第4話 迫撃の白き大蛇
メルスデルを出発して王都へと帰還した詩織達一行は、真っ先に国王であるデイトナの元へと成果を報告しに向かう。珍しく手柄を立てることができたためかリリィは自信に満ちた表情だ。
「お帰りなさいませ。リリィ様」
メイドのフェアラトが深く頭を下げながら四人を出迎えた。その丁寧な態度に詩織まで姿勢を正す。
「ただいま。お父様に会えるかしら?」
「はい。謁見の間にてクリス様と共にいらっしゃいます」
「分かったわ」
リリィはお辞儀をしたままのフェアラトの横を通り過ぎ、それに詩織とアイリア、ミリシャがついていく。
「クリスさんて?」
「わたしの姉の一人よ。長女で第1王女なの」
「あぁ、前に言ってたリリィのお姉さんか。確か、城から離れてたんだよね?」
「そうよ。自分の騎士団を率いて遠方に魔物討伐に行ってたんだけど、どうやら帰ってきてたようね」
王家であるスローン家は前線にて直接指揮を執ることを美徳として捉えているらしく、一人につき一つの騎士団が与えられている。リリィはまだ実力不足だということで少人数の適合者しか指揮下にいないが。
「クリス様は厳しいお方ですが、人格者であり人望が厚いんですのよ」
「そうなんだ。ミリシャも会ったことあるの?」
「えぇ。わたくし達、城に所属している適合者は皆尊敬していますわ」
「ま、いずれはクリス様以上に立派になられるのがリリィ様だ」
ミリシャの言葉に反応してアイリアがそうドヤ顔で言う。彼女はリリィを慕っており、誰よりも忠誠心が高いらしい。
「そうなれるように頑張るわ」
屈託のない笑みで答えるリリィにアイリアは頬を赤く染めて頷いた。
「ただいま帰還いたしました」
城の最上階、扉の先に待っていた国王と騎士服姿の女性を前にしてリリィがマジメな面持ちで膝をつく。それを真似しつつ、詩織は騎士服の女性に視線を向け、その人がリリィの姉のクリスであることを直感する。
「無事に帰ってこれたようで何より。して、魔物の討伐は上手くいったのか?」
「はい。その周囲一帯の魔物は殲滅しました。特にシオリの力が戦闘を大きく左右し、彼女がいたからこそ勝利できたと思います」
立ち上がったリリィは詩織を指し示しながら戦果を報告する。
「そうか。勇者の力は伊達ではないということだな」
国王デイトナの傍に控えていたクリスが詩織の前へと歩を進め、手を差し出してきた。クリスの纏うその豪勢な衣装を羨ましく思い、自分の軽装な戦闘着が恥ずかしくなってくる。冷静に考えなくてもこんな服装で戦うなんてどうかしているとしか思えない。
「君がシオリ?」
「は、はい」
慌てて詩織がその手を握って握手を交わし、温かく柔らかな感触が伝わってくる。
「私はクリス・スローン。妹が迷惑をかけてすまないな」
「あ、いえ・・・」
「リリィは悪いヤツではないのだが、要領が悪いというか、ともかくまだ成長途中といった感じでな。今後も迷惑をかけるかもしれないがよろしく頼む」
「はい」
ちらりとリリィの方に視線を送るとしょんぼりとした顔で俯いているのが見えた。姉にそんな風に言われて落ち込まないわけがなく、後で慰めてあげようと詩織は脳内に書き留める。
そんなリリィの様子を気にしていないクリスが何かを思いついたように手をポンと叩く。
「お父様、リリィ達を次の任務に同行させてもよろしいでしょうか?」
「国境沿いの魔物討伐にか? まだ責が重いと思うが・・・」
「しかし、彼女に経験を積ませるには良い機会だと考えます。本来ならアイラに援護を頼むつもりでしたが手こずっているようでまだ帰ってこられないみたいですから」
知らない名前が出て詩織はミリシャに耳打ちして尋ねる。
「アイラさんって?」
「リリィ様の姉の一人で、第二王女ですわ」
「なるほど、次女ってことか」
「えぇ。現在、自らの騎士団を引いて遠征中ですわね」
それがまだ帰ってこられないらしく、クリスはその代わりにリリィ達を同行させようとしているようだ。
「それに、勇者の力とやらを見てみたいのです」
「分かった。リリィ、よいな?」
