第6話 異世界との不思議な縁

 二度の戦いを勝利に導いた詩織の評判は城全体に轟いており、王国中に広まるのも時間の問題となっていた。その渦中の詩織自身はあまり気にしておらずリリィと共にこの世界についての勉学に励んでいる。最初はなぜ異世界に来てまで勉強しなければならないのかと思っていたが、話を聞いているうちに知的好奇心がそれを上回っていて、気づけば高校での授業とは比較にならないくらい真剣になっていた。


「いずれ元の世界に帰るとはいえ、その間はこちらで過ごすわけですし、少しはこの世界の知識を持っておかないとなりません」


 リリィの教育係を務めるターシャが詩織もついでに面倒を見ることになった。真面目そうなターシャのことをリリィは慕っているようで、かなり前からの関係であるとのことだ。


「そういえば、ひとつ疑問に思ってることがあるんです」


 授業も一段落し、詩織はこちらの世界に来た時から不思議に思っていることを聞いてみることにした。


「私は異世界人になるわけですけど、こうして皆さんと言葉が通じているのは何故なのでしょうか。国が違うだけで言語が異なるものですし・・・」


「それは私にも分かりません・・・ですが、仮説を立てることはできます」


 黒板に一つの点を描き、それを指す。


「この世界とシオリ様の世界は元は一つの世界であり、共通の起源を持っていた。そして・・・」


 点から二つのラインを伸ばし、それが平行に並ぶ。


「ある時、何らかの理由で世界は分岐した。いわゆる並行世界として、この二つの世界は存在することになったのです。分岐点から先では異なる文化を発展させたわけですが、起源が同じであるために同じ言語を受け継いで使用していてもおかしくはありません」


「元は同じだった、かぁ・・・」


「分岐した理由は魔術関連だと私は思います。この世界では魔術は珍しいものではありませんが、シオリ様の世界では魔術は使われておらず魔物も存在しないためです」


「これが真実に思えますね」


「あくまで仮説ですけれどね。確証はありません」


 どちらにしても二つの異なる世界があることは事実なわけで、この謎を解明できれば自由に行き来することも可能になるのではと考えたが今の詩織には知る由もない。


「・・・リリィはオーバーヒートしてるみたいだね」


 詩織の隣で話を聞いていたリリィは頭の上に疑問符を受かべてフリーズしていた。






「シオリはターシャの難しい話にもついていけるのね」


「私の世界ではSFがけっこう盛んでさ。ターシャさんが言ってたような設定が結構出てくるんで、それのおかげかな」


「えすえふ?」


「創作物のジャンルだよ」


「そうなの。シオリの世界の人は頭がいいのね」


「そんなことはないよ。自分を頭いいと思いこんでる人間は多いけど」


「ふふっ、案外シオリは毒舌ね」


 授業も終わり、リリィが王家用の書庫に詩織を案内する途中でそんな会話を交わす。


「私からすれば魔術を使える適合者が多いこの世界のほうが凄いと思うけどな」


「シオリだって適合者よ?」


「その能力を発掘したのはリリィだよ。私さ、こっちに来た時に最初は絶望したけど、今は良かったかなって思うんだ。新しい自分を知ることができたし。だから感謝してるんだ」


「えへへ」


 照れたようにリリィは頭を掻き、そんな彼女がとても可愛らしく感じる。そういえば、この世界に来る原因となったリリィに対して怒りを覚えたことはなかった。これが運命だったとも思えるほど、リリィとは上手くいっている。


