第12話 記者、樫木啓二郎
三倉友和、一つ彼の過去に近づいた。二年前に会社を立ちあげたにも関わらず、それは半田と秋津の詐欺であったこと。そこからいくらかわからないが借金を抱えたこと。おそらくだが、三倉友和が姿を消したのはそのあとの事だろう。借金があることを以前の美咲のプロファイル時に彼女はハッキリと否定していたことがその証拠だ。その後の行方についてわからないが、半田がこの街にいることを知り、三倉友和は半田を探していた。ここで一つ疑問が生まれる。半田と美咲の関係はなんだろうか。
「んー、わかんねぇなぁ」
眠気もあるのか、ここで頭痛がしたので一旦考察はやめることにした。どんな形であろうと少しずつ、少しずつだが前に進んでいる。樫木はそう実感していた。
樫木は事務所に戻り、結局休みもせずに調べものを始める。フューチャーローン。ネットでの検索にはやはり載ってこない。ただこの言葉、ここ最近で耳にしたような。まぁありふれた言葉ではあるが、とても意外なところから……。そう樫木が記憶を巡らせた中で安井の顔が浮かぶ。
「仮想通貨の「フューチャーコイン」って言ってたな……」
パチンコ屋の開店前なので、既にロマンで朝食を嗜んでいる頃合いだと、店に電話をする。
「もしもし、安井のおっさんはいるか?」
電話に出たのはマスターで萌奈美のように小言を言わずに安井に代わる。
「もしもし、俺だ。この前話していた仮想通貨の話をさ、ちょっと気になって」
『フューチャーコインな、いいぞ! 一緒に一儲けするか!』
「ちなみにその話ってどこから仕入れてきたんだ?」
『あん? そりゃ仲間からよ。この前話しただろ、半田ってやつ。あいつが勧めてきたんだってよ。んで、その仲間が結構儲かるからって俺にも勧めてきてよぉ』
なるほど。まだ確定ではないが、半田とフューチャーと名の付くものの関係性についての可能性は少しばかり高くなった。
「わかった、今度話聞かせてくれな」
そういって電話を切る。
偽の会社名が新世界で、大本の事業商品の名前はフューチャーか。疲れからか何か笑えるものがあった。
検索方法を変えて、フューチャーローンの被害者についても検索をかける。
「……ビンゴ!」
都内にある悪徳ローン被害者の会が検索結果に表示される。その場所の住所と電話番号をスマホに残し、樫木は体に鞭を打って再度事務所を後にした。
*
被害者の会の担当者、日吉は笑顔で樫木を迎えてくれた。というのも樫木は雑誌の取材としてアポを取っており、記事で被害者の声を広めて、事前に被害を抑止できればと息巻いているようでもあった。多少申し訳ない気持ちを持ちながらも、樫木は打合せテーブルに案内される。樫木の名刺入れの中には「記者、樫木啓二郎」の他に、芸能事務所を装った名刺「樫木啓三郎」もある。これらはいつも最後にはこっそりと回収し、樫木という存在はなかったことにしている。
「で、今回の取材の内容というのはフューチャーローン、そんなローン会社に苦しめられている人たちについてなのですが」
「樫木さん、耳が早いですね」
「と、言いますと」
「実はフューチャーローンはここ最近やたら被害者が増えてきていまして……、幅広く金貸しを行っていて、金利についても最初の半年以内での返済であれば利息が無料という謳い文句をかかげてはいるものの、その後にその無料期間サービス手数料とし六か月を超えたものに対して暴利を付けてましてね。なかなか実際に被害に気付かないで何度も借り入れをしてしまうパターンの被害が多いんですよ」
「なるほど、そこまで話題なところだったんですね」
「先週にも女に騙されたとかで話を聞いてみるとフューチャーローンから借り入れをして、六か月間、利息がないとのことをいいことに借り入れを繰り返してしまう人もいましてね……」
「そこに関しては、使う側も使う側、ですね」
「はは、私どもとしてはそれを言ってはおしまいなんですがね」
「これは失礼……」
「いえ、そう思ってしまうのは正直なことだと思います。一番いいことは身の丈にあった生活を送る、ということだと思っているので」
今の言葉は樫木の耳も若干痛んだ。
「実態っていうところはわかっているんですか?」
「いいえ、それがさっぱり。事務所も存在しないですし、捜査をしている警察にとってもイタチごっこなのが実情かと……」
「ちなみに、なのですが」
樫木はスマホで仮想通貨取引所の画面を出した。
「被害者の中の方で仮想通貨についての話があった方はいたりしますか……。去年の夏、とある仮想通貨が誕生しています、その名もフューチャーコインという、ね」
日吉はまじまじとその画面を見て、うーんとうなり声をあげた。
「……いやぁ、樫木さん。なんだかあなた、記者というより探偵のようですね」
一瞬心臓がドキリとしたが、とりあえず樫木は笑ってごまかす。
「その先週の被害に遭った方も借り入れ時に仮想通貨の購入を勧められたそうです。ただ、その方はもう仮想通貨のブームも落ち着いてきていることもあり、購入まではしなかったそうですが……」
「なるほど……。私もいい読みをしていたというわけですね」
「貸した金の一部で仮想通貨を買わせようとするなんてなかなかすごい発想だなと思ってしまったのも事実なんですがね」
日吉は小さく笑いながらそう言った。
「ありがとうございました。なかなか面白い記事が書けそうです」そう言って樫木は立ち上がった。「もし可能であればここのパンフレットかなにかいただけますか?」
「ええ、今お持ちしますね」
日吉は席を立ち、会議室から事務所の方へと姿を消した。名刺を回収するタイミングはここである。さらりと名刺入れに戻し、一足先にエレベータ前へ向かう。
「どうぞ、こちらです」
「わざわざありがとうございます」
そう言って、パンフレットを受け取り、樫木は記者としてその事務所を後にするのであった。
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