【26】もうすぐ夜が明ける(中編)
所属勢力問わず交信可能な国際オープンチャンネルに無線周波数をセットし、クロエは急速に間合いを詰めてくる蒼いMFのドライバーに向けて挑発の言葉を投げかける。
「(奴は騎士の末裔としてその道に生きる、正義感に篤い女だと聞く。友軍をダシにした挑発には乗ってくるはず!)」
彼女は蒼いMFのドライバー――セシル・アリアンロッドのパーソナリティもある程度情報収集していた。
近代以前には優秀な騎士の輩出で勇名を馳せた、北オリエンティアにおいて最も長い歴史を持つ家系の一つである筆頭貴族アリアンロッド家に生を受けたセシル。
サラブレッドの如き良血が流れる令嬢は幼少期より高度な英才教育を施され、オリエンティア的騎士道精神を徹底的に叩き込まれたという。
心身に染み付いた騎士道は無礼な挑発を見過ごせないだろう――というのがクロエの腹積もりだった。
「我々は職業軍人だ! 自己中心的な思想で戦うテロリストとは目的が違う!」
その予想通りセシルは愛機オーディールM3を駆りながら挑発に乗ってくれた。
気性は比較的激しいが理性で抑え込んでいるタイプという噂なので、あえて下らない挑発に応じたのかもしれない。
「……あたしも3年前まではあんたと同じ軍人だった。南オリエンティアからやって来るルナサリアンから祖国を守るために戦っていた」
蒼いMFのレーザーライフルによる射撃を回避しつつ、自分も昔は職業軍人だったことを明かすクロエ。
彼女の祖国である聖ノルキア王国はルナサリアン戦争におけるオリエンティア戦線の最前線となり、オリエント連邦本土空襲の開始を大きく遅らせるなど戦線維持に貢献した。
当然、その時は聖ノルキア王国軍航空隊のMFドライバーとしてクロエも防衛戦に参加していた。
あの戦争が終わるまでは所属は違えどセシルと同じく地球人類の一員として戦っていたのだ。
「軍人は国民と国土を守るものだろうがッ!」
軍人とは何たるかを叫びながら一気に格闘戦の間合いに入り、両手に握ったビームソードを振りかざすセシルのオーディール。
「そんなこと言われるまでも無い! あんたこそ3年前の戦争の最後――ルナサリアン本土侵攻作戦に参加したくせに!」
鋭い連撃を何度か
彼女はルナサリアン戦争末期の宇宙戦――38万キロの旅路と月面ツアーには参加せず、祖国防衛に努めて侵略者を退け続けた。
そして、そんな彼女の所にもルナサリアン本土への逆侵攻とそこで行われた戦争犯罪に関する噂は届いていたのだ。
「……私を侵略者と呼ぶのか? だったら同じ蔑称をそっくりそのまま返してやる」
遠回しに戦争犯罪人呼ばわりされたセシルはさすがに眉をひそめる。
彼女は自らを"侵略者"とは定義していなかった。
「貴様らレヴォリューショナミーのアイスランド占領と列強諸国によるルナサリア占領、どこが違うか答えてみろ!」
セシルの気迫は機体の出力差を覆し、怒りの刺突で漆黒の大型MFのナイフを弾き飛ばす。
いや、正確にはクリーンヒットを免れるために得物を犠牲にしたのかもしれない。
武器を盾にして機体を保護するのはMF戦の基本テクニックだ。
「ッ……違うわよ! あたしたちは占領地から資源や技術を略奪した挙句、文化や思想を侵略するつもりは無い!」
獰猛な狩猟民族を祖先とするオリエント人の闘争心は非常に強い。
その血が流れているクロエは残された1本のナイフで怖気付くこと無く対抗。
月に駐留している占領軍――列強諸国による占領政策の真相を徹底批判すると、蒼いMFと激しい鍔迫り合いを繰り広げる。
「勝者がその過程で重ねた罪を棚に上げ、敗者を一方的に裁く行為がまかり通る世界を正す――そのために戦っている!」
自衛用ナイフとビームソードでは前者の方が明らかに劣っており、特にリーチの短さが致命的だ。
しかし、その不利をものともせずクロエのナイトエンドは斬撃を受け流し、反撃と口撃を同時に繰り出す。
「当事者でない者が知ったような口をッ!」
漆黒の大型MFの予想以上の強さに手こずり苛立っているのか、セシルの語気と攻撃が激しさを増す。
「世界を巻き込んだあの戦争は誰にとっても他人事では済まされない!」
対するクロエもレヴォリューショナミー独自開発の超高性能ワンオフ機を任されたエースドライバー。
たとえ得物が頼りなくとも簡単に引くことはできない。
少しでも甘えた隙を見せれば"蒼い悪魔"は容赦無く突っ込んで来るだろう。
「だから、この世界の生きとし生ける人々は知らなければならない! 3年前の戦争が侵略戦争に成り下がった理由を! そうさせたのは誰なのかを!」
クロエがレヴォリューショナミーの一員として戦う理由はただ一つ。
ルナサリアン戦争の目的がどこかで意図的にすり替えられ、列強諸国による醜いパイの奪い合いに変貌した事実を世界へ知らしめるためだ。
不利な状態ながらオリエント系らしい強い闘争心と持ち前の技量で"蒼い悪魔"と互角に渡り合うクロエ。
「(味方も少しずつだけど数を減らされている。あたしがこいつに構い続けていると厳しいわね)」
しかし、彼女が対抗できるだけでは戦術的勝利は厳しい。
僚機の無人戦闘機とバイオロイド専用MFは極めて高性能にもかかわらず、"蒼い悪魔"の下僕たち相手に苦戦を強いられているようだ。
レーダー画面上からは味方の反応が少しずつ消えていっている。
「世界はようやく落ち着き始めたんだ! それをなぜ乱そうとする!」
「ぐッ……!」
味方部隊の損害を抑えるためには速やかに合流したいところだが、セシルのオーディールの猛攻がそれを許さない。
今回の戦闘で何度目かも分からない切り結びの末、クロエのナイトエンドの自衛用ナイフが先にダメになってしまう。
元々耐久性が高い武器ではないため、むしろここまでの酷使によく耐えてくれた方だろう。
「戦争が無い世界ほど、理想的な世界は無いだろうにッ!」
セシルは優秀な騎士や軍人を輩出してきた一族の生まれであり、自身も生粋の職業軍人だが戦乱の世が好きなわけではない。
軍人が訓練と演習と地域貢献だけでキャリアを過ごせる世界ならば、それに越したことは無いのだ。
セシルは不運にも動乱の時代に生まれ育ったが、その卓越した能力を発揮する機会に恵まれたのは幸運なのだろうか?
「(ナイフが刃こぼれしたら攻撃力が無くなってしまう。固定式機関砲や徒手空拳じゃあいつには勝てない)」
自衛用ナイフを投棄したクロエのナイトエンドはこれで全ての手持ち武装を失ってしまった。
マイクロミサイルは接近戦では使用できず、固定式機関砲はそもそもの攻撃力が低い。
小回りが利くオーディールの方が有利と思われる徒手空拳など以ての外だ。
「(そろそろ"切り札"を切らないとね……これが最後の一回になるけど)」
真っ向勝負で勝つことはおそらく不可能。
乗機のすぐ近くを何度も掠める蒼い光の刃を
「もらったッ!」
丸裸の敵機にトドメを刺さんとビームソードを振るうセシルのオーディール。
「ッ! まだまだッ!」
手持ち武装が無く回避も難しいクロエのナイトエンドは両腕を前に出し、蒼いMFの両手首を押さえることで攻撃を食い止める。
これは刹那の見切りが要求される非常にハイレベルなテクニックであり、そしてビームシールド展開よりも隙が少ないと判断した彼女の頭の回転の速さを物語っていた。
「やってくれる……だが、これで徒手空拳以外の攻撃手段は封じた!」
ユニークなディフェンス技術を披露した敵機に感心しつつも、勝利を確信したセシルはいよいよラッシュを掛ける。
「
もうこれ以上攻撃を凌ぎ続けることはできない。
クロエは愛機ナイトエンドのE-OSドライヴをフル稼働させ、そこで発生した莫大なエネルギーの一部を電力に変換。
そして、その電力を全て消費して対アビオニクス用ウイルスの活性化プログラムを送信する。
元々燃費が良くない機体ということもあり、今回の戦闘で"切り札"を切れるのはこれが最後だ。
「闇に堕ちなさい! セシル・アリアンロッド!」
武術を彷彿とさせる受け流しと相変わらずの挑発で時間を稼ぐクロエ。
「訳の分からないことを!」
「(さあ、早く毒に蝕まれなさいよ! あたしの集中力が切れる前に!)」
あと少しだ。
セシルのオーディールの連撃をギリギリのところで
「……何だ?」
ここまで順調に一騎討ちを進めていたセシルは機体の挙動に奇妙な違和感を抱く。
これまで通り"人機一体"と呼べるほどの一体感を発揮していたにもかかわらず、それが突如として失われたように感じたのだ。
オーディールM3にはシミュレーターも含めると300時間以上乗っているので、実機の些細な変化にも気付くことができた。
無論、この辺りのフィードバック能力の高さはセシル自身の才能と豊富な経験に因るところも大きい。
「(操縦桿とペダルの感覚がやけに軽い……操縦系統のトラブルか?)」
最初はメカニカルトラブルを疑うセシルだったが、さすがに"蒼い悪魔"と呼ばれるエースドライバーでも対アビオニクス用ウイルスの存在は見抜けなかった。
世界最強クラスのドライバーが駆る世界最高の量産機から動きのキレが明らかに無くなっていく。
「あら? 少し動きが鈍くなっているわよ、"蒼い悪魔"さん?」
"毒"が回り始めたこの瞬間に形勢逆転を確信したのだろう。
先ほどまで押され気味だったクロエはわざとらしく笑いながら挑発する余裕を取り戻す。
「(くッ、思い通りに動かん! 酷使させ過ぎて機体のメンテナンスが間に合っていないのか!?)」
セシルは非常に高い操縦技量を誇るドライバーだが、その分並みのドライバーとは比較にならないレベルの負担を機体に掛けてしまうことで知られている。
一応カスタマイズが施されているとはいえ、端的に言えば彼女の能力にオーディールM3が全く追いついていないのだ。
自分自身と機体の相性問題は把握しているので、あまり考えたくないが当初は整備不良を疑った。
「不調の相手に追い打ちするのは好きじゃないけどね、あんたほどのエースを倒せる絶好のチャンスを逃がすわけにはいかないの!」
正々堂々を標榜しつつも"敵は倒せる時に倒す"という現実主義を叫び、愛機ナイトエンドのスロットルペダルを一気に踏み込むクロエ。
漆黒の大型MFに格闘武装は残されていない。
接近戦で唯一頼れるのは己のマニピュレーターと脚部だけだ。
「くそッ! こういう時に限って――ぐぅッ!」
普段ならば防御も回避も容易いシンプルな攻撃。
しかし、操縦系統にトラブルを抱えたセシルのオーディールは満足な防御姿勢を取れないまま右ストレートを食らってしまう。
「マイクロミサイル、シュート!」
バランスを崩したまま地上へ落ちていく蒼いMFに向けてクロエのナイトエンドはマイクロミサイルを発射。
残りのミサイルを全て撃ち尽くして追撃による決着を狙う。
「ッ……!」
10分ほど前まで激闘を繰り広げていた雪上に墜落しながらもセシルは操縦桿を動かし、操縦系統が完全にダメになる前に可能な限り防御姿勢を取る。
その直後、複数発のマイクロミサイルが蒼いMFの近辺に相次いで着弾。
爆発によって雪煙と黒煙が舞い上がり、着弾地点の周囲は灰色の煙に包まれる。
「(やったかな? ま、やってなくてもトドメは簡単に刺せるか)」
状況はまだ確認できない。
だが、自ら作成した対アビオニクス用ウイルスに絶大な信頼を寄せるクロエは決して焦らなかった。
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