【28】不可解な点

 メカニカルトラブルから奇跡的に復活したセシルがアヤネルと共に立て直しを図っていたその頃、もう一人の僚機スレイは単独で漆黒の大型MF相手に時間稼ぎを行っていた。


「ファイア!」


スレイのオーディールM3が装備しているレーザーライフルは"アサルトタイプ"と呼ばれる換装パーツを装着しており、その名の通りパルスレーザー砲のような蒼い光弾を連射する。


これはセシル機の"ライフルタイプ"やアヤネル機の"バトルタイプ"よりも攻撃力及び射程では劣るが、弾幕の形成や命中率といった点で優れている。


純粋な操縦技量にあまり自信が無いスレイにとっては扱いやすい装備なのだ。


「(あの女の部下をやってるだけあって上手いじゃない……ま、あたしよりはへたっぴだけどね!)」


蒼いMFの攻撃を最小限の動きで回避しながらクロエは相手の能力を査定する。


あの女――セシルが長年引き連れている時点で一定以上の実力を持っていることは確実なのだが、それでもクロエは"タイマンなら自分の方が強い"という評価を下す。


「(図体が大きいわりにはよく動く……! でも、装備を失っている状態の相手なら押し切れる!)」


クロエの技量については現在進行形で戦っているスレイが最も実感していた。


一般的に運動性が低く小回りが利かないとされる大型機を意のままに操り、攻撃をことごとく回避していく姿は優れた操縦技術の表れだ。


ただし、クロエのナイトエンドが回避に徹しているのは攻撃手段が無いからである。

スレイはそこに勝算を見い出した。


「(へたっぴだけど普通に強いのよね……レイキャヴィーク方面の動向も気になるし、そろそろ引き際かもしれない)」


そんな"へたっぴ"に追い詰められるほど漆黒の大型MFは酷く消耗しており、今後の戦局を鑑みたクロエは撤退を検討し始めるのだった。




「(こんな奴にセシル隊長が追い詰められたなんて信じられない。きっと卑怯な手段を使ったんだわ)」


一騎討ちでは勝負を付けられないほど高い技量を持っているとはいえ、武装の大半を失っている敵機ナイトエンドがセシル相手に優位に立ち回っていたことを疑問視するスレイ。


通常のMF戦であれば隊長が負けることなどあり得ない――セシルの隣で戦ってきたスレイは上官の卓越した戦闘能力を誰よりも知っており、回避運動に徹している敵機に疑いの目を向ける。


「(H.I.Sホログラム・インターフェースに割り込み!? この表示は……そういうことね!)」


敵機の追撃に移ろうとしたその時、スレイ機のコックピットに立体投映されているレーダー画面の一部分が赤く塗り潰される。


「ゲイル2、深追いの必要は無い! 後退しろ!」


「ええ、分かっています!」


それと同時に無線が使えない状態が続いていたセシルとの通信が復活し、上官の命令の意図を察したスレイは先述の赤いエリアから離れるように乗機を方向転換させる。


「(追撃を中止した? だったら、今のうちにこっちも撤退を――)」


蒼いMFがあっさりと追撃を断念したのを不審に思いつつも、これ幸いとばかりに自らも撤退ルートの確保に取り掛かるクロエ。


自分だけなら今すぐにでも逃げられるが、高価なバイオロイドと専用MFリガゾルドは可能な限り生存させておきたい。


レヴォリューショナミーの組織規模では戦力は一切無駄にできないのだ。


「ッ!?」


次の瞬間、クロエのナイトエンドの近くを蒼い極太レーザーが2本通過していく。


運動性が高く機体サイズも小さいMFにはなかなか命中しないとはいえ、今の艦砲レベルの攻撃は明らかにクロエを狙っていた。


「(艦砲射撃……! 東海岸からわざわざ前進してくるなんて!)」


想定とは少々異なる状況にクロエは若干の焦りを抱く。


レイキャヴィークの司令部が最終的に承認した作戦では"短距離戦術打撃群艦隊は東海岸に待機し、エイイルススタジル空港が攻撃されたら同地の防衛に回る"と予想されており、クロエも計画通り物事が進むように部隊を動かしたつもりだ。


だが、敵艦隊は空港の守りが手薄になることを覚悟の上で内陸部まで前進して来た。


これは相手の出方を読み切れなかったレヴォリューショナミー側の采配ミスだろう。


「アーベントより全機、方位2-5-2に向けて撤退を開始する! 後方から発射される艦砲射撃に警戒しつつ移動せよ!」


空対空装備のMF及び無人戦闘機を中心とした戦力では敵艦隊に対抗することはできない。


ドイツ語で"夕方"を意味するTACネームを持つクロエは速やかに撤退命令を出す。


彼女の眼下に見えるコンクリート製の巨大構造物は拠点建設の初期段階に留まっている。


あれは敵にくれてやっても大きな痛手にはならない。


「アニア! 残存戦力を纏めて引き揚げるよ!」


「了解」


愛機ナイトエンドをファイター形態に変形させながらクロエは専属副官個体のバイオロイドNo.911"アニア"に一機でも多くの味方を回収するよう指示を飛ばすのであった。




