとした。しかし、


「ちっ・・・」


 腕部に掠め、鎧が溶け落ちる。皮膚に触れないよう、毒の付いた面を下にして装甲部を取り外す。


「この威力だもんな・・・」


「シエラル、下がって!」


 リリィの声に反射的に体が反応し、飛び下がる。直後、詩織の聖剣から閃光が放たれた。動きの鈍ったオーネスコルピオに大技を使ったのだ。


「これで死んだか?」


 閃光は確かにオーネスコルピオの右半身を消し飛ばしたが、それでもまだ生きている。とはいえこれだけのダメージではさすがに再生も容易ではないだろう。


「勝負を決めるぞ!」


 シエラルはトドメのために首を斬り落とそうと近づいた。だが頭部の切断面から見える漆黒の結晶体がオーラ状の魔力を噴出してオーネスコルピオを包む。

 それに怖気づかないシエラルであったが、そのドス黒いオーラが周囲に拡散された時の衝撃波で弾き飛ばされてしまった。


「今度はなんだってんだ・・・」


 体勢を立て直した彼の前にいたのは、先ほど失った右半身を歪つに再生させたオーネスコルピオだ。ハサミは小さく歪んでいるうえに足も長さがまばらで、それを見る限り完全な再生ではないようだ。


「本当に厄介な相手だが、その異常な再生力もそこまでだな!?」


 敵の魔力も少ないとふんだシエラルと彼の部下が吶喊して斬撃を浴びせる。が、それをギリギリのところで避けるオーネスコルピオ。足の長さが均一でないせいで不規則な動きになっており、それによって魔具の狙いが定まらなかったのだ。なので避けたというより攻撃を外してしまったというのが正しい。

 反撃にうつったオーネスコルピオはミリシャの魔弾による砲撃をものともせず、近くにいたシエラルの部下を刺殺し、毒針を振った。


「なんだとっ・・・!」


 この戦闘に連れてきた部下を全て失い、自分の情けなさに冷静さを欠いたため動作が一歩遅れ、飛び散った毒液を受けてしまう。


「ボクはまだ生きているのか・・・」


 腹部の装甲が完全に溶けているが、体までは浸食されてはいなかった。


「早くその鎧を脱ぐのよ! 体に付着しないうちに!」


「あぁ・・・」


「わたくし達が気を引いておきますから!」




 ミリシャの援護を受け、リリィに無理矢理岩陰に連れ込まれたシエラルは何かを躊躇しているようで残った鎧を外そうとはしない。


「何を恥ずかしがってるのよ。それどころじゃないでしょ!」


 まだ鎧に猛毒が残っている。それが皮膚に滴り落ちたら体が溶けてしまうのは避けられない。


「シオリ、手伝って」


「はいよ」


 二人によって上半身の鎧が破壊されるように脱がされた。


「み、見ないで・・・」


「アンタ、もしかして・・・いや、そうなのね」


 胸部のインナー越しに小さな膨らみがはっきりと見てとれる。それを隠すようにシエラルが手で覆うが、もう二人をごまかすことはできない。


「そうさ・・・ボクは女だ。皇帝である父の命令で男を演じていたんだ」


 詩織は初めてシエラルに会った時、可愛い女の子だと発言したが必死に否定されたことを思い出す。図星を突かれたような焦りっぷりは本心だったのだなと納得した。


「このことは・・・」


「誰にも言わないわ。それより話は後よ」


 ミリシャとアイリアがオーネスコルピオと交戦しているが、長くはもたない。早急に戦線復帰する必要がある。


「これ、貸してあげる」


 リリィが羽織っている上着を脱いでシエラルに手渡す。生地が薄い物だが、これで胸部を隠すことはできるだろう。


「助かるよ」


 下半身の鎧と不釣り合いであるが贅沢は言っていられない。


「迷惑をかけたね。この借りはちゃんと返す」


 そう言って岩陰から飛び出したシエラルは魔剣を握りしめ、死んでいった部下達の仇であるオーネスコルピオの異常種を睨みつける。


「今度こそ、貴様を討つ!」


 秘密を共有した詩織とリリィも横に立ち、魔具をかまえる。

 

 果たして、勝利することはできるのか・・・・・・


              -続く-

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