第8話 しっぺ返し


 皮肉なのか、そもそも探偵のセンスがないのか、聞き込み順でいくと安井が教えてくれた半田がよく通っていたパチンコ屋は一番最後に行く予定になっていた。

「この一件が落ち着いたら、本気で求人でもあさるか……?」

 自分で言って苦笑いが出る。

 パチンコ屋も若干噛んでいるという節があると先ほど安井の話に聞いていたので、多少の荒事も覚悟しておいた方がいいかもしれない。

「あれあれ、まぁた樫木じゃねぇのよ」

 聞き覚えのある酒灼けした声。振り返るとそこに成田山ペアが立っていた。

「……くそ、タイミングわりぃな」

「あ、なんか言ったか?」

「いえ、別に何も」

 舌打ちをしたいくらい最悪な気分でもあったが、ここを乗り切ってしまえば、あとは半田の話を聞きに店内に行くだけだと自分に言い聞かせる。

「お二方もなにか事件の捜査で?」

 樫木がそう尋ねると、成田がへらへらと笑いながら近くの喫煙所まで樫木を連れていく。

「まぁ、な。ちょっとした殺人事件の調査ってやつ」

「え、殺人ですか、こわ」

 知ってはいたが、知らないふりをするのが下手としてのプロフェッショナルだ、となんかのビジネス書に書いてあった気がする。

「それと問題がもう一つあってな」

 成田が樫木へ一歩踏み出し、山本はというと、やれやれと首を横に振っている。

「刑事のフリして、事件の内容を嗅ぎまわってる奴がいるってんで探してるところだ」

 その言葉と同時に固い成田の右こぶしが樫木の左頬を直撃した。ゴリッというあまり聞かない音と激しい痛みが樫木を襲われ、地面に倒れこんだ。

「ってぇ……」

 樫木は口の中が血の味しかしなくなってしまったので、それをまとめてつばと一緒に吐き出した。

「言ったよなぁ、元企業探偵風情が俺たちの仕事の目の前でチョロチョロすんじゃねぇってよぉ」

 まだ殴りたりなさそうな様子で成田は倒れている樫木の前でしゃがんだ。

「全くの、別件っすよ……」

「別件かどうかなんて、おめぇが決めるもんじゃねぇんだよ、俺らが決めるの。わかるか、あぁ?」

 もはや刑事というより、そのスジの人間の言うことだった。

「おい、山本。こいつ捕まえとけ、数日間留置所に突っ込んでおけば反省もするだろ」

「ふ、そうですね」

 山本が笑って、手錠を取り出す。

「……まじ、勘弁してください」

 こんなところで捕まって留置場になんか送られたら、もう智に合わせる顔がない。

「おい、反省している奴の態度がそれか?」

 樫木はもう一度、口の中にたまった血を吐き出して、地面にひざをついて土下座する。

「申し訳ありませんでした……」

 今にもひと暴れして、留置所にでもなんでもぶち込まれても構いやしなかったが、今、樫木には必要としている人がいる。そう考えることで煮えたぎっている心と頭の中をなんとか冷静に鎮火作業を進めることが出来た。

「へっ、それでいいんだよ。二度とすんじゃねぇぞ」

 満足したのか、成田は一足先にパチンコ屋に入っていった。

「くそったれめ……」

 殴られた頬はまだ熱を持っている。ここでパチンコ屋に入れば、また難癖付けて絡んでくることは間違いないので、樫木はしぶしぶその場所から離れることにした。

 そしてしばらく歩いていると、樫木のスマホが鳴り始めた。

「……」

 画面には三倉智の文字が表示されている。

「もしもし、俺だ」

「樫木さん……、わたし、わたし……どうすれば……!」

 智は完全に冷静さを失った様子であった。

「おい、どうした。なにかあったのか」

「うちが、荒らされてて……」

 血の気が引いていく感じがするのを樫木は感じ取る。

「なんだって……、空き巣か」

「わたし……、うぅ……」

「待ってろ、今すぐ行く! あ、電話切るなよ、そのままにしとけ!」

 少しの振動でも先ほどの頬の骨がギシギシと痛むが、樫木は全速力で智の家へと向かった。

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