【20】アイスクリーク作戦
Date:2135/10/02
Time:01:00(UTC±0)
Location:Seydisfiordur,Iceland
Operation Name:ICECREEK
ポリャールヌイ海軍基地の事件から5日後――。
短距離戦術打撃群艦隊の姿はノルウェー北西部の沖合にあった。
「(鈍重な水上艦のお
艦隊旗艦アドミラル・エイトケンの甲板に出ていたヴァイルは手すりに両腕を置き、周囲に展開する北欧諸国の多国籍艦隊を見渡しながら心の中で愚痴る。
空中を時速400キロ近くで飛行できる全領域艦艇に対し、従来型の水上艦艇が出せる速度はせいぜい45ノット(時速83キロ)でしかない。
仮にアイスランド本土へ近付く前にレヴォリューショナミーの迎撃を受けた場合、機動力による強行突破は難しいだろう。
「珍しいですわね、あなたが一人で黄昏れているなんて」
夕方のノルウェー海を眺めながら物思いに耽っていると、その後ろから同じく甲板に上がってきたローゼルが声を掛ける。
「少し考え事をしていただけさ……」
ヴァイルが考え事をしていたのは本当だ。
特にやましい事は無い……今のところは。
「彼らなら心配いりませんわ。国籍という垣根を越えて集まった有志たちは必ず力を発揮してくれるはず」
それを知ってか知らずかローゼルは同僚の隣に立ち、正しい目的のために戦う"有志連合"は負けないと太鼓判を押す。
「
その有志連合が役割を果たせるように航空支援してあげるのが、ローゼルたち短距離戦術打撃群航空隊に与えられた任務だ。
北欧諸国の水上艦隊も艦載機としてMFを運用しているとはいえ、航空戦における主力はやはりゲイル及びブフェーラ隊となるだろう。
「……人類共通の脅威がなくとも常に一致団結できる世界は目の前にあるのにな」
「?」
普段は互いを覇権主義と決めつけて争い合っているのに、共通の敵が現れた時だけは都合良く手を組んで袋叩きにする――。
ヴァイルの独り言の意図をこの時のローゼルは掴みかねていた。
「ゲイル1より各機、状況を報告せよ」
友軍艦隊との合流から更に2日後の10月2日深夜――。
セシル率いる短距離戦術打撃群航空隊はアイスランド東海岸の沖合いを超低空飛行で進んでいた。
現在時刻は午前1時。
月が出ているとはいえ眼下には真っ暗な海が広がっている。
「こちらゲイル2、コンディションオールグリーン」
「ゲイル3、コンディションオールグリーン!」
隊長の指示に従いスレイとアヤネルは機体の状態を報告する。
防寒着が必要なほどの気温低下を予想し寒冷地仕様にセッティング変更した影響が懸念されたが、今のところ機械的なトラブルは出ていない。
「ブフェーラ1から3、コンディションオールグリーン」
そして、指示が飛ぶよりも早く僚機にチェックを行わせていたリリス率いるブフェーラ隊も準備万端であった。
「敵防衛部隊もさすがに気付く頃合いだろう」
上陸地点として設定している海岸はセイジスフィヨルズルという小さな村がある場所。
村民を強制疎開させ武装化しているとはいえ、この漁村に配備されている防衛戦力は手薄と見られている。
もっとも、部下の命を預かる立場の者としてセシルは気を緩めるつもりは無かった。
「サーチライトだ! ようやくお目覚めか!」
そんな彼女の予感は見事的中し、前方の上陸地点から複数の光の柱が夜空に向かって生え始める。
現地では空襲警報が鳴り響き、レヴォリューショナミーの戦闘員たちは無理矢理叩き起こされているに違いない。
「よし、高度制限を解除! 全機交戦を許可する!」
闇に紛れて息を潜めて飛ぶ必要は無くなった。
セシルは指揮下の全機に対し高度制限の解除を認めつつ交戦許可を出す。
「了解! ブフェーラ2、
「ブフェーラ3
「サーチライトは直視するなよ。攻撃能力は無くとも目晦ましで操縦を誤る可能性はある」
交戦許可が下りると同時に火器管制システムのセーフティを解除したローゼルとヴァイルに対し、両者の上官リリスは一見すると明るいだけで無害そうなサーチライトにも注意するよう助言を行う。
