【25】もうすぐ夜が明ける(前編)

 優れた機体性能、純粋な操縦技術――そして"対アビオニクス用ウイルス"というユニーク且つ強力な搦め手を有するクロエはスウェーデン空軍全地形装甲歩兵軍団を圧倒。


僚機の無人戦闘機LUAV-02及びバイオロイド専用MFリガゾルドの戦果も合わせると、接敵から5分程度で敵部隊を事実上壊滅させていた。


「ッ! 高速で接近してくる飛翔体を確認!」


ウイルスで動けなくなった乗機ニードラケンを放棄し着の身着のままで逃げる敵MFドライバーを始末しようとしたその時、上空待機中の専属副官個体のバイオロイドが所属不明機の接近を告げる。


「くッ……!」


実際に機上レーダーが敵増援を捕捉した次の瞬間、突如飛来した蒼い光線がクロエの愛機ナイトエンドが構えていた接近戦用PDWを貫く。


咄嗟に銃を手放しビームシールドを展開したことで誘爆には巻き込まれなかったが、使い慣れた射撃武装の喪失は対エース戦で響くかもしれない。


「援軍か!? あの蒼い機体は……やはり来てくれた!」


間一髪のところで九死に一生を得た全地形装甲歩兵軍団隊長エステルバリは、風に煽られないよう姿勢を低くしながら朝焼けの空を見上げる。


彼は鋭い機動で急上昇する蒼い可変型MFをよく知っている――というよりも数時間前の戦闘では共闘していた相手だ。


「あいつ……!」


同じく顔を上げたクロエが見ている中、蒼いMFは人型のノーマル形態へ変形。


変形シークエンスが完了する直前に両手首から専用ビームソードを抜刀すると、そのまま雪上に立っている漆黒の大型MFへと襲い掛かる。


「(間違い無い……ゲイル隊の隊長機だ!)」


空中からの強襲攻撃を素早いバックステップでかわしつつ、唯一の格闘武装である自衛用ナイフを抜刀するクロエのナイトエンド。


機種、カラーリング、技量の高さを窺わせる一挙一動――それらを見ればすぐに分かる。


今、彼女が対峙しているのは"蒼い悪魔"ことゲイル隊隊長セシル・アリアンロッドのオーディールM3だ。



 ビームソードを二刀流スタイルで握り締め、ファイティングポーズを取るセシルのオーディール。


「(俺を庇ってくれているのか……?)」


MFには搭乗者の音声を出力するスピーカーは搭載されていない。


しかし、蒼いMFの挙動を見たエステルバリは"自分を庇うように立っている"と認識した。


「(ならば戦闘の邪魔にならないよう、少しでも遠くへ逃げるべきだな……)」


周囲に戦闘力の無い人間がいると戦いに集中できない気持ちはよく分かる。


現状における自身の非力さを痛感しているエステルバリは雪に埋もれた足を持ち上げ、根性と気合で身体に鞭を入れる。


ある程度距離を取れば"蒼い悪魔"のアクロバティックな剣戟けんげきに巻き込まれることは無いだろう。


「(悪魔の加護を受けるのも悪くないかもしれん……後は任せたぞ)」


悪魔に魂を売ったら地獄に堕とされるというが、それなりに信心深いエステルバリも今回ばかりは誘惑に甘んじることを受け入れる。


とにかく今は安全圏まで退避し、生存している部下を探しつつゲイル隊の勝利を祈るしかない。


「――あたし知ってるよ? "蒼い悪魔"の中の人って、オリエント連邦の筆頭貴族のお嬢様なんでしょ?」


地平線から出てきた太陽が氷河を明るく照らす中、クロエはオープンチャンネルの通信回線を開き"蒼い悪魔"のバイオグラフィーをズバリ言い当てる。


ハッキングとネットサーフィンが趣味の彼女はレヴォリューショナミーの脅威となり得る相手の個人情報を興味本位で収集しており、その膨大なデータベースの中には当然セシルの出自や経歴も含まれていた。


オリエント連邦有数の名門アリアンロッド家出身の貴族令嬢にしてオリエント国防空軍士官という立場上、よほどプライベートな情報以外は"セシル・アリアンロッド"と検索エンジンに入力するだけで簡単に出てくる。


検索結果が全て正確ということはあり得ないのだが、これは有名人過ぎて存在感を隠し切れないセシルも悪い。


「……!」


クロエの声が蒼いMFに届いたかを確かめる術は無い。


しかし、彼女の挑発に対するセシルの返答は無言の突撃であった。



「もう! "ノス・オリエンティア"は気性が荒いんだから……!」


蒼いMFの鋭い連撃を自衛用ナイフの二刀流で何とか受け流し、ファイティングポーズを維持したまま間合いを取り直すクロエ。


彼女もセシルも日欧米人からは一括りに"オリエント人"と呼ばれる。


確かにこの二人は同じ人種(種族)でオリエント語を母語としている。


だが、クロエの祖国はオリエント連邦よりも南に位置する聖ノルキア王国という小国。


たとえ生物学的には同族だとしても、生まれ育った国が違えば文化や価値観に代表される国民性は異なったモノになるかもしれない。


「(セシル・アリアンロッド――今の世界では五本の指に入るエースドライバー。正直なところ、あまり真っ向勝負はしたくない相手ね)」


再び格闘戦を仕掛けてきたセシルのオーディールの斬撃を弾きつつ、クロエは頭の中で対抗戦術を練る。


相手は世界最強クラスのエースドライバーで、特に格闘戦を得意としている。


クロエもかつてスターライガチームからオファーを受けたことがあるほどのMF乗りだが、そんな彼女をも凌ぐほどの操縦技量を持つ実力者がセシルだ。


それに加えて小隊長としての指揮能力も優れており、優秀な僚機と連携されたら一層苦戦を強いられるだろう。


また、セシルの搭乗機オーディールM3は量産機としては世界最高の性能を持つ。


最強クラスのドライバーと最高クラスの機体の組み合わせは普通に考えて恐ろしい。


「(やはり格闘戦じゃ分が悪い! さっさと"毒"を流し込んでやられてもらわないと!)」


縦横無尽に動き回りながら得物をぶつけ合う格闘戦では、小回りの良さと純粋なパワーが求められる。


クロエのナイトエンドは大型機用の高出力なE-OSイーオスドライヴを搭載している反面、その機体サイズゆえ小回りが利くとは言い難い。


そもそもナイトエンドは一撃離脱戦法と特殊兵装の運用に特化した機体である以上、相手が得意な格闘戦に付き合うことが間違っていた。


「(小回りが利く相手への対抗策は一撃離脱戦法! それ一番言われてるからね!)」


一気に距離を取る隙を作るべくクロエはスロットルペダルを目一杯踏み込みスラスターを最大噴射。


同時に固定式機関砲で牽制射撃を行い、舞い上がる雪煙に紛れながら朝焼けの空へと飛翔するのだった。



「くッ……!」


自然条件を使った目晦ましを受けたセシルは堪らずビームシールドで防御姿勢を取り、空を翔け上がる漆黒の大型MFを忌々しげに見上げる。


「(大型機め……いくらナイフと言えど出力差があると厳しいか)」


ナイトエンドが得物として振るっていたナイフは所詮自衛用の武器であり、セシルのオーディールのビームソードにはあらゆる面で遠く及ばない。


ただし、漆黒の大型MFは持ち前のパワーと搭乗者クロエの技量で最低限のパリィはこなしていた。


これに関しては素直に相手の能力を評価すべきだろう。


「(それにしても奴の戦い方、私たちとは似て非なるようだ。同じオリエント系だが同郷ではないと見た)」


そして、たった数回剣を交えただけでセシルは相手の"流派"が自分とは異なることも見抜いていた。


彼女のようなオリエント国防空軍所属者や同軍出身者が多いスターライガチームの流派は、中世のヴワル王国騎士団の戦闘技術を起源とするスタイル。


一方、クロエの戦い方は元所属組織と思わしき聖ノルキア王国軍航空隊が取り入れている、オリエント連邦式をベースに独自発展させたものだ。


