八話『村を襲った盗賊と……戦闘?』

「シグレさま……むぅ……うまく言えません……もう一度おねがいしてもいいですか?」


「時雨」


「時雨、さま?」


「それ、今ので合ってる」


「時雨さま……やっと言えましたぁ……」


 僕の膝の上で脱力するリア。名前一つでそこまで緊張しなくていいのに。


 僕達は、キッチンどころか居住空間と化していた食料庫? でお昼ご飯を食べた後、御者の席に座ってのんびりしていた。


 イントネーションに違和感があったらしく、リアとシルクに教えて欲しいとお願いされ、今に至るという訳だ。


「シグレ、時雨? ………やっぱり、ご主人様の方がいいよ」


 これを機にご主人様呼びから変えてもらおうと思ったんだけど、駄目だったみたい。

 首輪を付けた犬耳の女の子にそう呼ばれると、いけない事をしている気分になるんだよね……でも、無理にやめさせようとしたら泣かれそう。


 シルクに、『ご主人様、シルクのこと捨てるの……?』って聞かれる未来が見える。僕達という支えを見つけたばかりで不安定な状態だし、発言には気をつけないといけない。


「……二人とも、考え事してる?」


「うん、シルクみたいな犬耳の女の子に首輪を付けてると、僕が変態っぽいかなって」


「くぅ〜ん」


 耳を触ると、気持ちよさそうに目を細める。

 犬のような声を出してるけど、声自体は女の子のものだから結構可愛い。犬の可愛さとはまた違うベクトルでね。


「あ、そういえば……耳とか尻尾を触られるのって、恥ずかしい事だったりしない?」


「うん……でも、ご主人様は大丈夫だよ」


「それは、恥ずかしくないってこと?」


「ううん、恥ずかしいけど……」


「けど?」


「ご主人様に触られると、なんかね、ふわっとして気持ちいい……かな」


「そっか……うん、それなら良かった」


 右手でリアを、左手もシルクを撫でるという……まさに、両手に花状態である。シルクは恥ずかしがるけど、リアは羞恥心と喜びが綯い交ぜになった感じだから、どこを触ってもいい様子。


