第7話 約束のシフォンケーキ


「コーヒー飲みてぇな」

 昼を回り、これといった情報も得られず本日5店舗目の聞き込みを終えた樫木には疲労の色が見え始める。時刻は既に三時を過ぎていて、そろそろ智への報告をする準備をしなければいけないことと、安井ももしかしてロマンで休憩しているかもしれないとの希望的観測から方向を喫茶ロマンへと変える。

「いらっしゃ……、あんたか」

 萌奈美は、入ってきたのが樫木ということに気付き、接客の温度を下げる。

「いや、俺だって一応客だよ?」

「へいへい」

 萌奈美は手慣れた手つきでさらりとコーヒーをカップに注ぎ、樫木の席に置く。

「サービスはばっちりでしょ?」

 萌奈美は自信に満ちた笑顔で樫木に語りかける。

「へい、頭も下がります」

 そう言って、樫木はポケットから三百円を出し、彼女に渡した。

 店内は小説家の柊が相変わらず、ひたすらタイピングする音が響いているくらいで、安井の姿はなかった。

「安井のおっさんってもう昼飯食いに来た?」

「んー、そういや今日はまだ来てないね。大当たりでも引いたんじゃない」

「なるほど、ってことは待ってりゃそのうち来るかな」

 そう言って、入れてもらったばかりのコーヒーに口をつける。

「こんにちは」

 ドアのベルと同時に若い声が店内に響いた。

「あれ、智ちゃんじゃない」

 萌奈美がどうぞどうぞと樫木の隣の席へ案内する。

「このあと、俺が家まで行ったのに」

 昨日のプロファイリングでは、報告は智の家まで行くということになっていたのだが、彼女の表情からはやはり進展が気になるのだろう、不安がにじみ出ているようであった。

「すみません。やっぱり……、私心配で」

 まだ報告の準備はできていなかったが、居ても立っても居られない智のために、カウンター席からテーブル席に移動して報告書を作成しながら状況の話をした。

父親が最近パチンコ屋で目撃された可能性があること、また母親もその情報を耳にし、この一帯のパチンコ屋を調べていた可能性が高いこと。そして、父親がそのパチンコ屋で誰かを探していたこと。

