第9話 強襲! オーネスコルピオ

 人々に猛威を振るっている魔物達を討つべく、リリィ達はペスカーラの町を出発し東部に向かって歩みを進める。


「この先にはもう人は住んでいないらしい。つまり魔物共の支配地域となっているわけだから、より警戒を強めていこう」


「そうね。どこから奇襲を受けるか分からないものね」


 詩織の視界には自然豊かな風景が広がっており、のどかな田舎とはまさにこの様なものだと思うがどこか不穏な空気を感じるのは魔物が潜んでいるからだろう。


「敵はこっちに気づいてる・・・」


「分かるの?」


「多分だけど、なんかプレッシャーのようなものが伝わってくる」


 その特異な魔力ゆえか、リリィ達よりも殺気に敏感になっており、詩織は強化した視力を用いて目に見える範囲を慎重に索敵する。すると以前戦ったことのあるゴブリンタイプなどの魔物が森の暗さに紛れているのを発見することができた。


「あの辺りとか見て」


「なるほど・・・それなりの数がいるようね」


 他の皆も魔物を見つけ、緊張感が高まる。


「どうせ近づけば攻撃してくるのですから、こっちから先制攻撃を仕掛けてもよろしいのでは?」


 ミリシャの提案にリリィは頷きつつ魔具を装備した。戦いの時はもう目の前に迫っているのだ。


「よし、ミリシャの攻撃を合図にわたし達も吶喊するわよ。まずはここ一帯の魔物を蹴散らしましょう」


「かしこまりました」


 魔法陣を展開して杖をそこから取り出したミリシャが魔力を充填を行い、詩織達は突撃の準備を整える。対する魔物達にはまだ動きはなく、このまま一気に殲滅できれば被害を出さずに勝利できそうだ。


「ミリシャ!」


「いきますわよ!」


 その杖から放たれた魔弾が光の尾を引きながら魔物の潜伏する場所に向かって飛翔していく。その攻撃を避けることもできずに数体のゴブリンタイプが粉砕され、戦いの火ぶたは切って落とされた。




「その程度ではな!」


 魔剣ネメシスブレイドの一振りが三体の魔物をまとめて切断する。同時に別方向から襲われてもシエラルは冷静に対応し、逆に撃破していく。低級の魔物であれば彼の敵ではない。


「数でボクを討つことはできんよ!」


 更に一体の魔物が両断され、残骸が地面に転がった。


「リリィ達は無事か・・・?」


 まだ余裕のあるシエラルは少し離れた所で交戦しているリリィ達の様子を視界の端で確認し、彼女達が無事であることに安堵する。例え戦慣れしている者でも少しの隙が命取りとなり落命することがあるわけで、本来ならシエラルの行為は戦場において推奨されるものではないが気にせずにはいられない。リリィ達を死なせるようなことがあれば国王に顔向けできないし、なにより知人の死など見たくないのだ。




「順調に数は減らせているわね」


「うん。このまま倒しきれればいいんだけど」


 詩織の背後を守るようにリリィが立ち回り魔物を寄せ付けない。前回詩織を守り切れなかったことが後悔としてリリィの心に重くのしかかっており、今後は何がなんでも詩織を守るという意思の表れである。


「でも肝心のオーネスコルピオの姿がない・・・」


 戦場にいるのはゴブリンタイプを中心とした小型の魔物ばかりで、大型の魔物や目的のオーネスコルピオなどは見当たらない。イリアンが指揮する別チームの方が交戦している可能性もあるが、この周囲のところどころに汚染の跡が見受けられるので近くにいるはずなのだ。


「とりあえずは目の前の敵を倒しましょう。その内出てくるわよ」


「そうだね」


 詩織はゴブリンからの攻撃を避けつつ、振り下ろした聖剣の一撃で肩から切断する。異形の怪物とはいえまだ倒すことに抵抗感を感じるがそうも言っていられない。相手はこちらを全力で殺しにきているのだから、こちらも全力で抵抗しなければ嬲られて殺されるだけだ。




