【22】深夜の敵前上陸(後編)
エイイルススタジル空港――。
アイスランド東部の最大都市エイイルススタジル市内にある小さな民間空港。
同国に対し電撃侵攻を行ったレヴォリューショナミーは侵攻初日にこの空港を占領し、東部防衛の重要拠点としていた。
「UAV(無人戦闘機)の発進を優先!」
「第1高射部隊、戦闘配置完了!」
エイイルススタジル空港に駐留しているレヴォリューショナミーの人員は全てバイオロイドであり、
彼女たちは基地司令官に相当する上位個体の指示の下、迎撃機の発進や対空車両の展開といった防衛戦闘の準備を的確に進めていく。
「敵航空部隊接近中! 機数6!」
「撃ち方始め! 第2高射部隊も配置に就き次第射撃開始!」
第1高射部隊に所属する戦闘要員から報告を受けた指揮官個体は対空戦闘開始を命じる。
高射部隊には対空兵器を搭載した車両はもちろん、これらのオペレーターを兼任する戦闘要員のために携帯式地対空ミサイルランチャーが多数配備されていた。
防空網は決して貧弱ではないと評価できる。
「全機、速度を維持したまま飛行場へ接近する! 時間を掛ければ掛けるほどこちらが不利になる!」
そんな油断できない拠点をセシル率いる短距離戦術打撃群航空隊は6機のMFで攻め落とすつもりだ。
既に対空兵器が稼働し始めていると踏んだセシルは機動力を活かして一気に肉薄、温存していた対地兵装の全力投入による短期決着を狙っていた。
「特に敵航空機は離陸される前に叩き落とすつもりでいけ!」
主な攻撃目標は後続の友軍部隊の脅威となり得る敵戦闘車両及び空港の主要機能である滑走路。
短距離戦術打撃群も友軍部隊も固定翼機を戦力としては持ち込んでいないため、滑走路は破壊してしまっても問題無い。
むしろ、敵航空機の離着陸を妨害するために最優先で攻撃してもいいくらいだ。
「了解! 民間空港を盾にしても容赦しねえからな!」
空港周辺に展開する第1高射部隊の移動式サーチライトが夜空を明るく照らす。
民間施設に対する攻撃行為は本来ならば避けるべきだが、アヤネルの言う通りテロリスト相手には多少の例外も必要であった。
「目標確認! 小爆弾ディスペンサー、シュート!」
ヘルメット内蔵の暗視装置を一時的に起動し、攻撃目標を識別したスレイは"最も効果的な位置"に向けて最後の小爆弾ディスペンサーを射出する。
条約遵守のため攻撃力が意図的に抑えられているとはいえ、命中弾が入ればトーチカのような極端に硬い目標以外は容易に無力化できる。
「ブフェーラ2、シュート!」
スレイ機の攻撃と息を合わせるようにローゼルのオーディールM3も同じく小爆弾ディスペンサーを射出する。
この兵装は攻撃範囲に若干クセがあるが、母機となる飛翔体を目標付近まで飛ばすことから射程距離に優れており、非装甲だが反撃能力を有する目標への先制攻撃には最適だ。
「さて、この攻撃でソフトターゲットをどれくらい破壊できるかな……?」
「着弾確認――ターゲット複数破壊!」
ディスペンサー運用時の定石通り飛行速度を調整して着弾を待つリリス。
その直後、2個の飛翔体からバラ撒かれた無数の小爆弾の着弾及びターゲット破壊をヴァイルが報告する。
「まだ基地機能は健在だ! 滑走路と対空兵器と航空機は全て吹き飛ばしてやれ!」
所々で爆発による火の手が上がるエイイルススタジル空港を視界に捉え、セシルたちは本格的な攻撃態勢に入る。
小爆弾ディスペンサーによる先制攻撃は効果的だったが、軍事拠点としての機能を喪失させるには程遠い。
もっともっと痛めつけなくては。
「ゲイル3、SAM(地対空ミサイル)に狙われている!」
「くそッ! ランチャーを担いだ歩兵でもいるのかよ!」
無論、空襲に晒されればレヴォリューショナミーも本気で抵抗してくる。
ヴァイルが警告した次の瞬間、地上から発射された1発の地対空ミサイルがアヤネルのオーディールの近くを掠めていく。
