七話『僕達の新婚旅行』
シルクは、飛んできた包丁を驚きもせず掴み取り、鬼のような形相をした母親に近づいていく。
……もしかして、それっていつもやってる?
「ただいま、お母さん。今日はお別れを言いに――」
「黙れ、このクズ! 食料も持ってこないで、どの面下げて帰ってきたのさ?お陰で、食うもんが無いじゃないか!」
殺っていい? ねえ、殺っていいよね?
……危ない、本気で殺意が湧いてきた。ヒステリック巨体おばさん――横幅が――が、シルクに罵倒しかしていない。
家に帰るのに、どの面下げても何もないだろう。
「……他の人達は行かないの?」
「ふん、あんたが居なかったせいで、ほとんど魔物にやられちまったよ!」
「そのわたしを裏切ったのはあの人達だよ?」
「みんなと仲良くなりたいんじゃないのかい? ほら、さっさと狩りに行ってきな!」
後ろの僕達には気づいていない様子。というか、シルクの扱いに腹が立つ。シルクの話なんて聞く気もなくて、一方的に何かさせるだけ。
「……シルクに優しくしてくれる人なら、もう見つけた」
「何言ってんだい? そんなやつ、居るないだろう?」
「それが居るんですよ、ここにね」
シルクの隣に並び、頭を撫でてやる。
少しあった緊張が、和らいでいく。こんな簡単に緊張が消えるなら、いくらでもやってあげよう。
「どうせこいつも、勇者であるあんたを利用したいだけさ。それに……シルクはうちの戦闘要員なんだ、勝手に連れていくんじゃないよ!」
「そんな事ない! ご主人様はシルクに触るのを嫌がったりしないし、ご飯も一緒に食べてくれるし、お願いだって聞いてくれるよ」
この母親――もうババアでいいや。このババアは触るのを嫌がったりするってこと? 実の娘なのに?
「……ここから逃げたいからって、そんな嘘は通じないよ!! 本当だって言うなら、接吻の一つでもするんだね!」
「ご主人様と、接吻……」
「そうかぁ……」
さすがに、人前でするのは好きじゃないんだけど、シルクのためなら致し方なし。
期待するように、チラッとこっちを見たシルク。僕は頷いてから体を引き寄せ、触れるだけのキスをした。
「……な、なっ……」
「これで証明出来ました?」
「ど、どうして獣人の……それも勇者と、そんなことが出来るんだいっ!? あんたは魔族だろう!?」
「はあ?」
軽く怒りのこもった声を出し、それにビクッとするババアに、答えを返してやる。
「獣人だ、勇者だ……それがどうしたって? シルクはシルクだろうが。むしろ、僕よりもあなたがそれを分かっていなきゃおかしい。一番近くに居て、更に言うなら我が子なのに、どうして受け入れてやらない?」
敬語とか使う気が失せた。
僕自身、親が居ない辛さはよく知っているし、疑問だったからキレ気味に聞き返した。
「……シルクは偶然出来ちまった子なのさ。仕方なく産んで、大変な思いをして産んだそれが、勇者だった気持ちが分かるのかい!?」
「今までこき使っておいて、よく言えるよな。そんな扱いしかされていないシルクが、こうして別れを告げるだけで済ませようとしてることに感謝したらどうだ?」
「感謝、だって? 子供が親のために働くのは、当たり前のことじゃないか」
「それは、きちんと育てて貰った場合のことだろ。碌に世話もせず、残飯処理をさせ、触れることすら嫌がって暴力を振るう…………本当なら、殺されても文句は言えないんだからな? シルクの優しさに感謝しろ。いや、むしろ謝れ」
育てて貰ったとしても、親のためにっていうのを強要する事は許されないし、シルクの優しさにつけ込んだ事は、僕が許せない。
もしかしたら、事情があったのかと思った。
例えば、村の掟に逆らえないとか。
例えば、シルクは自分の子供じゃないとか。
例えば、シルクが――
そうやって、考えていた。親がそんなもののはずがない。僕の本当の両親は、小さい頃に事故で他界してしまったけど、優しく撫でる手も、声も、微笑みも、ちゃんと覚えてる。
それを汚されるような気がして、余計に腹が立つんだ。
「ご主人様はこう言うけど、謝らなくていいよ。お母さんには、感謝してるから」
