第5話 二つの伝説の剣
「アナタは・・・?」
差し出された手を掴んで立ち上がりつつ、詩織は問いかけた。まだ体の痛みは少し残っているが助かったという安心感で緩和される。
「ん? 知らないのか。メタゼオスのシエラル・ゼオンだが・・・」
まるで知っているのが当たり前だと言わんばかりに眉をひそめながら自己紹介してきた。有名人なのかもしれないが、こちらの世界に来て日が浅い詩織は当然ながら知らないのだから仕方ない。
「こんなに可愛い女の子なのに、名前はカッコいいんだね」
素直な感想を述べたが、失礼だったなと反省して口をおさえる。
「お、女のコなどではない! ワタシ・・・いや、ボクは男だ。決して親の都合で男を演じているとかそんなことはないぞ!」
まるで図星を突かれたような焦りっぷりのうえ、聞いてもいないことまで言い始めたものだから詩織は訝し気にシエラルを見つめる。
「まぁ・・・いろんな事情があるのか」
冷や汗が止まらず目が泳いでいるシエラルにこれ以上訊いても仕方ないようだ。
「私は詩織っていいます。えっと・・・タイタニア王国の一員として戦っています」
「そうか。それにしても、アレに酷くやられたようだな?」
シエラルが顎で示した先ではあのハクジャが暴れている。リリィやクリス達と戦っているのだろう。
「ボク達も戦闘に加勢する。キミはどうする?」
「体の痛みは弱くなったので、私も行きます」
「そうか。イリアン、彼女を連れていってやれ」
シエラルのすぐ後ろで成り行きを見守っていた騎士風の女性に指示を出し、彼女・・・彼自身は自分の馬に騎乗した。
「かしこまりました」
手招きするイリアンに近づき、彼女の駆る馬の背に乗せてもらう。二人乗りしている状態だが果たして馬への負担的観点でいうと大丈夫なことなのか心配になる。
「よろしくお願いします」
「あぁ。まったくシエラル様はお人好しなのだから・・・」
どうやら機嫌がよくないようで、声からそれが伝わってくる。なので詩織はそれ以上は何も言わずに黙っていることにした。
それからすぐにハクジャの近くにまで接近し、部隊は一旦停止した。
「あれはリリィ嬢では?」
「そのようですね」
シエラルとイリアンの会話を聞いて詩織が身を乗り出してみると、ハクジャから距離をとっていたリリィとアイリア、ミリシャの姿が視界にはいる。
「みんな!」
詩織は馬から飛び降り、リリィ達のもとへと駆け出す。彼女達三人が無事であることが嬉しかったのだ。
「シオリ!」
それに気づいたリリィも詩織に向かって走り、再会した二人は強く抱き合った。
「良かった・・・死んじゃったかと思って・・・」
「心配してくれたんだ」
「当たり前でしょ!」
目を真っ赤にしてそう訴えてくるリリィが可愛くて、詩織は優しくその頭を撫でてあげる。
「ほう・・・キミはリリィと親しいのかい?」
「げっ!」
リリィはシエラルの顔を見て先ほどまでの泣きそうな表情から一転、とても不快そうな顔になる。
「この人に助けてもらったんだよ」
「よりによってコイツにか・・・」
どうにもリリィは彼を好んでいないようだ。そんなリリィの態度を見てイラだっているのがイリアンである。
「そう言ってくれるなよ。ボクはキミと親交を深めようと努力している」
「それは親の都合ででしょ。私は納得してない」
話の流れがつかめなくて詩織の頭には?マークが浮かんでおり、それを察したミリシャが音も無く近寄って来た。忍者かと詩織は心の中で突っ込む。
「シエラル様はメタゼオス皇帝の一人息子なんですのよ」
「そんな凄い人だったのか」
そうとは思わずに接してしまったが、それはとてもマズい事だったのかもじれない。それよりも本当に男なのかという疑問がまだ晴れていないが。
「実は、リリィ様とシエラル様の婚姻を国王様達が考えているんですの」
「えぇっ! マジで!?」
「はい。ですがリリィ様はそれが気に入らないらしく、その話は先に進まないようなのです。まぁ、勝手に結婚相手を決められたら嫌ですが、王族である以上は仕方のないことなのかもしれません・・・わたくしはリリィ様の味方ですけどね」
「なるほど」
「それに、リリィ様自身がシエラル様と相性が良くないというか・・・ともかく好きではないのは確かです」
そんな相手とこうして鉢合わせしてしまったのだからリリィも運が悪い。
「まぁとにかくこんなところで話している暇はない。そうだろう、リリィ?」
「それは同意するわ。ハクジャを何とかしないと。今はクリスお姉様たちが戦ってる」
ハクジャの暴れる音は近い。
「よし、前進!」
シエラルの指示で、彼の騎士団が再び行進を開始。それに続いてリリィ達もハクジャを目指す。
「わたし達も行くよ!あいつらに先を越されてたまるかっての!」
「まぁまぁ、落ち着いて」
シエラルへの対抗心からリリィはやる気全開になったようで、剣をかざしてハクジャのいる方へと進んで行く。
「うーむ・・・こいつは難敵だ・・・」
ダメージを受けたクリス達と入れ替わるようにシエラルの部隊がハクジャとの交戦を開始する。メタゼオスの適合者達の猛攻がハクジャに襲い掛かるが、地中に潜ったりすることで回避し、逆に地面からの奇襲で互角に渡り合ってくる。
「だが、負けん!」
凛々しい目つきのシエラルが空中に手をかざして魔法陣を展開、そこから禍禍しい剣を引き抜く。
「強そうな剣だね」
詩織の持つグランツソードとは違って威圧感のある剣がシエラルの手に収まる。
「あれはメタゼオス皇帝一族の血を引く者だけが扱える魔剣ネメシスブレイドですわ。シオリ様のグランツソードと同じ伝説の魔具ですわね」
「へ~。というか、ミリシャって博識だね」
「フフフ・・・知識量には自信があるのです。困ったらわたくしに訊いてくださいな」
ドヤ顔で胸を張るミリシャ。きっと彼女には解説役が似合うだろう。
「わたし達も攻撃するよ!」
「了解いたしました」
コンバットナイフをかまえるアイリアが大きくジャンプしてハクジャの背に乗り、その皮膚を切り裂くが有効なダメージにはなっていない。だが気を引くことはできた。
「今よ、ミリシャ!」
「おまかせを」
続いてミリシャの杖から魔力を凝縮した魔弾を放つ。高威力の魔弾は真っすぐに飛翔し、ハクジャに命中するが、
「ダメみたいですね・・・」
肉の一部を抉り取ったものの、死にはいたらずに再生を始める。
「そこっ!」
再生が終わる前にその抉れた部分に向けてシエラルが斬り込んでいく。魔剣ネメシスブレイドを横薙ぎに振るい、それが傷口に命中すると思われた。しかし、
「くっ・・・」
ハクジャは尾を大きく振ってシエラルを迎撃し、斬撃を逸らす。その尾の部分が斬り飛ばされたが、致命傷を負わずに済んだハクジャは再び地面に潜ってしまう。
「なんとか一撃を入れるチャンスを作れればいいのだが・・・」
策を思案しているシエラルにリリィが近寄る。
「アンタがハクジャを足止めしてよ」
「それでどうする?」
「シオリならやれる。あいつに大技を叩きこむ余裕さえあればね」
「あの娘がか?」
ともかくできることをやるしかない。被害が拡大する前に敵を止めなければならないのだから。
「分かった。頼むよ」
再び地面から飛び出したハクジャに接近し、シエラルは魔剣に魔力を集中させる。
「沈め・・・デモリューション!!」
両手に握った魔剣ネメシスブレイドが紫色に発光し、その光によって形成された長大な刃がハクジャに振り下ろされる。見た目には詩織の夢幻斬りにも似ている攻撃だ。
「シオリ! 頼んだわ!」
「はいよっ!」
ネメシスブレイドから放たれた魔力の刃で胴体を真っ二つにされたハクジャの動きは鈍っていた。それでも驚異的な生命力で傷口から再生を始めたが、
「夢幻斬りっ!」
詩織の全魔力を用いた攻撃がハクジャの頭部に迫る。大きく負傷する前の機動力があれば回避できたろうが、今のハクジャには不可能だ。
光の奔流がハクジャの頭を消し飛ばし、ついにその巨体は絶命した。
「さすがシオリね!」
敵にトドメを刺した詩織にリリィが抱き着く。
「私だけの力じゃないけどね」
「でも、シオリがいたからこそ勝てたのには違いないわ。誇ってもいいのよ?」
「リリィが褒めてくれるなら、それだけでいいや」
「まったくもう・・・好き!!」
リリィが詩織の胸に顔をうずめてすりすりと擦りつけていると、ネメシスブレイドの主であるシエラルが驚きの表情と共に寄って来た。
「キミは一体何者なんだ? タイタニアにキミのような適合者がいたとは知らなかった・・・」
「そりゃそうよ。なんたって、わたしが異世界から勇者として呼んだんだもの」
胸を張ってシエラルに自慢する。もはや詩織は自分のものだと言わんばかりに。
「勇者というのは異世界から来たりし適合者のことだったな。まさか、そんな人間を呼び寄せていたとは。まぁともかくキミのおかげで敵を倒せた。礼を言わなければね」
「いえ、お礼を言うのは私の方です。シエラルさんが敵の動きを鈍らせてくれたから、私の技が当たったんです。ありがとうございます」
「フッ・・・あれだけの力を持ちながら謙虚だな。気に入った」
馬に搭乗しながら、シエラルはキザにそう言う。最初に会った時の頼りなさそうな雰囲気はもうなかった。
「ちょっと! シオリは渡さないわよ!」
「リリィはよほど彼女のことを気に入っているようだね」
「当然よ」
「羨ましいかぎりだ。さて、ボク達はこれにて帰還する。また会おう」
すでに他の魔物も討伐されており、周囲には静けさが戻っていた。
「わたし達も行きましょ。シオリが大手柄を挙げてくれたから晴れ晴れしい気持ちで帰れるわ」
「リリィの役に立てて私も嬉しいよ」
「ねぇ、シオリはどうしてそんなに優しいの? わたしからの好感度を限界まで上げるつもり?」
「それ、やってみようかな」
「安心して。既に限界点近いわよ」
「なら限界突破してやる」
「ふふっ、楽しみにしてるわ」
そんな会話をしながらクリスの部隊とも合流し、激戦地となったヴェルク山から下山していった。
「父上、ただ今戻りました」
メタゼオス帝国の首都、オプトゼオスにある宮殿へと帰還したシエラルは父親である皇帝ナイトロ・ゼオンの前に膝をつく。
「今回の戦闘において、タイタニアにて召喚された勇者の存在が際立っておりました」
「やはり勇者を呼んだというのは確かなことであったのだな」
「知っておられたのですか?」
「ワタシの情報網を舐めてもらっては困る。このメタゼオスを治める帝として、あらゆる事柄を把握していなければならない」
「さすが・・・父上ですね」
親子仲は冷え切っており、職務上での会話しか交わすことは無い。そのためシエラルはナイトロの考えや、その力の及ぶ範囲などを正確に把握しているわけではないのだ。
「その勇者とやらの動向等を掴むためにもお前を近々タイタニアへと派遣しようと思っている。名目上は戦力不足のタイタニアで増殖する魔物討伐の協力であるがな」
「承知しました・・・では、失礼いたします」
それだけ言い残してシエラルは玉座の間から退室する。もっと話すこともありそうだが、あまり父親と一緒にいたいとは思わない。
「ナイトロ様、いかがいたしましょう? 勇者の召喚は想定外のことですが・・・」
シエラルの姿が見えなくなるまで黙していた黒いローブを纏った魔女が皇帝に問いかける。フードを目深にかぶっているので、その表情をうかがい知ることはできない。
「まずは、その適合者がどのような者かを把握する必要がある。そして利用できそうならとことん利用し、そうでないなら・・・」
「排除すればよいのですね?」
「あぁ。このナイトロ・ゼオンの障害となるならば、それが邪魔になる前に摘み取る。ワタシの体制を揺るがす者は誰であろうと許さない」
大陸一の強国であるだけでは彼は満足していない。その視野にあるのは、世界そのものなのだ。
-続く-
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