【24】ABEND

 XREV-009 ナイトエンド――。


レヴォリューショナミーが独自開発した大型可変MF。


変形機構と豊富なペイロードを両立するためにあえてサイズを大型化し、大推力スラスターで動力性能を確保した機体。


スウェーデン空軍が運用する小型軽量なニードラケン(全高4.5m)の1.5倍近いサイズ感と言えば、ナイトエンドという機体の大きさが想像できるだろう。


「ロックオン! マイクロミサイル、シュート!」


ついさっきまで対地攻撃任務に参加しており、それから装備換装する暇も無く今度は対MF戦を行うことになったクロエのナイトエンド。


しかし、漆黒の大型MFはウェポンベイの一部に自衛用の汎用マイクロミサイルを搭載していた。


これ自体は世界各国の軍隊やプライベーターで採用されているミサイルだが、超高性能機とエースドライバーが扱えばスペック以上の能力を発揮し得る。


「くそッ! かわせな――!」


「一機やられた!? 速すぎる!」


レヴォリューショナミー航空部隊の先制攻撃にスウェーデン空軍全地形装甲歩兵軍団が対応できたとは言い難く、最初のコンタクトでいきなりニードラケンを1機撃墜されてしまう。


ミサイル攻撃を辛うじてかわせたドライバーが指摘している通り、無人戦闘機とバイオロイド専用MFを擁するクロエの部隊は驚異的な攻撃速度で先手を打っていた。


「狼狽えるなッ! 冷静にレーダー画面を見ろ!」


一瞬にして築かれた絶対包囲網に僚機が翻弄される中、全地形装甲歩兵軍団隊長のエステルバリは無人戦闘機を撃墜するなど一人気を吐いてみせる。


機体性能が負けている状況でも彼は奮闘していたが……。


「隊長! 援護してくださいッ! 隊長――ッ!」


「……守れなかったか」


エステルバリが見ている前で部下のニードラケンが被弾し、体勢を立て直せないまま地上の氷河に叩き付けられ爆散する。


彼はまだ若かった部下を目の前で散華させてしまったことに自責の念を抱き、ただ唇を噛み締めるしかなかった。



「被弾した! ベイルアウトする!」


「コックピットに火が……! ぐわあああッ!」


全地形装甲歩兵軍団の苦難はまだまだ続く。


ある機体のドライバーが被弾により射出座席で脱出する一方、別の機体はそれさえ叶わず全身火達磨となって墜落していく。


この短時間でどれほどの部下を殺されたのだろうか。


「ッ! こいつらぁッ!」


先ほどは部下たちに冷静な行動を促していたエステルバリだったが、皮肉にもその部下たちを失ったことで彼の怒りは我慢の限界を迎え、感情に任せた射撃で仇の無人戦闘機を撃墜する。


