第8話 ペスカーラ地方へ
準備を終えたリリィ達一行は城を後にし、目的地であるペスカーラへと向かっていた。今回は馬車での移動で到着までには時間がかかりそうだ。
「だいたいね、なんでアンタと一緒に乗らなきゃいけないのよ」
「いいじゃないか。親睦を深めるいい機会だと思ってね」
数台の馬車が用意されたのだから、わざわざ同席する必要などないだろうとリリィは抗議するがシエラルは聞き流す。この馬車にはリリィとシエラル、詩織の三人が乗っており、手綱を握るのはイリアンだ。
「実はキミにプレゼントがあってね」
「へぇ?」
「これはリリィに似合うと思って、用意しておいたんだ」
小包を手渡され、怪訝そうな顔でリリィが開封する。すると中から小さな髪飾りが出てきた。それは白い百合の花を模した物で、中心部には綺麗な結晶体が埋め込まれている。
「なかなかのセンスね。それは褒めるわ」
「良かった。もしかして受け取ってすらくれないかと心配したんだ」
「ここで突き返すほど酷い人間じゃないわよ・・・ん?」
その髪飾りの結晶体が気になったようで、リリィは角度を変えながら凝視している。
「どうしたの?」
「多分、ソレイユクリスタルに用いられている物と同じ結晶体よ」
「マジか」
「ねぇ、この結晶体はどこで採れたのか分かる?」
リリィと詩織の視線を受けて状況がよく分かっていないシエラルは少し身じろぎながら答える。
「メタゼオスのツィオーネ鉱山さ。極めて珍しい貴重な鉱物らしい」
「そうなの。メタゼオスにはこの結晶の在庫はある?」
「いや、ほとんどないんじゃないかなぁ。ボクでも入手するのが難しいものだったんだ。というか、その鉱石がどうしたっていうんだ?」
「タイタニアの秘宝であるソレイユクリスタルはアンタも知ってるでしょ? それの修復に必要なのよ。でも、中々手に入らなくて難航しているの」
自分で壊したことには触れずに説明するリリィ。
「なるほど。それで、どれくらい必要なんだ?」
「この髪留めに付いている物の百個分くらいかしら」
「ワーオ・・・ただでさえ見つけるのが大変だから時間がかかるだろうね」
それを聞いてガッカリした詩織は俯く。自分が元の世界に帰れるのはいつのことになるのか不安だけが募る。
「ソレイユクリスタルが直らないと詩織は元の世界に戻れないの。それでタイタニアでも採集部隊が動いてるんだけど、全然集まらないのよね・・・」
「それは困ったね。よし、ならメタゼオスの各鉱山に通達をだしておこう。この鉱物を見つけたら優先して確保するようにね」
「そんなことができるんです?」
希望が見えたような気がして詩織の顔も明るくなる。解決策は時に予想外のところから出てくるものだ。
「あぁ。職権乱用と言われればそうなのだが、困っている人の手助けのためなら許されるさ」
「ありがとうございます!」
「いやぁ照れるなぁ」
感謝を受けて照れくさそうにしているシエラルは年相応の無邪気さのような雰囲気がある。
「まぁ、それはよろしく頼むわ」
「初めてだね。キミがボクを頼ってくれるのは」
「シオリのためよ。勘違いしないで」
「本当にシオリのことが好きなんだね」
「まぁね。大好きよ!」
腕を組んで自信満々に宣言し、詩織にウインクを飛ばす。それを聞いて顔を真っ赤にする詩織だが、人がいる前でそんな風に言われれば恥ずかしくなってしまうのは仕方ないことだろう。
「キミ達はとてもお似合いだと思うよ」
隣り合って座るリリィと詩織の間には何人たりとも入ることができない空気感があり、それがシエラルには決して穢してはいけない聖域のように思えた。
休憩時間、リリィは草原の上で寝っ転がり、空を見上げていた。そこに詩織が近づき腰を下ろす。
「どうして父上はわたしを結婚させたがっているか分かる?」
「うーん・・・ちょっと分からないな」
詩織が来るのが分かっていたとばかりに視線も動かさずに訊く。
「それはね、わたしが役立たずだから。わたしの二人の姉は優秀で、父上は手元に残しておきたいのよ。でもわたしはそうでないから邪魔なのね」
「本当にそうなのかな?」
「違いないわ」