「ほ、ほらっ、やっぱり――」
「産んでくれたから、ご主人様と居られるんだもん。それが無くなったら……どうなるか分からないけど」
剣の柄を握って、「これ以上邪魔するなら、殺っちゃうかも」という意思表示をする。ただ、本気で感謝している辺り、シルクはいい子だと思う。
「ひぃっ!? わ、わかったよ、何処へでも行けばいいじゃないか! でも、後悔することに――」
「なら出ましょう。シルクさんがこんなふうに言われているのは、見ていたくありません」
スキルの『威圧』が無いのに、ババアが怯んでいる。魔王の娘だけあって、そういう技術も自然と身についたようだ。
母親との挨拶も終わったという事で、そのまま近くの街道まで移動することにした。
……のだが、
「シルクが居た村の人達ってことで、一回だけ見逃す。だから……今のうちに帰れよ」
隠れて追いかけてきていた獣人達に、加減をした『威圧』をかけて忠告する。加減と言っても、日本人なら気絶するくらい。
ガサガサ……
それは効いたようで、何も言わず帰って行った。……汚い液体は見なかったことにしよう。
その後は、特に何も無く10分走った所で街道に出た。
「……この馬車目立つよなぁ」
見るからに高そうだと分かる見た目だし、馬の代わりにゴーレムを使ってるし、中を見たら更に凄い。
まあ、二人は奴隷だから身分証も必要無いし、僕が勇者だとバレたとしても、襲ってくる相手は返り討ちに出来るから……目立っても問題ない。
リアとシルクを先に乗せて、御者は僕が……って、結局左右に二人が来ちゃったし。
「魔力を流して……ん? 地図も組み込んであるし、ここで座ってる必要も無いみたいだね」
リアは微笑んでいるけど、シルクがずっと俯いたまま喋らない。やっぱり、母親にあんな事を言われるのは辛かったかな?
そう思いつつ馬車の中に入ると……
――バタッ
「わぅー!! ご主人様ぁ―――大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好きぃー!」
押し倒された僕は、尻尾を残像が見える程ぶんぶん振っているシルクに、くんくん、すりすり……ぺろぺろまでされている。
顔とか首とか唾液でベタベタになりそうだけど、それはそれでありかもしれない。リアも今度やるつもりらしいし、ちょっと楽しみではある。
シルクに大好きと言われながらそんな事をされれば、嫌だなんて思うわけがなくて。仕方ないなぁ……と思いつつ頭を撫でていたけど、数分で正気に戻った。
「わぅ……ご主人様大好きぃ……」
また顔を近づけてきて、舐めるのかと思ったら、キスをしてきた。
「んんっ!? んー! んーー!!」
予想外の奇襲に、為す術なく蹂躙されていく。体の一部に血が集まるのだけは避けてるけど、気持ち良すぎてぼーっとしてきた。
「……し、シルク……ストップ……リアも、見てるし……」
「やだ。ご主人様がシルクのために怒ってくれて、かっこよくて、優しいんだもん……」
それを否定する前に、情熱的なキスの連続。僕が下になっているために、シルクの唾液が口の中に流れ込んでくる。
ずっとシルクの味がするし、体もすりすりと擦りつけられているから、抑えていた下半身が元気になってしまった。
「……約束は破らないように、ご奉仕するね?」
「……いい、かな……」
ここで何もしてもらえなかったら、後でリアにやり過ぎてしまう。……というのは建前として、一度あった事だし、二回あってもいいかなって思ってる。
「わたしも、がんばりますからっ」
あっ、それじゃ済まないっぽいなぁ……
……えっと、『快楽付与』の感度五倍は最強でした。
「ご主人様……女の子が生まれた時は――」
「そこまでしてないよね。限りなくアウトに近いけど、本番はしてないよねっ!」
「シグレさま、わたしとのこどもなら――」
「『生活魔法』の避妊があるから!」
リアとしているのをシルクに見られたのは、死ぬほど恥ずかしい。けど、シルクとも一歩手前までしていたから、かなり恥ずかしい。
約束は守ってくれてるけど、あんまり意味ないような……いや、考えてはいけない。