「その探している人っていうのは、誰なんでしょうか」

「それがまだわからなくてね。この辺のパチンコ屋に詳しいプロフェッショナルがいるんで、今そのおっさんを待っているところだったんだよ」

「そう、なんですね……」

 少し無言が続く。

「メッセージには既読もつかない?」

「はい……。おそらくはもう電池が切れてしまっているのかもしれないんですが……、これといって何も」

「それもそうか……」

 二日もまるまる連絡がつかなくなるとやはり「何かがあった」ということは確定と考えてもいいだろう。そしてそれと比例するように智からも焦りの気配が垣間見える。

「ひとまずは、俺に任せておいてくれ。これ以上の何か重要なことが分かればすぐにでも電話で連絡するから」

「……はい、ありがとうございます」

 報告書をまとめ、封に入れて智に手渡す。普段であれば、案件終了時にまとめて提出するのだが、智のことを考えて日報として提出することにしている。

そして、報告書を受け取った智はロマンを後にした。

少しでも依頼人の感情を察し、依頼人を安心させるために動こうとしてもやはり、なかなかうまくいかないもどかしさを樫木は噛みしめる。

 テーブル席から立ちあがり、カウンター席に座った樫木の前にシフォンケーキが置かれる。

「……頼んでないけど」

「私からのおごり……、絶対に、智ちゃんの両親を見つけてあげて」

 この会話にこれ以上の言葉はなかったので、樫木はありがたくシフォンケーキをいただくことにした。

 しばらくして、安井が上機嫌でロマンの扉を開けて入ってきた。

「もうツキまくり、ほんと生きててよかったわぁ」

 朝、インテリがどうのこうの語っていたおっさんの姿はもうなかった。そこにあったのはギャンブルに勝ち、浮かれに浮かれた定年を迎えたただのおっさんである。

「おっさん、その浮かれ調子のところで悪いんだけど、ちょっと聞きたいことあるんだ」

「あ、もうなんでも聞いてちょんまげ! 知っていることならなんでも答えちゃうよーん」

 少しばかりフラストレーションが溜まりそうだったが、樫木は先ほど萌奈美がおごってくれたシフォンケーキのことも思い出し、心の中で気合を入れ直した。

「ここ最近でなんかパチンコ屋で変なことなかった?」

「あぁ、変なことだぁ?」

「あー、まぁ、変なことっていうかなんか怪しいやつとか、急に姿を消したやつとか」

 安井がうーんと絵に描いたように悩む素振りを見せる。そして、何かひらめいた様子をみせ、唐突に右の手のひらをこちらに見せる。

「ん?」

「ほれ、あれだ。情報料ってやつ。ガハハハハ!」

「今日は勝ったんだろ……」

「それとこれとは別問題ってやつだろぉよ」

 樫木は一つため息をついて、首を縦に振った。

「今度、あそこのおでん屋でごちそうするから」

「いいね、おでん、食いたいね!」

「で、その情報ってのは」

 やっと本題に入れると樫木は安堵した。おでん屋の件については案件が終わってから考えよう。

「最近、めっきり姿を見せなくなったやつはいたぞ。まぁ、そういうやつは結構いたりするもんだけどね。俺の知っているそいつについてはちょっと胡散臭いんだよ、なんつーかカタギな感じじゃないというか」

 どうやら安井の話は俺の案件というよりかは、殺人事件のほうの話をしているような感じである。

「でだな、そいつ、先週あたりからめっきり姿を現さなくなったんよ。俺と同じようにほぼ毎日打ってたやつがよ? たばこだってそうだけどさ、そう簡単に辞められるもんじゃないんだよな、これってよ」

 安井はギャンブルに依存していることを自覚しているのかと、ずれた論点の考えが出たが、すぐに振り払い、頭を戻す。

「そいつの名前とか、なんか特徴とかってわかるか?」

 その質問に対して安井は、左手の手のひらを何かを要求するように出す。

「……わかった、好きな酒も飲んでいいから」

「毎度あり、へっへっへ」

 さらに上機嫌になった安井は話を続けた。

「名前は半田って言ってな。ほかのパチンコ仲間とも色々噂になってたんだよ。あいつはやばいとか、近づかない方がいいとか。それに打ってる間によく人が来てたりしてな。何かと思えば店のスタッフルームに入ってったり、それにな、たまにあんな騒音の中でも怒鳴ってるのが聞こえてくんだよ。でも店員はなんも言わない。な、完全にヤバイやつってわかるだろ」

「……打ってるときに人が?」

「そうそう、下っ端みたいなやつだか、たまにはスーツ姿の兄ちゃんとかいろんなやつが来てたよ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

 樫木は三倉夫の写真を取り出す。

「こんな感じの人も?」

「まぁ、俺もバリバリ打ってるときだから、はっきりとは言えねぇけど、こんな感じの男もいたよ」

 可能性はあった、しかしこの内容はあまり楽観的に捉えられるものでもない。

 話にあった通り、半田というヤバめの男と三倉友和が接触していた可能性がある。その半田はここ最近、常連だったにも関わらずパチンコ屋に姿を現さなくなった。そして、殺人事件の容疑者を追っている成田山ペアについても、その姿を見せなくなった半田を追っているという可能性がある。この仮説で行くとなると、懸念すべきなのは三倉友和だが、まだ検討が追い付かないのは、どういった形で美咲を巻き込む形になったのか、というところである。

 パチンコ屋の閉店までまだしばらく時間がある。可能性の一つを確認するためにも、安井が通うパチンコ屋に行って、半田の話を聞くのが一番早いかもしれない。

「おっさん、その半田がいつも行っていた店の場所を教えてくれ」

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