「歩兵をいちいち狙うのは非効率的だ。対地攻撃に巻き込まれてもらうか、あるいは無視して脅威度が高い目標の破壊を優先しよう」
時々レーダー画面上では何も無い場所からミサイルが飛んで来ていることはリリスも把握している。
ミサイルランチャーを担いだ歩兵への対処法はいくつか考えられるが、彼女個人としては生身の人間を積極的に狙う行為はあまり勧めたくなかった。
対地兵装を温存していたゲイル及びブフェーラ隊の火力は圧倒的だった。
6機の蒼いMFは極めて正確且つ容赦の無い対地攻撃でレヴォリューショナミーの地上部隊を蹂躙し、空港周辺に鉄屑と屍の山を築き上げていく。
"蒼い悪魔"がひとたび本気を出した時、戦場はこの世の終わりのような地獄へと変わる。
「敵機が……! 離陸される前に地上撃破できれば!」
それでも
地上目標に対する機銃掃射という点では、確かにこの兵装の使用用途に完璧に合致していた。
「ゲイル2、ファイア!」
スレイのオーディールの機体下面に装備されたガンポッドから無数の弾丸が放たれる。
凄まじい発射レートでの射撃を回避する手段などタキシング中のリガゾルドにはあるはずも無く、白い可変型MFは地上から1ミリも浮き上がれないまま無残に破壊されてしまう。
今回は非情な攻撃に徹したスレイの勝ちだ。
「セシル姉さま――いえ、ゲイル1! 格納庫も完全に破壊するべきでしょうか?」
「許可する。あの中に駐機している機体ごと壊せれば好都合だ」
一方、離陸直後の無人戦闘機を撃墜し上空旋回中のローゼルはセシル中隊長に次の指示を仰ぐ。
これは攻撃してはいけない施設への誤爆を避けるためのお伺い立てだが、返答を聞く限り"セシル姉さま"は最初から格納庫を吹き飛ばすつもりだったらしい。
「建物は後から再建できるが、見逃した敵に殺された命は取り返しが付かないからな」
「……了解、攻撃を開始しますわ!」
ともかく、中隊長であるセシルの許可を取り付けたローゼルは自信を持って爆撃態勢に入る。
彼女は対地攻撃専用の小爆弾ディスペンサーこそ使い切ったものの、それ以外の兵装はまだ余らせていた。
「ブフェーラ2、ファイア!」
動かない建造物にしっかりと照準を合わせ、ローゼルのオーディールは脚部外側のハードポイントに装備された10連装ロケット弾ポッドを一斉発射するのであった。
爆発物を使った攻撃が空港敷地内に備蓄されていた燃料弾薬に引火し、ただでさえ激しかった火災の規模がより一層大きくなる。
直線距離にして20kmほど離れている上陸地点からも夜空が赤く照らされる光景は見えているかもしれない。
「みんな今回は手加減しないな」
「ハッ! テロリストにそんなモノ必要無いだろ?」
任務の一環とはいえ自分たちが作り出した地獄に少し引いているヴァイルに対し、テロリスト相手ならそれに相応しい"やり方"があると鼻で笑うアヤネル。
「ああ、戦時国際法というルールに則って戦ってほしければ――」
普段は面倒見が良く軍人としての能力も非常に高い"理想的な上官"たるリリスでさえ、この地獄の中では冷酷無比な"戦闘のプロ"としての一面を垣間見せていた。
地上の残敵を掃討していた彼女は火煙に紛れて離陸しようとしているリガゾルドを発見すると、乗機オーディールを人型のノーマル形態に変形させながら白いMFめがけて急降下。
猛禽類のように脚部で押さえつけることで完全に逃げられなくしてやる。
「……彼女たちは自らの立場を弁えるべきだ」
機体重量と速度を乗せた急降下踏み付けにより身動きが取れないリガゾルドのコックピットにショットガンの銃口を密着させ、リリスは一切の躊躇無く右操縦桿のトリガーを引く。
ゼロ距離射撃を終えた蒼いMFが素早く上昇離脱した直後、推進剤をそれなりに搭載していたであろう白いMFは爆発炎上し火達磨と化す。
「ブフェーラ3! あなたの近くに敵機がいるわよ!」
「あいつか! あれが恐らく最後の……!」
敵航空戦力はこれで全滅と思われたが、まだ奇跡的に生き残っている敵機がいたらしい。