僚機はみな自分自身の安全確保で精一杯であり、戦果を挙げているのはエステルバリだけだ。


「ここまで強いとはなぁ……!」


生き残っていた僚機がエステルバリ機と合流し、両者は背中合わせの状態で互いをカバーするような戦い方を展開する。


最初からこういった連携が取れればよかったのだが、レヴォリューショナミーの計算し尽くされた先制攻撃がそれを許さなかった。


「操縦系統が少しスカスカな気がする……お前はどうだ?」


「分かりませんよ! そんなこと気にしてる余裕も無い!」


敵機の数を減らすことさえままならない中、操縦桿のフィードバックに違和感を抱いたエステルバリは部下に同じトラブルが起きていないか尋ねる。


しかし、バイオロイド専用MFと撃ち合いを繰り広げている部下はそれどころではなかった。


「(隊長機以外は弱すぎて拍子抜けだけど……そろそろ"効き目"が出てくる頃かな)」


一方、戦いを有利に進めているクロエは全地形装甲歩兵軍団の動きが少し悪くなっていることに気付く。


「(あたしの作った毒が回り始めたら最後、あんたたちはおしまいなんだから……!)」


それもそのはず。


原因は彼女が戦闘開始直前から言葉巧みに浸透させておいた"毒"にあったのだ。



「な、何だ……!?」


明らかにおかしい。


全地形装甲歩兵軍団のドライバーが操縦桿とスロットルペダルを操作しているにもかかわらず、乗機ニードラケンの動作にそれが反映されていない。


まるで操縦系統が途中で断線しているかのように……。


「どうした! メカニカルトラブルか!?」


「ペダルが軽すぎる! それにUIと通信装置が――」


自由落下へ移行していく僚機を見たエステルバリは機体の状態について問い掛けるが、詳しい返答を聞く前に通信回線もプツンと途絶してしまう。


ニードラケンの操縦系統はフライ・バイ・ワイヤと呼ばれる技術を使用しており、これは操縦桿及びスロットルペダルに対する入力を電気信号に変換。


アクチュエーターを介して機体各部を動作させる仕組みである。


通常時は入力範囲の限界に近付くにつれて重く感じるよう"人工的な手応え"を再現しているが、僚機はこの機能が働かない――つまり制御システムに異常があると最後に言い残していた。


「くッ……こっちも明らかにおかしい! こんな時に限って!」


そして、エステルバリのニードラケンもスロットルペダルがスカスカ動くなど操縦不能状態に陥り、そのまま地面に擱座かくざしてしまう。


雪が積もった氷河の上に緩衝装置としての能力に優れる脚部から落ちたため、機体の大破を免れたのは不幸中の幸いだったが……。


「おい! 大丈夫か! 応答しろッ!」


自機から数百メートル離れた雪上で転倒している僚機を発見したエステルバリは無線で呼び掛けるが、通信システムも機能不全に陥っているのか返答は無い。


「(無線システム――いや、あらゆるアビオニクスがダウンしている!?)」


いや、通信システムを含む全ての電子機器が動作していないのはエステルバリの機体も同じであった。


メインの操縦系統に航法システム、敵味方識別装置、飛行管理システムも完全にシャットダウンしてしまっている。


「(操縦系統もメインシステムはダメそうか……サブシステムへの切り替えで解決すればいいんだが)」


コックピット正面の予備計器用液晶パネルの周囲に配置されたスイッチ類を操作し、この状況で最低限必要な操縦系統のバックアップ起動を試みるエステルバリ。


「おや? おやおや……スウィードと言えどこの寒さは堪えるのかな?」


だが、その努力を嘲笑あざわらうかのようにクロエの愛機ナイトエンドは擱座するニードラケンの近くに降り立つのだった。



「……あ、そうだった。無線システムが落ちてるからあたしの声も聞こえないんだったね」


自機が散布した"毒"――対アビオニクス用ウイルスの症状を思い出したクロエはわざとらしい笑みを浮かべ、ナイトエンドの主兵装である接近戦用PDWを構える。


重量的な制約が厳しい可変機にもかかわらず実体弾射撃武装を採用しているのには理由があった。


「ほらほらほら! 動かないと当たっちゃうわよ!」


雪上で尻餅をついているニードラケンに対しPDWを発砲するクロエのナイトエンド。


動けないのをいいことに灰色のMFの右腕、左肩、腹部、右脚付け根、左脚をゲーム感覚で撃ち抜いていく。


「や、やめろ! 動けない敵機をいたぶって何が面白い!?」


部下の機体が一方的にダルマにされる様子をエステルバリは指をくわえて眺めることしかできない。


「プログラム活性化の際にエネルギーを大量消費する点は改善の余地あり――ま、相手を無力化できるなら気にならないか♪」


ITエンジニアとしても優秀なクロエが作成した対アビオニクス用ウイルスは、通信回線が開かれた際に各種データに紛れて敵機のOSへ侵入。


この時点では潜伏期間とでも言うべきスタンバイ状態で待機するが、ナイトエンドから送信される制御プログラムの受信をキッカケに活性化し、侵入先の電子機器のプログラムを破壊するなどして機能不全に陥らせる。