 そうして魔物を次々と撃破し、リリィ達が優勢となる。このまま戦況が推移すればそう時間もかからずこの周囲の魔物は撃滅されるだろう。しかし戦いというのは上手くいかないものなのだ。


「この気配は・・・?」


 強い殺気の接近を察知した詩織が周りを見渡すが、それだけのプレッシャーを与えてくる相手を視認できない。


「シオリ?」


「この近くまで強い敵がきているみたいだよ」


「感じるの?」


「うん。でも、姿が見えない」


 魔物を倒しつつ更に遠くに目を向けるが、やはり姿はない。


「・・・もしかして!」


 ハクジャとの戦いを思い出した詩織はハッとして地面に目を向ける。敵が来るのは地表や空からだけではない。地中からだって大いにあり得ることなのだ。


「やっぱり!」


 異変を感じた詩織が飛び下がるのと同時に地面が大きく割れ、そこから巨大な物体が飛び出してきた。その姿は間違いなくサソリである。


「これが・・・」


「来たわね・・・オーネスコルピオ!」


 全高が二メートルを超える巨体であり、その両手のハサミには鋼鉄と勘違いするほど重厚感と光沢が見てとれた。そのうえ尻尾には大型の槍のような毒針が備わっていて、強い威圧感が放たれている。

 問題はそのオーネスコルピオが一体ではなく三体も現れたことだろう。ただでさえ強力な敵なのに、それが複数いるのだから対処に困る。


「これはなかなかマズいわね」


 巨体に似合わず俊敏な動きで地面の上を走ってハサミをかざし襲ってくるが、それをサイドステップで回避したリリィは少し焦りを感じていた。オーネスコルピオだけでも手強いが、他の小型の魔物達が数を減らしたとはいってもまだ残っているのだ。それらも相手にしつつ戦闘しなければならないわけで苦戦は免れられない。下手をすれば殺されてしまう。


