第15話 対峙


「あんたは、三倉……」

「……あなたは、借金取りの仲間、じゃない?」

「ああ、違う。随分前にあんたを探してくれって依頼を受けた探偵だ」

「た、探偵……?」

 樫木はその部屋のキャビネにある資料を漁り始めた。ここにあるのはパチンコ屋としての帳票ばかりで、樫木が求めているものが見つからない。

「……まさかな」

 そう思って、樫木は壁にかかっている畳一枚よりも大きい絵画を床に落とした。

「金持ちってやつは、どうしてこういうところに金庫を隠したがるかね……」

 とはいえ、カードキーで開くタイプの金庫のようである。

「簡単にはいかねぇか」

重役が座りそうなシックな装いのデスクのキャビネットを上から開けていく。しかし、それらしいカードが見つからず、樫木はため息をつく。ふとデスクの上に目をやると無造作にセキュリティと書かれたカードが一枚置いてあることに気付いた。

「おいおい、さすがに雑すぎるだろ……」

 信じられない面持ちでカードを金庫に当てるとピーという音と同時に扉が開いた。

「……本当に『インテリ』って大事ね」

 中にあるバインダーを開くとそこには期待通りの代物があった。フューチャーローン名義の金銭消費貸借契約書である。それもおそらくここにまとめられているのは高額請求対象者のモノだ。どれも身の毛がよだつような金額が並んでいる。それを鞄の中にしまい、三倉友和に向き合う。

「って、急がねぇと! あんたの嫁とあんたの娘があぶないんだ!」

 急いで三倉を解放して、わけもわかっていない三倉友和を連れて、二人で大通り店に向かって走りだす。その間で息を切らしながら樫木が三倉に事情を掻い摘んで伝えた。

「ああ、僕のせいだ。ずっと一人でどうにかしていたのに。僕が戻ってきたばっかりに……!」

「おっさん、泣き言はいいから、そっちの事情を教えてくれ」

「この数年、なんとか日払いの仕事をして、借金を少しずつ返済しながら暮らしていました。家族に迷惑をかけるわけもいかなかったので……」

「…………」

「そんな中、ことの原因になった半田が、よりにもよってこの街にいるという話を耳にして……」

「おっさん、あんた未だに勘違いしているようだが……」

「え……」

 三倉友和は借金の支払先と半田が別である認識である。

「これはまだ憶測にすぎないんだけどな。その借金取りと半田はグルだ」

「…………」

「これはあんたの元同僚、っていいのかな、中野茜から聞いた話なんだが、起業時にローンを組まされたとか」

「あ、あぁ」

「もしそれが、半田の持つローン会社だとしたら……」

「そんな!」

 三倉友和は歩を止めた。

「馬鹿な! そんなこと……、あり得るのか……」

「事実、半田は今フューチャーコインっていう仮想通貨を宣伝して回っている、あんたが契約したローン会社の名前もフューチャーローン。笑える名前だけど、疑いの余地ありってやつだ。それにあんたも知ってる秋津って女いるだろ、そいつがそのローン会社の表向きの社長の可能性だってある」

「そんな、じゃあ……、本当に……」

 三倉友和が再び歩を進め始める。

「それにな、おっさん」

「は、はい」

「あんたも、あんたの嫁もあんたの娘もだ。確かに赤の他人の俺ならともかく、人に迷惑をかけるってのはそんなにも罪なことなのか? ましてやあんたらは家族だろう。迷惑をかけてでも支え合うのが家族ってもんじゃねぇのかよ」

「……」

「まぁ、今更こんなこと言ってもしょうがねぇけどな。何も知らずに残される身のことも考えろってこった」

 そして大通り店と呼ばれる店舗にたどり着く。閉店している様相ではあるが、確かに入口近くのところには車が二台ほど止まっている。

 パチンコ屋が廃業しても店舗が残っている理由はこういうことなのかもしれない。樫木たちは駐車されている二台の車に近づき、中をのぞく、人は誰もいないが、見覚えのあるスクールバッグが残されていた。間違いなく智のものであろう。

「あんたの娘、やっぱりここにいるみたいだ」

「智!」

「お、おい!」

 いきなり走り出した三倉友和の後を樫木は追おうとする。

「ったく、連れてきたのは間違いだったかも……」

 樫木はスマホを確認する、時刻は夕方の四時であった。



「おい、どういうことだ、半田ぁ!」

 樫木が中に入ると建物の奥の方から怒号が響いてきた。と同時に銃声がした。

「……おいおいおい、じょ、冗談だろ」

 足音を立てずに銃声が聞こえたホールへ向かう。パチンコ台がすべて撤去され、広々と何もない空間のホールには三倉美咲、三倉智が手足を縛られている様子で倒れていた。二人とも意識がないようである。その前には半田とその手下が三人。それに銃を突き付けている三倉友和の姿があった。

「あのおっさん、なんで銃なんか……」

 樫木はひとまずは身を隠しておき、撤去部材の影に隠れながら、半田達の後方に向かおうとする。どこで手に入れたかは不明だが、銃を持っていたおかげで全員、三倉友和の方を向いていた。

「フューチャーローン、お前の会社だったのか!」

 それを聞いた半田は大声で笑い出した。

「えー、今更そこっすかぁ」

「どうなんだ!」

「ピンポンピンポーン、大正解」

 半田はこの状況を楽しむかのようにフラフラとしながら会話をしている。

「この前、パチンコ屋で話をした内容は……」

「まぁ、そういうこと。ぜーんぶウソ。俺も実は秋津に騙されてたの、ってか!」

「貴様ぁ……!」

「そしたらなんだ、俺は証拠を掴んでるから一緒に秋津を追い詰めようだ? おもしれーこというじゃねぇか。それで保険にさ、都合よくお前のこと探しにきたっていう奥さん捕まえといたんだわ。そしたら旦那からなんか送られてきてるって話じゃねーか。結局その証拠、まだ見つかんなくて今度は娘さんにも聞こうとしてたとこなのよん」

「……二人を、解放しろ!」

「嫌に決まってんだろ。てかもう、秋津も死んで、もう気付いてるもんだと思ってたのに、なのにやっと今更気付いたってほんと笑えるわ」

「……うぅぅ!」

「おっと、秋津に続いてここで二度も殺人を犯すの?」

 二度、その言葉は樫木としては聞き捨てならない言葉であった。

「ち、違う。秋津を殺したのは私じゃない」

「でもさ、おっさんが秋津と会っているときに突然死んじゃったなんてあり得る? 今みたいにさぁ、銃構えて殺しちゃったんじゃないの?」

「違う! この銃もお前の事務所で見つけたものだ!」

 このタイミング、智が目を覚ましたのか、ガムテープ越しに叫び声が聞こえた。

「あら、娘ちゃんもお目覚めだし、懺悔しちゃいなよ!」

「ふざけるな!」

「てかさ、いつまで銃構えてんの? 撃つなら撃てよ」

 そう言って、半田は腰から自分の銃を取り出し、躊躇なく三倉友和を撃った。

「知ってるか? 銃って撃たないと意味ないんだよ?」

「んんんんんん!」

 智が背後で叫ぶ。

「はい、ここで君のパパの真似ぇ~」

 そう言って、半田は銃を智に向けた。

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