上空から戦場を俯瞰しているスレイの警告を受け、ヴァイルはレーダー画面上で反応がある方向――先を全く見通せない黒煙の中を注視しながら不意打ちに備える。
「牽制射撃を行いつつ格闘戦へ移行」
次の瞬間、黒煙を掻き分けるようにノーマル形態の白いMF――リガゾルドがその姿を現し、アサルトライフルによる牽制射撃で弾幕を形成しつつ間合いを詰めてくる。
「(敗北が決定的になったとしても、命令が変更されない限りは死ぬまで戦い続けるか……!)」
対するヴァイルのオーディールは無反動砲による反撃で時間を稼ぐと、弾切れになったそれを投げ捨て両手首からビームソードを抜刀する。
この兵装はオーディール系列機標準のビームソードではなく、柄を連結させることで両端から刀身を形成する選択兵装"SFIJ-203 ツインビームソード"だ。
「アタック」
機械のような正確性と素早さでビームブレードを振りかざすバイオロイドのリガゾルド。
「くッ……!」
その攻撃を辛うじて察知できたヴァイルはあえてスロットルペダルを踏み込み、鋭い斬撃の下側をくぐり抜けるように前に出る。
「ッ!?」
「貰ったッ!」
予想外のフェイントにバイオロイドが珍しく絶句した時、白いMFの背中は既にヴァイルのオーディールのツインビームソードに貫かれていた。
「ヴァイルの奴も腕を上げたな――っとあぶねッ!」
この空港に残された最後の航空戦力の撃破を確認し、同僚の成長ぶりに素直に感心するアヤネル。
しかしその時、突如飛来してきた地対空ミサイルにより彼女は回避運動を余儀無くされる。
「アヤネルさん! 大丈夫ですか!?」
「SAMだ! まだミサイルランチャー持ちが生き残っていたか!」
ローゼルからの問い掛けには力強い返事で答えるアヤネルだったが、二度もSAMの不意打ちを受けた彼女はさすがに苛立ちを隠さない。
ミサイルの軌道から大まかな発射地点を割り出し、乗機オーディールをその方向へと向ける。
「ったく、炎に巻かれる前にさっさと逃げればよかったものを!」
アヤネルの視線の先には小さな人影があった。
その人物――バイオロイドの戦闘員は次弾装填済みのミサイルランチャーを担ぎ、膝立ちの姿勢で蒼いMFを睨みつけている。
それを視認したアヤネルは実戦経験に基づく防衛本能からか、反射的に操縦桿の機関砲発射ボタンを押してしまう。
「……これじゃあ私たちが悪者みたいじゃないか。隊長、もう叩ける敵はいないぞ」
固定式機関砲の着弾地点に敵兵の姿は無かった。
そこに残された弾痕と――人間の下半身のようなモノが全てを物語っている。
自身の"戦果"を察したアヤネルは首を横に振り、自分は戦闘狂じゃないと言い聞かせるように
「国際社会からの再三に渡る撤退要求、知らなかったとは言うまいな」
確かにこの戦場におけるレヴォリューショナミーの抵抗は完全に沈黙したように見える。
だが、セシルのオーディールは管制塔の最上階付近でホバリングし、建物に対しビームソードを突き付けていた。
「……」
火災に呑まれつつある管制塔には人が残っていた。
おそらく基地司令官に相当する人物なのだろうが、攻撃側の最高階級者たるセシルの最後通告に応じる様子は無い。
「テロリストに対する降伏勧告はあり得ないと思え」
「……」
もっとも、国際社会の認識に則りセシルは"降伏は認めない"とも付け加える。
テロリストは交戦資格を有する戦闘員に
基地司令官に相当する上位個体は沈黙という名の答えを貫く。
「セシル! コントロールタワーに誰か――基地司令でもいるのか!?」
「……国際法の裁きは受けていただく!」
状況をイマイチ飲み込めていないリリスへの説明は後で行うとして、セシルのオーディールは最大出力で展開したビームソードを管制塔に突き入れる。
蒼い光の奔流に晒されたら、たとえ高能力人工人間であっても無事では済まされないだろう……。
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