十一話『クズ領主は牢屋行き』

「その奴隷達を入れたいなら、一人につき50万アテナ払え」


 馬車に揺られる事八時間以上。

 もう夕方になるというのに、街の入口で訳の分からない税を払わせようとしてくる門番。恐らく、それを払えなかった場合は、リア達を没収するとか言い出すんじゃないだろうかと思う。


「はいどうぞ」


「なっ……い、いいだろう……」


 馬車を収納してから来たので、貧乏だとでも思ったのだろうか? ……いや、この金額をあっさり出す方がおかしいんだろう。


 悔しそうな門番に身分証を見せてから入る。当たり前だが、勇者の証とかは出さない。

 勇者だからといって、無償の善意を期待されても困るのだ。自分がやりたいことならともかく、嫌々やってタダ働きはお断り。


 ……面と言われてしまえば断れないだろうけども。


「さっきのはなんだったんでしょうか……?」


「きっとぉ、領主が碌でもない人間なのですよぉ〜」


「門で奴隷を没収して、領主に渡す。気に入られたら妾にでもされて、気に入らなかったら兵士とかに回されるって所かな……」


 大きくは外れてないと思う。


「ご主人様、どうして分かったの?」


「うん? だってほら、悔しがるって事は、没収する事で自分にも利益がないとおかしいし。それがお金だとしたら、150万も貰って喜ばないはずがないでしょ?」


「そう言われてみればぁ確かにそうなのですよ〜」


 明日はすぐに出発しよう。何かされたら返り討ちに出来るけど、不快な気持ちにはなるだろうからね。


「なんか、人少なくない?」


 所々割れている道、ゴミが落ちている、等は仕方ないとしても、人っ子一人居ないというのはおかしい。


「……? 向こうから、血の匂いがする」


「えっ? ……とりあえず、行ってみよう」


 泊まる所が無いなら、街から出ていけばいいんだろう。でも、150万払っておいて何もせずに出ていくのは嫌だ。


 という訳で、面倒事に首を突っ込みます。


 一分ほど走ると、人が集まっている様子が見えてきた。

 そして、一つの首無し死体と一人の男性。その隣には、泣きじゃくる小さな女の子。


 状況を把握するために、物陰に隠れて周りの声を聞く。


「このクソ野郎! ふざけんじゃねぇ!」


「レンの嫁さんを奴隷にしたやつが、どの口で言ってやがる!!」


「処刑されるなんておかしいわっ!」


 ……どうやら、あの男性の奥さんを気に入った領主が奴隷にして奪ったものの、靡かなかったから処刑した、という事らしい。その夫と娘も殺そうとしている。


 胸糞悪い、実に不愉快な話だ。


 それに反発した住民達が武器を持っているが、兵士に邪魔されて進めていないらしい。


「……シルク、あの子を助けたい」


「時雨さま……」


 猶予はあと三秒。

 ソフィーも頷いているし、やってやろうじゃないか。何より、リアとシルクの頼みだからね。


 急いで短距離転移を発動すると、長距離の五分の一、直径一メートル程度の魔法陣が現れた。


 一瞬にして視界が切り替わり、幼女の首が切り落とされようかという所へ。勿論それを許すはずがなく、剣を掴んで握り潰す。

 鉄の剣程度で、勇者の体は傷つかない。


 いや、達人が相手なら話は別だけど。


 それはともかく、剣を持っていた男には拳をプレゼント。お隣さんには蹴りをどうぞ。


 バゴォーン!


 ははっ、吹き飛ぶほど嬉しかったみたいだね!


 呆然とする周りを置いていき、目の前で倒れている幼女の体を起こしてあげる。


「もう大丈夫、怖くない。……でも、ごめんね。お母さんの方は、間に合わなかった」


「っ……うぅ……ママぁ……」


 首がない母親の遺体を見て、僕のお腹に顔を押し付ける。小さい子供が見るものじゃないし、このまま見えないようにしておこう。


「き、君は……?」


「その説明は後でします。今はあいつらを何とかするのが先でしょう」


「……ああ、そうだな」


 何とか……まあ、全員倒す訳だけど。


「ここ、この、不届き者が!!」


「口を開くな、豚」


 身なりのいいデブを蹴りで沈める。手加減はしてあるので、死んだりはしてないと思う。

 ちなみに、幼女はお姫様抱っこ状態である。あんまり激しい動きは控えた方がいいだろう。


 群がる兵士達を最低限の動きで倒していく。……主に、急所を狙うという方法で。


 前からの薙ぎ払いをしゃがむ事で避け、立ち上がると同時に膝を叩き込む。……股間に。


 右からの振り下ろしをバックステップで避け、左足のつま先で潰す。……股間を。


 背後からの突きは普通に受けつつも、無理やり後ろへ下がる事で兵士を倒す。そして、思いっきり踏みつける。……股間を。


 そんな事の繰り返し。


「ひっ……」


 待機している父親が股間を抑えて青ざめてしまった。気持ちは分かる。自分でやった事だけどさ。


 リア達には後ろから来るかもしれない増援を警戒してもらっているけど、特に問題は起きてない様子。


 全部片付いた所で父親の元に向かう。


「……君が来てくれなきゃ、俺とルーナは間違いなく死んでた。ありがとう」


「気にしないで下さい」


 これで奥さんも死んでいなければ笑顔で言っていただろうけど、こんな状況でそんな顔はできない。


 そうだなぁ、えーっと……


「その領主は牢屋に入れて来て下さい」


 そう言ってとある物を掲げると、呆然としていた人達がざわざわとし出す。


「あれって……」


「勇者様かしら?」


 僕の格好は、黒コート、顔を上半分を隠す仮面、勇者の刻印。怪しさ抜群だが、勇者の身分証的な物を出せば一発。


 まさか、豚が領主だったとは知らなかったけども。


「うん……逃げますかね」


「え?」


 片手で幼女を抱き抱え、その父親を肩に担いで走り出す。傍から見ると犯罪者にされそう。

 リアにも指示を出したので、合流地点へレッツゴー。




 それから一分ほどで人気のない場所へたどり着いた。


「ご主人様、言って良かったの?」


 それは、勇者である事をバラして良かったのか? と聞きたいのだろう。


 だが、しかし――


「僕は、自分が勇者だ、なんて一言も言ってないけど? ただの従者的な存在ですが何か?」


「誰の従者なのですかぁ〜?」


「それは勿論、勇者シルクのだよ」


「し、シルクの従者? ……なんか変」


 そういうサポートの方が僕にはむいてるとおもうんだけど。……あれ? 「それはない」ってどこぞのお姉ちゃんと先輩に言われたような?


「……そろそろ起きそうだね」


 ちょっと走る速度が速かったみたいで、父親の方が気絶。幼女は泣き疲れて眠ってた。


「君が、仮面の?」


「ええ、時雨と呼んで下さい」


「そうか。俺はレン、よろしくな時雨君……とそっちの首輪? を付けたお嬢ちゃん達」


 首輪というよりチョーカーのようになっているからだろう。首を傾げて見ている。

 三人からも自己紹介をしてもらい、宿もなさそうだからと、レンさんの家に行くことになった。



 領主、まともな人に変わるといいなぁ……

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