【11】短距離戦術打撃群

 ヴワル統合軍事拠点は海兵隊を除く陸海空軍の司令部、そしてその頂点に位置するオリエント国防軍総司令部を一か所にまとめた世界最大級の軍事基地である。


各軍の司令部及び海兵隊ヴワル支部のオフィスは総司令部を囲うように配置されており、人員や情報の行き来を容易化することで統合作戦における相互協力の強化を図っていた。


「セシル・アリアンロッドであります。『シルバーストン元帥の所へ速やかに出頭するように』という伝令に従い参りました」


普段あまり関わりが無い陸海軍の将兵たちの視線を浴びつつ、セシルは国防軍総司令官レティ・シルバーストン元帥の執務室に到着。


ドアを数回ノックしてから自身の名前と出頭理由を述べ、身だしなみを整えながら入室許可を待つ。


「待っていたわよ……入りなさい」


「ハッ! 失礼いたします!」


ドアの向こうから穏やかな女性の声が返ってきたことを受け、背筋を伸ばしてからドアノブに右手を掛けるセシル。


「……ッ!」


数年ぶりに元帥の執務室を訪れたセシルの表情が固まる。


彼女の他にも見知った先客が2人もいたからだ。


「驚かせてごめんなさいね。だけど、この面子を見ただけでなぜ貴女を呼び出したのか分かったでしょう?」


20代半ばの外見年齢に軍人とは思えないほど優しげな雰囲気を纏う、銀髪碧眼のこの女性が執務室の主であるレティ・シルバーストン。


現役時代は地球人初のMFドライバーの一人として戦功を挙げ、引退後もアグレッサー部隊の責任者や士官養成コースの教官を歴任してきた21世紀の生き証人。


22世紀に入ってからは国防空軍総司令官を経てオリエント国防軍全軍の総司令官となるなど、人類史上最長のキャリアを持つ軍人として今も精力的な活動を続けていた。




「第13独立艦隊――ですか。私の長期療養中に創設され、私自身も知らないうちに配属させられていた……」


3年前の戦争で重傷を負ったセシルが長期療養していた間、オリエント国防軍では大規模な組織再編が行われていた。


その取り組みの一環として新たに創設された部隊の一つが"第13独立艦隊"なる特務部隊だ。


セシルは――いや、正確にはゲイル隊自体がこの特務部隊の隷下となっていたことを、彼女はよりにもよって職場復帰後に知るハメになった。


「まあ、セシルのことだし事後承諾でもイイかなと思って……」


配置転換という最重要情報の伝達が遅れたのは先客の一人カリーヌ・アリアンロッド少将の怠慢のせいだ。


ファミリーネームを見れば分かる通り、この人物はセシルの実姉にして妹と同じくオリエント国防空軍の高級将校である。


今の妹と同じぐらいの年齢の時はMFドライバーだったが、現在は地上勤務となっており最近までヴワル空軍基地の司令官を務めていた。


「カリーヌ姉さんはさぁ……」


職業軍人としては誰よりも尊敬しているにもかかわらず、プライベートでは7歳年下の妹である自分に対して意外といい加減な姉をジト目で睨みつけるセシル。


「……とにかく、貴女たち3名を呼び出した理由はセシル上級大佐が述べた通りよ」


そんな仲睦まじい(?)姉妹をやんわりと窘めつつ、レティは先ほどセシルが言及した"第13独立艦隊"が3名の高級将校を呼び出した理由だと答え合わせをする。


「第13独立艦隊――それは書類上の呼び名にして対外的な秘匿名称にすぎないわ」


しかし、もう一人の先客であるメルト・ベックス大佐曰く第13独立艦隊の名はカモフラージュであるらしい。


彼女は前の戦争でゲイル隊が母艦としていた重雷装ミサイル巡洋艦"アドミラル・エイトケン"の艦長で、専攻科目は異なるがセシルと同い年且つ同じ大学に通っていた友人だ。


「ええ、我が軍初の総司令部直属遊撃艦隊には私が承認した正式名称が存在するの」


メルトの指摘を肯定しながらレティは机の上に置いていたリモコンを手に取り、壁掛け式スクリーンに電子ファイルの表紙と思わしき画面を表示させる。


「その名は……"短距離戦術打撃群"」


短距離戦術打撃群――。


それこそがレティ主導で創設された特務部隊の正式名称であった。




「短距離戦術打撃群……」


「ベックス大佐が指揮していた第17高機動水雷戦隊を母体に総司令部直属へと再編した、従来とは異なる運用方法を実践する新機軸の少数精鋭艦隊」