こういった流派の違いは主に格闘戦で顕著に表れる。


「(味方機と合流されると厄介だ! 逃がさん!)」


無論、相手の流派が何であろうとセシルのアプローチは変わらない。


倒すべき敵は徹底的に叩く……ただそれだけだ。


「マイクロミサイル、シュート!」


敵機を追撃するべく地上を離れたセシルのオーディールはバックパックのウェポンベイを展開。


フルスロットルで上昇しながらマイクロミサイルを一斉発射する。


「寝惚けたミサイル攻撃なんて無駄よ! ECMシステム、作動開始!」


クロエのナイトエンドは推力の大半をバックパックと脚部の各スラスターに割り振っているため、運動性はあまり高いとはいえない。


ミサイルアラートが聞こえた瞬間に回避運動には入るが、それと防御兵装を組み合わせても避け切れないミサイルがある場合はECMシステム――所謂ジャミングで対抗しなければならなかった。



 不可視の妨害電波を発する漆黒の大型MFを避けるように軌道が逸れ、そうでなくてもチャフやフレアに撹乱かくらんされあらぬ方向に飛んでいくマイクロミサイルたち。


「何ッ!? ジャミングか!?」


何の前触れも無く発動したジャミングに思わず眉をひそめるセシル。


牽制攻撃のつもりだったのでクリーンヒットには期待していなかったが、それでも攻撃をかわされたらあまり気分は良くない。


「ナイトエンドのECMシステムはただのジャミングじゃないわ! あらゆる兵器の誘導装置に干渉できる、超ド級のジャミングなのよ!」


相手の苛立ちを知ってか知らずか、誰に尋ねられたわけでもないのに愛機語りを始めるクロエ。


ナイトエンドのバックパック内ウェポンベイに搭載可能な電子戦ユニットは、一般的なMF用電子戦ポッドよりも極めて強力な妨害電波を発することができる。


その出力は全ての電子機器に悪影響を及ぼし、レーダーや無線システムも一時的に機能不全に陥らせるほどだ。


「(電力消費が激しくてこっちにも都合が悪いから、ホントは多用したくないんだけどね……)」


そして、この妨害電波を真っ先に浴びるのは搭載機のナイトエンドである。


自分自身を妨害しないよう対策を施しているとはいえ、強力過ぎて完全無効化はできないため使い所は慎重に見極めなければならなかった。


MFの発電方法はE-OSイーオスドライヴが生成するエネルギーの変換――つまり、必要以上の発電は出力低下や稼働時間の減少を招く。


「各機、黒いヤツはジャミングでミサイルを無力化してくるぞ! その間は接近戦で応戦しろ!」


「よく聞こえない! 何だって!?」


敵機の特徴を概ね把握したセシルは僚機とその情報を共有しようとするが、強力なジャミングの影響で聞き取れなかったアヤネルはもう一度聞き返す。


「……こいつは私一人で対処する。お前はゲイル2と共に敵部隊を殲滅しろ」


「指示が不明確なら現状維持の戦闘を続けます!」


もしかしたら部隊内での通信が困難になっているのかもしれない。


ノイズ混じりの無線に首を傾げながらセシルが指示を出すと、それが聞こえなかったもう一人の僚機スレイは"具体的な指示が無かった"と見做し自己判断で戦闘を継続する。


「(僚機と無線で話している? だったら無理矢理割り込んでウイルスを押し付けられるかも!)」


これはクロエにとってはチャンスだ。


このタイミングで彼女が通信に介入すれば、セシルたちは反射的に反応してくれるかもしれない。


「――あんたたちも大変だねえ。見ず知らずの土地まで来て、仲良くも無い連中の援護に駆り出されるなんてさ」


ECMシステムのアクティブ時間終了を確認したクロエは通信回線を開き、まず手始めにオープンチャンネルで軽く挑発してやるのだった。

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