第9話 天からの助け
「こりゃあ……、酷いな」
汗だくになりながら、樫木は智の家にたどり着いた。
部屋の中は完全に荒らされた状態で、引き出しはすべて抜いてひっくり返されているなど、何かを探しているような痕跡が残っていた。
「……大丈夫か」
そう智に語りかけるも、智は震えて樫木にしがみついているのがやっとの様子であった。そして改めて樫木は部屋を見回す。一体なにが目的なのか、荒らされている部屋を前に単純な物取りではないような気がしていた。
「……こんな状態だけど、なにか貴重品だとかの有無を確認しておいたほうがいいな。そしたら一旦、ロマンに行こう」
「……はい」
力なく智はゆっくりと部屋へ踏み入れていく。しばらく室内のものを確認しては鞄に入れ、数分で玄関に戻ってきた。
「いけるか?」
その問いに智は顔を上げ、樫木の顔の頬が腫れているのに気付いた。
「あ、樫木さん、その頬……」
「……ん、あぁ。これはその、まぁ因果応報ってやつかな」
「もしかして、私の依頼のせいで……」
「そうじゃねぇよ。俺のやり方が悪かったんだ。そうやって何もかも自分のせいみたいに言うな」
「ごめんなさい……」
言い方を間違えたな、と樫木は口の中の血の味を戒めのように噛み締める。
そこからの無言でこういう時は、若い子たちにどんな言い方をして慰めてやればいいのかわからないな、と更に頭を悩ませた。
「とりあえず警察にはあとで連絡しよう」
心も体も疲労が溜まりきった二人がロマンにたどり着いたのは午後七時のことであった。
「ちょっと、あんたその頬……。それに智ちゃんもどうしたの」
萌奈美が帰り支度をしていたところだったが、店に入ってきた樫木と智に駆け寄った。
「智の家に空き巣が入った」
「そんな……」
驚く萌奈美に対し、智は力なく頷く。
「さすがにうちの事務所に置いておくのもかわいそうだから、しばらくココで預かってもらえないかな、マスター」
マスターはうなずき、口を開いた。
「奥にある部屋が空いているから、そこを使いなさい」
「智ちゃん、こっちよ」
萌奈美は智の手をつないで、その部屋へ案内する。
「はぁ……」
樫木も大きなため息をついて、カウンターの席に腰かけた。
「最悪だな、なにもかも」
そう愚痴っているとマスターがジップロックに氷水を入れたものを差し出してきた。
「あぁ……、サンキュー」
樫木はそれを受け取りさっそくジンジン痛む左頬にあてた。ひんやりとした感覚がぼんやりとしていた頭さえ鋭くさせる。
半田についてはまだろくに情報が得られていないが、ひとまずは空き巣に関して考察せざるを得ない事態である。なぜこのタイミングで智の家に空き巣が入ったのか。たまたまという可能性は排除してみる。現状、樫木が知りうる情報を線で結ぶとすれば、それは三倉美咲が連れ去られている可能性が極めて高くなったということ。窓ガラスや扉を壊した跡がないことから美咲から奪ったであろう鍵で侵入していること。あの部屋の様子では一体何を探していたのかは不明だが、犯人はそのリスクを負ってまで何かを回収する必要があった。それが半田なのか、半田の仲間なのか、それとも全く別の人物なのか。それに関しての判断材料は今の樫木にはなかった。
感覚がマヒしてきたのか、左頬の痛みも取れてきたので、一旦冷やしていたものを置いて智の部屋へ向かうことにする。
「いるか?」
ドアをノックする。
「どうぞ」
答えたのは智ではなく、萌奈美だった。
部屋に入ると、萌奈美に抱き着いている智の姿がある。ただでさえ両親がいなくなって辛いときに空き巣に入られれば誰でもこうなるであろう。
「こんな時にすまないんだけどな。部屋から何か無くなっていたものってわかったりするか」
「ちょっと、今は……」
俺の質問をやめさせようとした萌奈美だったが、逆にそれを智が止めた。
「私は、大丈夫です……」
「悪いな。聞くタイミングではないのはわかってるんだが」
智は鼻をすすって、涙を拭きながら首を横に振る。
「無くなってそうなものですよね……。それなら通帳と銀行のカード、あと私の貯金箱もなくなってました。他にもなにか細かいものがあるかもしれませんが、部屋に入ったタイミングで無くなっていると分かったものはそれくらいです」
「金目のもの、か……。いや、ごめん。その情報だけでも助かるよ」
「ただ……」
そう言って、智は鞄から一つの茶封筒を取り出した。
「それは?」
「昔、母が私に渡してきたものです、封を開けてはだめ、どこか見つからない場所に隠しておいてって……」
「……これ、預かってもいいのか」
「はい……、もしこれが今回の件に関係しているのであれば、私より樫木さんが持っていたほうがいいと思うので……」
「ありがとう、助かるよ。ちなみに、これの中身を確認しても?」
「はい、こんな状況ですので、大丈夫です」
樫木は萌奈美に目で簡単に合図を送り、彼女はそれに対して小さく頷いた。
そして樫木はまたカウンターに戻る。
金目のものが無くなっていたという話、単純に考えれば空き巣は金銭目的だったようだ。だが、それで片付けるには早計のように思える。何か他の目的があった可能性ももちろんあるのだ。
金銭目的にしては、智の家の惨状はまるで家全体を引っ掻き回されたようで、探し物をしていたと疑っても間違いではなさそうだ。そして、なによりも先ほど受け取った美咲が智に隠せと言った封筒。その封筒だが、中身は数枚に渡って二年前のとある口座の動きが記載されたコピーであった。取引先も見たことのない名前ばかりで今のところではこれといってこの事件には関係のないようにも見えるが、このコピーされた資料の内容が空き巣の目的だったという可能性もある。いったんこの資料は新しい封筒に入れ直し、鞄の中へしまっておくことにした。
時計に目をやると頬を殴られてから三時間が経とうとしていた。さすがにもう成田山ペアの二人はいなくなっていると思うが、店員に何かしらクギを指しているであろうことは簡単に予想できる。そう考えると「借金」は増えてしまうが、パチンコ屋の常連である安井の力を頼る他なさそうであった。
「今日はここで休んでいきなさい」
こういう心も体も弱っている時にマスターは優しい。俺はその言葉に甘えることにし、あまり使われていない入口側のテーブル席で横になることにした。
「ん……?」
少しばかり眠っていたのか、体を起こし時計を見ると午後十時を過ぎていた。
なにやらスマホがなった感覚があった。
「これは」
通知にはペガサスから一通のメールが届いていることを知らせていた。
『有り金全部もって来な』
本文からするとただの脅迫メールであったが、これは樫木にとっては果報であった。
「ペガサスながら、天からの助けってやつ?」
自分で言いながらも思わず笑ってしまったが、樫木はマスターに借りていた鍵を持って、喫茶ロマンを後にした。
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