【27】もうすぐ夜が明ける(後編)

 マイクロミサイルの着弾により舞い上がった雪煙が薄くなり、着弾地点付近の状況が明確になる。


「……ふぅん? 世界最強であるには悪運も必要というわけ?」


運も実力の内――。


オリエント圏では嫌われがちなこの言葉の実例を目の当たりにしたクロエは珍しく眉をひそめる。


彼女の愛機ナイトエンドから発射されたマイクロミサイルは雪上で擱座かくざする蒼いMFを避けるように着弾していた。


あたかも悪運という名の不可視の妨害を受けたかのように……。


「(直撃弾は免れたが……ここからどうする?)」


蒼いMF――オーディールのコックピットに座るセシルは必死に打開策を練る。


操縦系統がシステムダウンしてしまっているオーディールは全く動く気配が無い。


あまり気は進まないが機体を捨てて脱出するべきかもしれない。


「じゃあ、そんな幸運はここで終わらせてあげる!」


しかし、元々は"戦闘のプロ"であるクロエが千載一遇の機会をあえて見逃してくれるだろうか?


彼女にとっては世界最強クラスのエースドライバーを倒し、自身が所属するレヴォリューショナミーの脅威になり得る存在を排除できる唯一無二のチャンスでもあるのだ。


この機を逃したら切り札の対策を施され、次回以降同じ手は通用しなくなる可能性が高い。


「(全システム再起動! 間に合ってくれ!)」


最終手段として機体に搭載された全ての電子機器の再起動を試みるセシル。


パソコンやスマートフォンのように困った時は再起動すれば大体何とかなる――はずだ。


「ミンチよりも酷く潰れてしまえッ!」


スラスターを噴かして一気に距離を詰め、確実にコックピットを潰すべく所謂"オルテガハンマー"の構えを取るクロエのナイトエンド。


漆黒の大型MFのパワーは凄まじく、ガッツリと組んだ両手を振り下ろす攻撃を食らえば助かる見込みは無い。


「(ここまでとは……!)」


エースと呼ばれた者たちの中には対空砲火や事故など、意外なほど呆気無い最期を迎えた事例も決して少なくない。


そして、それはたった5年の活躍期間で世界最強クラスに登り詰めたセシルも例外では無かったのかもしれない……。



「お願いッ! もっと速く飛んでッ!」


ナイトエンドが両腕を振り下ろさんとしたその時、目の前で尻餅を付いているのとは別の蒼いMF――スレイのオーディールM3が突如姿を現す。


もう一機の蒼いMFは既に人型のノーマル形態に変形しており、漆黒のMFを止める最終手段として体当たり攻撃を敢行する。


「なッ――きゃあッ!?」


時速600キロ近い速度から繰り出されるショルダータックルの威力は凄まじく、それをまともに食らってしまったクロエは堪らず女の子らしい悲鳴を上げる。


舌を噛み切るかと思うほど非常に激しい衝撃だったが、地面を転がりながらも受け身をとれたのは不幸中の幸いであった。


「す、スレイッ!」


一方、自機の損傷を厭わない体当たり攻撃は反動ダメージとしてスレイ機に跳ね返り、直接接触した右肩及び右上腕部は装甲が欠損していた。


それでも無線が使えないことを忘れて叫ぶセシルを守るため、スレイは果敢な攻勢に打って出る。


「"蒼い悪魔"の下僕! 随分と都合良く駆け付けてくれちゃって!」


操縦技量、機体性能共にクロエのナイトエンドの方が上とはいえ、完全に圧倒できるほどの差は無い。


武装の大半を喪失し出力も低下している状態ではむしろ劣勢であり、スレイに纏わり付かれた時点で"蒼い悪魔"にトドメを刺すことは不可能となった。


「らしくないな……隊長ともあろう人が何やってるんだ?」


そして、同僚が敵エースを引き付けている間にアヤネルのオーディールがセシル機のすぐ近くに降り立ち、動けない隊長の援護に回る。


「アビオニクスが全て機能不全に陥っていて無線も使えない!」


自機の無線が使えないことを思い出し、身振り手振りを交えながらトラブルを伝えようとするセシル。


「(……ジェスチャーで何かがダメだと知らせているが、メカニカルトラブルか?)」


無線のトラブルで隊長の声は聞こえなかったが、彼女が訴えている内容は何となく察することができた。


「(とにかく、今は動けない隊長を狙う敵機を追い払わないとな)」


ビッグチャンスを逃すまいと無人戦闘機とバイオロイド専用MFが上空から群がってくる。


それを唯一迎え撃てる存在としてアヤネルのオーディールは再び臨戦態勢に入る。


「隊長! あんたのライフルを貸せ!」


幸いにもセシル機のトラブルはハードウェアに起因するものではなく、同機の装備は他の機体なら使用可能であった。


アヤネルは隊長機のハードポイントからレーザーライフルを半ば強引に奪い取り、自機の物と合わせた二丁持ちスタイルで敵を待つ。


「近付く奴は片っ端から撃ち落としてやるッ!」


敵部隊の先陣が射程圏内に入った瞬間、アヤネルのオーディールは全てのウェポンベイを展開。


残りのマイクロミサイルを撃ち尽くしつつ、両手に構えているレーザーライフルを乱れ撃つのだった。