「一旦退いてくださいな!」


 リリィ達はミリシャの魔弾と入れ違うように後退して合流する。各個撃破されるよりはこうして守りを固めるほうがいい。

 魔弾が着弾して爆煙が立ちこめるが、それをすり抜けるようにしてオーネスコルピオが突撃してくる。被弾箇所が抉れてはいるが致命傷ではないようで勢いは衰えていない。


「さすがの防御力。関節などを斬撃して行動不能に追い込むしかないかもしれませんわ」


「そうだな。私のナイフではああいう敵は不得手だ」


 アイリアが有利に立ち回れるのは小型の魔物や対人戦の時であり、大型の敵はあまり相手にしたくはない。


「確かにわたし達ではダメージを与えるのも苦労するけど、詩織やシエラルの特殊な魔具ならいけるかも」


 リリィ達を援護するためにシエラルも部下と共に後退し、彼女の考えに同意する。


「そうだね。ボクのネメシスブレイドとシオリのグランツソードなら有効打を叩きこめるだろう」


「ならわたし達で気を引くから、二人は敵の懐に潜り込んで切り刻んで!」


「分かった。やってみる!」


 スピードの速いオーネスコルピオは小型の魔物達を差し置いて適合者達の目の前まで迫ってきた。三体の異形が突っ込んでくる光景は恐ろしいの一言に尽きる。

 だがそれに臆することなくミリシャがかまえた杖から再び魔弾を撃ち出し、敵を牽制。動きの鈍ったオーネスコルピオをリリィ達が取り囲んで意識を向けさせた。


「回避に専念すれば、これくらい!」


 リリィの体にハサミが掠めるが、ギリギリで避けることができた。まともに受ければ深刻なダメージを受けることになるので油断できない。




「他の魔物が来る前にやる!」


 複数体の小型の魔物も近くまで来ている。それらが交戦圏内に入る前にオーネスコルピオを撃破しなければ更に窮地に立たされてしまうだろう。

 シエラルは防御を捨てて駆け出し、アイリアの方を向いているオーネスコルピオの尻尾を斬りおとした。


「一気に片を付ける!」


 苦痛で身を震わすオーネスコルピオは反撃に出ることはできず、シエラルに足の一本を斬り飛ばされて体勢を崩す。こうなれば勝負はついたも同然だ。


「消えるがいい・・・」


 片方のハサミも破壊し、最後は頭部を両断されて絶命した。これで後は二体だ。




「シオリっ!」


「はいよっ!」


 リリィは毒針による突きを避け、詩織に攻撃をバトンタッチする。聖剣の一撃が毒針の付け根を切断、その鋭い針は地面に落ちた。


「これでいける!」


 最も脅威的な部位である毒針さえ壊してしまえば勝ちは近い。威力の高いハサミは残っているが、大振りなために避けてしまえば隙を突くことができる。


「援護いたしますわ!」


 オーネスコルピオの至近距離から放たれた魔弾は威力が減衰することなく着弾し、分厚い皮膚を抉って攻撃を停止させた。それを逃さない詩織が聖剣を一気に振りあげ頭を体から斬りおとし、残った体はその場に倒れる。


「後一体か」




 最後の一体はメタゼオスの適合者と交戦しており、まだ大きなダメージは与えられていない。毒液を発射するなど暴れまわって抵抗していた。


「シオリ、ボクのタイミングに合わせてくれ」


「任せてください」


 あれだけ暴れる相手に近づくのは容易ではない。こういう時は遠距離攻撃が必要だ。


「ボクがここから技を叩きこむから、キミがトドメを刺すんだ」


 そう言ってネメシスブレイドに魔力を集中させ、頭上に振りかざす。


「沈めっ! デモリューション!!」


 紫色の光が刃先から伸び、その閃光がオーネスコルピオの体の半分を消滅させた。胴体の後部を失い傷口から血を噴き出しつつも、オーネスコルピオは地中に逃れようとしている。よほど自己保存本能が強いのだろう。


「逃がさない!」


 詩織が聖剣を振りぬき、敵を正面から真っ二つに切断した。地面に転がった残骸は鮮血に染め上げられてもう動くことはない。




 オーネスコルピオ三体を撃破し、残った小型の魔物も殲滅して詩織達はようやく一息つくことができた。しかし戦闘時間が長かった分、肉体の疲労も多い。いくら魔力で肉体を強化しているとはいえ完全に疲れを無くすことはできないのだ。


「ここら一帯に魔物はもういないな。今日は一度町に引き返し、明日改めて魔物討伐に出ることにしよう」


 まだオーネスコルピオを全滅させることができたか分からないし、ここは万全を期すためにも後退することにした。無理をして先に進んでも勝てなければ意味はない。


 だが、そんな詩織達をストーキングしている者がついに行動を起こした。




「なるほど、確かに彼女の力はなかなかに凄い・・・もっと見てみたくなったな」


 詩織の戦いを遠くから観戦していた黒いローブに身を包んだ魔女が不敵な笑みを浮かべて結晶体を両手で握る。漆黒とも言える結晶体は人間の頭部くらいの大きさがあり、光を通すことはない。

 魔力の鎖で拘束していたオーネスコルピオ一体に接近し、魔女はその結晶体を頭部に埋め込んだ。


「ダークオーブの味はどうだ?」


 問いかけに答えはないが、オーネスコルピオから禍禍しいオーラが放たれ、霧のように周囲を覆う。


「行け。この私、ルーアルを満足させる結果を残してくれよ」


 霧が晴れ、そこにいたのは巨大化したオーネスコルピオだった。元から大きいのに更に肥大化した体は数倍ほどになっており、尻尾もあわせれば十メートルはありそうだ。


「さて、勇者とやらがどこまでやれるか楽しみだ」


 

 新たな脅威が詩織達に迫っていた・・・


                    

       -続く-

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