かなりネガティブになっているが、それがリリィの本音であるのは間違いない。きっと誰にも言えずに心でそう思っていたのだろう。
「だからわたしは自分が少しでも有用であることを証明するべく、色々と頑張っていたの。まぁ、成果はあまり挙げられなかったけどね・・・」
その寂しそうなリリィの表情からは悲壮感すら伝わってくる。
「勇者召喚をしたのもその焦りから・・・最低よね。自分のために人を巻き込むなんて・・・」
確かに普通に考えたら迷惑もいいところだ。だが、今の詩織はそう思わない。
「でもね、私は別にそれに対して怒ってないよ」
「本当のことを言って」
「本当に。疑うなら、私の目を見て」
ここでようやくリリィが詩織の目を見た。
「嘘をついてる目ではないでしょ?」
前にアイリアにやったように目で訴える。嘘ではないということを証明するのは意外と難しいことで、特に感情などという見えないものは尚更だ。だからこうして相手に本気だと訴えかけるしかない。
「・・・そうね。シオリは優しいわね」
「召喚したのが私で良かったね?」
「そう思う。シオリで本当に良かった」
体を起こして微笑を浮かべるリリィの目には詩織しか映っていない。
「それとね、私はリリィが役立たずなんて全く思ってないよ。多分、リリィは王族だから強いプレッシャーを感じて自分を低く見てるだけじゃないかな。リリィを褒めてくれる人だってきっといる」
「・・・そうなのかな」
「そうだよ。まずここに一人いるしね」
根拠のない励ましではあるが、これを咎める者はいないだろう。
「もっと早くシオリと会いたかったわ。それか同じ世界で生まれることができれば良かったのにな」
リリィにとってこうして悩みを打ち明けたり、甘えることのできる人間は詩織だけだ。もっと早くに知り合えていればリリィの人生は今よりもストレスフリーだったかもしれない。自分のことを肯定してくれる人間との出会いというのは何にも代えがたいものと言える。
「声をかけづらいですわね・・・」
木陰からリリィと詩織の様子をミリシャとアイリアが窺う。もう少しで休憩時間が終わるので呼びにきたのだが、二人の雰囲気的に近づくことが憚られる。
「・・・もう少しだけそっとしておこう」
アイリアの提案にミリシャは頷き、静かに見守ることにした。
移動を再開した一行は、そこから暫く進んでようやくペスカーラへと辿り着いた。王都とはうって変わって寂れた地方で小さな町には活気は感じられない。それが魔物の影響なのか、それとも元からなのかは異世界人の詩織には判別できなかった。
「まずはここの町長に話を伺おう。魔物の様子についての情報を訊きたい」
シエラル他、部隊の中心人物達が役所へと向かう。見た目が派手な集団に対して好奇の視線が集まるがシエラルは全く気にしてないようで王族としての余裕を感じさせる。
「まさかリリィ様とシエラル様にお越しいただけるとは夢にも思っていませんでした。なんせここは目立たない地方ですから・・・」
初老の男性が杖をつきながらシエラル達を出迎え、町長室へと案内した。その狭い部屋は手狭になり一気に人口密度があがる。
「失礼を承知で言わせていただくと、町の長であるあなたがそう言うものではありませんよ。どんな町にだって魅力はあるものです。それを発信するのがあなたの役目だと思いますが」
将来的にはシエラルは皇帝となるわけで、そのための教育を受けた彼の中には自分の統治する領土を誇るべきだという考えが根付いて、そこからの発言であった。
「仰る通りです。しかし、最近の魔物の増加によってこの地方では生活を維持するのも難しくなってしまいました。ペスカーラは農業が主な産業でありますが、生産量も魔物のせいで落ち込んでいます。これを解決するためには魔物を倒すしか方法がないのです。それも早急に」
「その魔物について知りたいのですが、主にどのような奴らなのでしょうか?」
「特に目立つのはオーネスコルピオです。奴らの毒が環境に悪影響を及ぼすせいで・・・早く手を打たないと、もうじきこの辺りも汚染されてしまうでしょう」
詩織がどんな魔物なんだろうという想像をしたところですかさずミリシャの解説がはいる。