これから所属することになる部隊の名を反芻はんすうするセシルに対し、短距離戦術打撃群の成り立ちを簡潔に説明し始めるレティ。


「短距離戦術打撃群の存在意義は単純明快よ。最前線に近い地域に展開して敵部隊を牽制し、交戦状態に入った場合は強力な戦力を以って大打撃を与えること」


短距離戦術打撃群の母体である第17高機動水雷戦隊を率いるメルトが更に補足説明を付け加える。


つまり、前の戦争でルナサリアン相手にやっていた作戦行動とあまり変わらない。


3年前は周辺国ウクライナに始まり地中海沿岸、ジブラルタル海峡、大西洋、北米大陸、オリエント連邦本土、宇宙――そして月と文字通り世界を飛び回った。


「それではまるで"スターライガ"だな……!」


そのように派遣要請を受けて世界を股に掛ける組織をセシルは知っている。


スターライガ――超弩級航空戦艦を母艦に元オリエント国防空軍関係者を中心とした優秀な人材を揃える、戦争自体を終わらせてしまう程度の力を持つ史上最強の準軍事組織型民間軍事会社《プライベーター》。


「そうね……ウチの息子が率いるプライベーターを意識し、万が一の場合はカウンターとすることを想定した部隊ではあるわ」


スターライガの名は創始者兼主要株主の一人にして、レティ元帥の実子であるライガ・ダーステイに由来する。


オリエント国防軍とスターライガはルナサリアン戦争で共同戦線を展開するなど友好的な関係を築いており、前者の最高司令官たるレティは後者のリーダーである息子ライガを身内贔屓抜きに信頼している。


だが、軍関係者の大半はスターライガの戦闘力と職業倫理意識の高さを認める一方、内心では何かしらの要因で敵対した場合に最大級の脅威となることを恐れていた。


「……スターライガチームと本気でやり合う可能性は正直言って考えたくないけどね」


味方としては最高に頼れるが、敵としては最高に手強く厄介な存在――。


カリーヌの表情が"スターライガとは何者か"を如実に物語っていた。




「元帥がおっしゃった通り、短距離戦術打撃群には想定され得るあらゆる脅威に対抗できるだけの戦力が求められている」


敵部隊との交戦時にはこれを撃滅することを目的としているゆえ、短距離戦術打撃群は充実した戦力が与えられる予定だと述べるメルト。


「"あらゆる脅威"の一つはスターライガチームでありますか」


「「セシル……!」」


しかし、セシルが気にしていた点はそこではなかった。


彼女の唐突な失言にメルトとカリーヌは二人揃って眉をひそめる。


「別に私は気にしないわよ。セシルさんは息子たちと共闘した経験があるから、彼らの実力を知っているがゆえの失言でしょう」


「……申し訳ありません」


遠回しに息子とその仲間たちを批判されながらもレティは失言を咎めることはしなかったが、さすがに思慮に欠けていたと感じたのかセシルは自らの非礼を詫びる。


「話を元に戻すわね。カリーヌ少将とベックス大佐は既に知っていると思うけど、短距離戦術打撃群は第13独立艦隊名義で広報活動にも積極的に従事してきた」


会話を本筋に戻しながらレティは短距離戦術打撃群に求める"別の役割"についても説明する。


軍隊における広報活動としては、例えば観艦式や展示飛行といった軍事パレードが主に挙げられる。


短距離戦術打撃群はカモフラージュを施したうえで自国主催の式典はもちろん、他国で行われる記念行事にもオリエント連邦代表として度々参加していた。


「短距離戦術打撃群には我が国の軍隊が世界最強であることを証明する、対外プロパガンダ的な側面も多分に含まれているわ」


レティはこれまで以上に表情を引き締めたうえで語る。


ルナサリアン戦争の勝利に貢献した精鋭を中心に編成された短距離戦術打撃群は、オリエント連邦の軍事力の象徴として君臨しなければならない――と。


「海軍と空軍をそれぞれ代表する精鋭部隊によるドリームチーム――それは大衆と仮想敵に対する強烈なインパクトになり得る」


本来の所属組織という垣根を越えた最強集団が正しく機能した時、その圧倒的な力にヒーローを欲する大衆は酔いしれ、オリエント連邦に仇する者共は恐怖で震え上がることだろう。