「……リアもシルクも可愛いかったし、なんでもいいや」
「じゃ、じゃあ、シルクとつづき――」
「それは良くない」
時折、シルクが僕の上でピクっとするのは、効果が切れていないせいだろうか。
頭をなでなで……
ピクピクッ
首をさわさわ……
ビクンビクン
耳をふにふに……
「……ご主人、さまぁ……また、変になる、から……」
「……………」
「あっ、やぁ……んー! んっ、んぅ〜♡」
「――はっ!?」
気づいたら、シルクがくたっとしてた。僕の肩は甘噛みされていたから、唾液まみれになっている。
今は僕の汗を舐めてるけど……楽しいのかな? 僕が同じことをしたら怒られ――ないみたい。少なくとも、リアはされたら恥ずかしいけど嬉しいって。
という訳で、隣で横になっているリアの首筋に顔を埋めて、舐めてみる。あれ? 美味しい……うん、重症かな……
「……ふぁ、あぁ……」
でも、楽しいというより、汗すらも含めてリアの全てが僕のものだ、みたいな感じになっている。普通に受け入れてくれる所も、それに含まれるだろう。
「……はい、すべてシグレさまのものです……」
「し、シルクもご主人様の物だからね!」
「うん、二人ともありがとう」
シルクはもう少し考えてから決めた方が良いと思うんだけど、今は僕のものってことにしておく。
それにしても、二人からは『物』っていうニュアンスを感じる……この世界では奴隷が物っていうのは一般的みたいだし、僕が日本人だからおかしいと思うんだろう。
落ち着いてくると、リアの首筋に顔を埋めていたのが恥ずかしい。どう見ても変態でしかない。……とりあえず、話を変えよう。
「……なんというか、移動中の馬車でこんな事が出来るんだから、凄いよね……」
「た、たしかに、揺れているのが気になりませんね!」
「そうなの? 馬車は初めてだから分からないけど……(ぺろっ)」
リアも同じように赤くなっている中、シルクだけはナチュラルに舐めてくる。『生活魔法』の浄化で汗とかその他諸々を綺麗にしたいんだけど、幸せそうだからそのまま起き上がる。
外も見える位置の椅子に座り、シルクは僕の膝で横座りさせる。リアは左に座って手を握ってきた。
「お昼まで一時間あるから、それまでには離れるように」
「はーい……」
なんで不満そうなの? 一時間あったら、飽きて離れる気がするんだけど。
――そして、一時間後。
「……はい、離れようか」
「わぅ〜……………わかったぁ……」
本当に離れなかった。というか、僕が調子に乗ってしまったせいなのだが。舐めているうちにシルクが汗をかいてきて、それをお返しに舐めたら、何か中毒性があるのかな……と思うほどに止められなくなった。
で、僕が汗をかく、シルクが汗をかくという無限ループの出来上がり。傷の舐め合いならぬ、汗の舐め合いである。
「シルクの汗、変な成分入ってるんじゃ……?」
「……獣人の体液は、相性が良い男の人を興奮させるんだって」
「シルクが僕の汗を舐めてたのは、女の子が舐めると興奮しちゃうとかそういう?」
「あれは、シルクが好きなだけ……」
「わたしも……大好きです……」
二人の美少女が、うっとりして僕の汗が好きだと宣言するこの状況。残念ながら、僕もリアの汗は普通に好きなので人の事は言えない。むしろ、汗フェチとかにならないか心配になってきた。
「よーし……お昼ご飯作ろう!」
浄化で馬車内部も含めて綺麗にした僕は、食料庫兼、キッチンとなっている空間に入る。
これから、どんな冒険が僕達を待っ――
「いやいや、どう見ても馬車二台分じゃないだろぉ!?」
明らかに三倍くらい広くなっている部屋を見渡しつつ、そんな叫び声を上げる。
そして、食料もその広さにぎっしりである。
どんな楽しい事が待っているのか、の方が良いかな。冒険なんて柄じゃないし、冒険よりリアやシルクと旅を楽しみたい。
ただの『旅』っていうのも味気ないかな?
毎日楽しく、
のんびり強くなって、
世界の命運すらも無視して行くような――
――そう、僕達の『新婚旅行』を始めよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます