六話『イチャイチャと旅立ちの日』

 ……ちゃぷちゃぷ……


「ご主人様……聞いてる……?」


 お昼に食べたクリムゾンボアのステーキは、肉汁たっぷりで、ソースも美味しかった。食事の後に、ソースだけ大量に作ってもらう程に。

 いやー、『無限収納』が時間停止機能付きで本当に良かった。いつでも美味しいソースが使えるね!


 ――バシャッ!


「わぷっ ……いきなりどうしたの?」


「……ご主人様が聞いてくれないから」


「あ、ごめん……」


 シルクがちゃぷちゃぷと犬かきでこちらに近づいて来る。

 二人と訓練して夕方まで過ごしていたけど、終わる頃には汗でぐっしょりだったからお風呂の準備をしてもらった。


 なんでお昼の事を思い出していたかというと、シルクの体をあまり見ないようにするため。

 そして、リアの柔らかさを意識しないためでもある。


 リアがぴったりくっついているのはいいんだけど、シルクはあんまり隠さないから目のやり場に困る。


「シルク、せめて僕の方から見えないようにしてくれない? ちょっと刺激が強いというか……」


「……ご主人様がそう言うなら」


 そう言って僕のそばに来ると、腕をとって抱き込む。


 ……違う、そうじゃない!


 直に触れる肌やら胸やらの感触で、体の一部が元気になってしまった。……こら、対抗してリアまでやらないでよ。


「は、初めて見ました……これが、シグレさまの……」


「こ、これ、シルクに入るのかな……?」


「凝視しないで、普通に恥ずかしいから……」


 湯気が仕事をしてくれない……!

 理性を保たせないと……リアはともかく、シルクが僕を好きだとは限らないんだ。ただ依存してるだけかもしれないんだから、そういう事はしない方がいい。


「……ビクってした」


「すごいです……」


「その手を離して欲しいな」


「……が、我慢はよくありませんから……」


「ご主人様、シルク達に任せて……」


 我慢しない方がいいのも事実ではある。ガス抜きする時には見られる事になるんだし、それなら、二人にやってもらうのもあり?


 ……もういいや。気持ちいいから任せよう。


 お風呂で三十分、部屋で二時間くらい経ってようやく終わった。耐久ってこういうのも含まれてるんだよね。まだまだ余裕あるし。


 ご飯も食べ、シルクは部屋に戻り(渋々)、後は寝るだけになったんだけど……リアの様子がおかしい。

 いや、分かってる。僕としたくてしょうがなくなっているのは、伝わってきてる。


 ベッドの上にいるけど、リアが着ているのは透け透けのやつだ。これで違うと言われたら、僕が困る。


「……わたしと……えっちなこと、してくれますか……? シグレさまの、欲しいんです……」


「うん、いいよ。僕もしたい」


 さて、初めては痛いだろうし、あのスキルの出番かな。五倍はちょっとあれだけど、やり過ぎないように注意すれば大丈夫。


「……リア、愛してる。本当の意味で、全部」


「わたしも、シグレさまのすべてを……愛してます……」


 互いの事を全て知っていて、常に互いの考えていることが分かる僕達。喜びも、苦しみも、悩みも、想いも、全て。


 この幸せすら共有してしまう。




 存在が溶け合うように、ゆっくりと繋がって――


 朝までの時間が、もっと長く感じられた。








「ご主人様ぁ……!」


「……ん……シルク……? どしたの……?」


 朝、シルクに起こされた僕は、爽やかな気分だったけれど、シルクは違うらしい。

 何故か、今にも泣きそうな顔をしている。


「シルクとはしてくれないの……?」


「……そうか、匂いで分かったのか。でもさ、そういうのは好きな人とするべきだと思うんだ」


「ご主人様の事、好きだよ? それに、シルクにはご主人様しかいないもん……」


 別にシルクが嫌なわけでは無い。

 依存している可能性と、僕が一夫多妻に抵抗があるだけだ。リアは、奥さんを増やすことで僕の魅力を知ってもらいたい……らしい。


 独占欲はないのかなぁ……と寂しく思っていたんだけど、『ずっといっしょ、ですから……』と言って照れていた。そう言われてみれば、記憶も思考も全て共有しているのだから、独占はしている。

 ……この状態が当たり前になっているんだな。


 おっと、話が逸れた。


「それが恋愛感情かどうかも分からないだろうし……そうだな……こうしようか」



 ・旅の間に、色んな人と関わる。

 ・恋愛感情というものを知る。

 ・他の人に抱く感情とは違う! と確信できるようになったら、リアと同じような事をする。



「……ご主人様がどう思ってるかじゃないの? シルクのためだけにしないってこと?」


「そう。シルクが僕を好きで、本当にそういう事をしてもいいって思えた時は……逃げない」


 据え膳食わぬは……ってやつだよ。

 誰でもいいとかじゃなくて、初めて会った時に泣いてたのを見て、守ってあげたいと思ったから。

 一緒いたら自然と好きになるくらい、シルクのことを魅力的ないい子だと思ってる。


「絶対?」


「絶対。……我慢させる代わりに、何か一つお願いを聞いてあげよう。何かある?」


「……じゃあ、スキルポイントが欲しい」


 スキルポイントが欲しい……つまり、キスしたいってことになるんだけど。でも、お願い聞くって言ったのは僕だし……セーフって事にしよう。


「分かった。……始めるよ?」


「う、うん……」


 昨日リアと何度もしたから、歯をぶつけたりはしない。

 普通にキスをしてもスキルポイントは渡せないから、大人仕様の舌を入れる方しかない。


「……んむ……んんっ……」


 リアと離れる時の、何かが抜けていく感覚。あれをそのままシルクに流し込むイメージで。

 ステータスを開いてみると、徐々に減っていく。


 ……5秒で1だけど。


「……ぷはぁ……い、今、どのくらい……?」


「ごめん、まだ5しか送れてない」


 そう告げると、赤くなりつつも凄く嬉しそうにしている。あれ、そういう反応なんだ。


 今度はシルクから顔を寄せてくる。

 それから300ポイント送るまで、息継ぎを挟みながら何度もキスをしていた。時間にして、25分である。


「……じょうねつてきなキス、でした」


「あ、リア……おはよう」


 起きてすぐ違和感を感じた様子。どこに、とは言わないけど…………昨日は、やり過ぎたかな。

 リアに求められると、可愛すぎて理性が飛ぶ。


「……おはようございます。わたしも、キス、おねがいしていいですよね……?」


 ……ポイントを、ではなく?


 ………………


 きっちり25分、ポイントもあげました。


「……僕、そのうち駄目になりそう」


「その時は、わたしたちに養わせてくださいね」


「甘えさせてくれるなら、いくらでも駄目になって」


 前と後ろからギュッと抱きしめられ――


 ガチャッ


「「………」」


 入って来たへーネと目が合った。


「……独身の私に対する、当てつけでしょうか?」


「いや、ノックすればいいじゃん」


「寝ているお二人を、驚かせて差し上げようと思いまして……」


「メイド辞めちまえよ」


 という冗談(?)は置いといて、持ってきてくれた朝食を食べる。へーネが帰らないので、理由を聞いてみる。


「馬車が出来上がり、運び込まれました」


「……それ、無理させたよね?」


「ソノヨウナコトハ、ゴザイマセン」


「露骨に目を逸らしやがった……」


 その分報酬を弾んだんだろう。

 そうじゃなければ、可哀想すぎる。


 という訳で、その馬車を見に来たのだが……


「……僕の知ってる馬車じゃない」


「馬じゃないね」


「すごしやすそう、です……」


 二頭引きの幌馬車で、床にもこもこの何かが敷いてあったり、椅子も着脱式だし、座り心地がいい。

 馬に関しては、魔力で動くゴーレムだ。


 全体的に魔法で加工が施されているので、壊れることはないだろう。というか、サスペンションとかありなのか。


「こちらに魔力を溜めますと、障壁を張り、夜も安心して眠る事が出来ます」


「……この馬車にいくらかけた?」


「なんと、たったの2500万アテナです!」



 僕は普通に払えるけど、その額はおかしいと思う。この世界は、10万アテナで一家庭が30日暮らす事が出来る。

 それも、ある程度は贅沢も可能。


 僕は194億ちょっとあるけどね!


 ……ちなみに、アテナという単位なのには理由がある。

 現在通貨を作っているのは神聖遺物なのだが、その神聖遺物で作られる硬貨は普通の銅を使っているはずなのに、壊れず、汚れず、変形しなくなる。


 価値は色で決まり、


 灰(1)、黒(10)、青(100)、赤(1000)、銀(1万)、金(10万)、白(100万)


 という具合だ。


 この練貨と呼ばれる貨幣がどの国でも使われており、神聖遺物を残したのがアテナという神だと言われているため、その名前が使われたらしい。


 ……アテナって聞いたことあるなぁ。


「これは収納しておくとして……食料の方はどうなった?」


「馬車の中に収納可能な場所がありまして、馬車二台分の広さに、埋め尽くす程の食料が……」


「本当に! 無理させ過ぎだからっ!」


 そのレベルの空間拡張をするなら、相当量の魔力を使ったはず。きっと、マナポーションを飲んで、お腹がタプタプになっていたに違いない。


 まあ、終わった事を気にしていても仕方ない。出発前に、ガロと話して行こう。


「行くのか?」


「うん、朝のうちに出た方がいいだろうからね」


 お礼やお詫びはしたけど、別れの挨拶が思いつかない。会って数日だから仕方ないんだろうけど、ちょっとあれかな。

 手をリアの頭にポンと乗せて、促してあげる。


「お父さん、今日まで……わたしを育ててくれて、ありがとうございます」


「やはり、分かっていたか……」


 ガロの髪は紺色で、目も同じ。

 対して、リアの髪は銀、瞳は金色。


 そして、角が無いリアと、角のあるガロ。


 そう、リアはガロの子供ではなく、赤ん坊の頃に拾われた子なのだ。それについては僕もリアの記憶から知っていたが、本人は悪い事だと思っていないため、何か言ったりしなかった。

 母親の事を聞いたりも。


 何故、娘を勇者の嫁にしたのか?