「はい、お任せください。皆もいいわね?」
ミリシャとアイリアはリリィの決定に不満は無いようで大きく頷く。詩織はまだ戦闘への恐怖がなくなったわけではないが、彼女達と一緒ならば大丈夫だろうという不確かな確信があり、小さく頭を縦に振った。
「リラックスしたらどうだ?」
「は、はい・・・」
今回の移動手段はなんと蒸気機関車だった。詩織の世界では骨董品であるが、こちらの世界では最先端のものであり高度な技術の移動手段なのだそうだ。しかもこの車列は王家用であり、一般利用客はいない。
そしてどういうわけか、今度の目的地に向かう列車のなかで詩織はクリスと同席することになってしまった。リリィの姉とはいえ国王に似て厳格な雰囲気の彼女と一緒にいて緊張するのは仕方ないことだろう。
「君のその魔力は元の世界では普通なのだろうか?」
「いえ、元の世界では魔法とかないんです。だから私にこんな力があるなんて知りませんでした」
「そうなのか。私からしたら魔力を使わない世界は想像できないな」
逆に詩織にしてみれば魔力や魔物が普通に存在する世界の方がよっぽど不可思議だ。科学が発達した世界に浸っていれば、そうしたファンタジー設定などありもしないと思いこむものだろう。
「だが、何故君が勇者として選ばれたのだろう。心当たりはあるか?」
「いえ、ありません。いきなりこの世界に呼び出されたので、私自身がビックリしています」
「だとしたら単なる偶然か・・・リリィはどう思う?」
クリスの隣に座るリリィもまた詩織のように硬い表情をしている。
「わたしにも分かりません。まぁ、運命のようなものでしょうかね」
最後のは完全に茶化すような感じに言ったがクリスは全く笑わず、真剣な顔つきで考え込んでいるようだ。
「運命か・・・」
こんな運命を辿る人間が果たしてどれだけいるのだろうと想像するが、恐らくは自分だけだろうという結論に達する。いや、もしかしたらファンタジー小説の作家などは異世界に飛ばされたことがあって、その体験談を小説として書いたのだろうかとも考えてみた。元の世界に帰還できたなら、自分もやってみようと小さな決意を固める。
途中に休憩をはさみながら隣国との国境近くに到着する。目の前には大きな山がそびえており、それが国の境になっているらしい。
「あの山、ヴェルク山はここ最近魔物に乗っ取られてしまってな。今では多数の魔物が住処にしている」
すでに警戒体勢にある魔物達がこちらの様子を伺っているのが分かる。
「今回の討伐作戦には隣国のメタゼオスの適合者の部隊も参加するからな。後れを取らず、我らの力を見せつけてやれ」
クリスは鋭い眼光で魔物達を睨みつけながら部下達を従える。その威厳はリリィよりも凄みがあり、まさに指揮官といった風格だ。
「お隣さんの国の適合者って強いの?」
「タイタニアよりは総合力でいえば上ですわね。メタゼオスはこの大陸でもっとも強大な国家ですもの」
「へぇ・・・」
なぜかリリィの表情が険しいが、その理由を訊く前に出陣となってしまった。
山の向こうから打ち上がった花火にも似た光と轟音とともにクリスの指揮下にある適合者達が前進を始める。魔物達も臨戦態勢をとっており、その咆哮が聞こえてきた。
「前回の戦闘とは違って大人数だけど、油断しちゃダメだよ」
「もちろん。リリィも無理しないでね」
「ふふっ、ありがとう」
綺麗にウインクを決めたリリィの前をアイリアが進み、詩織とミリシャが後ろからついていく。
「クリス様の騎士団の戦い方は参考になりますわ。シオリ様にとってもいい勉強の機会となるはずです」
「そうだね。もっと強くなりたいし、皆の戦いもちゃんと見ておかないと」
初陣を勝利で終えた詩織だが、適合者としてはまだまだ半人前だ。その特殊な魔力と聖剣グランツソードがあったからこそ勝てたようなもので単純な戦闘力は現状では低いと言わざるを得ない。
「凄い・・・」
クリス麾下の適合者達は機敏な動きで魔物を翻弄し、次々と撃破していく。さすが王族の騎士団に選ばれた者だけのことはある。
それに負けじとアイリアもナイフで魔物を切り捨てるが、その機動力は騎士団の適合者には及ばない。
「よし、私も!」
自分だって適合者なのだからと、自らを鼓舞して魔物と交戦する。
「いっけぇえええ!!!!」
聖剣の一撃がサイクロプスともいうべき一つ目の鬼に似た魔物を両断した。聖剣の威力もさることながら、自分よりも大きな魔物に立ち向かう詩織の勇気も大したものだ。
「まだまだっ!」
横から近づいてきた小鬼も斬り倒し、詩織は勢いづく。
リリィも魔物を数体倒したようで彼女の周囲には息絶えた魔物が倒れている。
「わたし達だってお姉様の部隊に負けない! 行くよ!」
詩織は頷き、駆け出すリリィを追っていく。すでにクリスの騎士団は先まで進んでおり、リリィ達は後れをとっていたがそれを挽回するべく突き進む。
「山頂も近くなりましたわね・・・」
適合者達が戦闘を優勢に進め、すでに山の中腹まで制圧していた。山の反対側でもメタゼオスの適合者達が善戦しているようでこのままなら人間の勝利は近い。 しかし戦いというのはそう簡単に決着するものではないのだ。
「おっと・・・この揺れは?」
足元が揺れ始め、詩織は思わず膝をついた。ただでさえ山の斜面という不安定な足場なのに、こうも揺れていては姿勢を保つのは難しい。
「皆! あれを!」
リリィの指さす先、山頂付近がまるで爆発するように破裂し、大きな岩が多数降りそそいできた。
「こちらに来てください!」
ミリシャが三人を自らの元に集め、杖から展開された魔力障壁で覆う。その直後いくつもの岩塊が魔力障壁に直撃し、大きな音と共に粉砕する。
「だ、大丈夫なの!?」」
「ご安心を。この程度なら破られることはありませんわ」
とはいえ目の前に次々と迫る巨大な岩に恐怖を感じないわけもなく、詩織は自然とリリィを抱き寄せていた。
「もう大丈夫そうよ、シオリ」
「あっ、ゴメン!」
リリィと密着していたことに気づき、パッと手を放す。それを少々残念がったリリィであったが、今は戦闘中であることを思い出して思考を切り替える。
「一体何が起きたんだ・・・」
アイリアですら状況がつかめず、砂埃が舞う周囲を警戒しつつ山頂に目を向ける。
「アレのせいか・・・」
視界も晴れ、四人の視界には巨影が映り込む。白色のそれは蛇型であるが、とにかく巨大でまるでビルだとかジャンボジェット機のようであった。
「ハクジャ・・・しかし、あんな大きいものは初めて見ましたわ」
「白い蛇だからハクジャって名前を付けたのか。なんと安直なネーミングセンスなんだ」
詩織は命名者の語彙力の無さを哀れみつつ、その大きな魔物を凝視する。
「あれは地中を潜行することも可能な蛇の化け物よ。確かに大きいのが特徴ではあるけど、あそこまでの個体は今まで確認されたことはない。異常種だわ」
「どうやって倒す?」
「シオリの夢幻斬りを頭部に直撃させるのが有効だと思う。あいつの回復力は凄まじく、致命傷でなければすぐに再生してしまうから一撃で葬るしかないの」
「なるほど。でもここからじゃあ届かないな。近づかないと」
詩織の魔力を用いた大技の夢幻斬りは聖剣から光の刃を形成し、元のサイズより遥かに長大なサイズとなって敵を遠距離からでも切り裂ける技だ。とはいえ有効範囲は存在するわけで、山の中腹部から山頂までは届かない。
「しかもあれで動きは速いから命中させること自体が難しいね。あいつを足止めできればいいんだけど」
ハクジャは人間に敵意を剥き出しにして襲い掛かっていた。その巨体で押しつぶそうとしたり、開かれた口の中にある鋭く尖った歯で喰らいつこうとしたりと暴れまわる。適合者達の攻撃は分厚い皮膚に阻まれて有効打とはならず、ただハクジャの怒りの感情を大きくさせているにすぎない。
邪魔な小型の魔物達を倒しつつ、徐々にハクジャとの距離を詰めて山頂付近まで来た詩織の心の中で恐怖もどんどん強くなってくる。
「こっち見てる!」
ハクジャに探知されたようで、赤い瞳がこちらを睨みつけていることが感覚で分かる。強烈な殺気が全身に伝わってきたのだ。
