第10話 広大な情報源


「とりあえずこれ、有り金」

 厚さのないペラペラの封筒を水晶玉の横に差し出す。

「まさか、本当に持ってくるとはね」

 まるで樫木を茶化すように言う。

「こんなしけた額、冗談じゃないよ。後払いで払いな」

「なんだよ、せっかく本気にしたってのに」

「後払いって言葉の意味、知ってるかい? あとで、ちゃんと払うんだよ」

「へいへい……」

 若干殺気交じりのペガサスに、樫木はたじろぎなら対面の椅子に座る。

「容疑者が特定されたっていう話を聞いてね」

「殺人事件の方の話か」

「秋津ひとみ、殺されたその女の元交際相手だって話だ。ただ、そこには事情があるみたいでね、二人の容疑者の名前が挙がっていたよ」

「どうせ半田って名前の男じゃねーの」

 樫木は水を差し、ペガサスが彼を睨むも言葉を続ける。

「そう、一人は半田剛、そしてもう一人の容疑者は三倉友和。おそらくあんたが探している一人だ」

 あまり考えたくない嫌な予感が当たっていたようだ。

「なんでまた……」

「さぁね、目撃されてたんだとさ、ここ最近一番半田と秋津に接触をしていた人物の一人だってね」

 半田に話しかけている話は以前にも聞いていた。

「それにしてもなんで三倉の旦那が半田なんかと……」

「それを調べるのがあんたの仕事だろう」

「……まぁそうなんですよねぇ」

「ふん。とりあえず、ここに一枚面白い写真がある」

「おお!」

 樫木が食いつくようにその写真に手を出すと、ペガサスは写真を引いた。

「追加料金だよ」

「……ちっ。なんだよ足元見やがってよ」

「なんか言ったかい?」

「いいえ、なんにも」

 改めてペガサスが出した一枚の写真は、写真をさらに写真で撮ったものだった。そこには男二人と女二人が写っている。

「これは……?」

「殺された女、秋津の部屋にあった押収資料のひとつだ。書いてあるだろう、起業記念写真と。どうやら半田と三倉、殺された秋津は数年前に会社を立ち上げたようでね」

 思ってもみなかった状況に樫木はまだ夢を見ているかのような気分であった。

「つまりは数年前から半田と三倉は知り合い同士だったってことか……」

「まぁ、そういうこったね」

「しかもこの秋津って女、生前は胡散臭い金貸し会社の社長をやってたみたいだけどね。まぁ、そうは言っても表向きの社長なのかもしれないけど」

「なーんか、半田が裏で糸引いてそうな予感……」

「ほれ!」

 ペガサスは何も言わずに樫木に親指を出すように指示する。

「なんだよ……」

「はい、ペタっと」

 そういって朱肉を親指につける。

「お、ちょ!」

 なにもわからないまま、樫木の親指の指印は紙へと写った。

「な、なにすんだ、てめぇ!」

「いい情報だったろう、さぁさっさと解決させて情報料を返しておくれ、今年一年毎月1万か、一括なら10万でいいよ。なんたって速報だからねぇ」

 ペガサスが悪に落ちる瞬間を見た。まぁ、樫木にとっては何度か見たことのある顔であったが。

「……はぁ、わかったよ。ちゃんと占いの代金は払うから」

「それまでこれは人質だからね」

「指印あっても、署名がなきゃ意味ないだろ……」

「それをあんたが今から書くんでしょ」

「は?」

 正直、なぜここで素直に署名に応じてしまったのか、樫木にもわからなかった。ペガサスの背後に見え隠れする黒い何かに恐れたのかもしれないし、ただ個人的に本当に情報に感謝してしまっただけなのかもしれない。

 店を出た時に樫木はやっと自分が現実世界にいることを冷たい風を受けて実感した。

「三倉友和が指名手配ね……」

 気付けにコーヒーを飲みたかったが、知っての通り、喫茶ロマンはもちろん閉店済であった。自分でコーヒーを入れようとすれば明日にでも萌奈美に怒られることは目に見えている。仕方なくファーストフード店に入り、コーヒーと夜食を注文した。有り金をポケットに持っていたことが救いであった。

 改めてペガサスから受け取った封筒から、先ほどの写真を取り出す。拡大して見れるようにそれを一度スマホでも撮影した。

「半田と三倉、それに殺された秋津ともう一人の女」

 背景には「有限会社 新世界 起業記念」と掲げられている。写真内の背景はまるで樫木の事務所ほどの大きさのようでしかも起業という割にはあまり小綺麗さもなく、なんともこじんまりとしたものであった。この写真だけではいったいなんの会社なのかも想像すらつかない。

 有限会社新世界をインターネットで検索すると、少しばかり古臭いホームページを見つけることが出来た。今風のスライドに合わせて画像が動くなどのjava等を組んだりしているわけでもなく、素人が古い教本片手に試行錯誤してどうにか作成したようなもので、樫木でさえもう少し良く作れそうなレベルのものであった。取締役の箇所に半田剛の名前があるが、三倉の名前が見つからない。坊主頭でさわやかそうに笑っているのが半田ということが分かった。先ほどの四人の写真を見返すと、坊主頭と人の良さそうな男がいたが、その人の良さそうな表情をした男が三倉友和とうことになる。役員の名前に秋津ひとみ、さらには中野茜の文字があった。

「お、新情報ゲット」

 樫木は中野茜という名前を手帳に書き残し、さらにエゴ調査を進める。最近は名前をインターネットで検索すれば簡単に個人情報が出てくることが多い。犯罪者や悪いことを企むやつにとっても、になってしまうが、それは探偵にとってもありがたい情報源であった。

 中野茜のSNSのアカウントはすぐに発見できた。自撮り写真をあげてくれているおかげで、同一人物であることが確認できる。

「大丈夫か、この子。職場まできっちり書いてるなぁ……」

 あまりの個人情報の露出具合に若干寒気もするが、提供された情報はありがたくいただくことにした。大手メーカのテレフォンオペレーターに務めているとのことで、こちらとしては今現在もそこで働いていることの確証が取れれば良い。大手であることが救いで、24時間体制で対応をしているようである。樫木さっそく電話をかけてみることにした。

 最初のガイダンスは耳から耳へ流し、とりあえずオペレーターへと繋いでもらう。

「大変お待たせいたしました。担当はわたくし、萩谷が担当いたします」

 相手が出る。

「すみません、以前問い合わせをした際にお話しさせていただいている中野さん、中野茜さんという方とお話したいのですが……」

「……中野、ですね」

 電話先でキーボードの叩く音が聞こえる。おそらくデータベース上で問い合わせ管理を行っているのであろう。

「はい、中野茜ですね。恐縮ですが、お客様のお名前と電話番号を頂戴できますでしょうか」

 中野茜という担当者がマッチしたようであった。

「あ、すみません、やっぱりちょっと一旦かけ直しますね」

 そう言って、早々に電話を切る。オペレータの萩谷さんには申し訳ないことをしたが、何はともあれ中野が本当にそこで働いている確証が取れた。勤務地についてもランチのお店から特定が可能であった。

 今回の件も成田山ペアさえいなければこのくらい順調に行っていたのかもしれないと、若干嫌な記憶が蘇るが、それを振り払って樫木はその勤務地周辺へ移動することにした。

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