 それは、リアを溺愛しているから好きな相手と……だけではなく、拾われた身で、敵の多い魔王にするのは気が引けるから。


 リアの古い記憶に、ガロの言葉が残っていた。


『リアには、貰ってばかりだな。誰かを愛する心すら、子供に教えられるとは思っていなかったが……』


 そんなリアだからこそ、幸せに生きて欲しいと思うのも当然だろう。


「シグレ達と、世界を見てこい」


「はい、行ってきます!」


 この親子には深い絆がある。長々と言葉を交わす必要は無く、この一言だけで十分なのだ。


「……来ようと思えば、いつでも来れるんだけどね」


『空間魔法』というスキルには転移も存在するし、ステータスお化けの僕達なら余裕のよっちゃんですよ。

 リアもそれを分かっているからしんみりしていない。


「リアを任せたぞ」


「任された。リアは僕が守る」


 元々そのつもりだ。というか、その必要がないくらいには強くなってるけど。


 ガロと話すのは終わり。

 今度はリアの部屋へ向かい、纏めていた荷物を『アイテムボックス』というスキルに収納する。


 便利なスキルだし、二人に取ってもらった。


 取得するにはLv1で10ポイントも必要なんだけど、『無限収納』を隠すために使っていたから1ポイントで取れる。


 シルクは10ポイント必要だったけど、『仲間はずれは嫌』という理由から取っていた。


「シグレさま、ぜんぶは入りませんでした……」


「え? ……あ、リア軽いから」


 容量的には、Lv1で自分の体重と同じ。Lvが上がると倍になる仕様。そんな感じなので、大柄な人の方が使いやすい。


「僕が預かるよ」


「はい、おねがいします」


 残っているのは主に本。恋愛もので、リアと同じくらいの女の子が表紙を飾っているやつが多い。

 裏表紙には、この世界で18禁を示すマークが……


「あっ……し、シグレさま、これはちがうんですよ……? そ、その、えっと……ですね……お、おはなしが素晴らしいんですっ!」


 おや、エロゲを持っているのがバレた時みたいな反応だね。友達が、『エッチなシーンはおまけ!』って言ってた。

 ……それを言ったのは女の子だけど。


「読んでる記憶を見たから知ってるけどね」


「それって……わたしの恥ずかしいところも……」


 恥ずかしいところ? ああ、あったね。

 そういう展開になってからしばらくすると、女の子と自分を重ねたリアが服の中に手を入れて――


「だ、だめです! それ以上思い出さないでくださいっ! 」


 僕の腕をとって、ぐらぐら揺らす。真っ赤な顔で慌てる様子は、見てて楽しい。


「あはは、リアは可愛いなぁ」


「何のはなし?」


「な、なんでもないですよ!」


 ――シグレさま! 早く、早くしまってください! シルクさんにしられたら、はずかしくてしんじゃいます!


 涙目になってるからそうしてあげよう。もう少しだけからかいたかったんだけど……


「行こう、シルクの村に」


 シルクの村へ行くのは、シルクがそうお願いしてきたから。昨日、ああなる前のお風呂でその話をしていたんだ。


 シルクが魔王城近くの城まで来ていたのは、村の近くでは食料になる魔物や動物が居なくなってしまったせい。

 で、あの後どうなったのか気になるというのと、一応、母親には会っておきたいそうだ。


『みんなと仲良くなれるに決まってるって現実を見なかったけど……もう一度会って、お母さんがシルクをどう思っているのか確かめたい』


 答えは分かっているけど、ちゃんと聞いて、その上でお別れしたいそうだ。


「ありがと、ご主人様、リア」


「気にしないでください、お嫁さん仲間じゃないですか!」


「ご主人様として、これくらいは当然だよ」


 森を走りながら会話もする僕達。歩いていると二時間はかかるらしいから、時速60kmくらいで走る。


「うん、全然疲れてない」


 上限のせいでオール9999のシルクですら、まったく疲れることなく村まで着いた。


「……だれか来ましたね」


 怪我をしているのか、包帯ぐるぐる巻きにされた狼男。狼が二本足で立っているような見た目だ。


「シルクッ!」


「……なに?」


「魔族の足止めをしないどころか、連れてくるとはどういう事だ?」


「お母さんにお別れのあいさつ。それが終われば出ていくから、安心していいよ」


「ふざけるな! 誰がお前を育てたと思っている」


「少なくともあなたじゃない」


「「確かに」」


 思わず笑ってしまった。そのせいで狼男を怒らせてしまったようだが、すぐにいやらしい笑みを浮かべる。


「そこの魔族、隠しているかもしれないがな……シルクは勇者だそ! 勇者は殺すものだろう? おいシルク、助けて欲しければ――」


「「それがどうかしました?」」


「……は?」


「もう知ってますけど」


 イラッとしたから、ちょっと煽る感じになった。だって、子供の門出を祝うんじゃなく、むしろ縛りつけようとするなんてありえない。


「だから、通して」


「……くっ」


 滅茶苦茶悔しそうな顔で避ける。うん、村の人達がこんななら、シルクを連れて行くことに罪悪感も湧かないね。


 村の人達が遠目で見てくるけど、男が少ない。止めてくる人もいないので、シルクの家へと真っ直ぐたどり着けた。


「………………………ただいま?」


「そこまで悩んだ上に、疑問形かぁ……」


 どんな母親が出てくるんだろう……こっちが怖くなってきたけど、立て付けの悪い扉を開けて中に入る。


「このバカ娘がぁッッ!!」


 ビュンッ!


 包丁がシルク目掛けて飛んでくる。


 ……やっぱり、凄く怖い。




 例えば、そう……ついうっかり、殺ってしまうかもしれないくらい。そうなったら、困るなぁ。

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