「この先にある書庫に古文書もあったのよ」


「地下の宝物庫じゃなかったんだ」


「あそこは金銭的価値の高い財宝が優先して保管される場所なの」


「なら、そこにあったグランツソードも売ったら高いのかな?」


「そりゃあ唯一無二の魔具だもの高いと思う・・・売っちゃダメよ?」


「そんなことしないよ」


 グランツソードを売却なんてしたら、きっと罪人として追われる身となり、永久に牢獄生活だろう。




「さぁ、ここよ」


「家の近くにある図書館より広いや」


 城の中とは思えないほどの大きさの書庫だ。これが王家専用なのだから、スローン家の権力の強さが実感できる。


「ここにはタイタニア王国やこの世界に関する書物があるから、シオリの勉強に役立つと思う。ちなみに古文書はお父様に取り上げられたのでここにはありません」


「うーん、どれから読めばいいのやら・・・」


「そうねぇ・・・なら、これなんかどう?」


 手渡されたのは色褪せた分厚い本だ。年季がはいった一冊だが、保管状態が良かったためか折れやイタミは少ない。


「これは?」


「歴史書のひとつで、前回召喚された勇者についての記載もあるわ。ほら、このページに」


「ふむふむ・・・ん?」


 めくられたページには勇者の活躍について書かれていたが、詩織が特に気になったのはその勇者の名前だ。


「サオリ・シキハナ・・・私のおばあちゃんと同じ名前・・・」


「えっ、シオリのお婆様と?」


「うん。ほら、前に話したでしょ。このペンダントの持ち主だった・・・」


「あぁ!」


 名前が同じとはいえ、同一人物とは限らない。同姓同名の別人の可能性があるわけだが、しかしそんな偶然があるだろうか?


「もしかしておばあちゃんが昔に勇者として召喚されたってことなのかな」


「きっとそうよ。そのソレイユクリスタルと同じ材質の結晶体がついたペンダントを持っていたことに説明がつくし、その子孫のシオリだからこそ特殊な力を持っていたのかも」


 鼓動が速くなる。まさかこんな不思議な縁で異世界と繋がっていたとは。


「それと今思い出したんだけど、おばあちゃんは亡くなる直前にリリアという名前を呟いたってお母さんから聞いたんだ。心当たりはある?」


「リリア・・・それ、わたしのお婆様の名前・・・」


「マジか・・・もう、間違いないな」


「えぇ。シオリのお婆様はこちらに来たことがあり、わたしのお婆様と知り合った・・・」


 時として人生には予想を超える事が起きるものだが、こんなにスケールの大きな事が起こった人間は果たしてどれだけいるだろう。


「ねぇ、リリアさんに会うことはできるかな?」


「それはできないわ。わたしが生まれる前に亡くなったの」


「そっか・・・」


 更に書物を読んでいき、挿絵のついたページで手を止める。描かれているのはファンタジーゲームにでも登場しそうなドラゴンであった。


「こんなヤツもいるのか」


「こいつはドラゴ・プライマス。かつてこの大陸を恐怖に陥れた魔龍族の長よ。でも、勇者・・・つまりシオリのお婆様によって封印されたの」


「ワァオ・・・まさに偉業」


「本当にね。シオリもそれくらい強くなってくれると嬉しいわ」


「・・・精進します」


「冗談よ、冗談。このレベルの魔物はもういないし、いくら魔物の数が増えているといってもタイタニアやメタゼオスの適合者が力を合わせればなんてことはないわ」


 それを聞いたシオリは安心して胸をなでおろす。絵だけでも威圧感を感じるのに、実際に会ったら恐怖で動けなくなって戦いどころではないだろう。






 書庫で色々と本を読み漁り時間はあっという間に夕刻になっていた。戦闘もなく平和な一日は終わろうとしており、夕食をとった後に詩織は一人で城の周囲を散策する。

 元の世界では真夏の暑さにうんざりしていたが、こちらは夏であっても酷暑にはならずに過ごしやすい気候だ。夜風が心地よく、この静けさの中にいると自分が自然に溶け込んだような感覚になる。


「結構広いもんな。さすが王家の城・・・」


 タイタニア城の敷地は広く、適合者が訓練できるような広場がいくつかあるし、花畑や小さな森までもが存在している。


「ん?」


 月の光があるとはいえ街灯もないので真っ暗に近いが、視界が暗さに慣れていたおかげで木の向こう側にしゃがんでいる人影を見つけることができた。詩織は魔力を体に流して視力強化を行い、その人物を注視する。