ハイテク満載の現代兵器にとってはまさしく"猛毒"であり、その絶大な効果を考えれば制御プログラム送信時の莫大な電力消費――それに伴う一時的な出力低下などしたる問題では無かった。


「な、何がどうなってるんだ……引くも押すもできない……!」


漆黒のMFの一方的な射撃はニードラケンのコックピットを避けていたが、胸部付近に着弾した際に生じた金属片により同機のドライバーは腕と腹部を負傷していた。


内張りと思われる尖った破片が身体に突き刺さり、フライトスーツの一部が赤黒く染まるほどの大量出血に見舞われる。


当然、このまま出血が続けば彼は永遠に意識を失ってしまうことになる。


「少しだけ好きになったよ……ありがとう、データ取りの相手になってくれて」


その言葉に込められているのは本心か、それとも皮肉か。


対アビオニクス用ウイルスの効果時間が実用上十分であることを確認したクロエは、子どもっぽい笑みを浮かべながら射的ゲームの最高得点――ニードラケンのコックピットに照準を合わせる。


「じゃ、さようなら」


一切の躊躇無く操縦桿のトリガーを引く彼女の笑顔は無邪気にして残酷であった。



 パワートレインを完璧に避け、コックピットブロックだけを極めて正確に撃ち抜いたのだろう。


四肢と胴体を破壊されたニードラケンは爆発はおろか火災さえ起こすこと無く沈黙する。


「ッ……!」


僚機が物言わぬしかばねと化す瞬間を見せつけられたエステルバリはただ呆然とするしかなかった。


「さーて、最後の一人もさっさとヤッちゃうかぁ」


一方、順調過ぎるほどに戦いを有利に進めているクロエのテンションは"スイートスポット"に入っており、意気揚々と最後の一人――エステルバリのニードラケンの所へと向かう。


彼は全地形装甲歩兵軍団の中では頭一つ抜けて強いため、"猛毒"で動けない間に仕留めてしまうのが得策だ。


「(やむを得ん……! 機体は放棄するしかない!)」


結局、機体の再始動に失敗したエステルバリは脱出を決断する。


全ての電気系統がダウンしており射出座席も作動しないため、シートベルトを外し自力でコックピットから這い出て雪上に飛び降りる。


「ホント、良い声してたしクロエちゃん好みの男だったんだけどなぁ」


雪上をもたもた歩く目標エステルバリに向けて接近戦用PDWを発砲するクロエのナイトエンド。


声の良さをスポイルしない冷静沈着さと量産機で上手く立ち回る操縦技術――彼女の独り言は本心だったのかもしれない。


少なくとも全地形装甲歩兵軍団の有象無象が眼中に入らない程度には関心を集中させていた。


「(生身の人間相手に撃ってきやがった! くそッ、イカれてるぜあの女!)」


無論、護身用のハンドガンしか持っていないのにMFサイズの銃弾に狙われているエステルバリはそんなことなど知る由も無い。


彼は心の中で毒づきながら雪に埋まったり氷で滑りそうな足をとにかく動かす。


人間の移動速度では絶対に逃げ切れないが、生き残ることを諦めるわけにはいかない。


「でも残念。"マスターマインド"が目指す未来につまらない男は必要無いってさ」


個人的には"好印象さえ抱いた"と微笑むクロエ。


しかし、好感と同時に彼女はレヴォリューショナミーのトップは"革新"を求めているとも指摘する。


体制にくみし組織の歯車となって戦うエステルバリとは初めから道は交わらなかったのだ。


「次は外さないよ……!」


風が強い気象条件で小さな標的を狙い撃つのは大変だが、照準修正に必要なデータは集まった。


雪で体力を奪われたのかその場にひざまずいたエステルバリの背中にH.I.Sホログラム・インターフェースのレティクルを合わせ、クロエは操縦桿のトリガーに掛けた人差し指に力を込める……!

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