【19】ロシアへの愛を込めて

 レヴォリューショナミーによる卑劣な奇襲攻撃から2日後――。


空襲により甚大な被害を受けたポリャールヌイ海軍基地の復旧作業を手伝っていた短距離戦術打撃群は、オリエント国防軍総司令部からの命令により作業を切り上げて同地を発つことになった。


「総員、先の戦闘で亡くなった全ての人々に哀悼の意を表し……黙祷!」


桟橋を離れて沖合へ出る直前、艦隊旗艦アドミラル・エイトケンのメルト艦長は陸地の方に体を向けて黙祷を捧げる。


彼女と同じくブリッジ(艦橋)にいる乗組員たちはもちろん、末端の水兵や整備兵も作業を一時中断し先日の出来事を顧みていた。


「(軍人もテロリストも死んでしまえば関係無い。"死"はこの世界における唯一無二の平等なのだから)」


"先の戦闘で亡くなった全ての人々"にはロシア軍人のみならずテロリスト――レヴォリューショナミーの理想論に殉じた者共も含まれている。


悪人を弔うことには否定的な意見もあるだろうが、少なくともメルトは"生前の行いに関わらず死者の尊厳は守られるべき"という考え方を持っていた。


正規軍という権威に保護されているだけで、彼女も武力によって他者を傷つけ殺あやめてきた罪の重さは変わり無いのだから……。


「直れ!」


メルトの厳とした号令でブリッジクルーたちは黙祷を終え、それぞれの持ち場に戻る。


「機関原速(巡航速度)! 航行高度100フィート!」


「了解、機関原速! 航行高度100フィート!」


黙祷を捧げるため停船していたふねの航行を再開するよう指示を出すメルト。


彼女の指示内容を復唱しながら操舵士のマオ大尉はスロットルレバーと操舵輪を操作し、全長約170mの船体をスムーズに離水させる。


アドミラル・エイトケンに限らず全領域艦艇は地面効果を利用できる船底形状を採用しており、地面(水面)に近い高度を維持することで推力だけに頼る場合よりも省エネルギーでの浮揚を可能としていた。