「気を付けて! 相手の動きをよく見て回避を優先するのよ!」
リリィの叫ぶような注意喚起に頷き、ハクジャを視界に捉えつづけながら移動を続ける。もうその巨体の体表面の模様がハッキリと分かる距離まで来た。
「来るっ・・・!」
地中に潜ったハクジャが自分達に攻撃をかけようとしているのを直感し、足元を警戒するが、
「うわっ!」
思ったよりも速く移動していたハクジャが詩織の目の前で地中から飛び出し、噛みつこうと巨大な口を開けて迫ってくる。
「怖い怖いっ!」
全力で横に飛んだことで何とか回避に成功した。詩織のすぐ隣を白い怪物がすり抜けていき、その地響きで脳まで揺れる。
「なんて威圧感なんだ・・・」
立ち上がって聖剣でハクジャの横っ腹を試しに斬ってみるが、ダメージを与えられているという実感はない。
「こいつっ!」
アイリアがハクジャの上に飛び乗り頭部めがけて駆けていくが、それに気づいて再び地中に潜りだす。
「くそ・・・」
「ここは一旦、クリスお姉様と合流しましょう」
先ほどまでハクジャと交戦していたクリス達は、山頂付近の魔物に襲われて足止めされている。こちらから向かわなければ、合流はできそうにない。
「そうですわね。何か解決策があるかもしれませんわ」
リリィ達は一気に走り出してクリス達のもとを目指す。だがそれをハクジャが追撃し、地中からの奇襲をおこなう。
「マズい・・・こんな相手から逃げきれるのか・・・」
さっきから冷や汗が止まらず、数秒後には死んでいるのではという悪い想像ばかりが詩織の思考を支配する。足は動いているが一度止まってしまったらもう動けなくなりそうだ。
「リリィ!」
少し離れて走るリリィの名を呼ぶ。とにかく不安で仕方なかったのだ。
「後少しよ!頑張って!」
励ましの言葉が返ってくるが、それで安堵などできない。再び地面から突き上げるように姿を現したハクジャが詩織に狙いを定めた。
「やられるくらいなら!」
もう背後まで敵は迫っていて回避は間に合いそうにない。ならいっそとバク宙の要領で後ろに飛び下がると、ハクジャの頭部めがけて聖剣グランツソードを振り下ろした。
「ヤバっ・・・」
その攻撃を予期したわけではないだろうが、ハクジャが頭をかがめたのが見えた。ジャンプ中の詩織に姿勢制御は不可能で行動の修正がきかず、相手の動き次第では詩織は死ぬことになる。
咄嗟に聖剣を使って防御の姿勢をとるが、そんな詩織に対してハクジャは頭部を横薙ぎにして一気に振る。そのパワーはとても強く、直撃した詩織は大きく吹き飛ばされ、地面に落下して斜面を転がっていく。
「シオリっ!」
詩織を助けられなかったリリィは悲痛な叫びをあげるが、ハクジャが向かってきたために対処せざるを得なかった。
「お前っ!!」
リリィは怒りのあまりにハクジャに攻撃をかけようとするが、冷静なミリシャがそれを止める。
「無茶ですわ、リリィ様」
「だって、シオリがやられたんだよ!?」
「ですが、ここで立ち向かえばリリィ様も無事ではすみませんわ。まずはクリス様の元に!」
リリィは唇を噛みつつ、ハクジャへの怒りを一度抑えてミリシャの言う通りにすることにした。
「すぐに助けにいくからね、シオリ!」
「いったぁ・・・」
魔力で肉体を強化しているものの、許容量を超えたダメージを受ければ適合者といえども行動不能に陥る。けっこうな距離を飛ばされて転がった詩織は、意識が朦朧としつつも周囲の状況を確かめようとした。
「なんだろう・・・」
何かが近づいてくるのが分かり、詩織は焦る。もしそれが魔物なら確実に殺されてしまうだろう。
「キミ、大丈夫かい?」
「えっ・・・?」
予想外なことに視界に入って来たのは黒い馬で、それに乗る人物が詩織に心配そうに声をかけてきた。その後ろにも複数人の人影が見え、どうやら魔物に襲われているのではないということは理解できた。
「アナタは・・・?」
-続く-
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