 シルクも、恥ずかしがるだけで嫌がらないしなぁ……


 可愛いからってつい手を出したら困るし、リアに見張って貰おう。……という訳で、頼んだ。


『時雨さまがそうおっしゃるなら……でも、シルクさんはよろこんでくださると思いますよ?』


 そうかもしれないけど、僕達以外で優しくしてくれる人に会って、それから決めても遅くないし。


 シルクには後悔して欲しくないから。


「ご主人様、もっと撫でて……」


「……なんか、子供みたいだね」


「う……でも、撫でて欲しくて……」


「駄目って言ってる訳じゃないよ」


 尻尾を振ってお願いされるのは、可愛いしいいと思う。シルクが照れて赤くなってると、つい撫でたくなる。


「これはたぶん、ずっと飽きないなぁ……ん?」


「……馬車がきてるみたいです」


 現在地は獣人の国ビースト、だったかな? 安直過ぎるけど、翻訳されてない本来の読み方だとカッコイイ感じになる。


 その獣人の国で馬車が通ってるという事は、ほぼ間違いなく獣人、だと思ったんだけど。


「人間だね……しかも、中に獣人が居る」


 うん、『気配察知』を高レベルにすると便利だね。知ってる種族なら判別できる。

 遠目で見ても、奴隷商って感じじゃないな。


「ま、こっちも人間……のようなものだし、普通に通り過ぎれば大丈夫だよね」


 リアは魔族? だし、僕は異世界?(魔族?)で、どの種族か分からない現状。シルクだけかな、分かるの。

 ……魔族と人間って事で。


「……良い馬車……奪う……女……」


 あー、盗賊とかそっちの人か。それでも、こっちに被害がなければ見逃したんだけど。


「女は殺すんじゃねぇぞ! 男だけ殺せ!!」


「お頭、使い終わったら俺達にも回して下さいよォ?」


「そうですぜぇ、あんな上物――」


 馬型ゴーレムを止めて、僕とシルクが馬車から降りる。リアは魔法で馬車ごと壊しそうだから、待機してもらう。


「死にたくなければ、今すぐ止まってくれる?」


 殺気を飛ばしつつそう言ったものの、中途半端に強いらしく、あまり効いてはいない。

 ……計四人? 少ないな。


「ガキに何が出来るってんだ?」


「てめぇの方こそ、死にたくなきゃ女を寄越せ」


「……交渉の余地なしって事でいい?」


「自分の立場を分かってねぇようだなぁ!」


「もういいや」


 面倒になった僕は、一歩踏み出し、すれ違いざまに首を飛ばす。一歩の距離が数十メートルなら、反応することも出来ない。


「な……な……」


「ば、バケモンかよ……」


「ご主人様ばっかり見てていいの?」


 その声にハッとするも、既に手遅れ。シルクが振るった剣によって、二人の首が落とされた。

 そして、逃げればいいのに余裕の表情を見せる親玉。


「仕方ねぇ、俺の部下に――」


「やだ、ご主人様がいい」


「女と金がいくらでも――」


「生憎、どっちにも困ってない」


「村を支配して――」


「「「やる事がしょぼい(です)!」」」


 最後はリアも一緒に。

 最後まで言わせてもらえなかったせいか、顔を真っ赤にして怒っている。


「……死ねぇ!!」


 短剣を投げてきたけど、シルクが弾き返して頭にクリーンヒット。無論、即死である。


「……あれだね」


「……はい」


「……うん」


 弱すぎて戦いにならない。

 正確に言うなら、僕達が異常なんだろう。最低でも、シルクの9999だから。一般人的には最大値なのにね。


「リア、無理しなくていいから」


「……ごめんなさい、時雨さま」


 ギュッと抱きついてきたリアは、少し震えている。血になれていない上に、人が死ぬ瞬間を見ていたのだから、仕方ない。

 馬車に残してきたのは、人を殺すことを躊躇っていたからというのもあった。


 シルクはそこまででもない。とはいえ、あまり顔色は良くないので、死体を『無限収納』に入れて消す。


 こういうのは、引き摺らない方がいいんだ。


「……あ、あんた達が倒したのか?」


 馬車から出てきた僕より少し下くらいの男の子が、警戒しつつそう声をかけてくる。

 リアとシルクが首輪をしているのと、僕が人間だからだろう。


「まあ、うん、そうだね。……首輪を外すから、全員連れてきて貰える?」


「あ、ああ、分かった」


 まだ警戒はしていたようだけど、首輪を外してもらえると言われて慌てて呼びに向かった。


「一応声はかけたけど、来たのはこれで全員だ」


「……ここに来ていないのは、動けないか、警戒してるとかかな」


 そう呟いた後、全員の首輪を一瞬で破壊する。変に怯えられても面倒だし、見えない速さで終わらせてしまえば問題ない。


「……え、たす、かった……?」


「や、やった、帰れるんだ!」


「もうダメだと思ってたのに……」


 二十数名のほとんどが信じていなかったらしい。泣いて喜んだり、見知らぬ人と抱き合ったり、僕達に感謝していたりもする。


 その声に釣られたのか、さっき降りてこなかった人も三、四人出てきた。気づいたら同じ場所に戻ってるスタイルで破壊していく。


「後は馬車に一人だけ……ちょっと行ってくる」


「わかりました」


「いってらっしゃい」


 馬車の中には大柄の、変な座り方のがいた。目は虚ろで、声をかけても反応してくれない。

 ただ、怪我はしてないっぽい。


「動けないわけじゃないのか……」


 なんとなく『鑑定』してみる。


 すると、名前がソフィー=セルエトラなのと、であること以外分からなかった。Lv10にした今ならステータスも見えるはずなのに。


 理由は複数考えられる。


 ・特殊スキルで見えないようにしている。


 ・レベルが高過ぎて見えない。


 ・呪いの影響。


 このうち、可能性が高いのは三つ目。見た目が男なのに性別は女だし、見えないなら名前すらも見えないはずだからだ。


『精霊魔法』を取得。


 ……これで解けるといいんだけど。


「《ソフィー=セルエトラの真なる姿をここに現せ》」


 本来、『精霊魔法』を使用するには精霊と契約しなければならず、使用時にも長々とした『お願い』をしなければならない。

 更に言うなら、対価として魔力を余分に持っていかれるため、使い勝手は良くない。


 まあ、それは普通の人の話だ。


 前に勇者の刻印があるから強くなれると言ったが、その勇者の刻印は精霊を宿しているから出るものであり、刻印の大きさは宿している精霊の強さという事になる。


 つまり、全身に刻印が出ている僕は、大精霊とかそういう次元のものを宿している事になって、下手をすれば、精霊と一体化しているのではないか。


 ……なら、解呪とか超余裕です。


 そう思って使ってみたら、


 直後、男から黒いもやっとした物が溢れ出し、10秒ほど経ったところで消え去った。あとに残るのは……巨乳エルフだけ。


「……ふぇ……? 私の、からだ……?」


 虚ろな目でこちらを見ていたソフィーは、自分が元の体になっていることに気がついた様子。

 すぐに汚れた手を握って開いたり、服のサイズが合わず胸まで露出している自分の体に触れて確かめたり。


 声をかけるべきか迷っていると、先にソフィーの方が僕を見る。と思ったら、唇を噛んで何かを堪えつつ四つん這いで近づいてきた。


「えっと……?」


 しゃがんではみたけど、どうすればいいのか迷っている間に残り数十センチ。


 動きが止まった事に首を傾げると、


 ガバッ!


「へ? ……ど、どうしたんですか……?」


 なんと、急に抱きついてきた。敵意や悪意は感じないし、問題は……泣いてる事くらいかなぁ。


「らって……こんなぁ……ありえっ、ないのれすよぉ……なんじゅうねんもっ! ひとりでさまよって!」


 それは、想像もつかないな……


「だれにも……とけなかったんれすよぉ……仲間にも信じてもらえなくてぇ……!」


「うん、大変だったね……」


 鑑定で名前だけ見たとしても、そうそう信じられるものでは……いや、仲間なら信じてくれると思うんだけど……実は、そいつが原因だったとか。


「ほんとにぃ……ゆめじゃ、ないのですかぁ……? そうだったらぁっ、いやなのですよぉ……!」


「夢じゃない。もう大丈夫だから」


 本当に嫌……というよりも、怖いのだろう。その証拠に、体がずっと震えている。

 ついでに、全力で抱きしめられてるけど。


 そのまま五分ほど待つと、少し落ち着いてきた。


「……ますたぁ……ギューってぇ、してほしいのですよぉ……」


「あ、うん……うん? マスター……?」


 爆弾発言をされた気がする。


「ふふ〜……マスターのからだぁ、あったいのですよぉ……」

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