軍用サーチライトは非常に光が強く、暗闇に慣れた人間の目を直撃すれば一時的に失明させてしまうからだ。
「攻撃目標の優先順位は私たちを狙う対空兵器、続いて上陸部隊の障害になるトーチカね」
戦闘開始を前に自分たちの仕事内容を再確認するスレイ。
まずは自分自身の安全確保のために対空兵器を排除した後、トーチカを中心とする敵防御陣地の無力化を図る。
「ああ、友軍を待ちくたびれさせるつもりは無い。手際良く片付けてやろうぜ」
アヤネルの言う通り友軍の上陸部隊はゲイル及びブフェーラ隊による"下準備"に期待している。
この先陣はアイスランド解放作戦――コードネーム"アイスクリーク作戦"の成功を左右する重要なポイントであった。
「敵防御陣地発見! あそこはうちの部隊がやる!」
上陸地点の目と鼻の先にある防御陣地をゲイル隊が爆撃している間、リリスのブフェーラ隊は内陸側に控える別の陣地へ攻撃を仕掛ける。
「対空車両とトーチカだ! ローゼル、初撃を頼む!」
先行して攻撃態勢に入ったゲイル隊とのデータリンクにより敵兵器の情報が反映される。
詳細不明ながら対空車両の存在を確認したリリスは、超長射程対地兵装を装備しているローゼルに安全圏からの攻撃を任せる。
「了解! 小爆弾ディスペンサー、シュート!」
ローゼルのオーディールM3のバックパック上面に2発搭載されているのが、小爆弾ディスペンサー――正式名称"PJ332 MF用スタンドオフ小爆弾ディスペンサー"。
巡航ミサイルのような母機が目標上空まで飛翔し、そこから大量の小爆弾を散布するクラスター爆弾の一種だ。
「着弾確認――敵車両2撃破、1損傷!」
ローゼル機から切り離された小爆弾ディスペンサーだけを突出させ、突入タイミングを調整するブフェーラ隊。
その直後、ディスペンサーからの爆弾散布を確認したヴァイルは複数の敵車両が無力化されたことを報告する。
同時に夜空を照らしていた光の柱が消滅したことから、サーチライトも巻き込んで破壊できたらしい。
「トーチカは健在か……ロケット弾による攻撃に切り替える! ブフェーラ3は撃ち漏らしのカバーを!」
「了解!」
しかし、条約遵守の観点から攻撃力が抑えられている小爆弾では鉄筋コンクリート製のトーチカだけは破壊し切れない。
逆に言えばそれ以外の脅威は排除されたと考えたリリスは直接的な対地攻撃を決断し、ヴァイル機をバックアップに回しつつ爆撃態勢に入る。
「ブフェーラ1、ファイアッ!」
堅牢なトーチカの弱点は銃座のために設けられた正面側の開口部だ。
地面を舐めるような超低空飛行で真っ向から射線を合わせ、リリスのオーディールは脚部外側のハードポイントに装備された10連装MF用ロケット弾を斉射する。
トーチカに設置されている無人銃座は重機関銃で迎撃してくるが、10発のロケット弾全てを撃ち落とすのはさすがに無理であった。
「くそッ! やはり硬い!」
重機関銃の射程に入る前にリリス機が上昇離脱した直後、弾幕を掻い潜った7発のロケット弾が吸い込まれるようにトーチカへと命中する。
うち2発は最も脆弱な内部に着弾したはずだが、にもかかわらずトーチカは沈黙していなかった。
「隊長、トドメは私がやる!」
とはいえ、
彼女の事前指示通りヴァイルは乗機オーディールを人型のノーマル形態に変形させ、一撃の破壊力と攻撃範囲に優れる無反動砲――俗に言う"バズーカ砲"を構える。
「ブフェーラ3、ファイア!」
半壊しながらも重機関銃自体の予備電源で動こうとしているトーチカの銃座に対し、ヴァイルのオーディールはトドメの一撃を放つのだった。
一方その頃、最初の敵防御陣地を手際良く制圧したゲイル隊は別の陣地への爆撃に移っていた。
「マイクロミサイル、シュート!」
先の対トーチカ戦で小爆弾ディスペンサーによる先制攻撃を担当したスレイはそのまま上空に残り、今度は対地攻撃用弾頭に換装されたマイクロミサイルの一斉発射で敵車両諸共地面を耕していく。