戦後の混迷の時代にこそ英雄的存在が必要だと、オリエント連邦の伝承に残る勇者の末裔であるレティは確信していた。


「セシルさん……世界最強クラスのエースドライバーとして実力も知名度も申し分無い貴女の存在が、短距離戦術打撃群を最低限成立させるためには必要不可欠なのよ」


活動拠点となる母艦を含む艦隊とそれを扱う人材、そして艦隊のエアカバーを担う航空隊とその機材は既に準備できている。


レティが探し求める最後のピース――MFドライバーとしては世界で5番目以内に入る強さ、名門アリアンロッド家の貴族令嬢としてのネームバリュー、英雄たり得るだけの高潔な騎士道精神を全て併せ持つ存在は目の前に立っていた。




「……私が今更何を言おうと、短距離戦術打撃群への編入は既に決まっていると受け取りました」


しばしの沈黙の末、自らに拒否権は無いと悟ったセシルは腹を括る。


彼女のポジションは誰でもいいわけではなく、彼女にしかできないから選ばれたのだ。


「貴女は自分自身でも知らない才能に満ち溢れている。これまでの戦いを経て学習期間は終わっているはず」


現役時代の自分や息子ライガに匹敵する才能を持つ若手の一人として、レティはセシルが訓練兵の頃から注目していた。


元帥の見立ての正しさは2130年の地球外生命体襲来事件と2132年のルナサリアン戦争で証明されたが、大器晩成型が多いオリエント人にとってはむしろこれからが伸び盛りだと断言できる。


「傑出した能力を以って新たな任務を遂行せよ――そして、自らが秘める可能性を更に探求せよ」


「ッ!」


戦いの中で更に強くなることをレティから求められ、優しげな雰囲気の裏に隠れた"勇者の末裔"に思わず反応し背筋を伸ばすセシル。


「それを私個人から貴官に与える命令とする」


「……」


レティの個人的な願いが込められた命令に言葉は必要無い。


セシルはただ静かに力強い敬礼で応える。


「正式な命令書は今日中に仕上げて明日提出するつもりだけど、艦隊の出港準備は今すぐにでも始めさせるわ」


表情を和らげたレティはメルトの方へと視線を移しながら"事は既に動き始めている"と語る。


「出撃許可が最速で下りたとして、その場合は定数が揃わない状態で作戦行動を取らざるを得ませんが……」


「しかし、詳細不明ながら世界各地で同時多発的な武力介入が行われているという報告もある。悠長に戦力整備をしている余裕は無いかもしれない」


正式承認以前より短距離戦術打撃群の戦力整備に努めていたメルトは懸念を露わにするが、政府筋の報告から世界情勢の急変を警戒するレティは早急な作戦行動も視野に入れているようだ。


「カラドボルグ首相やナルビー国防長官が派兵を決定したら、シビリアンコントロールの原則により我々軍人はそれに従わなければならないのよ」


オリエント連邦は中央集権的な民主主義国家であり、国民の代表たる政府(連邦議会)が軍を統制する"シビリアンコントロール"を採用している。


いくらレティが貴族階級出身の総司令官として強い影響力を持つと言えど、オフィーリア・カラドボルグ首相やローマン・ナルビー国防長官といった"文民"の決定に逆らうことは許されない。


「政府には私からも可能な限り働きかけるとはいえ、不足分は柔軟な対応と発想で補ってもらうことになる」


適切なシビリアンコントロール下でレティができることは、"軍部の暴走"と咎められない範囲で政府を説得することぐらいだ。


「最大限の成果と最適の健闘を実現できるかは、貴女の手腕に懸かっているわよ……カリーヌ少将」


おそらく、数日後には万全とは言い難い状況で作戦行動に入ることになるだろう。


それでもレティは短距離戦術打撃群参謀に任命したカリーヌの能力を信頼し、期待以上の働きを見せる可能性に賭けるのであった。

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