 レヴォリューショナミーの蜂起以来最も過酷な緊急出撃を終えたゲイル隊は母艦アドミラル・エイトケンに帰艦。


出迎えてくれたメカニックたちに簡潔な報告を済ませると、デブリーフィングに参加するため休む間も無くブリーフィングルームへと向かう。


「――失礼します。セシル・アリアンロッド上級大佐以下3名、ただいま帰艦いたしました」


「どうぞ。3人とも楽にしていいわよ」


ゲイル隊の責任者としてブリーフィングルームのドアをノックし、帰艦報告と同時に入室許可を請うセシル。


すぐに聞き慣れた声――短距離戦術打撃群参謀にしてセシルの実姉カリーヌの返事があったため、3人は部屋に入ると空いている席を見つけて腰を下ろす。


「まずはお疲れ様。私が艦長に無理を言って艦隊を動かしてもらったけど、みんな無事に帰って来てくれて良かったわ」


十分な休憩時間を取れないまま緊急出撃に対応してくれたゲイル隊の面々を労うカリーヌ。


結果的に敵部隊を退ける決め手となった短距離戦術打撃群艦隊の援護は彼女の発案だったらしい。


「ええ、全く以って大変でしたよ! 次はあんたたちに出張ってもらうからな!」


コンバットスーツの上半身をはだけさせインナースーツが見えている状態で座るアヤネルは率直な感想を述べると、今回は母艦の直掩のため待機していたブフェーラ隊の面々をジト目で睨む。


「早くもメカニックたちの間で噂になっているよ。あのセシルを苦戦させた相手が現れたとか……」


理不尽な視線を向けられたリリスは肩を竦めながら本人たちよりも早く耳に入ってきた噂に触れる。


「……」


もっとも、根っからの"セシル信者"であるローゼルはあまり信じたくなかったようだが……。




「私の方が強い! だが……今回は運悪くメカニカルトラブルが出ただけだ!」


親友や幼馴染の懸念を一蹴するかのようにセシルは感情的に声を荒げ、苦戦の原因は明白であるとぶちまける。


「それについてはエンジニアチームを招集して調査させるわ。原因が判明次第追って報告する」


珍しく苛立ちを露わにしている妹をアイコンタクトで窘めつつ、カリーヌはメカニカルトラブルの原因究明及び再発防止については今すぐにでも始めることを約束する。


整備不良、設計上の欠陥、無理な運用による過負荷――あらゆる可能性を想定して調査させた方がいいだろう。


「あの……一つ気になることがあるんですけど、いいですか?」


会話が途切れデブリーフィングが一段落したその時、これまで黙って話を聞いていたスレイが若干申し訳無さそうに右手を上げる。


「何だ? 言ってみろ」


「戦闘終了後に私たちが救助したスウェーデン空軍のMFドライバーさんと少しだけ会話した時、彼も操縦系統のトラブルについて話していたんです」


上官セシルから発言を認められたスレイは戦闘後の出来事について回想する。


自分たちよりも先に敵部隊の追撃に上がり、そのまま撃墜された友軍機のMFドライバーを回収した際に言葉を交わす機会があった。


彼は決して超高性能とは言えない量産機でクロエのナイトエンドと渡り合ったが、突然のメカニカルトラブルにより機体が操縦不能となり不時着。


ゲイル隊が到着した時には機体を放棄し脱出していたという。


「……偶然とは思えないな。向こうのニードラケンはRMRベースだから、ウチのオーディールと似たトラブルが出る可能性も無いわけではない」


異なる陣営でほぼ同時に発生した同一症状のメカニカルトラブル――。


ヴァイルはスウェーデン空軍の主力MFニードラケンがオーディールの製造元であるRMロックフォード製の別機体を参考にしていることに言及し、その過程で欠陥まで引き継いでしまった可能性を示唆する。


「如何なる理由であれ運用停止にして徹底調査している暇は無い。今は戦時中なんだ」


不可解な点は確かに多いが、オーディールは短距離戦術打撃群が所有している唯一の航空戦力。


それに加えて数十時間後にはアイスランド首都レイキャヴィークに向かわなければいけないため、オーバーホール作業の機会を確保できるまでは騙し騙し運用せざるを得ないとセシルは述べる。


「しかし、操縦系統に不安要素を抱えた機体には乗れません。現場で実施できる範囲での最低限の対策は必要ですわ」


彼女の意見は予断を許さない情勢下では間違っていないとはいえ、信頼性に欠ける機体に命を預けることはできないというローゼルの反論も正しい。


「はぁ……メカニックたちにはまた徹夜で働いてもらうことになるわね」


以前は発生しなかった機材トラブル、自分の権限では動かせないスケジュール、士気は高いが少々頼りない友軍――。


短距離戦術打撃群の最高階級者としてこれらの課題に対処しなければならないカリーヌは、前髪をかき上げながら思わずタメ息をくのだった。

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