「ゲイル1、ファイア! ファイア!」
相変わらず頑丈なトーチカに対しセシルは地対地戦闘による直接攻撃を選択。
ノーマル形態に変形した彼女のオーディールは無反動砲2基を両肩で担ぎ、片方で周囲の敵を牽制しつつもう片方でトーチカ内部に向けて成形炸薬弾を撃ち込む。
「ゲイル3! トーチカはお前がやれ!」
一番脆い部分に対戦車ミサイル並みの強力な砲弾を叩き込まれ、堪らず大爆発を起こす鉄筋コンクリート製のトーチカ。
しかし、それでも無力化には至らなかったことからセシルは後続のアヤネルにトドメを託す。
「了解! ゲイル3、ファイアッ!」
波状攻撃のトリを担うアヤネルが持って来た対地攻撃用メインウェポンは、前の戦争でも活躍したお気に入りの"K-MAG20 MF用アンチマテリエルライフル"。
弾薬庫誘爆により燃え盛るトーチカの頭上を通過する瞬間、対物ライフルならではの強力な大口径弾を撃ち逃げしておく。
ダメ押しのようなモノなので一発あれば十分だ。
「敵防御陣地……沈黙しました!」
アヤネル機が安全圏まで離れた直後、トーチカのあった場所から一際大きな火柱が上がる。
それを視認したスレイはタフで厄介な敵防御陣地の制圧を確信する。
「ブフェーラ隊の方もよくやっている。あの感じなら援護は必要無さそうだ」
爆発炎上するトーチカの火災で赤く照らされた夜空を見上げるセシル。
遠方で戦闘中のブフェーラ隊の作戦行動も順調に進んでおり、上陸作戦に先立つ敵防御陣地制圧は予定よりも早く完了しそうであった。
「こちらデンマーク空軍第731戦闘飛行隊、これよりアイスランド島へ進入し作戦行動に入る」
短距離戦術打撃群による攻撃開始から十数分後――。
輸出仕様の"RM5-20B スパイラルB型"で構成されるデンマーク空軍ら友軍MF部隊が作戦エリアに到着し、敵防衛部隊の抵抗が予想されるセイジスフィヨルズル村周辺に降り立つ。
「俺たちの仕事はちゃんと残してくれているんだろうな?」
「行動開始が前倒しされたんだぞ? つまりはそういうことだ」
同じくスパイラルB型に搭乗するノルウェー空軍MFドライバーの意気込みに水を差すわけではないが、崩壊した真っ黒焦げのトーチカを見たフィンランド空軍MFドライバーはスケジュールが早まった理由を指摘する。
「友軍機に告ぐ。敵は殲滅したが我々の散布した小爆弾はまだ自己破壊装置が作動していない」
友軍の到着を確認したセシルは相手にも通じる英語で状況を報告しつつ、自分たちが使用した小爆弾の自爆に巻き込まれないよう注意を促す。
自爆機能はクラスター爆弾に関する条約で必要とされる機能であり、その存在意義は本来の標的ではない民間人及び非戦闘員を死傷させないための配慮だ。
「おおっと……!」
「こっちに来い! 残骸を漁ってると吹き飛ばされるぞ!」
意図せず危険地帯に踏み込みそうになった友軍機を咎めるように機体のマニピュレーターで手招きするアヤネル。
「さすがだな。これなら小爆弾の不活性化を待って上陸を開始しても、夜明け前には目標の飛行場まで辿り着けるかもしれん」
友軍MF部隊の中では腕が立つゆえ図らずもリーダー格となったデンマーク空軍MFドライバーは地上で待機していたゲイル隊と合流。
前の戦争における"蒼い悪魔"の噂を知っていた彼はその作戦遂行能力を素直に称賛する。
「問題はその飛行場だ。そこに配備されているはずの航空戦力が動く気配が無い」
下心の無い褒め言葉なら別に悪い気はしないが、それよりもセシルは敵の防衛戦闘が妙に大人しいことを懸念していた。
「私たちの奇襲を察知してスクランブル発進した部隊が現れてもおかしくない頃合いだが……」
「全く、君の言う通りだ! 複数の航空機の反応を新たに確認! 方位2-7-0!」
そして、彼女の不安はすぐに現実のものとなる。
上空で警戒に当たっていたブフェーラ隊のリリスが敵増援の出現を知らせてきたのだ。
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