「くそッ! バッタの大群みたいに攻めてきやがって!」


無人戦闘機――LUAV-02は小型軽量ゆえ装甲が薄いため、マイクロミサイルの至近弾でも損傷を与えて戦闘能力を奪うことはできる。


ただし、同時に襲い掛かって来る機数はそれなりに多く、複数の方向から迫る敵機への対応にアヤネルは苦戦を強いられる。


「ッ……!」


一方、無人戦闘機よりもタフで格闘戦をこなせるバイオロイド専用可変型MF――リガゾルドは個々の戦闘力が高く、一瞬の隙を突かれて接近を許したアヤネルのオーディールはシールド防御を余儀無くされる。


彼女は素晴らしい判断力で咄嗟にビームシールド展開を間に合わせると、膝蹴りによるカウンター攻撃で敵機を弾き飛ばしてからレーザーライフルを発射。


テクニカルな戦法で白いMFを1機撃破してみせた。


「隊長! これ以上は持たせられないぞ!」


アヤネルは非常に良くやっている。


だが、多勢に無勢の状況にはさすがの彼女も弱音を吐き始める。


「(OSを初期化して再起動……徹底的なフォーマットは蓄積された操縦データの完全消去になるが、今回ばかりは致し方あるまい)」


部下を孤軍奮闘させている間、セシルは一時的にコックピットを離れて機体外部に設置されているコントロールパネルを操作していた。


トラブル発生時の対処方法を記載したハンドブックも備品として装備されているのだが、それを読んでいる暇は無いためセシルは最終手段――外部からのOS初期化を実行する。


機体のパワートレインが生きているなら強引に始動できるはずだ。


「隊長! ――セシル! 何とかしろよ!」


夜中の作戦行動から数時間の仮眠を挟んで厳しい連闘に臨んでいるアヤネルの消耗は激しい。


このままでは彼女の体力と集中力が先に尽きてしまうかもしれない。


「(アヤネル……! 今のお前なら30秒は耐えられるはずだ!)」


「くッ……いけね!」


それでもセシルは部下の能力を信じて"30秒"の猶予を見積もるが、その間にもアヤネルのオーディールは被弾によりダメージを蓄積させていく。


「(システム再起動! 早口で呟きながらOSを調整する余裕は無い……この状態でやるしかない!)」


外部からの操作により機体の電力供給を復活させたセシルはコントロールパネルのキーパッドで所定のコマンドを入力し、実行開始を確認してからコックピットに戻る。


OSを完全初期化したことでセシル用に調整されていた設定は消えてしまったが、今は一秒でも早く戦線復帰することが重要であった。



「アタック!」


「右腕が……! こいつ、強い個体か!」


バイオロイド専用MFリガゾルドのビームブレードによる一撃がアヤネルのオーディールの右腕を斬り落とす。


不幸にもバイオロイドの中に混じっているという"上位個体"と当たってしまったらしい。


「ッ! マズいな……!」


仲間や無人戦闘機を使って力を温存し、ここぞというタイミングでスパートを掛けてくるバイオロイドのリガゾルドに瞬く間に追い詰められるアヤネル。


このままでは確実に彼女が押し負けてしまう。


「下がれ! 私が前に出る!」


白いMFがトドメを刺すべく攻撃態勢に入ろうとしたその時、セシルは愛機オーディールを立ち上がらせながら部下に後退を命じる。


「セシルッ!」


「うおおおおおッ!」


隊長の声が再び聞こえたことに驚いたアヤネルが反射的に後退した次の瞬間、その真横を通り抜けるようにセシルのオーディールが一気に前進。


蒼いMFは明らかに硬い動きでありながら強力な右ストレートを繰り出し、ビームブレードで斬り掛かろうとしていた白いMFにカウンター攻撃を食らわせる。


「うぐッ……!?」


予想外の攻撃にバイオロイドのリガゾルドは思わず怯み、2対1の状況を避けるため仕切り直しを強いられる。


「隊長、動けるのか!? それにしてはぎこちないように見えるが……」


「自衛戦闘なら問題無い。心配を掛けさせて悪かったな」


まるで旧世紀のロボットのようなカクカクした動きに不安を隠せないアヤネルに対し、最低限の戦闘行動は可能だと答えるセシル。


それで実際に何とかできてしまいそうのがセシルの恐ろしいところだ。


「(姫の"切り札"を破る天然人間ナチュラルボーンがいるとは……やはり人間的特異点シンギュラリティアは危険な存在だ)」


一方、態勢を立て直したバイオロイドも姫――クロエの自信作である対アビオニクス用ウイルスという"毒"を克服し、見事乗機を復活させたセシルの機転に強い警戒心を抱く。


過酷なローテーションと高機動戦闘に堪えられるフィジカルは当然として、MFに関する豊富な知識と危機的状況でも諦めない強靭なメンタルまで持ち合わせているのだろう。


「ゲイル3! バックアップに回れ!」


「……了解!」


セシルもアヤネルもハッキリ言って万全とは程遠い状態だが、今はできることを精一杯やるしかなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る