「あれ、アイリアじゃない。こんな所で何を?」


「うっ、シオリこそどうして」


 ここが戦場でないためか、すっかり油断していたアイリアはビックリして飛び上がるように立ち上がる。まさか人と出くわすなんて思ってもみなかったのだろう。


「私は散歩してたの」


「そうか・・・」


 目を泳がせるアイリアの足元に小さな子猫がいて、その口に何かを頬張って音も無く咀嚼している。


「そのコに餌をあげてたんだ?」


「ま、まぁな。たまたま通りかかってな。それでたまたま持ってた食料をな」


「へ~」


「なんだそのリアクションは!?」


 明らかな嘘であり、いつものクールさは消えていた。


「アイリアは嘘が下手だなと思って」


「う、嘘などついていないが!?」


「だってほら、そんなに汗かいて視線泳ぐ人が嘘ついてないわけないでしょ」


「ぬぅ・・・」


「それに、そのコがとても懐いているように見えたからさ」


 子猫は食事を終えても去らずにアイリアの足に顔を擦りつけていて、それがリリィが詩織に対して擦りついてくるのに似ていたから笑いがこみあげてくる。


「見られては仕方ない。説明すると、コイツとは少し前に出会ってな。どういうわけかこの城の敷地内に迷い込んできてしまったようなんだ。親もいないようで、彷徨っていたから餌をやったらここから離れなくなってしまって・・・」


 再びしゃがんだアイリアはその子猫の頭を撫でた。


「だからこうして夜に餌やりにきてるんだ。誰にも見られたくなかったからな」


「見られてもいいじゃない。別に悪いことをしているんじゃあないし」


「だっておかしいだろう? 私が猫の世話するなど・・・」


「そんなことないよ」


 詩織もアイリアの近くにしゃがんで視線を合わせる。


「おかしくなんかない。私はね、アイリアって優しい人なんだなって感心したよ?」


「それこそ嘘だ」


「嘘じゃない。私の目を見て」


 ぐっと顔を近づけてアイリアの瞳をじっと見つめ、自分を見るように促す。最初は困っていたアイリアだったが、仕方ないといった感じに目を合わせた。


「これが嘘をついている人の目に見える?」


「いや、そんなことはないが・・・」


「でしょ? だって本当のことを言ったんだもん」


 柔らかな笑顔になった詩織の視線は子猫に向けられる。子猫は見知らぬ人間から見られていることに気づいたが逃げようとはしない。


「それにさ、動物って人間の心が分かるって言うでしょ? こうしてそばにいるのは、このコがアイリアの優しさを知っていて、一緒にいたいと思うからこそなんだよ」


 そう優しい声色で言われればアイリアも反論しようという気持ちがなくなり、いまだに離れない子猫を抱きかかえる。


「そのコって名前あるの?」


「いや、名前はない」


「そうなの?なら私が考えようか?」


「遠慮しておく。私が考える」


 ならいっそのことアイリアが連れて帰って飼ったほうがいいのではと思う。


「それにしても、今日はアイリアの新しい一面を知れて嬉しいよ」


「ふん。別に知らなくてもいいことだったがな・・・それより、このことは誰にも言うなよ」


「リリィにも?」


「あぁ、リリィ様にもだ。本当なら隠し事などしたくないが、こればっかりは恥ずかしくてな・・・」


「きっとリリィも私と同じように言ってくれると思うけどな」


「だとしてもだ」


 顔を赤くして口をとがらせるアイリアは可愛らしく写真にでも収めたいと思ったが、そんなことをしたらきっと怒るだろう。


「私にもそうやって優しくしてくれたらいいんだけどなぁ」


「充分に今でも優しいだろう?」


「うーん・・・?」


 それには疑問符しかないが、少しは仲良くなれたと思い、それ以上は言わずに立ち上がる。



 殺伐とした戦場とは違う穏やかな雰囲気がこの一角を包み込んでいた。


       -続く-

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