「オーネスコルピオはサソリ状の魔物ですわ。しかし普通のサソリとは違って人間よりも大きな体躯をしており、そのハサミのパワーは人間を簡単に真っ二つにするほど強力なのです」
「それは強そう」
「えぇ。ですが特に危険なのは、尻尾にある毒針ですわね。あれに刺されれば即死ですし、毒液を針から飛ばしてもくるんですのよ」
「遠距離でも油断できないのか」
「はい。しかもその毒液は鎧すらも溶かしてしまうので、絶対に触れてはいけません」
「一撃も喰らえないってことだね」
そんな危険な相手と戦わないといけないのかと詩織は緊張で口が乾く。異世界で全身を溶かされて死ぬなんて冗談ではない。
「まずは部隊を二つに分け、被害が確認されている町の南部と東部にそれぞれ派遣する。思ったより事態は急を要する案件のようだから、迅速に敵を撃滅するためにね」
「どういう割り振りで?」
「それなんだがな、リリィのチームにボクを加えた5人と、イリアンのチームに分けようと思うんだ」
彼らに貸し出された宿の一室にて、編成についてシエラルが提案する。詩織の能力を見たい彼は自分がタイタニアの部隊に合流し、残りのメタゼオスのメンバーと二つのチームに分けようと考えていた。
「しかしシエラル様の身が心配です。そちらのチームはさすがに少人数すぎると思うので、ぜひ私を傍に置いて下さい」
シエラルを慕うイリアンからすれば、彼を異国の適合者だけに任せるのは不安でしかない。自分が護衛についていきたいという意思を隠せずに訴える。
「なら、キミのチームから数人連れていくことにしよう」
「私ではダメですか?」
「そうではない。イリアンは指揮能力も戦闘力も高いから、そんなキミに部隊を率いてもらいたいんだ。むしろイリアンだから皆を安心して任せることができる」
「・・・分かりました」
完全には納得していないようだが、そう言われれば引き下がるを得ない。
「すでにこの町の適合者の数は減っており、もし敵の大規模な襲撃があれば対処できないだろう。だからこそボク達の手で魔物を倒し、この地を守らなければならない。今こそ日々の訓練の成果を見せる時である。では、各自準備に取りかかれ」
メタゼオスの適合者はさすが士気も高く、シエラルの言葉に頷いてテキパキと装備を確認する。
「皆、準備はできた?」
「はい、リリィ様。魔具も薬も用意できていますわ」
「よし。シエラル、こっちはいつでも行けるわよ」
特に用意する物もない詩織とアイリアは話すこともなく共に待機していた。
あの晩でアイリアの新しい一面を知ることができたが、それ以来、会話らしい会話をしていない。アイリアからは以前のような警戒心こそ感じないものの、まだ完全に心を許してくれたわけではないようだ。
「了解。じゃあ行こうか」
彼は4人の適合者を従えてリリィ達に合流する。これでメンバーは合わせて9人となった。
「これだけの戦力ならば、大抵の魔物には対応できるだろう」
「そうね。特に我らがシオリの力をもってすれば、敵なんて瞬殺よ」
「そ、それは買いかぶりすぎだよ」
期待されるのは嬉しいことだが、その分重圧もある。詩織はどちらかというと目立たない時のほうが冷静に実力を出せるタイプなのだ。
「シオリの力、楽しみにしてるよ」
「は、はぁ・・・」
メタゼオスの他の適合者からも期待の視線が向けられ、詩織は少し縮こまりながらリリィの傍に寄る。こういう時は安心できる相手の近くに寄り添いたくなるものだ。
「例の娘は・・・あいつか」
いかにも怪しげな黒いローブを纏った人物が、町から出た詩織達を誰にも気づかれることなく尾行する。一定の距離を保ちながら追う彼女はまるでストーカーだ。
その正体はシエラルの父親であるナイトロに仕える魔女で、メタゼオスの適合者達にすら知られずに単独で行動していたのだ。
「フフフ・・・見せてもらおう、お前の力を・・・」
特殊な魔力を感じさせる詩織を凝視しながら、その手に黒く禍禍しい結晶体を握りしめて微笑を受かべていた。
-続く-
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