「これより本艦隊はノルウェー南西部のハーコンスヴァーン海軍基地に向けて針路を取る」


船体が浮き上がる瞬間を計器類と感覚で確認したメルトは艦内放送で今後の予定を伝える。


次の戦場へ向かう前に北ヨーロッパのノルウェー王国へ立ち寄る必要があったのだ。


「ポリャールヌイでは停泊中に奇襲攻撃を許したことを受け、次の寄港地では急ピッチで必要最低限の補給作業を行うものとする」


ただし、寄港地のノルウェー海軍ハーコンスヴァーン基地では内海まで入ることはせず、沖合まで出てきた同国海軍の補給艦から海上で物資を受け取る。


先の戦闘でレヴォリューショナミーが狙っていたのは明らかに短距離戦術打撃群だった。


だから、他国の領海内に長時間居座ることでポリャールヌイ海軍基地の悲劇を繰り返すわけにはいかなかった。


「非番の乗組員たちにはハードワークに備えて少しでも休息を取ることを命じる」


当然、無防備になりがちな補給作業の時間は可能な限り短くしなければならない。


そこで実際の作業時に多くの人員を万全の状態で動員できるよう、メルトは非番の乗組員たちに対し最大限の休息時間を与える。


休んだ分は友軍艦との合流時にしっかり働いてもらえばいい。


「以上、解散!」


メルトの解散命令と艦内放送が切れる音を聞いた乗組員たちは一斉に動き出し、一時中断していた作業を再開する。


「……シギノ中佐、今からブリーフィングルームに行ってくるので艦長代理をお願いします」


「了解した。満足できるまで存分に話し合ってこい」


艦内放送を終えたメルトは息つく間も無く仕事道具が入ったブリーフケースを手に取り、副長のシギノに艦長職の代行を任せてからブリッジを後にするのだった。




 Multipurpose Room 1(多目的室1)――。


大きめの文字でそう表記されているドアの前にメルトは立ち、まずは丁寧なノックで先客の存在を確認する。


アドミラル・エイトケン艦内で"ブリーフィングルーム"と言う場合、通常はこの部屋を指すことが多い。


「ベックスです。入室してもよろしいでしょうか」


「どうぞ」


彼女が3回ほどドアをノックしたのは正しい判断だった。


先に部屋へ入りブリーフィングの準備に取り掛かっていたであろうカリーヌ少将の返事があったからだ。


「失礼いたします」


「あなたのふねなのだから、別に畏まらなくてもいいのよ?」


入室許可を受けて部屋に入ってきたメルトの緊張を察したのか、連れの2人と共に資料を確認していたカリーヌは微笑みながら肩の力を抜くよう促す。


この場で最も階級が高い人物はカリーヌだが、部屋があるアドミラル・エイトケンというふねの最高責任者は同艦の艦長たるメルトだ。


空軍所属のカリーヌはメルト艦長の許可の下、出向者として艦内設備を"貸してもらっている"立場にすぎない。


「いえ……私も一応社会人でありますから……」


「まあ座ってちょうだい。早速ブリーフィングを始めましょう」


軍人である以前に社会人として謙虚に振る舞うメルトを安心させるように着席を勧めるカリーヌ。


「隣……いいかな?」


「ん? 別に構わないが……」


着席を認められたメルトは少しだけ迷うような素振りを見せた後、同僚リリスと向かい合うように座っていたセシルの左隣の席に腰を下ろす。


当のセシル自身は誰が隣であろうが気にしていない感じだ。


「(セシルってこういう時は"ニブい"のよねえ……)」


「(アリアンロッド少将もやっぱそう思ってるんだな……)」


一方、メルトが席を選り好みした理由を察したカリーヌとリリスは、誰かさんの朴念仁ぶりに奇しくも全く同じ感想を抱いていた。




「もしかしたら先に聞いているかもしれないけど、私たち短距離戦術打撃群にはアイスランド解放作戦への協力が命じられたわ」


表情を引き締め直したカリーヌは作戦命令書の表紙をめくりながら次の作戦の概要を説明する。


デジタル化された命令書自体は各人の専用タブレット端末で閲覧できるが、それとは別に端末が使えない状況に備えた書類一式も配布されていた。


「アイスランド……またかなりの僻地に向かわされるな」


急いで作成されたためかフリー素材をほぼそのまま流用したであろう地図を眺めるリリス。


アイスランドとはヨーロッパ大陸から離れた北大西洋上に存在する小さな国。


火山と間欠泉と温泉で有名な島国だ。


「宣戦布告直後――ほんの数日前にレヴォリューショナミーの電撃侵攻を受け、国土の大半を占領されたと聞く。あの国は常備軍を保有していないからな」


その歴史上一度も軍隊を持ったことが無い国が同胞たる地球人の侵攻に屈したという、衝撃的なニュースはセシルも知っている。


ヨーロッパ沿岸部と大西洋を繋ぐチョークポイント"GIUKギャップ"に近いとはいえ、それ以外の戦略的価値に乏しいアイスランドを侵略した目的はおそらく自軍戦力のアピールだろう。


自分たち"革命軍"の武力を以ってすれば小国の占領など容易いのだ――と。


「アイスランドは有事の際にはアメリカ合衆国が防衛を保障する取り決めが為されているけど、今回はあまりにも突然すぎて対応できなかったみたいね」


カリーヌが指摘している通り、現代戦に堪え得る軍事力を持たないアイスランドは有事の際はアメリカ軍やNATO軍に派兵を要請することが認められている。


しかし、今回のケースでは電撃侵攻による首都レイキャヴィーク陥落という想定外の事態により、アイスランド政府関係者は緊急事態宣言を出す間も無く全員拘束または殺害されてしまった可能性が高い。


「そもそもアメリカは前の戦争で甚大な被害を受けている。自国の戦後復興で精一杯の所に無理強いはできんよ」


もっとも、"仮に要請が間に合ってもアメリカ軍は応じられなかったかもしれない"とセシルは世界情勢に理解を示す。


アメリカ合衆国含む北アメリカ大陸はルナサリアン戦争における激戦区の一つであり、被害規模の大きさから3年経った今でも復興が遅れている地域は少なくない。


中には核攻撃で壊滅した旧首都ワシントンD.C.のように事実上放棄された都市もあるという。


「"協力"ということは我々は他国の主力部隊の指揮下に入るのですか?」


「ええ、作戦行動中はUK(イギリス)を中心とした多国籍軍の指揮系統に組み込まれる予定よ。その中で可能な限り自由行動が許されるよう交渉はするけどね」


最初の方で触れられた"協力"という単語を気にしているメルトに対し、その具体的な内容について説明するカリーヌ。


短距離戦術打撃群は国連安保理決議による承認の下、オブザーバーながら多国籍軍の一員としてアイスランド解放作戦に参加する。


イギリスを中核とする多国籍軍の作戦行動に対する決定権は持たないが、それ以外の権限(作戦会議における発言権など)は他国と同様に認められている。


「さて、そろそろ気になっているであろう作戦計画について説明しましょうか」


とはいえ、そういう政治的な立ち回りは短距離戦術打撃群の最高階級者であるカリーヌの仕事だ。


彼女は"最前線に立つ軍人が欲しがる情報"の提供を優先すべきと考え、今回のブリーフィングの目的である作戦計画の説明に入るのだった。




 ノルウェー南西部の沖合でハーコンスヴァーン海軍基地より出港したノルウェー海軍補給艦から物資を受け取った我々は、そのまま現地で友軍の北欧諸国艦隊との合流を待ってからアイスランドに向けて出撃する。


フェロー諸島の北方を通過しつつアイスランド本土の東海岸へ接近し、まずは機動力に優れる我々が先行し航空攻撃で友軍の脅威を事前に排除。


その後はアドミラル・エイトケン以下短距離戦術打撃群艦隊による援護攻撃を加えつつ、遅れて到着する友軍艦隊の敵前上陸を支援する。


この敵前上陸は奇襲のアドバンテージを最大限活かすため深夜に決行される予定よ。


不慣れな土地での夜間飛行になるから、地面や海面とキスだけはしないように気を付けてね。


……敵前上陸に成功したら内陸部へと進軍していき、レヴォリューショナミーの飛行場として利用されているエイイルススタジル空港の奪還を目指す。


作戦初日の夜明けまでに飛行場があるエイイルススタジルを解放することを多国籍軍上層部は目標としているわ。


また、東海岸側の作戦進行に合わせて南海岸からは首都レイキャヴィーク奪還を目的としたUK軍も上陸作戦を展開する予定よ。


私たちが大立ち回りで頑張れば本命のUK軍に向かう敵戦力を減らすことができ、その結果彼らは消耗抑えつつレイキャヴィークへ肉薄できる。


他国民のために命を懸けろとは言わないし、もしもそういう扱いを強要されるならば私は短距離戦術打撃群の皆を守ることを優先する。


でも、あなたたちの活躍如何で友軍兵士とアイスランド国民の被害を増減させる可能性がある――。


それだけは"市民を守る軍人"として肝に銘じておいてちょうだい。

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